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スキルがゴミだった俺、組み合わせたらヤバくなった  作者: 藤崎聖子


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第二十五話 幸運を売る狐

 その日の午後、宿へ戻ると、卓上に金貨が一枚置かれていた。


「誰の?」


 フィオが聞く。


「私のではありません」


 セレスが全員分の財布を確認する。


「拾ったなら食費に――」


「使うな」


 メモリアーナが金貨を紙で挟んだ。


 表には王の横顔。裏には、存在しないはずの八本脚の獣が刻まれている。


「偽金です」


「よくできてる」


 クロエが横から覗く。


「重さも音も本物と同じ」


「違うのは裏面だけ。これは暗号です」


 金貨を投げ、八本脚が表になれば北門。王の顔なら南門へ来い。


 そう解読できる短い文が、紙の包みに書かれていた。


「どっちを出すつもり?」


 ノクティリアが聞く。


「選ばせる気はない」


 レインは金貨を机へ立てた。


 指を離す。


 金貨は縁で回り、長く揺れた末に倒れた。


 八本脚。


「北門ね」


「待ち伏せだろうな」


「行くの?」


「九人で行けば逃げられる。俺と二人だけでいい」


 レインが選んだのはベルだった。


「どうして私?」


「嘘を聞き分けてくれ」


「吟遊詩人を何だと思ってるの?」


「人の話を覚える仕事」


「それは私が言った言葉ね」


 北門を出た先の街道に、旅商人の馬車が止まっていた。


 御者台には、狐耳を持つ女が座っている。蜂蜜色の髪を編み込み、金貨を指の上で回していた。


「本当に来た」


「呼んだのはお前だろ」


「来る確率は四割くらいだと思ってた」


 女は馬車から降りる。


「フェリシアーヌ・コイントス・カウザリティ。フェリでいいよ」


「魔王軍か?」


「うん」


 あっさり認めた。


 ベルがリュートケースへ手をかける。


「罠?」


「それも半分正解。ここから三百歩先に弓兵がいる」


「なぜ教える」


「私の仕事は、レインを連れていくこと。殺すことじゃないから」


 フェリは金貨を投げた。表が出る。


「今の表、本当にスキルのおかげか?」


「分からない」


 フェリは金貨を拾った。


「魔王軍の研究室で、毎日一万回投げた。表は五千百二十七回の日もあれば、四千九百八十回の日もあった」


「それで巫女に?」


「確率は説明に便利だから。成功すれば私の幸運。失敗すれば信仰が足りない。上の人は、どちらでも責任を取らない」


 フェリは金貨をもう一度弾いた。今度は裏。


「神秘なんて、この程度」


「裏が出ることも含めて、お前の力だろ」


「負け惜しみ?」


「表しか出ないなら、選択じゃない」


 フェリは裏面を見つめた。


 失敗する余地がある。だから自分で決める意味がある。


「私の《微幸運》は、コインの表が出る確率をほんの少し上げる」


「それで魔王軍は何を?」


「作戦を決める時、私に投げさせるの。襲うか、待つか。殺すか、生かすか」


「決定をスキルのせいにしてるだけだ」


「そうだよ」


 フェリの笑顔が消えた。


「責任を取りたくない人は、運命って言葉が好きだから」


「お前は?」


「私は報酬が好き」


 ベルが小声で言う。


「嘘ね」


 フェリの耳が動いた。


「初対面で失礼だなあ」


「本当は何が欲しいの?」


「選ばなかった未来」


 フェリは金貨を握る。


「七年前、魔王軍が私の村へ来た。従うか、焼かれるか。村長は私にコインを投げさせた。表なら従う。裏なら戦う」


「何が出た?」


「表。みんな助かった。代わりに私は、幸運の巫女として連れていかれた」


「それで、今も命令に従ってる?」


「私が裏を出せば、誰かが死ぬかもしれない」


 街道の茂みが揺れた。


 隠れていた弓兵が、待ちきれず位置を変えたのだ。


「時間切れ」


 フェリが二枚目の金貨を出す。


「表なら、私と来て。裏なら、ここで戦う」


「投げるな」


 レインは彼女の手を押さえた。


「俺のことを決めるのは俺だ。お前のことはお前が決めろ」


「私が決めたら、外れるかもしれない」


「決めないまま当たるよりましだ」


 弓弦の音がした。


 ベルが《微増幅》で音を広げ、方向を知らせる。レインは矢を避け、火球を森へ転移させた。


 弓兵が散る。


 フェリは馬車の陰へ隠れなかった。


 金貨を握ったまま、道の中央に立っている。


「私が今、裏を選んだら?」


「一緒に戦う」


「表を選んだら?」


「捕まらないように戦う」


「どっちでも戦うんだ」


「俺の選択だからな」


 フェリは笑った。


 今度は作った笑顔ではなかった。


「じゃあ、今日は裏にする」


 彼女はコインを投げず、ポケットへしまった。


 七年前、フェリが表を置いた夜。


 村人は誰も、その細工に気づかなかった。少なくとも、フェリはそう思っていた。


 魔王軍へ従うと決まった後、村長は彼女を納屋へ呼んだ。


「あの金貨を見せてくれ」


 村長は裏面を指でなぞった。


「投げてないな。縁に土がついていない」


「私が村を売ったって、みんなへ言うの?」


 村長は金貨を返した。


「お前は村を救った。十五歳の子供へ選ばせた責任は、私たち大人にある」


 それでも翌朝、連れていかれたのはフェリ一人だった。


 村人は助かった。誰も追ってこなかった。


 フェリはその事実だけを七年間抱えた。村長の謝罪も、見送りで泣いた人々の顔も、時間が経つほど都合のいい記憶に思えた。


「私が今度、裏を選んだら」


 街道でレインへ尋ねた時、試していたのは彼ではない。


 自分自身だった。


 表を選び続ければ村は安全かもしれない。裏を選べば、誰かが危険になる。


 それでも自分が何を望むかを言えるのか。


 答えはまだ声にならなかった。だが七年ぶりに、コインではなく自分で選ぼうとしていた。


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