第十一話 値札のついた能力
三週間後、レインたちは港湾都市カレドへ入った。
飛竜の巣を両国軍へ任せた後、小さな討伐依頼をいくつも片づけた。《追尾火弾群》は逃げる魔物に強く、百匹近い牙ネズミを一度に倒した時には、町中から歓声が上がった。
ただし、弱点も分かった。
一発ごとの威力は低い。厚い鎧や大きな魔物には、何十発当てても浅い傷しかつかない。
「それでも軍隊みたいだったよ」
ミルはそう言ったが、レインはゼノグラードの言葉を忘れられなかった。
完成した力を核に、次を足している。
敵はもう、法則に気づき始めている。
「見て、串焼き!」
フィオの声で我に返った。
港の大通りには露店が並び、香辛料と焼けた肉の匂いが漂っている。
「さっき魚を食べたよね」
クロエが呆れる。
「魚と肉は別腹よ」
「別腹って甘いものに使う言葉じゃないのか?」
「私のお腹は区画整理されてるの」
フィオが串焼き屋へ吸い寄せられる。その首根っこをミルがつかんだ。
「先に宿。荷物を置いてから」
「串焼きは待ってくれない!」
「焼けば増える」
騒いでいる三人の横で、レインは通りの奥にある広場を見た。
色鮮やかな天幕。その入口には、金色の鎖を描いた看板が掲げられている。
「あれは?」
尋ねると、串焼き屋の主人が声を潜めた。
「奴隷市場さ。カレドじゃ合法だが、近寄らんほうがいい」
フィオの顔から食欲が消えた。
「人を売ってるの?」
「借金奴隷と犯罪奴隷だけ、という建前だ」
その時、天幕の前で呼び込みの鐘が鳴った。
「本日の目玉! 希少な猫系獣人の娘! 固有スキル持ち!」
男の声が広場に響く。
「能力は《微圧縮》! どんな品でも一パーセント小さくいたします!」
見物人から笑いが起きた。
「一パーセントじゃ、見ても分からんぞ!」
「だから安いんだろ!」
レインは天幕へ向かった。
「ちょっと」
クロエが腕をつかむ。
「買う気?」
「見るだけだ」
「その言い方、信用できない」
壇上には、鉄の首輪をつけた獣人の娘が立っていた。
深い青緑の髪から、丸い猫耳が覗いている。細い体には大きすぎる白い服を着せられ、裸足だった。
司会の男が木箱を差し出す。
「さあ、能力をご覧ください!」
娘は箱へ手を置いた。
「《微圧縮》」
箱が、ごくわずかに縮んだ。
見物人は変化に気づかない。
「同じじゃないか!」
「インチキだ!」
男が測定具を当てる。
「確かに一パーセント! 偽りはありません!」
「使い道もないけどな!」
笑い声が広がる。
娘は顔を上げなかった。
「開始価格、銀貨二十枚!」
手は上がらない。
「十五枚!」
沈黙。
「十枚!」
フィオがレインの袖を引く。
「私たちの全財産、銀貨十一枚よ」
「分かってる」
「顔が分かってない」
司会の男が苛立ち、娘の肩を棒で突いた。
「愛想くらい振りまけ! 買い手がつかんだろう!」
娘はよろめいたが、男を睨み返した。
「商品が客を選んではいけませんか」
「商品は喋るな」
棒が再び上がる。
「銀貨十枚」
レインは手を上げていた。
「やっぱり!」
クロエが叫ぶ。
競りはそのまま決まった。
控えの天幕で代金を払うと、売買人は首輪の鍵と契約書を渡した。
「好きに使いな。逃げれば首輪が締まる」
男が去った後、レインは鍵を開けた。
鉄の首輪が地面へ落ちる。
獣人の娘は首をさすりながら、レインを見た。
「なぜ外すのですか」
「つけたまま話すのは嫌だった」
「私を買った理由は?」
「《微圧縮》に興味がある」
「やはり能力ですか」
娘の目が冷たくなる。
「一パーセント小さくできるだけです。荷物を百個運ぶなら、一個ぶん軽くなる。その程度です」
「十分すごい」
「慰めは要りません」
「慰めじゃない。一つ聞きたい。小さくした分は、どこへ行く?」
娘が初めて瞬いた。
「密度になります。重さは変わりません」
「なら、俺の火を縮めたら、熱と威力が狭い場所へ集まる」
フィオたちが黙った。
娘も、しばらく言葉を失った。
「そんな使い方を、考えたことがありません」
「試してみたい。ただし、お前が嫌ならやらない」
「命令ではなく?」
「契約書は今から破る」
レインは紙を二つに裂いた。
クロエが慌てて破片を拾う。
「銀貨十枚よ!?」
「紙の値段じゃない」
「分かってるけど、もう少しためらって!」
獣人の娘は落ちた契約書を見つめていた。
「私は、セレスティーヌ・ミニマリア・コンプレッサです」
「レインだ。こっちは――」
「市場で見ていました。掃除の方、泥棒の方、鉱夫の方」
「私は冒険者よ!」
クロエだけが抗議した。
セレスの口元が、ほんの少し緩んだ。
「あなたたちについていくとは、まだ言っていません」
「自分で決めればいい」
「では、決めるために一つ頼みがあります」
セレスは市場の奥を指した。
「地下に、競りへ出せない子供たちがいます。私と同じ村から連れてこられました」
市場へ出される前、セレスは三度逃げようとした。
一度目は首輪を《微圧縮》した。
一パーセント縮んだ鉄輪は、外れるどころか首へ強く食い込んだ。
二度目は檻の錠を縮めた。
内部の金具に隙間はできたが、道具がなく、指では動かせなかった。
三度目は牢の壁を縮めた。
石一個が一パーセント小さくなり、隣の石との間へ砂粒ほどの隙間ができた。
セレスはそこへ爪を入れた。
一晩かけても、石は外れなかった。
翌朝、売買人に爪を剥がされかけた。
「商品に傷をつけるな」
男はそう言い、彼女の両手を布で縛った。
自分の体なのに、傷をつける権利すらない。
壇上で笑われた時、セレスは客の顔を一人ずつ覚えた。
買われた後、逃げるためだ。
誰が酔っているか。誰が武器を持つか。誰の腰に鍵があるか。
レインが手を上げた時も、最初に見たのは顔ではなく腰だった。
剣はない。短い杖もない。冒険者の木札は首に下がっている。
隣の女は箒。もう一人は指の動きがスリ。小柄な女は鉱夫の短槌。
逃げるなら、金を払う前。
そう考えた。
だが男は銀貨を払い、最初に首輪を外した。
次に契約書を破った。
セレスには、その行動の意味が理解できなかった。
奴隷商は損をしない。客も損を選ばない。利益のない親切は、後から大きな代価を要求する罠だと教えられてきた。
「あなたの本当の要求は何ですか」
セレスはもう一度聞いた。
「スキルを一緒に試したい」
「それだけ?」
「嫌なら断っていい」
「断ったら、銀貨十枚は?」
「俺が損する」
「なぜ、そんなことを」
レインは困った顔をした。
「壇上で、お前が箱を縮めただろ」
「はい」
「誰も見えないって笑った。でも、お前は一パーセントを正確に出した。あれを何回練習した?」
セレスは答えなかった。
一日百回。
五年間。
箱、石、木の実。大きさを測って、一パーセントからずれないよう繰り返した。
力が弱いほど、誤差を出せば本当に何も残らないから。
「結果は小さくても、あれだけ正確に使える人は必要だ」
初めて、能力ではなく使い方を見られた。
それでもセレスは信用しなかった。
「決めるために、頼みがあります」
地下の子供たちを助ける。
それが罠かどうかを確かめる、彼女なりの試験だった。




