表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スキルがゴミだった俺、組み合わせたらヤバくなった  作者: 藤崎聖子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/36

第三話 紙一枚ぶんの風

 清掃員の名は、フィオレンティーナ・ヴァンデル・ブリーズハートといった。


「長い」


「初対面でそれ言う?」


「悪い。でも長い」


「フィオでいいわ。みんなそう呼ぶし」


 街灯の下へ出ると、淡い金髪を二つに束ねた少女が、腰に手を当てていた。レインと同じくらいの年に見える。灰色の作業着には埃がつき、背丈より大きな箒を持っていた。


「それで、なんでゴミの間にいたの?」


「宿代がない」


「ああ」


 一言で納得された。


「もっと驚いてくれ」


「私も三日前にそこで寝たから」


「先輩だったか」


「敬っていいわよ」


 フィオは胸を張り、すぐに腹を押さえた。


 きゅう、と小さな音がする。


「腹、減ってるのか?」


「今のは靴の音」


「立ってるだけだろ」


「お腹じゃない」


「何も聞いてないぞ」


 フィオの目が細くなった。


 レインは両手を上げて降参し、ポケットを探った。夕飯のパンを少し残していた。明日の朝用だったが、半分に割って差し出す。


「いるか?」


「いらない」


 言葉とは逆に、視線はパンへ吸いついていた。


「そうか」


「待って。捨てるなら食べる」


「捨てない」


「清掃員として食品廃棄を見過ごせないの」


「食べたいなら食べたいと言え」


「食べたい」


 あまりに真っ直ぐ言われ、レインは笑った。


 フィオはパンを受け取ると、半分を二口で食べた。


「助かった。今日、一食目」


「仕事してるのに食えないのか」


「今月、箒を二本折ったから給金から引かれた」


「使い方が荒いんじゃないか?」


「違うわよ。魔物が出た時に殴ったの」


「二回も?」


「一匹に二本」


「勝ったのか?」


「箒が?」


「君が」


「逃げたに決まってるでしょ」


 フィオは残ったパンを大切そうに布で包んだ。


「あなた、冒険者?」


「志願者。今日落ちた」


「スキルは?」


 レインは指を立てた。


「《微火》」


 小さな火が灯り、フィオの顔を照らした。


「おお」


 初めて、笑われなかった。


「いい反応だな」


「パンを焼き直せる」


「やっぱり戦闘には使えないか」


「私のよりましよ。見せてあげる」


 フィオは足元から紙くずを拾い、木箱の上へ置いた。両手で髪を押さえ、真剣な顔で息を吸う。


「《微風》!」


 紙の端が、かすかに浮いた。


 それだけだった。


「今、動いたか?」


「動いた」


「もう一度」


「連続では無理。次は一分後」


「掃除には?」


「箒を使ったほうが千倍速い」


 二人はしばらく紙を見つめた。


 先に笑ったのはフィオだった。


「すごいでしょ。神様から頂いた、紙一枚ぶんの風」


 明るい声だった。


 その明るさに、レインは何も言えなくなった。何度も笑われた人間は、先に自分を笑うようになる。それなら傷つかずに済む。


 自分にも覚えがあった。


「俺は好きだけどな」


「何が?」


「その風」


 フィオが眉を寄せた。


「パン半分で口説けると思ってる?」


「違う。俺の火は三秒で消える。でも、風があれば少しは大きくなるかもしれない」


「火事になったら私の責任?」


「ならないように試す」


「どこで?」


 路地の奥から、低いうなり声が聞こえた。


 フィオの表情が消える。


「今から場所を選んでる余裕、なさそう」


 暗闇から、犬に似た魔物が姿を現した。


 犬より一回り大きい。背中から黒い棘が伸び、口の端には泡が浮いている。


「あれ、知ってるか?」


「路地喰らい。夜のゴミを漁る魔物」


「強い?」


「箒を二本折った相手」


「その一匹かよ」


「感動の再会ね」


 路地喰らいが飛びかかった。


 フィオの箒が横から叩きつけられる。穂先が鼻面を打ち、魔物の軌道をわずかに逸らした。


「走って!」


「君は?」


「仕事道具を三本も折ったら、今月の給金がなくなる!」


「心配する順番がおかしい!」


 レインは木箱を蹴った。箱が倒れ、路地を半分塞ぐ。二人は並んで走った。


 背後で木が砕ける。


 足音が迫った。


 大通りまでは遠い。このままでは追いつかれる。


「フィオ、風はまだ使えないのか!」


「あと二十秒!」


「長いな!」


「一分って長いのよ!」


 曲がり角の先は行き止まりだった。


 高い石壁。左右には鍵のかかった倉庫。隠れる場所もない。


 フィオが箒を構えた。


「先に言っとくけど、これを折ったら弁償を半分お願い」


「生き残ったらな」


 レインも拳を構える。


 路地喰らいがゆっくり近づいてきた。もう獲物が逃げないと分かっている。


「火を出して」


 フィオが言った。


「目くらましにもならない」


「さっき言ったでしょ。風があれば大きくなるかもって」


「試したことはない」


「私もないわよ」


 フィオは笑った。強がりだとすぐに分かった。箒を握る手が震えている。


「でも、箒よりは夢がある」


 路地喰らいが地面を蹴る。


 レインは指先を向けた。


「《微火》!」


 橙色の火が灯る。


 同時に、フィオが叫んだ。


「《微風》!」


 紙一枚しか動かせない風が、小さな火へ触れた。


 その瞬間。


 二人の間で、何かが噛み合った。


 音ではない。光でもない。


 ばらばらだった二つのものが、初めから一つだった形へ戻るような感覚。


 レインの胸の奥で、見えない鎖が鳴った。


【共鳴を確認】


【《微火》と《微風》を連結します】


【スキル連結成功】


【《火弾》を獲得】


【潜在スキル《連結》の発現を確認】


「え?」


 指先の火が丸く膨らんだ。


 拳ほどの火球が、轟音とともに飛び出す。


 路地喰らいの鼻先へ直撃した。


 魔物の体が宙で反転し、石畳を滑る。焦げた毛の匂いが路地に満ちた。


 火球は消えた。


 路地喰らいは動かない。


 静けさの中、折れた箒の柄だけが石畳を転がった。


 フィオはそれを見下ろした。


「三本目……」


「先にそっちか?」


「給金……」


「今のを見ただろ!」


「見たわよ! だから混乱してるの!」


 フィオはレインの襟をつかんだ。


「何したの、今!」


「分からない!」


「私の風、あんなに強くない!」


「俺の火だって飛ばない!」


 二人は同時に黙った。


 レインは自分の指を見る。


 そこにはもう火はない。だが胸の奥に、今まで存在しなかった熱が残っていた。


「《連結》って出た」


「何、それ」


「分からない。授技能式では《微火》しか表示されなかった」


 胸の熱へ意識を向けると、二つの力を収める核の形がぼんやり分かった。レインは、それを連結核と呼ぶことにした。


 弱い火と、弱い風。


 どちらも一人では何の役にも立たなかった。


 それなのに、繋げた途端、魔物を倒した。


 フィオが恐る恐る口を開く。


「もう一回、出せる?」


「たぶん」


「じゃあ、その前に逃げましょう」


「どうして?」


 フィオは倒れた魔物の向こうを指さした。


 暗闇の中に、いくつもの目が浮かんでいた。


 路地喰らいの群れが、焦げた仲間の匂いを嗅いでいる。


「あれ全部、倒せると思う?」


 レインは胸の熱へ意識を向けた。


 新しい力の形が、はっきりと分かる。


 ただし使えるのは一発。次に撃てるまで、かなり時間がかかる。それもなぜか分かった。


「一匹なら」


「残りは?」


「十五匹くらい」


「よし、逃げるわよ!」


 二人は同時に駆け出した。


 その夜、レインは初めて魔物を倒した。


 同時に、自分の人生を変える力を手に入れた。


 けれど彼とフィオが安全な大通りへ転がり込み、衛兵に不審者として捕まるまで、あと三分ほどかかった。


 逃げる途中、《火弾》をもう一度使おうとした。


 胸の奥に新しい形はある。そこへ意識を向ければ、火球の輪郭まで分かる。


 だが、出ない。


「どうしたの!」


 フィオが走りながら叫ぶ。


「次が撃てない!」


「一発限定!?」


「知らない!」


「自分のスキルでしょ!」


「できてから一分も経ってない!」


 路地喰らいの群れが角を曲がる。先頭の一匹が壁を蹴り、二人の頭上へ飛んだ。


 フィオが箒を振る。


 折れた柄しか残っていない。それでも牙の横へ差し込み、噛みつく方向を逸らした。


「左!」


 レインはフィオの肩を抱き、横道へ飛び込む。


 行き止まりではない。洗濯物の間を抜け、共同井戸を一周し、眠っていた猫を三匹起こした。


「この町、道が分かりづらすぎる!」


「清掃員の私に任せて!」


 フィオが先へ出る。


 二つ目の角を右へ。樽の山を飛び越え、細い階段を上がる。


 その先も行き止まりだった。


「任せろって言ったよな?」


「夜は景色が違うの!」


 背後から群れが来る。


 レインは胸の熱を探った。


 何かが足りない。


 火ではない。風でもない。


 さっき二つの力が重なった時、互いを信じる暇などなかった。ただ、生き残りたいという意思だけが同じ方向を向いた。


 今はどうだ。


 レインは自分だけで新しい力を再現しようとしている。


「フィオ、手を貸してくれ」


「箒なら折れた!」


「そうじゃない。もう一度、《微風》を俺へ」


「まだ使えない!」


「あと何秒?」


「十!」


 長い。


 路地喰らいが階段を上がる。狭い場所で互いにぶつかり、一列になった。


 レインは石を拾い、先頭へ投げる。鼻に当たり、少しだけ足が止まる。


「九!」


 フィオも石を投げた。


「八、七、六!」


「途中を省くな!」


「数えてる場合じゃない!」


 先頭が飛びかかる。


 レインは折れた箒を横に構え、牙を受けた。木が軋み、掌が裂ける。


「今!」


「《微風》!」


 風が届く。


 胸の熱が戻った。


 《火弾》はレイン一人の所有物ではなかった。形は彼の中に残る。それでも、元になった者がそばにいて、力を貸す意思を向けた時に最も強くなる。


「《火弾》!」


 二発目が先頭の足元へ当たる。


 倒しきれない。だが爆風で群れが階段を転がり落ちた。


「走れ!」


 二人は路地へ戻り、今度こそ大通りへ出た。


 夜警の槍が二人へ向いた。


「止まれ!」


「後ろ!」


 衛兵たちが群れを見て、警笛を鳴らす。


 一本の捕縛網が路地へ広がり、先頭の魔物を絡め取った。残りは松明と槍で追い返される。


 安全になった途端、レインの脚から力が抜けた。


 フィオも隣へ座り込む。


「生きてる?」


「たぶん」


「私も」


 二人の間には、折れた箒の柄がある。


「弁償、半分だったな」


「覚えてたの?」


「生き残ったから」


 衛兵が近づき、二人を見下ろした。


「夜間の路上で無許可の攻撃魔法。事情を聞かせてもらう」


「魔物を倒したんです」


 レインが言う。


「冒険者証は?」


「今日、十八秒で落ちました」


「自白が早いな」


 衛兵はレインを立たせ、次にフィオの作業着を見た。


「町の清掃員が何をしている」


「ゴミを片づけてました」


 フィオは焦げた路地喰らいを指す。


「大きくて、牙があって、ちょっと手間のかかるゴミです」


 衛兵は笑いそうになり、咳でごまかした。


 詰所へ連れていかれる間、レインは自分の掌を開いた。


 傷の上に、小さな煤がついている。


 火打石以下の火が、初めて何かを守った跡だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ