第十四話 声を重ねる
ベルの歌声が、城壁の端まで届いた。
大きな声ではない。それでも風や石の崩れる音に消されず、一語ずつ耳へ入る。
「《微増幅》」
歌の輪郭が、わずかに強くなる。
城壁の下から町の人々が歌い返した。
別々だった声が重なる。
レインの胸でも、六つ目の連結が始まった。
【共鳴を確認】
【《圧縮追尾爆炎弾》と《微増幅》を連結します】
【スキル連結成功】
【《増幅圧縮爆炎星群》を獲得】
名前だけで、今までとは違うと分かった。
「長い」
フィオが呟く。
「今それ言う?」
クロエが返す。
「私の名前よりは短いわ」
「比べるものがおかしい」
レインは両手を前へ向けた。
一つだった白い火球が、五つ現れる。
それぞれが圧縮され、脈を打つたびに内側の炎を増幅させていく。
「《増幅圧縮爆炎星群》!」
五つの白い星が魔物の列へ落ちた。
一発目が先頭で爆発する。
その爆音を二発目が取り込み、さらに大きくなる。三発目は二つ分を。四発目、五発目と、爆発が次の爆発を増幅させていく。
黒い甲殻の列が、内側から順番に吹き飛んだ。
衝撃波が地面を走り、後方の投石器まで届く。木枠が砕け、火薬へ引火した。
三台の投石器が同時に炎上する。
魔王軍の兵が退却を始めた。
城壁から歓声が上がる。
レインは立っていられず、その場へ座り込んだ。
「派手すぎる……」
自分で撃ったのに、耳が聞こえにくい。
ベルが隣にしゃがんだ。口が動いているが、声が遠い。
「何だ?」
「耳を押さえてと言ったの!」
「撃つ前に言ってくれ!」
「私もこんな音になると思わなかった!」
城門が開き、冒険者と兵士が残敵を追う。
レインは立とうとしたが、ベルに肩を押さえられた。
「あなたは休んで」
「まだ敵がいる」
「一人で全部やらないんでしょう?」
ベルの言葉に、レインは座り直した。
「俺の話、聞いてたんだな」
「吟遊詩人は人の話を覚えるのが仕事よ」
「俺を信用した?」
「してない」
「まだ?」
「あなた一人の言葉は信用しない。でも、あの子たちが自分の意思でいることは分かった」
ベルはフィオたちを見た。
ミルは負傷者を担ぎ、セレスは応急手当をしている。クロエは退却する敵の数を数え、フィオはなぜか城壁の瓦礫を掃いていた。
「戦いが終わって最初に掃除する人、初めて見た」
「放っておくと落ち着かないらしい」
「変な仲間ね」
「お前も入るか?」
「今の流れで誘う?」
「嫌ならいい」
「嫌とは言ってない」
ベルはリュートを背負った。
「あなたが彼女たちを利用している証拠を探す。見つけたら歌にして世界中へ広める」
「見つからなかったら?」
「その時は、別の歌を書く」
それがベルの加入条件だった。
北門の戦いから三日後、ベルは町の広場で新しい歌を披露した。
題は『六つの小さな音』。
最初は指先の火。
次に紙を揺らす風。
零・一秒の速さ、石を二つに割る音、数センチ曲がる矢、一パーセント縮む箱。
最後に、ほんの少し大きくなった声が重なる。
英雄の名は歌わなかった。
代わりに、能力と持ち主の暮らしを歌った。
掃除をする少女。孤児へパンを運ぶスリ。坑道で十三人を数えた鉱夫。敵国の薬を守る騎士。首輪を外した獣人。
歌い終わると、聴衆は最初に戸惑った。
勇者も怪物も出てこない。
それでも一人が拍手し、少しずつ広場へ広がった。
レインは人垣の後ろで聞いていた。
「俺の名前は出さないんだな」
演奏後に尋ねる。
「不満?」
「逆。安心した」
「あなたを称える歌ではないもの」
「じゃあ何の歌だ?」
「力を貸した側の名が消えないための歌」
ベルは音響石の件を初めて話した。
「私は歌っただけだと言われた。だから今度は、誰が何をしたか残す」
「俺が忘れたら?」
「その時は、舞台から何度でも訂正する」
「怖いな」
「監視役だから」
ベルは信用を一日ぶん増やしたと言った。
レインは彼女への信用を、その日まとめて増やした。
それは恋ではなかった。
自分が間違えた時、正面から歌にして止める者がいるという安心だった。
防衛報酬が支払われた日、ベルは分配表を三度読み直した。
自分の名が六番目にある。
取り分はレインと同じだった。
「間違ってる」
受付へ返そうとすると、フィオが紙を奪った。
「何が?」
「私は途中から来た。最初の五発には何もしていない」
「最後の一発で敵軍を全部倒したでしょ」
「合成した力を使ったのはレインよ」
「あなたが貸さなければ撃てなかった」
以前の一行では、逆の言葉を聞いた。
戦ったのは俺たちだ。
お前は歌っただけ。
「受け取って」
レインが言った。
「いらないなら寄付してもいい。でも、最初からなかったことにはするな」
「どうしてそこまで記録にこだわるの?」
「俺も《微火》を出しただけだって言われたから」
ベルは分配表を折り、リュートケースへしまった。
「証拠として保管する」
「何の?」
「今のところ、あなたが公平だった証拠」
「信用は?」
「一日ぶん増えた」
「少ないな」
「三年ぶん失ったの。取り戻すには時間がかかるわ」
レインはそれ以上急かさなかった。
翌朝、北門の外を調べたミルが、壊れた投石器から黒い札を見つけた。
表には七つの目。裏には短い命令が刻まれている。
――増幅系統を確認せよ。保持者は回収不要。接触のみでよい。
「私を試したの?」
ベルの指が震えた。
「魔王軍は、お前のスキルを知っていた」
レインが言う。
「町を襲った理由も?」
「俺と接触させるためかもしれない」
守れたからよかった、では済まない。
ゼノグラードは町一つを盤上の駒にした。
「次は、向こうが選んだ場所で戦わない」
レインは黒い札を折った。
「こちらから、ゼノグラードの狙いを探す」




