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スキルがゴミだった俺、組み合わせたらヤバくなった  作者: 藤崎聖子


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第十七話 あと八日

 装甲魔獣の出現から二日後、レインは王都騎士団に逮捕された。


 罪状は、禁制魔法による鐘楼破壊。


「壊したのは魔獣だ!」


「その魔獣を広場へ呼び寄せたのは、お前たちだという証言がある」


「誰の証言だ?」


 騎士は答えなかった。


 仲間たちも別々に拘束された。抵抗すれば市民へ被害が出る。レインは大人しく縄を受けた。


 連れていかれた先は、王都の地下牢ではない。城壁の外、崖に建つ監獄要塞だった。


 明らかに扱いがおかしい。


 鉄の扉を開けられ、石造りの牢へ押し込まれる。


「新入り?」


 暗がりから女の声がした。


 壁際に、尖った耳を持つエルフが座っている。緑がかった銀髪は腰まで伸び、囚人服の裾を丁寧に折っていた。


「エスメラルダ・ワンセンチ・テレポルテ。エスメでいいわ」


「レインだ」


「罪は?」


「鐘楼を壊したらしい」


「らしい?」


「俺じゃない」


「ここにいる人は全員そう言う」


 エスメは立ち上がり、牢の外へ腕を伸ばした。指先は鉄格子を抜け、その先にある看守の机を向いている。


 机の端には、鍵束が置かれていた。


「《一寸転移》」


 鍵束が一センチだけ動いた。


 エスメは満足そうに頷く。


「何をしてる?」


「脱獄」


「一センチで?」


「一日に一度だけ、物を一センチ動かせるの」


 机から格子までは、目測で八センチほど。


「あと八日」


「看守が鍵を戻したら?」


 エスメは黙った。


「考えてなかったのか?」


「三百年生きてるけど、今ほどあなたを嫌いになった瞬間はないわ」


「悪かった」


「実際、昨日戻された」


「今まで何日かけた?」


「聞かないで」


 夜になっても、仲間たちが同じ牢へ来る気配はない。


 食事を運んだ看守へ尋ねると、男は笑った。


「女たちは明日、別の場所へ移送される」


「どこへ?」


「お前には関係ない」


 看守の腰には、七つ目を描いた黒い札が下がっていた。


 レインは鉄格子をつかむ。


「ゼノグラードの命令か」


 看守の顔から笑みが消えた。


「その名をどこで知った」


「本人から聞いた」


 看守は食器を蹴り入れ、去っていく。


 足音が聞こえなくなると、エスメが小声で聞いた。


「魔王軍と知り合い?」


「一方的にな」


「あなた、何者なの」


「火打石以下の冒険者」


「説明する気がないのね」


 レインは牢を調べた。鉄格子は太く、石壁へ深く埋め込まれている。《絶対穿孔爆炎群》なら壊せるが、仲間との距離が遠いせいか、連結核の反応が弱い。


 無理に撃てば要塞ごと崩す危険もある。


「お前の《一寸転移》、鍵以外にも使えるか?」


「触れなくても、見える物なら」


「格子を一センチ動かしたら?」


「壁に埋まってるから無理」


「格子の中身だけなら」


 エスメが眉を寄せる。


「中身?」


「鉄そのものじゃなく、壊れる場所を一センチずらす。俺の火が壁へ当たる直前に、格子の内側へ移せるか?」


「できるとしても、あなたが私を焼くかもしれない」


「仲間も捕まってる。明日までに出たい」


「私には関係ない」


「そうだな」


 レインは石床へ座った。


「無理に頼む気はない」


 エスメが意外そうな顔をする。


「説得しないの?」


「信用できない相手の力と繋がっても、失敗する」


「ずいぶん都合のいい能力ね」


「俺もそう思う」


 その夜遅く、廊下から悲鳴が聞こえた。


 看守が一人、牢の前へ倒れる。


 背中には黒い短剣が刺さっていた。


 闇の奥から、魔王軍の兵が現れる。


「エスメラルダを確保しろ。男は殺してよい」


 エスメがゆっくり立ち上がった。


「あなたの話、少しだけ信じることにする」


「どうして?」


「私を狙う物好きが、同じ日に二人も来るとは思えないから」


「俺は狙ってない」


「細かいわね」


 魔王軍の兵が牢の鍵を回した。


「あと八日どころか、八秒もなさそう」


 エスメが鍵を動かし始めたのは、二十年前だった。


 それ以前は、脱獄する気すらなかった。


 長命族にとって二十年は短い。罪状は禁足地への侵入。刑期は五十年だった。


「待てば出られる」と考えていた。


 ところが十年目、看守長が代わった。


 刑期の記録が紛失したと言われた。


 二十年目には、彼女の名を知る看守がいなくなった。


 三十年目、牢の帳簿には「無期限収容」と書かれていた。


 長く生きる者なら、長く閉じ込めても構わない。


 短命な人々は、悪意すらなくそう考えた。


 エスメは初めて、自分で出なければ永遠に出られないと気づいた。


 鉄格子を調べ、壁を叩き、看守の巡回を覚えた。


 自分のスキルで動かせるのは一センチだけ。


 最初の計画では、鍵を机の端まで動かすのに百二十日。


 途中で机が交換され、最初からやり直した。


 次は九十八日目に看守が鍵を腰へ戻した。


 三度目は、別の囚人が鍵を奪おうとして見つかり、机そのものが遠ざけられた。


 それでもやめなかった。


 今の机は近い。


 あと八日。


 本当に、あと八日だった。


 そこへレインが入れられた。


 初対面で計画の穴を指摘し、魔王軍を連れてきて、八日を八秒へ変えた。


「あなたが来なければ、静かに脱獄できたのに」


 エスメは開きかけた扉を見ながら言った。


「悪かった」


「謝って済むと思う?」


「じゃあ、外へ出たら飯を奢る」


「三百年生きたエルフを食事で釣るの?」


「嫌なら別のもの」


 エスメは少し考えた。


「鍵を一つ」


「鍵?」


「私だけの部屋と、内側から閉められる鍵」


「宿へ戻れたら、アリアに頼む」


「約束よ」


 魔王軍兵が扉を開けた。


 エスメは二十年かけた脱獄計画を捨て、レインと一緒に八秒へ賭けた。


 牢を出て最初の角で、エスメは止まった。


「右は懲罰房。左は階段」


「仲間はどっちだ?」


「左。でも右にも囚人がいる」


 時間はない。


 魔王軍は近づき、仲間は移送されようとしている。


 廊下の鐘が一度鳴った。エスメが巡回表を思い出す。別棟の移送開始まで、あと八分。


「右へ行く」


 レインが言った。


「あなたの仲間ではないわ」


「お前の知り合い?」


「顔も知らない」


「なら、どっちも同じだ」


 懲罰房には三人いた。


 老いた人間、片腕の魔族、言葉を話せない獣人。


 鍵束に合う鍵がない。


 エスメは鉄扉の蝶番を一センチずつ移した。同じ対象は一日一回。上、中央、下の三つは別々の部品として動かせる。


 レインが短剣を差し、ずれた蝶番を外す。


「そんな使い方もあるのね」


「鍵ばかり見てたからだ」


「あと八日と言った人にだけは言われたくない」


「言ったのはお前だ」


 三人を逃がし、階段へ戻る。


 その寄り道で二分失った。


 残り時間は六分になった。


 それでもエスメは、寄り道を後悔しなかった。


 自由は、自分の扉だけ開けば終わるものではなかった。


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