第 3 話: 悪漢と魔法と、手を繋ぐ理由
# 第3話:悪漢と魔法と、手を繋ぐ理由
雑貨屋「青いツバメ亭」の中は、一触即発の空気に包まれていた。
エリーはカウンターの奥で俺の右手を強く掴んだまま、うるうると涙を溜めている。一方でセリアは俺の左側から、ぎゅっと俺の左腕に抱きついていた。つまり今、俺はエリーとセリアに同時に触れているわけで——。
(…って、落ち着け俺! 両手に何かが宿ってる!)
脳裏に浮かび上がる『カスタマイズ』のインジケーター。右手のダイヤルが【等倍・1.2倍・1.5倍・2倍】と回転し始め、左手のダイヤルも同様に激しく回転している。そして二つの奔流が交差した瞬間——ロックされていた制限領域が、青白い火花を散らして揺らいだ。
(二人同時に繋いだら、制限が……揺らいでる。まだ完全には解除されないけど、確かに何かが変わってる……!)
そんな内心の衝撃など露知らず、修羅場は現在進行形だった。
「みのる、この人と何で手繋いでるの……説明して」
「説明する前に離してよ、セリア! 実は私のもので——」
「誰がいつからあなたの物になったのよ!」
二人の声が被さり合う。俺の頭が割れそうだった。
そのとき、店の扉が乱暴に蹴り開けられた。
「ちーす。エリーちゃん、今月の上乗せ分、払ってもらいに来たんすけどぉ」
のっしのっしと入ってきたのは、体格の良い二人組の男だった。一人は茶色の革鎧を着た大男で、もう一人はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた細身の男だ。腰に剣を吊るしている。ただの荒くれ者ではない——「ドラウンド商会」の取り立て屋だ。
「……また来たの」
エリーの声から、さっきまでの感情が消え去った。蒼白になった顔で、小さく呟く。
「そのお嬢ちゃん、先月も踏み倒しかけてたよなぁ。今月はもう猶予ないですよ? 払えないなら、この雑貨屋まるごと頂くことになるっすけど」
大男が品定めするように店内を見回した。その視線が俺たちに止まる。
「あん? お客さんか。ガキが二人いんの、邪魔だから出て行ってもらえますか」
「……誰がガキよ」
セリアがすぐさま木剣を構えた。
「やめて、セリア!」
エリーが声を荒げる。恐怖と、それ以上の悔しさが混じった目で取り立て屋を見つめながら、震える手を財布に伸ばした。
「……払います。だから、今日は——」
「エリー」
俺はエリーの手を、そっと押さえた。
「え……実?」
「払わなくていい」
「でも——」
「大丈夫。俺に考えがある」
俺はエリーの手をそのまま握り返した。
ドクン、と鼓動が跳ね上がる。右手から、あのセリアとは少し質の違う——落ち着いた、静かな魔力の奔流が流れ込んでくる。右手のインジケーターが安定し、制限ダイヤルが【等倍・1.2倍・1.5倍・2倍】に固定された。
(エリーで右手も使える。やっぱり右手の鍵はエリーだ——!)
「あ? なんだてめえ、ガキのくせに生意気な」
細身の男が俺に近づいてくる。剣に手をかけた。
俺は静かに立ち上がり、右手をエリーと繋いだまま、前に踏み出した。
「お前ら、今すぐこの店から出ていけ。二度と来るな」
男たちが吹き出した。
「はぁ? お前、頭大丈夫か? 俺らが何者か知って——」
俺は左手を前に突き出した。
イメージするのは初級の火魔法『火花』。本来ならマッチを擦る程度の、小さな火花。それを出力【2倍】に引き上げる——。
――バシュッ!!
掌から放たれた火花は、赤い閃光となって二人の男の足元を焦がした。石畳が弾けて砕け、床に一メートル四方のひび割れが走る。
「ひいぃっ!?」
細身の男が尻もちをついて後退り、大男も引きつった顔で一歩後ずさった。
「な……な、なんだお前は!? ただのガキが、なんでこんな出鱈目な魔法を……!」
「次は外すつもりはない」
俺は静かに言った。自分でも驚くくらい、声が震えていなかった。
「く、クソが! 覚えてやがれ! 俺たち『ドラウンド商会』の後ろ盾には、王都の強力な魔術師様がついているんだ! こんな田舎で終わると思うなよ!」
男は負け惜しみの叫びを店内に響かせると、相棒と顔を見合わせ、扉から転げ出るようにして逃げ去っていった。どたどたと走り去る無様な足音が、やがて遠くへ消えていく。
静寂が戻った店内で、エリーが呆然と俺を見ていた。
「……実、すごい」
「魔法が使えたんじゃない。エリーが繋いでくれたから使えた」
エリーの頬が、ほんの少し赤くなった。
「……私の手、魔法の鍵なの?」
「ああ。セリアの左手と、エリーの右手と——どっちも、俺の鍵だ」
しばらく沈黙があった。
「なんで私だけじゃないの」
エリーが小さく、でもはっきりと言った。
「…………」
「なんで左手はセリアなの。実の左側は私の場所だったのに」
うっ。
「……エリー、聞いてくれ。俺にも全部わかってるわけじゃなくて——」
「わかってる。わかってるけど、やきもきする」
エリーは俺のことを見つめたまま、右手をぎゅっと強く握った。
俺の右手から魔力が溢れ出し、インジケーターが激しく点滅する。
横でセリアが、ぷいっとそっぽを向いた。
「べ、別に私は関係ないけど! みのるの左手は魔法の都合上仕方なくで……その! 深い意味はないから!」
「ならなんで赤い顔してるの?」
「うるさいっ!!」
「あの」
頭上から、ちょんちょんと俺の髪を引っ張る感触があった。
見上げると、花の妖精チルが腕を組んでため息をついている。
「さっきの魔法、すごかったけど。右手の魔力制限も2倍のまま?」
「ああ。でも……二人同時に繋いだ瞬間、ロックが揺らいだ気がした」
「やっぱりね」
チルは真顔で俺を指差した。
「あたしの見立てでは——二人同時に繋いだら、いずれ制限が解除される。でも今はまだ『揺らいでいる』段階。あんたのその恥ずかしいバグ、そんな簡単には解除させてもらえないわよ」
「つまり……これからも二人と手を繋ぎ続けなきゃいけないってこと?」
「そゆこと」
俺は頭を抱えた。
「みのる」
「実」
セリアとエリーが同時に俺の両側から声をかけてきた。
「……何」
「手、つなぐよ」
「繋いで」
二人が同時に、俺の両手を握った。
ドクン——!
全身を覆う圧倒的な魔力の奔流。脳裏のインジケーターが赤と青の光を交互に瞬かせ、ロック領域が激しくノイズを上げて揺れ動く。
(まだ解除はされない。でも——確実に、何かが変わり始めている)
「やきもきが深まるぅー!」
チルが頭を抱えて悲鳴を上げた。
俺たちの異世界やきもき生活は、まだまだ終わりそうになかった。




