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スキルがゴミだった俺、組み合わせたらヤバくなった  作者: 藤崎聖子


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第十八話 一センチ先の自由

 扉が開く前に、レインは壁へ背をつけた。


 魔王軍兵は三人。先頭は短剣、二人目は鎖、最後の一人は魔法杖を持っている。


「生かすのはエルフだけだ」


 短剣の男が牢へ踏み込む。


 レインは腕をつかみ、壁へ引き寄せた。肘を打ち、短剣を落とさせる。


 二人目の鎖が飛ぶ。


 避ける場所がない。


「《一寸転移》」


 鎖の先端が一センチ横へずれた。


 たった一センチ。


 それでレインの首を外れ、肩をかすめる。


「助かった!」


「一日一回なのに使ったんだから、無駄にしないで!」


 レインは鎖を踏み、二人目を引き倒す。だが杖の先に赤い光が集まっていた。


 火の矢が放たれる。


 レインは倒れた兵の外套を持ち上げて防いだ。布が燃え、腕に熱が走る。


「スキルを使えないの?」


 エスメが聞く。


「仲間が遠い。弱くなってる!」


「役に立たない仲間ね」


「俺たちは離れると弱い。お前も一人で八日かけてたろ!」


「あと八日よ!」


「同じだ!」


 杖の男が二発目を準備する。


 エスメは看守の死体から鍵を取り、鉄格子の外へ出た。


「案内して。仲間を集めれば戦えるんでしょう」


「信じるのか?」


「まだ。見届けるだけ」


 二人は廊下を走った。


 フィオとミルは一階下。クロエ、セレス、ベル、ヴァレンは別棟へ移される直前だった。


 エスメは鍵を一センチずらして看守の手から落とし、鉄格子の隙間へ滑り込ませた。次は槍の穂先を一センチ動かし、ミルの肩を外させた。


 《一寸転移》は一日に一度ではなかった。


 同じ物を動かせるのが一日一度。対象を変えれば続けて使える。


「三百年、気づかなかったのか?」


「鍵しか動かしてなかったの!」


「八日どころじゃなかったな」


「その話、二度としないで」


 仲間が一人戻るたび、連結核が熱を取り戻す。


 全員を解放した時、要塞の中庭には魔王軍兵が待っていた。


 その後ろで、王都騎士団の隊長が震えている。


「金を受け取って、私たちを売ったのね」


 ベルが睨む。


「違う! 家族を人質に――」


「言い訳はあとです」


 セレスが遮った。


 魔王軍兵が弓を構える。


「エスメラルダ以外は殺せ」


 矢が一斉に放たれた。


「《絶対穿孔爆炎群》!」


 火球が矢を貫き、敵陣へ飛ぶ。


 だが兵たちは石柱の陰へ散った。火球は追尾するものの、柱を貫いた後で威力を失う。


「私の力を足せば、柱を通る前に向こう側へ動かせる?」


 エスメが聞いた。


「できる」


「また即答」


「お前の一センチがあれば、壁の表から裏へ越えられる」


「私が断ったら?」


「別の方法を探す」


「私だけ置いて逃げる方法も?」


「それは探さない」


 エスメは長い耳をわずかに伏せた。


「三百年生きていると、人の言葉はだいたい嘘に聞こえる」


「俺は十八年しか生きてない。うまい嘘はつけない」


「それは見れば分かるわ」


 石柱の向こうから、次の矢がのぞく。


「少しだけ、自由を預ける」


 胸の奥で八つ目の音が鳴った。


【共鳴を確認】


【《絶対穿孔爆炎群》と《一寸転移》を連結します】


【スキル連結成功】


【《転移穿孔爆炎群》を獲得】


 レインは敵ではなく、石柱の表面へ指を向けた。


「《転移穿孔爆炎群》!」


 火球群が放たれる。


 先頭の一発が、柱へ触れる直前に一センチだけ転移した。


 石の表面から、その内側へ。


 次の火球が先頭の位置を引き継ぎ、さらに一センチ進む。一発につき一度。別々の火球が転移を受け渡し、石の中へ道を作った。


 細かな転移を重ねた火球群は、石を貫かずに通り抜ける。


 反対側へ出た時も威力は落ちていない。


 魔王軍兵の足元で爆発した。


 柱から柱へ隠れても、火球は壁の向こうへ直接現れる。兵たちは武器を捨て、中庭の中央へ逃げた。


「そこなら隠れる物はないぞ」


 レインが新しい火球を向ける。


 敵兵は全員、膝をついた。


 戦いの後、王都騎士団の調査官が到着した。隊長の内通と偽証が明らかになり、レインたちの罪は取り消された。


 要塞を出る時、エスメは崖の向こうを眺めていた。


「これからどこへ行くの?」


「魔王軍が次に狙う相手を探す」


「あなたが見つければ、また女が増えるのね」


 フィオがエスメの肩へ手を置いた。


「慣れるわよ」


「慣れたくない」


「私も最初はそう思ってた」


「あなたが最初でしょう」


「そうだった」


 エスメは深くため息をついた。


「あなたたちを見ていると、三百年が急に短く感じるわ」


「仲間になるのか?」


 レインが聞く。


「監視よ。魔王軍が私の一センチを欲しがった理由も知りたい」


「分かった」


「あと、鍵は自分で持つ」


「誰も取らない」


 エスメは看守から回収した鍵束を鳴らした。


「念のためよ。次に机へ置いたら、また八日かかるもの」


 全員が笑った。


「その話は二度とするなと言ったでしょう!」


 ラグナへ戻ると、レインは約束どおりアリアへ頼んだ。


「内側から鍵をかけられる部屋が欲しい」


「誰と入るの?」


「エスメ一人」


「言い方が危ないよ」


「どう言えばいいんだ」


 事情を聞いたアリアは、屋根裏の小部屋を空けた。


 物置だったため、古い椅子と割れた鏡、使っていない毛布が積まれている。


「鍵はこれ」


 真鍮の鍵をエスメへ渡す。


「外からは開けない。食事の時間になっても、勝手には入らないよ」


 エスメは鍵を何度も回した。


 開ける。閉める。また開ける。


「壊れてる?」


 アリアが心配する。


「違う。自分で開けられることを確認してるの」


 その夜、エスメは扉を閉めた。


 鍵をかける。


 牢と同じ狭い部屋。窓も小さい。


 それでも、内側に鍵があるだけで別の場所になった。


 眠れず、夜中に一度扉を開けた。


 廊下の床でレインが寝ている。


「どうしてそこに?」


「何かあった時、呼ばれても聞こえるように」


「見張り?」


「嫌なら下へ行く」


 エスメは少し考えた。


「そこにいて。今夜だけ」


「分かった」


 扉を閉め、鍵をかけ直す。


 朝まで一度も開けなかった。


 翌日から、レインは食堂の床へ戻った。


 エスメも引き止めなかった。


 必要だったのは守る男ではなく、自分で閉め、自分で開けられる扉だった。


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