第 4 話: 両手に花と、加速する魔力
# 第4話:両手に花と、加速する魔力
左手にセリアの、右手にエリーの手。
じんわりと、だが確かな熱が、掌から腕を伝い、全身の魔力回路を駆け巡る。まるで、心地よい電流が体内を満たしていくかのようだった。前世では経験したことのない、この甘酸っぱくも奇妙な感覚。いや、前世どころか現世でも、こんな状況に陥るなんて想像だにしなかった。
昨夜、悪漢を退けた後、エリーが「実君、ありがとう。ずっとこのままでいてくれる?」なんて、潤んだ瞳で俺の右手をぎゅっと握りしめてくるものだから、俺はどうすることもできなかった。すると左側にいたセリアも「別に、いいけど……! み、みのるが心配なんだから、私がそばにいてあげるわよ! ……絶対、離さないんだからね!」なんて言いながら、結局俺の左手を離さない。
結果、俺は二人のヒロインに両手を握られたまま、エリーの雑貨屋の二階にある客室のベッドで一夜を明かす羽目になった。
……流石に、寝る時まで手を繋いでいるのは、八歳児の健全な良心と、前世の記憶を持つ俺の理性が許さなかった。とはいえ、結局二人に左右からぴったりと腕を抱え込まれたまま眠りについたのだが……。
朝、鳥のさえずりで目を覚ますと、すぐ隣にはすやすやと寝息を立てるセリアとエリーの顔があった。
俺はそっと起き上がろうとしたのだが、その刹那、二人の手が俺の腕を反射的に強く掴んだ。
「ん……みのる……どこ、いくの……?」
エリーが、まだ微睡みの中にある声で俺の右手を引き寄せる。半開きの瞳が、熱を帯びたように俺を見つめる。
「もう朝だよ、エリー。下のお店を開ける準備をしないと」
「うぅん……もう少しだけ、このままでいたいな……」
潤んだ瞳で見上げられて、俺は言葉に詰まる。この子、前世で俺が命を賭けて守った幼馴染なんだよな。再会できた嬉しさは山々だけど、この熱烈な独占欲はちょっと心臓に悪い。
すると、今度は左側からグイッと強い力で腕を引っ張られた。
「な、なにエリー! ずるい! みのるは、俺が護ってあげるって言ったんだから、俺のそばにいるのが当然でしょ!」
セリアがむくりと起き上がり、俺の左手をぎゅっと胸元に抱きしめる。柔らかい感触に、俺の思考が一瞬フリーズした。
「約束なんて、何のことかしら? 俺のお店を助けてくれたんだから、今日は俺が実君を独り占めする権利があるのよ?」
「はぁ!? そんなの関係ないわよ! みのるは俺の幼馴染なんだから、俺が一番に決まってるでしょ!」
バチバチと火花を散らす二人の視線。俺は左右に引っ張られながら、完全に板挟み状態だった。
その時、頭上でパチパチと羽ばたく音がした。花の妖精チルが、腕を組んでやれやれと首を振っている。
「朝からご苦労なことね、みのる。でも、その『両手に花』を強制されてる状況、ただのバグじゃないみたいよ?」
「チル、どういうことだ?」
「あんたの魔力制限、二人の手を同時に繋ぐことで、明らかに回路が広がってるの。ほら、頭の中のダイヤルを見てごらんなさい」
言われて意識を集中すると、脳裏の『カスタマイズ』のインジケーターが、セリアの青い魔力パスと、エリーの赤い魔力パスを同時に吸収し、紫色の光となって激しく明滅していた。
ダイヤルの目盛りが【等倍・1.2倍・1.5倍・2倍】の先まで、かすかに動き始めている。
(やっぱりだ……二人同時に繋ぐことで、魔力回路の許容量が増えてる。まだ完全にロックは外れないけど、これなら2倍以上の出力が出せるかもしれない……!)
「まあ、やきもきすればするほど魔力が上がるなんて、最低に恥ずかしいスキルだけどね!」
チルの余計なツッコミを聞き流しながら、俺はひとまず朝食をとることで二人を落ち着かせた。
しかし、平穏な朝食の時間は、長くは続かなかった。
「おい! 青いツバメ亭の店主はいるか! 出てこい!」
バァン!! と、一階の店舗の扉が乱暴に蹴破られる音が二階まで響いた。
俺たちは顔を見合わせ、すぐさま階段を駆け下りる。
店内に踏み込んできていたのは、昨日のチンピラとは格の違う、武装した男たち五人組だった。腰に本物の鉄剣や斧を下げ、油断のない身のこなしをしている。中堅クラスの冒険者たちだ。その後ろには、昨日撃退したドラウンド商会の細身の取り立て屋が、ニヤニヤと卑屈な笑みを浮かべて控えていた。
「へへっ、アニキたち、ここのガキですよ! 昨日、妙な魔法で俺たちを脅しやがったのは!」
冒険者たちのリーダーらしき大剣を背負った男が、俺たちをギロリと睨みつける。
「フン、ただのガキじゃねぇか。おい、ドラウンド商会を舐めたツケは高くつくぞ。その雑貨屋の権利書を大人しく渡すか、ここで全員痛い目を見るか、選ばせてやる」
「やめて……! お店は渡さないわ!」
エリーが怯えながらも、俺の背中をギュッと掴んだ。
「何よ、武器なんか脅しつけて! 村の警備兵を呼ぶわよ!」
セリアが木剣を構えて前に出るが、相手は手慣れた冒険者だ。セリアと手が触れていない今の俺では、魔法が一切使えない。
「セリア、エリー。下がって」
俺は二人の前に一歩踏み出し、そっと左右の手を差し出した。
「手、繋いで」
「え……?」
「みのる君……?」
二人は戸惑いながらも、俺の意図を察し、俺の左右の手をそれぞれぎゅっと力強く握りしめた。
ドクン!!
全身を突き抜ける、昨日以上の圧倒的な魔力の奔流。脳裏のインジケーターが激しく回転し、ロックされていた制限ダイヤルが火花を散らして一気に回転した。
【等倍】……【2倍】……そして――
『カスタマイズ:出力倍率 5倍』!
エリーとセリア、二人の魔力パスが俺を介して完全に同期し、魔力効率が跳ね上がったのだ。
「あ? ガキどもが手なんか繋いで何をおままごとを――」
大剣の男がせせら笑いながら歩み寄ってくる。
俺は右手を前に突き出した。イメージするのは、初級風魔法『そよ風』。本来なら、火照った体を冷ます程度の優しい風。
それを、出力【5倍】にカスタマイズする――!
――ゴォオオオオオオオオッ!!!
俺の掌から放たれたのは、『そよ風』とは名ばかりの、店舗のガラス窓をガタガタと震わせる超高圧の暴風竜巻だった。
「なっ、なんだこの風はぁあああ!?」
男たちの悲鳴が暴風にかき消される。五人の冒険者たちは木の葉のように宙に舞い上げられ、武器を弾き飛ばされながら、開いた扉の外へと一気に吹き飛ばされていった。
ドサドサと、店前の石畳に転がる男たち。
すかさず、俺は左手を前に向けた。イメージするのは、初級土魔法『砂遊び(サンドプレイ)』。本来なら、小さな砂の山を作る程度の魔法。
それを出力【5倍】にして、彼らの着地地点の石畳へと放つ!
ズズズズズズ……!
石畳が瞬時に底なしの流砂へと変貌し、男たちの体を腰まで深く飲み込んでいく。
「な、底なし沼だと!? 動けん! なんだこのデタラメな魔法は!」
「う、嘘だろ……初級魔法のはずが……化け物か……!」
もがけばもがくほど沈み込んでいく流砂の中で、冒険者たちと細身の男は完全に戦意を喪失し、恐怖に顔を引きつらせていた。
「次に来たら、流砂の深さを10倍にするよ」
俺が冷徹な声で告げると、彼らは「ひぃいい!」と悲鳴を上げ、流砂から必死に這い上がって一目散に逃げ去っていった。
静まり返った店内。
「5倍……! みのる、今の魔法、すごすぎるわ……!」
セリアが目を輝かせる。
「うん、実君の魔法があれば、ドラウンド商会なんて怖くないね」
エリーも嬉しそうに微笑み、俺の手をさらに強く握りしめた。
「でも、これ……手を離すと魔法消えちゃうのよね?」
「ああ。それに、二人同時に繋いでないと5倍は出せないみたいだ」
「「…………」」
二人は顔を見合わせ、それから俺の両手をしっかりとロックした。
「じゃあ、ずっと離さない」
「私も、実君とずっと手を繋いであげる!」
「いや、歩きにくいんだけど……!」
俺のやきもきした日常は、どうやら完全に固定化されてしまったらしい。
一方その頃。
雑貨屋の騒ぎを、通りの向こうの物陰から静かに見つめる、深いフードを被った一人の人物がいた。
「無詠唱での瞬時の術式カスタマイズ。それも、二人の少女と接触している時のみ発動する特異なパスか……ふふ、まさかこんな辺境の町に、これほど興味深い『神童』が隠れていようとはね」
フードの隙間から覗く口元が、楽しげに歪む。
その細い指先には、豪華な装飾が施された、王立魔法アカデミーの紋章入りの『特待生推薦状』が握られていた――。




