第三十四話 欠陥品たち
白い手が町へ降りる。
「《時止爆炎領域》!」
ノクティリアが三秒の停止を広げた。
巨大な指先が、宿の屋根から数歩の場所で止まる。
町の人々も、落ちる瓦も、夜空を飛ぶ鳥も静止した。
動けるのは、連結能力を共有した仲間だけ。
「三秒しかない!」
レインは《境界突破砲》を白い手へ撃つ。
火球は表面を貫いた。だが中には何もない。空洞を抜け、反対側から出る。
時間が戻った。
白い手が宿を押し潰す直前、リネアリスが地面へ線を引く。
「《線強調》! ここから内側は、宿ではない!」
境界が書き換わり、手は目標を見失った。指先が宿をすり抜け、石畳へ沈む。
空の亀裂から声がした。
「管理外の境界変更を確認」
人の声ではない。高くも低くもなく、感情もない。それでも町のすべての窓が震えた。
「分割権能を回収する」
亀裂が広がる。
白い人影が降りてきた。
男にも女にも見える。顔には目も鼻もなく、額に銀色の輪だけが浮かんでいる。背後には無数の細い腕。一本ずつが空へ伸び、星や雲から見えない糸を引いていた。
「あれが、オルディナス」
メモリアーナが古文書を抱く。
世界管理神は地上へ足をつけず、宿の上に浮かんだ。
「お前たちは余った機能だ」
オルディナスの背後で、町の景色が変わった。
石畳が真っ直ぐな白い板へ。家々は同じ高さ、同じ形へ揃う。看板から店名が消え、人々の服も灰色へ変わっていく。
「何をしている!」
「不均一性を修正する」
宿の看板からも文字が消えた。
アリアが縫い直した紐は新品と同じ形へ戻り、異なる色の縫い目がなくなる。
「壊れた場所だけじゃない」
アリアが看板を見上げる。
「直した跡まで消してる」
町のパン屋では、焼き色の違うパンがすべて同じ形になった。鍛冶屋の剣は同じ長さへ揃い、子供が壁へ描いた絵が白く塗り潰される。
安定した世界。
失敗も不足もない代わりに、選び直した跡が存在しない。
「これがお前の管理か」
レインが聞く。
「差異は争いを生む。能力の強弱、種族、寿命、欲求。すべてを規格化すれば、苦痛は減少する」
「選べなくなる」
「選択は誤りを生む」
セレスが前へ出た。
「誤った契約を結ぶ自由も不要、と?」
「肯定」
「では、正しい契約を自分で選ぶ自由も消えます」
フェリは金貨を握る。
「外れない代わりに、表も裏もない」
リネアリスは白くなった街路へ新しい線を引いた。
「曲がった道まで真っ直ぐにするなんて、測量ではなく消去です」
オルディナスの腕が動き、白い光で線を消す。
一人ずつが、神の世界へ拒否を口にした。
全員が同じ理由ではない。
フィオは味の違う食事を選びたい。
クロエは失敗して荷車へぶつかっても、自分で走りたい。
ミルは割れた石の形を残したい。
ベルは正しくない歌も自分で書きたい。
オルディナスにとって、それらはすべて修正すべき誤差だった。
だから十九人は戦う。
強い力を得るためだけではない。
不揃いなまま存在するために。
ゼノグラードが杖を構える。
「余りを恐れ、十九に裂いたのはお前だろう」
「参謀個体。管理者への反抗を確認」
オルディナスの腕の一本が動いた。
ゼノグラードの最後の水晶眼が砕ける。
彼は膝をついた。
「何をされた!」
レインが支える。
「私の《七眼解析》を回収された。もともと神から借りた力だ」
「見えないのか?」
「初めから、この目では何も見ていなかったらしい」
ゼノグラードは壊れた仮面を外した。下には、ごく普通の二つの目がある。
「ようやく自分の目で見られる」
オルディナスは十九人を順番に見た。
「《微火》。熱量不足」
「《微風》。出力不足」
「《瞬速》。持続不足」
一人ずつ、能力を読み上げる。
「不要」
「不要」
「不要」
その言葉を、レインは十五歳の授技能式から何度も聞いた。
神官から。冒険者から。自分自身から。
「なぜ分けた」
レインが聞く。
「統合状態では管理権限へ干渉するため」
「危険だったから?」
「自由意思による法則変更は、安定を損なう」
「だから役立たない力に変えたのか」
「個体は与えられた役割だけを果たせばよい」
オルディナスの背後に光景が浮かぶ。
遠い昔。一つの巨大な光を、神の腕が十九に裂く。
中央に残った核は《連結》。分割の熱がわずかに残り、表面へ《微火》として現れた。周囲へ散った十八の欠片も力のほとんどを失い、弱い固有スキルとして人へ宿った。
「それなら、どうして授技能石は《連結》を表示しなかった」
「統合核は管理者封印下にあった。他の欠片と共鳴するまで休眠し、石が読めたのは表面の《微火》のみ」
「どうして俺たちが同じ時代に集まった?」
「統合核が未来から因果へ干渉した」
光景が変わる。
十九人がオルディナスへ立ち向かう、まだ来ていない未来。
未来のレインが、無数の糸を過去へ伸ばしている。
路地裏へ。
捨て子院へ。
鉱山へ。
戦場、奴隷市場、牢獄、名もない村。
「出会いは、俺が繋いだのか」
「完成した統合核が、自ら成立する過去を選択した」
フィオの顔から血の気が引いた。
「じゃあ、私たちがレインについてきたのも?」
「違う!」
レインがオルディナスより先に答えた。
「出会いだけだ。そうだろ!」
「肯定。感情操作は管理者権限にも存在しない。個体の非合理な選択は予測不能」
「非合理って何よ」
クロエが怒る。
「つまり、好きになったり信じたりしたのは私たち自身ってことでしょ」
ベルが静かに言った。
「私はまだ全部を信用してないけど」
「今言う?」
「大事なところよ」
アリアが宿から出てきた。
手には、最初の夜にレインが使った毛布がある。端が破れ、何度も縫い直されていた。
「難しい話は終わった?」
「まだ外に出るな!」
「私の力が必要なんでしょう」
アリアは毛布から一本の糸を抜いた。
「《糸接ぎ》」
切れた糸が繋がる。
三秒だけ。
その光へ、連結核に積み重なった十七段の連結が反応する。
「統合を禁ずる」
オルディナスの腕が一斉に動いた。
空に十九本の光柱が現れ、レインたちを別々に囲む。
仲間との繋がりが切れていく。
《能力共有》が消えた。
《概念創造》が遠のく。
一人へ戻されたレインの指先には、三秒の《微火》しか残らなかった。
光柱は、十九人を囲むものだけではなかった。
レインを囲む一本と、十八人を囲む十八本。さらに町の外周へ一本、巨大な輪がある。
外から助けは来ない。
アルティシアの騎士団も、リヴァの勇者一行も、輪へ触れた瞬間に停止していた。
時間停止とは違う。
神が「戦闘へ参加しない存在」と定義し、世界から役割を切り離している。
「俺たちだけでやるしかない」
レインは仲間を見る。
声は柱を越えない。
シェアの色も共有できない。
最初と同じだ。
互いの能力を知らず、使い方も分からない状態へ戻された。
それでも今は、名前を知っている。
誰が何を選び、どう戦うかを知っている。
レインは指先へ一度だけ火を灯し、握って隠す、開いて見せる動きを三回繰り返した。
旅の野営で決めた合図。
危険。待て。合わせろ。
フィオが気づき、箒を三度床へ打つ。
クロエが足で三回、石を蹴る。
音は届かなくても、動きは見える。
十九人へ順番に合図が渡る。
能力の連結を切られても、旅の間に作った連携までは神に回収できなかった。




