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66話 コウジとケイコの秘密の過去

「ウルフ・・・時間がない」


「・・・そうね」

急かすようにそう声をかけると、その視線の先には女傭兵が赤ちゃんを抱えながらそう答えていた。

外からは銃声と爆撃が聞こえ、人々が逃げ惑うような声も混ざっていた。


自分が所属していたゲリラ組織の裏切りによる襲撃から逃亡し、それから殺し屋家業を始めて数年ほど経過した頃だった。

一時期は追手からの襲撃も落ち着いたかと思われたが、再び政府からの援助を受け、ゲリラ組織が自分達を捕えようとしている情報を、同じく逃げ延びた同業者であったハリーから聞いた。


ウルフは元々ゲリラ組織に敵対している別の組織で雇われ兵としていた人間であり、敵だったのだが、不意打ちをこちらから仕掛けたことにより、なんとか無力化することに成功したが、うまく逃げられた。


「やるな」

戦闘する上で敵を逃した経験がなく、ましてや戦闘に不向きな女を逃したことが自分にとってものすごく印象に残っていたため、その時は敵を逃したことによる悔しさと言うよりも、相手への尊敬を込めての言葉がつい出てしまっていた。

それから数日後、まだ自分との戦闘で怪我が治りきっていない状態でその女傭兵と再び出会った。


「今から国境を越える。逃げるぞ」

何が何だかわからなかった。


ゲリラ組織と政府の動きに何か変な様子であったことは薄々勘付いてはいたがまさか自分達、雇われ兵を捕獲して国家転覆を企むゲリラ組織の幹部として差し出すとは思ってもいなかった。


そして、その女傭兵は数日前にした、自分との戦闘による怪我で自力で逃げきれないことを悟り、一緒に逃げる力を貸して欲しいとのことだった。

私との戦闘で十分戦闘力が高いことも分かっていたため、腕を十分に買ってはいるようだった。自分としてもゲリラ組織と政府の情報が欲しかったため、丁度よかった。


すぐにその女傭兵の取引に応じ、満身創痍のその女傭兵を背負い、国境沿いの森の中を走った。


それからが長かった。

国境を越えるためには森を抜けた後に山岳地帯を越えなければいけなかった。総合計距離は約3000kmと途方もない道のりだったため約1年近くの移動をしながら、追手のゲリラ組織からの襲撃を掻い潜っていた。

特に最初の時は女傭兵を背負いながらの戦闘と、水と食糧確保だったため苦難を強いられた。当たり前だが、せっかく水と食料が確保できる拠点が出来たとしても、追手に襲われれば、その場を殲滅したのちに、急いでその場を離れなければいけなかった。相手は国から莫大な支援を受けている。倒しても倒してもキリがない相手だ。そのため食糧も水も満足に確保できないでいた。


最初は同じように追われている同業者同士で固まっていたが、所詮は即席で固まった人間関係だ。自分のことしか考えず、他人の水や食糧を横取りすることしか考えない。場合によってはこちらの命を狙って食糧や武器を奪おうと考えるものも少なくなかった。

極限状態が生んだ本物のサバイバルだったためやむを得ないが、そんな人間達と一緒では助かる命も助からないと考え、追手に襲われたどさくさのタイミングで女傭兵を背負っては同業者の団体から離れた。


それから1ヶ月ほど経過すると、その女傭兵も回復し、水と食糧の確保はもちろん、追手相手との戦闘も積極的に対応してくれた。その時、初めてその女の戦闘を客観的に見ることができた。

見事という言葉しか出なかった。自分以上にここまで銃火器を無駄なく取り扱え、仮に相手をミスで仕留めることができなかったとしても、リカバリーをしっかり考えて、森の中を立ち回っているのが分かった。


そして、一番特筆すべき部分は相手を仕留める前も後もトランシーバーでの会話をしっかりと聞き、追手を仕留めた後は持ち物を探り、武器類の補充はもちろん、今回のこの雇われ兵の捕獲作戦についての情報も抜かりなく収集し、これからどのようにしてこちらを捕獲するかを先回りしようとしていた。こちらの限りある環境の中、しっかりと情報収集をしようとしている姿勢はどの同業者よりも優れており、素直に評価をしていた。


とある夜の日、日中帯での戦闘に落ち着き、食糧も水も確保できていたため焚き火の前でゆっくりとくつろいでいた。もちろん、いつでも戦闘と逃げる準備はできていたが、その上でのくつろぎだった。その時初めてお互いの話をした。追ってから逃げて2ヶ月か、3ヶ月ほどだった。


その時初めて女の名前、いや、コードネームが「ウルフ」であると聞いた。このコードネームは幼少期に育った犯罪組織でつけられた名前で、ボスは軍隊上がりだったため、武器の扱いとCQCはそこで身に付けたとのことだった。自分も名前を聞かれたが答えなかった。いや答えたくなかった。適当に数字が並んだだけのコードネームを組織から毎回つけられていたのだが、その名付け親である組織から今は命を狙われていたため、自分のコードネームすら口に出すのも虫唾が走った。


お互いの戦闘スタイル、能力についての情報交換もした。今後の生き残る確率を上げるためだった。それからというもの、追手の対応は楽だった。数は相変わらず多いし、ゲリラ組織も政府に捕まり、殺されたくないからか必死だった。

しかし、戦闘能力において自分とウルフを相手に成す術がない状況だったようだ。おかげで森の中でのサバイバル生活に多少の余裕も生まれた。お互い同業者としての信頼はすでに持っており、背中を預け合えるような関係だった。


そのためなのかはわからない。もしかしたら男女が一緒にいるという、ただそれだけの理由だけかもしれないが、2人は初めてその日の夜、お互いの体がまぐわっていた。そこに好きという感情も、愛してるという感情もなかった。本能が2人をそうさせていた。そして、それから2人がまぐわうことはなかった。



それから森を抜け、山岳地帯を突破し、無事国境を超えることができたのが約1年後の辺りだった。ウルフの胎内から新しい命が生まれた。元気な産声を上げる女の子だった。その子が生まれた時には、すでに殺し屋家業を自分だけでこなしており、半年かからないくらいだった。


自分はウルフに、子供と一緒に逃げるか、安全であろう逃げた先の国でも追手がこの別の国に置いて行くか選ぶよう伝えた。追手はあくまで自分達であるため、一緒にいれば間違いなく巻き込まれることになる。ウルフはじっと自分の子供を見つめていた。もう二度と見れないであろう我が子の顔を瞼に焼き付けるかのように。


答えはすでに決まっていた。このまま一緒に逃げても赤ちゃんがこのサバイバル生活を耐え切ることはできないと考えていた。それならたとえ、今いる国境を超えた国のスラム街にでも置いて行った方が、まだ生存確率が高いと踏み、藁で編んだ赤ちゃんカゴの中にタオルで包んだ自分の子供を入れた。


「your name Peace」(あなたの名前は平和)と、

書いたメモ紙と一緒に。


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