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64話 ケイコと桃子

「P・・・あなたは私たちに恨みはないの?」


「え?ど、どう言う意味ですか?」

2人で横に並びながら食器洗いをしている最中に唐突に尋ねられた。相変わらず無表情だった。


「私達が殺し屋の依頼のパイプ役として、あなたがたまたま会社から遣われたけど、そもそも私達がこんな家業をしていなかったら、あなた達親子は危険な目に合わなかったかもしれないのよ?」

ケイコの説明を聞いてやっと質問の意味を理解し、考えるように「う〜ん」と唸って考えた。


「うん・・・ないです。なんなら感謝してるくらいかもしれないです」


「感謝・・・?」

感謝されるようなことをした覚えがなかったため、不思議そうに言い返した。


「私が仕事の内容も考えずに働いたばかりにこうなっちゃったんですよ。良い大学に出て、周りの同期の収入に負けないように、周りに見下されないようにってことしか考えていなかった。それに・・・出会った人たちが2人じゃなかったらどうなってたか分からなかったし・・・良い経験もできました。まぁ会社に対しては未だに恨んでますけどね」

もう終わったことかのようにサッパリとした口調で言った。


「犯罪者に襲われたり、山でサバイバルしたり、毎日ランニングと筋トレを強要されたり、射撃訓練したり、格闘技を叩き込まれたり、港の倉庫に潜入したりしたことが、あなたにとって良い体験なのかしら?」


「うん・・・」


「普通は・・・嫌な体験って言いそうなことだと思うけど」


「でも・・・生きてますから・・・」


「そう・・・それなら良かったわ」

そう言うも、相変わらず顔色を変えずにまた新しい皿を持ってはスポンジで洗っていた。


「あ、そうだ・・・!すっかり忘れてた・・・!」


「どうしたの?急に・・・」


「あの時、助けに来てくれてありがとうございました!いろんなことがあってバタバタしてたから感謝するの忘れてて」


「・・・?ああ・・・あのことね」

そう言うと、ケイコも思い出したように生返事をした。男に襲われたところを間一髪で助けたことだった。


「本番って難しいですね・・・相手はケイコさんよりも弱かったのに体がうまく動かなかったです」


「しょうがないわ・・・10人に1人くらいしか実際に戦場に立ってもできないんだから」

急に生々しい現実話が出てきたため、


「え?それって・・・」

動揺した様子でそう言った。


「私の幼少期の頃の体験よ・・・物心ついた頃から犯罪組織の元で育ったけど、その時は同年代の子供が数十名はいたわ。あなたと同じく本番で体を動かせなくて生き残ったのは私を含めて3人だけだったけど」


「・・・酷い世界」

ケイコの育った環境を聞いて気分の悪い表情をしていた。


「カオジロガン・・・」


「え?」


「そう言う白い鳥がいるの。この鳥は生存競争のために生まれて2日目で空も飛べない状態から崖に落とされる。生き残るための戦略のようだけどそれと一緒。戦い抜くことができないようなら遅かれ早かれ裏の世界ではすぐに死ぬわ。だから私は育ったその環境に恨みもないし、ここまで生き残れるほど強くしてくれてむしろ感謝してるくらいよ」

昔のことを思い出しているのか、視線が遠くを見ているような表情をしていた。


「ところで・・・さっきお母様との会話なんだけど・・・」


「え?あ、ああ・・・」

居間で親子揃って泣いていた、あのことについての話だろうとすぐに悟った。今更ながら2人に見られていたのを思い出して恥ずかしくなっていた。


「さっきのは・・・そのお見苦しいところを・・・」


「旅行・・・って言ってたわね?」


「え?」


「旅行って・・・そんなに良いものなのかしら?」


「・・・え?」

ケイコの質問の意味が分からず、言葉に詰まっていた。


「お母様があそこまで泣いて喜ぶんだもの。旅行ってものは相当嬉しいもののようね」

母が泣いたのは旅行ではなく、娘が頑張って母のために旅費を貯めていた事であることは桃子には当然分かっていたのだが、ケイコには理解できていないようだった。


「ケイコさん・・・旅行って知らないんですか?」


「言葉の意味は分かるわ・・・知らない土地へ行くことでしょう?だけどそれって楽しいものなのかしら?武装した敵がその土地にいあるかもしれないし、リスクを上げるだけでしょ?」


「ぶ、武装した敵なんて・・・いないに決まってるでしょ!」

ケイコの常識についてこれず、つい声を荒げた。


「なぜ分かるの?私が別の国で仕事をしに行った時は5割くらいの確率でいたわ」


「それは仕事でしょ?!普通はいないんですよ!だから安全な旅行前提です!」


「あらそう・・・じゃあ武装した敵がいないとしても・・・それって楽しいの?」

こちらの強気な絶対安全である条件を渋々了承してくれた様子だったが、その上で質問が再び飛んできた。


「た、楽しいですよ!」


「どこが?」


「ど、どこがって・・・観光名所を回ったり、温泉まんじゅう食べたり、温泉入ったり、温泉卵食べたり・・・」


「・・・食べてばっかりね。それに家でも食べれそうなものばかりよ」


「そ、それが良いんですよ!」


「・・・そうなのね」

学びとして世間一般的には楽しいものなのだろうと理解したようだったが、イマイチ納得していない様子に少し悔しさを感じていた。


「そ、そうだ!じゃあ今度時間を作って3人で旅行に行こう!」


「・・・え?」

不意をつかれたかのような声が出ていた。


「Pと・・・私達が?」


「そうですよ!2人ともそういう経験をしたことがないんだったら次は私が教える番なんだから!一旦お母さんとの旅行が落ち着いた後で3人で行こ!」


「Pと・・・私達が・・・旅行・・・」

何か思うことがあるのか、小声で同じ言葉を呟いていた。


「分かったわ・・・じゃあ今回の仕事の報酬として私達を旅行に連れて行って」


「・・・うん!分かった!約束ね!」

食器を全て洗い終わり、キッチン周りが綺麗に片付いている様子だった。


「なんだか随分と元気ね」


「ふふっ♪」


「・・・それに敬語。使わないで会話が出来るようになってるわね」


「え・・・?あ・・・そういえば・・・」

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