第二十六話 外れた未来
弓兵は二十人。
全員が魔力を乱す外套を着ている。《記録追跡時空砲》が位置を覚えても、次の瞬間には記録と違う場所へ像がぶれた。
「確率幻影」
フェリが言う。
「右へ避けるか左へ避けるか、本人にも分からない。攻撃直前に術が選ぶの」
「次の動きを記録できない」
「当てるのは無理だよ」
「敵側が言う?」
ベルが睨む。
「今は裏を選んだ側」
「信用しづらい言い方ね」
矢が馬車へ突き刺さる。
レインは時間領域で止めた。三秒後、矢は再び動く。発射位置を狙って火球を返すが、弓兵の像は左右へぶれ、外れる。
「攻撃が外れる未来を、術が選んでる」
メモリアーナがいれば癖を探せるかもしれない。だが仲間たちは町の中だ。
「フェリ。お前の《微幸運》で、当たる未来を増やせるか?」
「表の確率を少し上げるだけ」
「なら、当たりを表にする」
「言葉遊びで能力は変わらないよ」
「今まで全部、そう言われた」
レインは火球を一つ作る。
「俺の攻撃が当たる。表。外れる。裏」
「私が表を増やしたって、ほんの少し」
「一発なら足りない。でも、外れた火を複製して、何度でも未来へ撃つ」
フェリの耳が伏せられる。
「私の幸運で人を撃つの?」
「決めるのはお前だ」
「また、それ」
「嫌いか?」
「嫌い。逃げ道がなくなるから」
敵の隊長が叫んだ。
「巫女を裏切り者として処分しろ!」
矢の向きがフェリへ変わる。
レインは前へ立ち、時間領域で矢を止めた。
「私を守れば、あなたも死ぬかもしれない」
「もう守ってる」
「コインに聞かないの?」
「聞かない」
フェリはポケットの中で金貨を握りしめた。
「七年前、私は表を出したんじゃない」
「何?」
「怖くて、表が出るように置いた。投げたふりをした」
声が震えている。
「私が村を売った。ずっと、スキルのせいにしてた」
「村は助かったんだろ」
「私が決めたから」
「なら、今度も決めろ」
止まっていた矢が落ちる。
フェリは顔を上げた。
「私は、あいつらを外したい」
胸の奥で十二個目の音が鳴る。
【共鳴を確認】
【《記録追跡時空砲》と《微幸運》を連結します】
【スキル連結成功】
【《因果必中砲》を獲得】
火球が一発、敵の隊長へ飛ぶ。
確率幻影が体を右へぶらす。火球は左を通り過ぎた。
「外れた!」
ベルが叫ぶ。
「まだだ」
外れた火球が空中で停止する。
その未来を記録し、複製する。
二発目は右へ。敵は左へぶれ、また外れる。
三発目。四発目。
外れるたび、その未来が候補から消えていく。
右、左、後退、伏せる。
すべて外れた後、残る未来は一つ。
五発目の火球が、隊長の弓だけを撃ち抜いた。
「外れない未来を増やしたんじゃない」
フェリが呟く。
「外れる未来を減らしたんだ」
火球は次々と敵の武器へ当たる。確率幻影がどちらを選んでも、その先に火が待っている。
弓兵たちは武器を失い、森へ逃げた。
最後の一人が去った後、フェリは金貨を街道へ置いた。
戦いの後、《因果必中砲》を木の的で試した。
一発目は中心へ当たる。二発目も。
三発目は、撃つ直前にフィオが的を横へ動かした。火球は外れた。
「必中じゃないの?」
クロエが聞く。
「未来の候補に『当たる』がなければ無理みたいだ」
壁の裏へ隠した的、届かない距離、発射後に消した的。どれも当たらない。
フェリの幸運は、不可能を可能にはしない。当たり得る未来が一つでもある時、外れる未来を少しずつ減らす。
「《条件付き因果高確率砲》に変える?」
フィオが提案した。
「格好悪い」
クロエが却下する。
「名前はそのままでいい。弱点は記録する」
レインは登録書へ条件を書き足した。
能力名が強そうでも万能ではない。
合成のたびに失敗条件を試すことが、一行の決まりになった。
「魔王軍は私の村を見張ってる。今すぐ帰れば、報復される」
「村を守る方法を探そう」
「どうやって?」
「全員で考える」
町から仲間たちが駆けてきた。フィオが先頭のつもりだったが、実際にはクロエとヴァレンに大きく遅れている。
「遅い!」
フィオはレインへ怒鳴った。
「そっちが?」
「勝手に戦いを始めるのが!」
フェリは九人の女を見た。
「全員、彼女なの?」
「違う!」
レインが即答する。
「もっと悪いわ」
フィオが言った。
「全員のスキルを見てるの」
「その言い方やめろ!」
フェリは声を上げて笑った。
その日のうちに、アルティシアがフェリの村へ停戦監視隊を送る手筈を整えた。魔王軍が動けば、二国への敵対行為になる。
「敵国騎士が村を守るの?」
フェリが聞く。
「今は停戦中だ」
「三十日だけじゃ?」
「延長した。誰かが次々と問題を持ち込むのでな」
アルティシアはレインを見た。
「俺のせいか?」
「半分は」
「残りは?」
「お前を放置した両国の責任だ」
フェリは旅へ加わった。
ただし、魔王軍を裏切ったとは言わなかった。
「今は、自分で選ぶ側にいるだけ」
それが彼女の答えだった。
最初の夜、フェリは全員の寝床から離れた木の上で眠った。
「落ちるよ」
クロエが下から声をかける。
「狐獣人は平気」
「嘘。寝返り打ったら終わりでしょ」
「元泥棒に荷物のそばで寝られるほうが怖い」
「元じゃない。休業中」
「もっと怖い」
クロエは木の根元へ座った。
「見張ってるから寝れば」
「私を?」
「敵が来ないかを。あんたが逃げるなら止めない」
「レインなら止めない、の間違いじゃ?」
「私も同じ。捨て子院を出る時、止められなかった」
フェリは枝の上から彼女を見る。
「戻りたくならない?」
「毎日なるよ」
「じゃあ、どうして旅を?」
「戻る場所があるのと、そこから出ないのは別だから」
クロエは小石を投げた。フェリが片手で受け取る。
「表なら下で寝る。裏なら木の上」
「コインじゃない」
「形は似てる」
フェリは投げず、枝から降りた。
「自分で決めた。今日は下」
二人は毛布を離して敷いた。
友人になるには、まだ距離があった。
それでも翌朝、フェリの財布は盗まれていなかった。
「確認した?」
クロエが呆れる。
「三回」
「失礼ね」
「一回目で安心して、二回目で疑って、三回目でまた安心した」
「忙しい性格」
フェリの仲間入りは、信頼から始まったのではない。
裏切られなかった朝を、一日ずつ増やすところから始まった。




