第三十二話 いなかった最後の一人
十七人目まで揃った。
最後の能力は「接続」。手がかりは糸の絵だけ。
一行は世界中を探した。
天空神殿では、ネーミが古い名簿を調べた。接続、結合、縫合に関するスキルは三百件あったが、すべて強すぎるか性質が違う。
魔王城跡では、リヴァと勇者一行が地下書庫を掘り出した。見つかったのは「神は最後の欠片を最も価値のない形へ隠した」という一文だけ。
砂漠の遺跡では、サンドラが古代装置を起動した。十九の印は光ったが、最後の一つだけ場所を示さない。
「存在しないのでは?」
メモリアーナが言った。
「まだ生まれていない可能性もあります」
「待つの?」
クロエが聞く。
「何年?」
「百年くらいなら付き合うわ」
エスメが答える。
「人間は死ぬ!」
フィオが抗議した。
捜索は二か月続いた。
一か月目の終わり、仲間の間で初めて大きな口論が起きた。
魔王城跡から戻った夜だった。
「登録されていない村を、一軒ずつ回るべきです」
メモリアーナが地図へ印をつける。
「二千以上あるよ」
クロエが椅子の背へ寄りかかった。
「全部回ってたら何年かかるの」
「手がかりがない以上、除外はできません」
「その間に魔王軍か神殿が見つける」
「急いで見落とすほうが危険です」
ベルは別の案を出した。
「私の歌で呼びかける。接続に関係する弱いスキルを持つ人は、王都へ来てほしいと」
「囮まで全部集まる」
ネーミリアが首を振る。
「神殿にも対象者の場所を知らせます」
意見がぶつかる。誰も間違っていない。だから決まらない。
「レインはどう思う?」
フィオが聞いた。
全員の視線が集まる。
以前なら、答えを出そうとしただろう。
「分からない」
「決めてよ」
クロエが苛立つ。
「《連結》の持ち主でしょう」
「だからって、何でも正しい答えが分かるわけじゃない」
「では、ここまで集めた責任は?」
メモリアーナの言葉で、部屋が静まった。
「私たちは物じゃない」
セレスが言う。
「でも、あなたは最後の一人を見つけるため、私たちへ協力を求めました。決める責任をすべて避けるのも違います」
「そうだな」
レインは地図を見る。
「全部の案を少しずつやる。メモリアと村の記録を調べる。ベルは呼びかけ方を考える。ネーミは神殿に見つからない方法を探す」
「効率が悪いよ」
「一つに決めて、他の意見を不要にしたくない」
フェリが金貨を出した。
「投げて決める?」
「投げない」
「聞いてみただけ」
口論は解決しなかった。
それでも翌朝、三つの班に分かれて出発した。
繋がるとは、いつも同意することではない。
違う道を選んだまま、同じ目的へ戻れることでもあった。
旅の途中、仲間は同じ場所に固まらなかった。
アルティシアは両国の停戦会議へ戻った。
リネアリスは共同管理区域の測量を続けた。
リヴァは勇者一行と残存魔物を討った。
アクアは一度村へ帰り、桶の水がすべて蒸発したことを確認して泣いた。
それぞれの人生を続けながら、手がかりだけを持ち寄る。
最後に全員が集まったのは、王都の大書庫だった。
修復された禁書庫の卓へ、十八枚の報告書が並ぶ。
「該当者なし」
メモリアーナが結論を読む。
「世界中の登録記録、神殿記録、奴隷市場の裏帳簿まで調べました。糸に関係する弱いスキルはありますが、連結核の反応はありません」
「魔王軍も探してる」
フェリが言った。
「捕虜にした昔の仲間から聞いた。向こうも見つけてない」
「ゼノグラードは?」
「魔王が倒れてから姿を消した」
レインは報告書を見つめた。
古代遺跡。神殿。魔王城。天空都市。
世界の果てまで探した。
それでも、胸の連結核は沈黙したまま。
「一度、帰ろう」
レインが言った。
「どこへ?」
フィオが聞く。
「最初の町。ラグナへ」
「手がかりがあるの?」
「ない。だから、考え直したい」
ラグナへ戻る道で、これまでの旅を逆にたどった。
最初に寄ったのは、セレスを売っていた港湾都市カレドだった。
二か月の捜索中、季節は夏から秋へ変わった。
人数が増えた一行は、一つの馬車では移動できない。三台へ分かれ、二日ごとに組み合わせを変えた。
最初の馬車では、フィオとベルが喧嘩した。
「その歌、掃除少女の箒が風を起こすところをもっと長くして」
「曲の流れが止まる」
「私の見せ場よ」
「歌は宣伝ではないわ」
「食堂で歌うなら宣伝も大事」
翌日には、ベルの曲へ箒の打音が加わった。フィオも自分の場面を短くする代わり、演奏中に舞台を掃除する役を引き受けた。
二台目では、ヴァレンとアルティシアが一日中、剣と弓の間合いを議論した。
「十歩以内なら剣が勝つ」
「十歩へ入る前に射る」
「一矢を避ければ届く」
「一矢しか射ないと思うな」
夕方には実戦になり、馬車の周囲を走りながら模擬戦を始めた。
「二人とも置いていくよ」
御者のミルが速度を上げる。
勝負を中断して追いかけた二人は、どちらが先に馬車へ戻ったかで再び揉めた。
三台目では、セレスとサンドラが毎朝の同行確認を続けた。
「今日は?」
「行きます」
「私も」
短い会話だった。
だが自由を奪われた者と、一万二千年役割へ縛られた者には、その一言が必要だった。
クロエとフェリは財布を交換して持つ訓練をした。
「私が盗まないと信じる練習?」
「私が疑いすぎない練習」
一日目、クロエは無意識に自分の腰からフェリの財布を抜いた。
二日目、フェリは一時間ごとに残高を確認した。
十日目、二人とも財布のことを忘れた。
夜になって交換したまま眠り、翌朝、どちらの財布か分からなくなった。
「成功?」
「失敗じゃない?」
中身を半分ずつ分け、問題を終わらせた。
メモリアーナとネーミリアは、古文書の言葉へ安全な名前をつける作業をした。
シェアは二人の肩を行き来し、文字ごとの色を伝える。
「この『接続』は青い」
「危険の色?」
「寂しい色」
「色に感情があるのですか」
「私にはそう見える」
メモリアーナは断定せず、シェアがそう見たという事実だけを記録した。
誰かの感覚を、全員に通じる真実へ勝手に変えないためだ。
レインは馬車を移るたび、違う会話へ加わった。
フィオとは食費の計算。
クロエとは孤児院への手紙。
ミルとは次の野営地の地盤。
ベルとは歌に残す事実。
誰か一人と急に恋人になる時間はなかった。
それでも距離は変わった。
フィオはレインの皿へ苦手な野菜を移すようになった。レインも気づかず食べるふりを覚えた。
クロエは財布を盗らず、必要な時は金を貸してと言えるようになった。
ヴァレンは決闘の前に怪我の有無を確認した。
ベルは監視の歌だけでなく、失敗して笑う歌も書いた。
好意は同じ形で育たない。
旅の終わりまで告白しない者も、恋へ変わらない者もいる。
それでも十九人の関係は、能力より先に少しずつ繋がっていた。
奴隷市場の天幕は撤去され、跡地に相談所ができている。解放された子供たちが受付を手伝っていた。
「お姉ちゃん!」
セレスへ駆け寄る。
彼女は一人ずつ名を呼び、学校で覚えた字を見せてもらった。
「ここに残ってもいいんだぞ」
レインが言う。
「最後の一人を探している途中です」
「でも、戻りたいなら」
「戻る場所と、今することは別です」
セレスは相談所へ、旅で得た報酬の半分を預けた。
次は鉱山町グラベル。
ミルが墓地へ行く間、クロエはトーマと競走した。脚の怪我は治り、今は正式な見習いとして名簿に載っている。
「《瞬速》なしで勝負!」
クロエは宣言し、普通に負けた。
「元から足が速いわけじゃないんだね」
「零・一秒だけなら勝ってた!」
「競走はもっと長いよ」
フィオは笑いすぎて道端へ座った。
国境では、アルティシアとリネアリスが共同区域の新しい標を見せた。
二国の紋章ではない。
井戸と、その周りで手を繋ぐ人々が彫られている。
「趣味が幼い」
アルティシアが言う。
「子供たちが考えた図です」
「なら仕方ない」
そう言いながら、標の掃除を毎朝騎士団へ命じていた。
捨て子院では、クロエが報酬を渡した。
院長は半分を返す。
「あなたの旅にもお金がいるでしょう」
「稼いだら全部送るって決めた」
「全部ではありません。半分です」
「どうして知ってるの?」
「レインさんの手紙に」
クロエがレインを追い回し、彼は院の庭を三周逃げた。
訪れた場所ごとに、誰かが残る選択肢を持っていた。
それでも捜索へ戻ったのは、レインに従ったからではない。
自分の用事を終え、そのたび自分で合流した。
最後に裏通りへ着いた時、一行は旅立った頃と同じではなかった。
人数だけではない。
帰れる場所を世界中へ増やしていた。
北門の城壁は修復され、ベルの歌を刻んだ石碑が立っていた。
捨て子院ではクロエが子供たちに財布の隠し場所を教え、院長に叱られた。
裏通りではフィオが新しい清掃員へ箒の持ち方を教えた。レインが寝た軒下は、新しい物置になっている。
「ここで私を生ゴミ扱いしたんだよな」
「あなたがゴミ袋の間にいたんでしょ」
「十八秒で試験に落ちた翌日だった」
「十二秒で合格した日でもあるわ」
宿屋へ向かう。
扉の看板は、片方の紐が切れて斜めに下がっていた。
黒髪の娘が踏み台に乗り、紐を直している。
アリアだった。
「《糸接ぎ》」
切れた紐が淡く光り、数秒だけ繋がる。
アリアはその間に針を通し、手早く縫い合わせた。
「今の……」
レインの足が止まる。
「おかえり」
アリアが振り返った。
「ずいぶん久しぶりだね」
胸の奥で、連結核に積み重なった十七段の連結が同時に震えた。
炎でも、風でも、速さでもない。
切れたものを繋ぐ力。
最初から知っていた。
旅へ出る前から、何度も見ていた。
「アリア」
「何?」
「お前のスキルを、もう一度見せてくれ」
アリアは縫い終わった紐を見た。
「《糸接ぎ》? いいけど、何にも使えないよ」
レインは答えられなかった。
二か月探した最後の一人が、最初の宿で夕飯の仕込みをしていた。




