第十五話 紙しか斬れない剣士
魔王軍の情報を追い、一行は王都へ向かった。
冒険者ギルド本部なら、珍しい固有スキルの登録記録を調べられる。そう考えたのだが、受付で申請を断られた。
「個人情報です。王国騎士団か神殿の許可状が必要です」
「魔王軍が先に探してるかもしれないんです」
「事情は理解しますが、規則です」
レインたちが本部を出ると、広場に人だかりができていた。
中央で、一人の女が十人の冒険者を相手にしている。
濃い藍色の髪を高く結び、片刃の長剣を握っていた。軽い革鎧。盾はない。
「次」
女が言った。
大斧を持った男が突進する。
長剣が一度だけ光った。
男の手から大斧が消え、地面へ落ちる。手首は傷ついていない。武器だけを弾かれたのだ。
「参った」
男が両手を上げる。
「あれ、スキル?」
クロエが聞いた。
「違うわ」
ベルが答える。
「ヴァレンシア・ペーパーピアス・グランブレイド。王都最強と呼ばれる剣士よ。固有スキルなしでも銀札級」
「なし?」
「正確には、戦闘で役に立たない」
十人目を倒したヴァレンシアが、広場の端に立つ従者へ手を伸ばした。
「紙を」
一枚の白紙が渡される。
ヴァレンシアは剣を納め、指を紙へ向けた。
「《紙貫通》」
指先から細い光が出て、紙に小さな穴を開けた。
見物人から笑いが起こる。
「今日も見事な奥義だ!」
「紙が死んだぞ!」
ヴァレンシアは笑った者へ目を向けた。
「次は誰が紙の代わりになる?」
人だかりが一歩下がった。
「強い」
ミルが感心する。
「スキルじゃなく本人がね」
フィオの言葉に、レインは胸の連結核を押さえた。
反応している。
紙一枚だけを貫く力。
物の硬さではなく、「紙かどうか」を見分けて貫いている。もし、その判定を火へ繋げられれば――。
「今、欲しいって顔した」
セレスが言う。
「やめて。人聞きが悪い」
ベルが腕を組む。
「まだ何も言ってない」
「言う前に止めてるの」
ヴァレンシアがこちらを見た。
「お前が、ゴミスキル収集家か」
「その呼び方、誰が広めたんだ」
一同の視線がベルへ集まる。
「私だけではないわ」
「最初に舞台で歌ったよな?」
「事実を題材にしただけ」
ヴァレンシアがレインの前へ来た。背は彼より少し高い。
ヴァレンシアはレインだけでなく、仲間全員へ順番に目を向けた。
「お前たちは、なぜこの男についていく?」
「食事代が稼げるから」
フィオが答えた。
「財布の借りを返すため」
クロエ。
「火がどこまで割れるか見たい」
ミル。
「契約を自分で更新しているからです」
セレス。
「利用している証拠を探すため」
ベル。
全員、答えが違う。
「誰も、好きだからとは言わないのだな」
ヴァレンシアが言う。
「会ってすぐ好きになるほど、見る目がないと思う?」
クロエが返した。
「私は食事をくれる人は好きよ」
フィオが訂正する。
「その好きは串焼き屋にも向けてるだろ」
「串焼き屋は私の能力を登録してくれない」
ヴァレンシアはレインを見る。
「奇妙な一行だ」
「よく言われる」
「お前に惚れた女を集めているという噂は、嘘か」
「誰がそんな噂を」
一同の視線が再びベルへ向く。
「私は『女を集めている』までしか歌っていないわ」
「十分悪い」
ヴァレンシアは剣の柄へ手を置いた。
「なら私は、恋ではなく勝負で加わる。お前の合成が私の剣より強いか、最後まで見届ける」
「まだ加わる話をしてないぞ」
「先に予約した」
彼女の好意は、甘い言葉にはならなかった。
レインが強くなるたび決闘を申し込み、自分も追いつこうと剣を振る。
並んで立つために競う。それがヴァレンシアの距離の縮め方だった。
「私の《紙貫通》も欲しいのか?」
「力を借りられるなら」
「この剣ではなく?」
「剣の腕は俺と繋げられない」
「私ではなく、役立たずの能力だけが目当てか」
その声には、怒りより戸惑いがあった。
「役立たずだとは思ってない」
「口では何とでも言える」
ヴァレンシアが剣を抜いた。
「証明しろ。私と戦って勝てたら、お前の話を聞く」
「断る」
広場が静まる。
「怖いか?」
「怖い。勝てる気がしない」
「なら――」
「それに、勝ったら力を貸せという条件は嫌だ。お前が納得して決めないと連結できない」
ヴァレンシアは剣を下ろさない。
「では、どう証明する?」
「紙しか貫けない力が、何を貫いているのか一緒に調べる」
「何を言っている」
「試したのは紙だけか?」
「布も木も鉄も無理だった」
「紙を貼った鉄板なら?」
ヴァレンシアの眉が動いた。
その答えを試す前に、広場の鐘楼が崩れた。
石材を突き破り、銀色の獣が姿を現す。
六本足の装甲魔獣。背中には魔王軍の刻印が焼きつけられていた。
首には黒い札が結ばれている。
――穿孔系統候補。実戦により接触を誘導せよ。
「また、ゼノグラードか」
レインが札を読んだ瞬間、魔獣の尾が振られた。
広場の石像が根元から砕ける。
ヴァレンシアは長剣を構えた。
「話の続きは、あれを斬ってからだ」
ヴァレンシアが《紙貫通》を人前で披露するのは、笑いを取るためではなかった。
王都最強と呼ばれるたび、誰かが続けて言う。
「固有スキルなしで、よくそこまで」
なしではない。
十五歳の時、確かに神から与えられた。
紙一枚だけを貫く力。
父は剣術道場を営み、強いスキルを授かる娘を待っていた。授技能式の帰り、二人は一言も話さなかった。
翌朝、ヴァレンシアはいつもより早く稽古場へ出た。
「剣まで弱くなったわけではない」
そう言って木剣を振った。
父は死ぬまで、娘のスキルを一度も話題にしなかった。
恥じていたのか、気を遣ったのか、今も分からない。
ヴァレンシアは剣だけで強くなった。
強くなるほど、《紙貫通》は彼女の人生から消された。
模擬戦の最後に紙を貫くのは、観客へ見せるためだ。
私はスキルなしではない。
役に立たなくても、これも私の一部だ。
笑われても隠さない。
レインが欲しいと言った時、最初に湧いた感情は喜びだった。
次に、怒りが来た。
何年も磨いた剣ではなく、笑われ続けた力を見ている。
「私ではなく、役立たずの能力だけが目当てか」
問いながら、自分でも答えが分からなかった。
剣を見てほしいのか。
スキルを認めてほしいのか。
どちらも自分だと言ってほしかったのか。
答えが出ないまま、広場から金属を踏み潰す音が響いた。




