第三十一話 一粒から作るもの
創造の印が示した場所は、地図に存在しなかった。
メモリアーナが古文書の傷を読み、リネアリスが古い測量線を重ね、ようやく位置が割れた。魔王城が現れた山の地下。人の歴史より古い封印遺跡だ。
入口は、岩盤の中に埋まっていた。
「《境界突破砲》で開ける」
レインが指を上げると、ミルが腕を押さえた。
「遺跡ごと落ちる。私が割るよ」
《小分け》を何度も使い、入口を塞ぐ岩だけを少しずつ外す。三時間後、人一人が通れる穴が開いた。
「火弾なら一秒だった」
クロエが言う。
「生き埋めも一秒だよ」
遺跡の中に埃はなかった。
壁も床も白く、時間だけが切り取られたように傷一つない。
最奥の部屋で、女が石椅子に座っていた。
褐色の肌。砂色の髪。額には、輪を半分に割った形の紋章がある。
目を開く。
「十九番目が来た」
最初に見たのは、レインだった。
「俺を知ってるのか?」
「あなたではない。あなたの中の核を知っている」
女は立ち上がる。
「サンドリエラ・ワングレイン・クリエイティア。最後の創造守です」
「サンドラでいい?」
フィオが聞く。
「サンドリエラと」
「長いからサンドラね」
「古代語では神聖な――」
「私なんてフィオレンティーナよ」
サンドリエラは初めて言葉を失った。
「諦めたほうがいい」
レインが言う。
「私もエスメラルダをエスメにされたわ」
エスメが肩をすくめる。
サンドラは十七人の原初スキルを順番に確かめた。
そして掌を上に向ける。
「《砂粒創造》」
空中に砂が一粒現れた。
小さすぎて、掌の皺へ紛れる。
「それが創造の力?」
アクアが覗き込む。
「無から物質を生む。量は一粒だけ」
「私の一滴と似てます」
「違う。あなたは存在する水を増やす。私は存在しなかった砂を作る」
サンドラは砂粒を小瓶へ入れた。瓶の底には、数え切れない砂が溜まっている。
「何年ぶん?」
「一万二千年」
全員が瓶を見た。
底を薄く覆う程度しかない。
「砂浜を作る前に世界が終わるわね」
エスメが言う。
「だから私は、ここで待った。創造を連結核へ返す者を」
「なら力を貸してくれ」
「断る」
サンドラは即答した。
「なぜ?」
「創造を核へ繋げれば、存在しない概念まで作れる。代価は、作った者の存在だ」
「使うたびに消える?」
「小さな概念なら記憶を一つ。大きければ名前、体、魂。神を倒す武器を作れば、私は最初から存在しなかったことになる」
「なら使わない」
今度はレインが即答した。
「ここまで来て?」
「仲間を消して作る力はいらない」
「私を仲間と呼ぶのか」
「呼ばれたくないならやめる」
サンドラはレインの顔を長く見た。
「過去の核保持者は、全員が力を求めた」
「俺は過去の奴じゃない」
遺跡が揺れた。
白い壁に黒い亀裂が走る。
ネーミが短剣を抜いた。
「神殿の《浄化指定》です」
天井に巨大な文字が浮かぶ。
【創造系統の覚醒を確認】
【封印領域を削除します】
「この遺跡ごと消す気だ」
レインは《能力共有》を広げた。
全員に連結能力が渡る。境界を破り、浄化を反転させ、削除へ《消える》と名をつける。
それでも文字は消えない。
「神の命令には、同じ神域の概念が必要です」
サンドラが掌に砂粒を作った。
「何を作る?」
「《削除されない場所》」
「代価は?」
「この遺跡で過ごした一万二千年」
「駄目だ!」
「このままなら全員消える」
「一人で払うな。能力を共有する!」
レインはサンドラの手を握った。
「代価も分けられるはずだ」
「十七人の記憶を削るつもり?」
「一人一つ、今日の朝飯くらいなら」
フィオが青ざめた。
「朝、何食べたっけ?」
「まだ払ってない!」
「忘れたくない。おいしかった気がする」
サンドラの口元が少し動いた。
「くだらない記憶で、一万二千年へ釣り合うと?」
「十七人じゃない。俺もいる。小さな記憶を十八個。足りなければ、力の規模を小さくする」
「全員を守る場所ではなく?」
「削除の文字だけが存在できない場所を作る」
サンドラは天井の文字を見た。
「最小の概念で、最大の結果を作るのね」
「お前の一粒と同じだ」
胸の奥で十七個目の音が鳴った。
【共鳴を確認】
【《能力共有》と《砂粒創造》を連結します】
【スキル連結成功】
【《概念創造》を獲得】
十八人の掌に、一粒ずつ砂が生まれた。
「作るぞ。《削除という文字がない場所》」
砂粒が光へ変わる。
全員の記憶から、小さなものが一つずつ消えた。
レインは昨日、どちらの靴から脱いだかを忘れた。
フィオは朝食の付け合わせを。
クロエは宿の部屋番号を。
小さな欠落が十八人ぶん集まり、神の文字一つを世界から押し出した。
【削除】の命令が消える。
遺跡の揺れが止まった。
サンドラは自分の手を見た。
「私は、残っている」
「全員な」
レインが答える。
「次も代価は分ける。一人で消えるのは禁止だ」
「古代人へ命令するの?」
「頼んでる」
「なら、考えておく」
サンドラは石椅子の下から、最後の印が刻まれた板を取り出した。
接続。
その下に、能力名はない。
ただ一本の、細い糸が描かれていた。
サンドラが封印遺跡で待っていた一万二千年は、眠り続けた時間ではなかった。
最初の千年、彼女は毎日、外へ出ようとした。封印扉を叩き、砂粒を隙間へ詰め、いつか扉を押し開ける量になると信じた。
二千年目、外から人の声が聞こえた。
助けを求めて叫んだ。返事はない。
後で分かった。遺跡を神殿として拝んだ人々の祈りだった。壁一枚を挟み、互いの存在を知らないまま百年ほど暮らした。
三千年目には、その声も消えた。王国が滅び、言葉が変わった。
サンドラは壁越しに聞いた言葉を石板へ記録した。知っていた国名が地上から一つずつ消えるたび、自分だけが世界の外へ取り残される。
五千年目、初めて自分の名前を忘れかけた。
石椅子へ「サンドリエラ」と刻み、毎朝読んだ。
七千年目、《砂粒創造》で作った一粒一粒へ、過ぎた日の意味を与えた。
これは雨の音を聞いた日。
これは地上で戦争が始まった日。
これは誰の声も聞こえなかった日。
小瓶の砂は、時間そのものだった。
「どうして逃げなかった?」
遺跡を出る前、レインが尋ねた。
「創造の欠片を、神に見つからないよう守る者が必要だった」
「お前一人が?」
「当時は仲間がいた。封印へ残ったのは私だけ」
「みんなは?」
「地上へ戻った。家族がいたから」
「恨まなかったのか」
「最初の千年は」
サンドラは砂の小瓶を光へかざした。
「その後、家族のもとへ帰る選択も正しかったと分かった。私が残ったのも、自分で決めた」
「一万二千年を?」
「最初から一万二千年と知っていたら、決めなかったでしょうね」
彼女は小瓶を腰へ自分で結ぶ。
「だから、未来すべてを一度に選ぶ必要はない。あなたたちとは、まず明日まで行きます」
セレスが少し笑った。
「私も最初は一日でした」
「では、先輩ね」
「一日だけ」
不死に近い古代人と、自由になったばかりの獣人は、その日から毎朝、今日も同行するかを互いに確認した。




