第十三話 ゴミスキル収集家
「女性を五人も連れ歩き、その能力を自分の力に変える男がいる」
酒場の舞台から、よく通る声が聞こえた。
「彼は彼女たちを仲間と呼ぶ。だが、戦う時に力を振るうのは誰だ? 称賛を浴びるのは誰だ?」
客たちの視線が、一斉にレインへ向いた。
フィオは肉の煮込みを口へ運ぶ手を止めた。
「あれ、私たちの話よね」
「たぶん」
クロエは目深にかぶっていた帽子をさらに下げる。
「逃げる?」
「今逃げたら認めたみたいだろ」
「実際、女五人連れてるし」
「お前たちが勝手についてきたんだ」
「もっと言い方あるよね?」
舞台に立つ吟遊詩人は、黒に近い紫髪を肩で切り揃えていた。手には銀弦のリュート。旅装は古いが、背筋はまっすぐ伸びている。
「近頃では、こう呼ばれているそうだ」
女はレインを見た。
「ゴミスキル収集家、と」
酒場に笑いが起こる。
セレスが立ち上がった。
「訂正してください」
「どこを?」
「私たちの能力を、ゴミと呼んだところです」
「世間の呼び名を述べただけよ」
「あなた自身はどう思っていますか」
吟遊詩人は弦を押さえた。
「弱い能力を持つ女へ近づき、自分だけ強くなる男よりは価値があると思う」
店内から笑いが消えた。
レインは席を立ち、舞台の前へ行った。
「俺に言いたいことがあるなら、直接言え」
「では言うわ。彼女たちを利用しているだけでしょう」
「違う」
「何が違うの?」
「俺の力は、本人が貸すと決めなければ繋がらない」
「そう思わせるのも利用のうちよ」
女は舞台から降りた。
「ベルナデッタ・ヴォイスレイズ・カンタービレ。ベルで結構」
「レインだ。知ってるだろうけど」
「悪評と一緒にね」
「ベル」
フィオが皿を持ったまま近づいた。
「私たちに聞きもしないで、勝手に被害者にしないでくれる?」
「あなたは最初に連れられた清掃員ね」
「連れられてない。私がついていくと決めたの」
「決めさせられた可能性は?」
「その理屈なら、あなたが私を被害者だと思わせようとしてる可能性もあるわね」
ベルは一瞬、言葉に詰まった。
「口が立つのね」
「掃除中に苦情を言う住民と毎日戦ってたから」
店の扉が勢いよく開いた。
鎧姿の伝令が駆け込んでくる。
「冒険者はいるか! 北門に魔王軍が現れた! 戦える者は城壁へ!」
レインたちは同時に動いた。
ベルだけが舞台のそばに残る。
「来ないのか?」
レインが聞いた。
「私は戦えない」
「なら、避難所で子供を落ち着かせてくれ。声が通るんだろ」
「命令?」
「頼んでる」
レインは返事を待たず、店を出た。
北門の外には、黒い甲殻を持つ魔物が列を作っていた。盾のような背を並べ、城壁へ進んでいる。その後ろには魔王軍の投石器が三台。
城壁の兵士が矢を放つが、甲殻に弾かれる。
「《圧縮追尾爆炎弾》!」
白い火球が先頭の魔物へ吸い込まれ、内側から爆発した。
一匹は倒れる。
その後ろに、百匹以上いる。
「一発ずつじゃ門がもたない!」
クロエが叫ぶ。
「撃てるだけ撃つ!」
二発目。三発目。
連結核が焼けるように痛む。圧縮した火は威力が高い分、消耗も激しい。
五発目を撃ったところで、レインの膝が落ちた。
「もう限界です」
セレスが肩を支える。
「まだ九十匹以上いる」
投石器から岩が放たれた。
城壁へ直撃し、石片が降る。兵士たちの悲鳴が上がった。
階段の下から歌が聞こえた。
大勢の声だった。
避難している町の人々が、同じ旋律を歌っている。
先頭に立つベルが城壁へ上がってきた。
「何をしてる!」
「怖がる子供に歌を教えたら、大人までついてきたの」
「ここは危ない!」
「知ってるわ」
ベルはレインの隣に立つ。
「あなた、本当に一人で戦うのね」
「一人じゃない」
「撃っているのはあなただけ」
「フィオが風をくれた。クロエが速さをくれた。ミルが数を、アルティが道を、セレスが威力をくれた。俺は最後に指を向けてるだけだ」
「謙遜?」
「事実だ」
ベルは傷ついた兵士と、城壁の下で歌う人々を見た。
「なら、私の声も使える?」
「どんな力だ?」
「ほんの少し、声を大きくする。《微増幅》」
「使える」
「即答ね」
「聞こえる範囲が広がる。歌で町全体の恐怖を抑えられる」
「戦いには?」
レインは迫る魔物の列を見た。
「俺の爆発を増幅できる」
ベルは笑わなかった。
「もし私の力で誰かを傷つけたら、その責任は?」
「俺も背負う。でも、決めるのはお前だ」
魔物の角が城門へぶつかった。
太い閂に亀裂が入る。
「今はあなたを信用しない」
ベルはリュートを構えた。
「それでいい」
「町を守るために貸すだけ」
「十分だ」
銀の弦が鳴った。
ベルがレインを疑ったのは、噂だけが理由ではない。
三年前、彼女は別の冒険者一行と旅をしていた。
仲間は四人。剣士、魔術師、治癒師、そして吟遊詩人のベル。
当時の彼女は《微増幅》を使い、剣士の掛け声や魔術師の詠唱を少しだけ通りやすくしていた。
効果は小さい。それでも全員が「助かる」と言った。
ある日、一行は洞窟で音響石を見つけた。声へ反応して魔力を蓄える希少な鉱石だ。
剣士はベルへ頼んだ。
「お前のスキルなら、石を満たせるかもしれない」
ベルは三日間、声が枯れるまで歌った。
音響石は完成し、高値で売れた。
報酬の分配で、彼女の取り分はなかった。
「戦ったのは俺たちだ」
剣士はそう言った。
「お前は歌っただけだろ」
仲間は誰も反対しなかった。
必要だと言われた力が、結果を出した途端、その価値だけ持ち主から切り離された。
ベルは一行を抜けた。
それから、弱いスキルを褒めて近づく者を信用しなくなった。
レインが違うと言い切るには、まだ時間が足りない。
だから城壁へ来た。
利用している証拠を、自分の目で見るために。
見えたのは、限界まで火を撃ち、仲間の名を一人ずつ口にする男だった。
「声を貸せば、報酬は?」
ベルは弦を鳴らす前に聞いた。
「防衛報酬を人数で割る」
「私の名も記録へ残す?」
「当然だ」
「私が途中でやめたら?」
「避難所へ戻れ」
「責めないの?」
「怖ければ逃げていい。俺も逃げたい」
レインの膝は震えていた。
強がっているのではない。本当に怖がりながら、城壁へ残っている。
「分かった」
ベルは息を吸った。
「町を守るまで。あなたを信じるのは、その後で決める」




