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スキルがゴミだった俺、組み合わせたらヤバくなった  作者: 藤崎聖子


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第二十話 百発だった魔法

 魔王軍は、レインの能力を調べ尽くしていた。


 兵は一か所に固まらない。十人ずつ民家の陰へ散り、村人を盾にできる位置を取る。


 《絶対穿孔爆炎群》なら壁ごと貫ける。


 《転移穿孔爆炎群》なら遮蔽物の向こうへ火を送れる。


 だが撃てば、敵のそばにいる村人まで巻き込む。


「撃てないでしょう」


 ゼノグラードが言った。


「お前の力は強くなりすぎた。小さな敵だけを倒すには向かない」


 黒い兵が村人へ剣を突きつける。


「アクアレイナを渡せ」


 レインは指を下ろした。


「私が行けば――」


 アクアが前へ出ようとする。


 ヴァレンが剣の鞘で道を塞いだ。


「自分を渡して終わる相手ではない」


「でも、皆さんが」


「私たちは自分でここに立っている」


 ヴァレンは敵の配置を見た。


「問題は、同時に百人を倒せないことだ」


「百発あればいいの?」


 アクアが聞いた。


 レインは振り向く。


「《一滴複製》は、水だけか?」


「液体なら何でも。一滴だけです」


「火は液体じゃない」


「魔力は流れるものだと、神殿の先生が言っていました」


 アクアはレインの隣に立った。


「一滴ぶんの魔力なら、増やせるかもしれません」


「失敗したら?」


「いつもの一滴が増えるだけです」


 敵兵が村人を蹴り、跪かせた。


 アクアの手が震える。


「私、ずっと考えてました。十年続けても桶いっぱいにならないなら、何のための力なんだろうって」


「十年で駄目なら、百年続けてもいい」


「エルフみたいなこと言わないでください」


 エスメが小さく咳払いした。


「でも、今は待てません」


 アクアは桶から一滴の水をすくい、レインの指先へ落とした。


「私の一滴を、使ってください」


 胸の奥で九つ目の音が鳴った。


【共鳴を確認】


【《転移穿孔爆炎群》と《一滴複製》を連結します】


【スキル連結成功】


【《無限転移爆炎群》を獲得】


 レインは空へ指を向けた。


 一つの火球が上がる。


 ゼノグラードは動かない。


「一発では何も変わらない」


「一発じゃない」


 火球の表面から、光が一滴こぼれた。


 それが二つ目の火球になる。


 二つから二つずつ。四つ、八つ、十六。


 火は夜空の星のように増え続けた。


「百二十八」


 ミルが数える。


「二百五十六」


 フィオが途中から引き継ぐ。


「もう無理!」


 空一面が白い火球で埋まった。


 敵兵たちが初めて動揺する。


「人質から離れろ!」


 隊長が叫ぶ。


 遅い。


 火球は一発ずつ、一センチ単位で転移した。


 剣と村人の間へ。


 兜の内側へ。


 鎧の留め具へ。


 威力を極限まで絞った火が、武器だけを貫き、具足だけを焼く。


 百人の兵から、ほぼ同時に武器が落ちた。


 次の火球は足元へ着弾する。爆風が兵だけを転ばせ、村人には熱風すら届かない。


「攻撃数を増やし、一発ごとの役割を小さくしたか」


 ゼノグラードが呟いた。


 七つの水晶眼が高速で明滅する。


「圧倒的な力を、精密さへ戻した。興味深い」


「次はお前だ」


 火球がゼノグラードを囲む。


 黒い霧が広がり、近くの火を飲み込んだ。だが消した数より速く、新しい火が増える。


 仮面の水晶に亀裂が入った。


 ゼノグラードは初めて一歩下がる。


「目的は果たした」


「逃げるのか?」


「違う。お前がどう成長するか、確かめた」


「俺を強くして、何がしたい」


「まだ答える段階ではない」


 黒い霧が彼の体を包む。


「ただし忠告しよう。魔王軍の全員が、私と同じ目的で動いていると思うな」


「どういう意味だ!」


「次からは、候補を生かして待ってはいない」


 ゼノグラードが警告した相手は、神殿だけではなかった。


 魔王軍の内部でも、彼の方針に反対する者が増えていた。


「ゴミスキルの女を生け捕りにするため、兵を何人失った」


 将軍ガルディオが作戦卓を叩く。


「レインを殺せば終わる」


「殺せば、連結核がどこへ移るか分からない」


 ゼノグラードは答えた。


「再び十九へ散る可能性もある」


「次の世代が困るだけだ」


「お前の子も、その世代へいる」


 将軍の手が止まる。


 魔王軍の兵にも家族がいる。人間の国に土地を奪われた氏族、魔王の保護がなければ生きられない混血、徴兵を拒めば村を失う者。


「世界の仕組みを知る前に核を壊せば、同じ争いが続く」


「お前は魔王より賢いつもりか」


「賢い者だけが疑うのではない」


 ゼノグラードの命令は、配下を二つに割った。


 候補者を生かそうとする解析部隊。


 レインごと消そうとする主戦部隊。


 以降の敵の行動が噛み合わなかったのは、無能だからではない。異なる未来を選んだ者たちが、同じ軍旗の下で争っていたからだ。


 アクアの村でゼノグラードが退いた直後、主戦部隊は命令を無視した。


 次の候補、ノクティリアを収容所ごと消す。


 黒い砂時計は、そのために運び込まれた。


 ゼノグラードの姿が消えた。


 残された兵たちは降伏した。


 勝利の代償は小さくなかった。


 納屋が二棟焼け、村人六人が矢傷を負った。家畜小屋では牛が一頭、煙を吸って倒れている。


 アクアは喜ぶより先に、負傷者の家を回った。


 一滴の水を増やし、それから桶いっぱいの普通の水を運ぶ。


「大魔法を使った後なのに、やることは同じなんだな」


 レインが桶を持つ。


「傷を洗うには、普通の水が要ります」


 無限に増える火で軍隊を倒せても、一人の傷へ必要なのは清潔な布と水と時間だった。


 セレスは矢を抜き、ミルが壊れた寝台を直す。フィオは煤を掃き、クロエは逃げた家畜を探した。


 ベルは勝利の歌を歌わない。負傷者が眠れるよう、静かな曲を弾いた。


 ゼノグラードが退いた後も、戦いはその日の夜まで終わらなかった。


 戦いの後、村人がアクアの周りへ集まった。


 誰も彼女を笑わない。


 アクアは空になった桶を抱いていた。


「私の一滴が、あんなに」


「一滴から始まった」


 レインが言う。


「でも、増やしたのはお前だ」


「私が村を出たら、毎朝の一滴がなくなります」


 村長が笑った。


「十年分は桶に残ってる。帰ってくるまで大事にするよ」


「蒸発します」


 エスメが言う。


「今それを言わなくても!」


 アクアが初めて大きな声を出した。


 翌朝、彼女は小さな鞄と、空の桶を持って一行へ加わった。


 ここから旅の形が変わった。


 偶然、弱いスキルを持つ者と出会うのではない。


 魔王軍より先に見つけなければ、殺される。


 争奪戦が始まった。


 村を出る前、アクアは桶の二千九百八十二滴を一軒ずつ配った。


 最後の一滴は、粉挽き小屋の老女へ渡す。


「戻るまで、毎朝は来られません」


「十年分もらったよ」


 老女は杯を掲げた。


「今度は私らが、あんたを忘れない番だ」


 アクアは泣きながら笑った。


 空の桶は旅へ持っていく。


「荷物になるよ」


 クロエが言った。


「私が持ちます」


「何に使うの?」


「次の一滴から、また始めるんです」


 その夜の野営で、アクアは全員へ一滴ずつ配った。


 フィオは舌で受け止める。


「味がしない」


「普通の水ですから」


「でも、私の分なのね」


「はい」


「じゃあ明日もお願い」


 十八人が揃う頃には、朝の一滴が一行の習慣になっていた。


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