62話 親子喧嘩
「こんな豪勢な食事を・・・なんだかすいません・・・」
「いえいえ・・・こちらこそ朝からこのような食事で大変恐縮です・・・本当は昨日の夜に食べる予定で用意してあったのですが、お疲れのようでしたので、せっかくですからと思いまして・・・」
母が申し訳なさそうにしていたのに対して、ケイコも接客するかのように相手に合わせてそう対応していた。
さながら、スーパーの前で以前見かけた井戸端会議のようなわざとらしい高い声だった。目の前のちゃぶ台の上には豪勢なカニ鍋と、漬物、お米の入ったお椀が人数分あった。
「はぁ・・・それはそれは、どうしても疲れ果てていたもので、丸1日も寝てしまっていました・・・」
母がそう言ったが、それは自分もそうだった。母と同じ部屋で丸一日寝ていた。今まで我慢してきた不安や心配が払拭された反動だったのだろうと思った。
「あのようなことがあったんですから無理もないですわ・・・お食事を摂られたあとは遠慮なくまたお休みください。自分の家のようにくつろいでいただいて構いませんからね」
あまりに腰の低い対応を自分の母にしているのを見てて、若干の薄気味悪さを感じていた。その視線をケイコは感じていたのか、牽制するようにこちらを睨み返したのを感じ、困ったように目を泳がせていた。
「そうじゃそうじゃ・・・ワシ達は何にも困らんから遠慮しないで良いぞい!」
そう言いながら、勢いよく自分のお椀に盛り付けたお米を食べていた。
結局、昨日の夜に病院から帰ってきたようで、クロスボウで受けた矢の治療以外にも念の為として、受けた毒が消えているかどうか、ケイコの言う顔見知りの闇医者から精密検査を受けていたとのことだった。
「それにしても・・・病院から帰ってくるだけならここまで時間はかからないはずだけど・・・寄り道でもしてたの?」
「い、いや・・・思ったよりも難しいかったようじゃったよ?」
先ほどキッチンでケイコから、どうせ車の中で私に怒られたことの愚痴をあのヤブ医者と言いながら酒でも飲んでたんだろうとぼやいていたが、その予想はコウジの様子を見る限りは当たっているように見えた。
どうやら、その闇医者とケイコはソリが合わないようだ。
「それにしても・・・コウジさんとおっしゃいましたけど、とてもお強いんですね。プレハブ小屋の中で見ていましたけど、びっくりしました。あんな大きい男を相手にたった1人で・・・」
その言葉を聞いたコウジは食べていた口の物を「ブゥー!」と吐き出していた。
殺し屋として活動をしている身として、一般人には見られてはいけないという絶対のルールがあるのだが、それを堂々と違反していたため、ケイコからは怒りの視線が無言で送られていた。
「こういうことがあるからクロロホルムを持って行ったのに、まさか使わなかったのか⁈」という意味の視線であることは私にも理解ができた。
「け、ケイコ・・・その、あれは違う時に使ったんじゃよ・・・!」
何も言わないケイコの視線を汲んでそう言い訳をしていた。クロロホルムはRの警戒を欺くのに使ったことを説明していなかったため、事情の知らないケイコはあからさまに不機嫌な表情になっていた。
「・・・?」
2人が揉めている理由も知らず、そんなやり取りを母はぼんやりと不思議そうに見ていた。
「ごほん・・・私もですがこの人は元海外の軍隊出身なんですよ。それでたまたま桃子ちゃんが困ったことになったと相談を受けまして・・・ということなんですよ。おほほ・・・」
言葉を選びながら矛盾するようなことを言わないか気をつけて喋っていた。
「そうなんですね・・・ケイコさんとおっしゃいましたよね?私を迎えにきていただいて本当にありがとうございました」
改めて深々と頭を下げていた。
「いえいえ・・・もう終わった話ですから気にしないでください」
そう言いながら、母のお椀におかわりの鍋の具を少しだけよそい、小さくまたお礼を言っていた。
「それにしても・・・桃子はどうやってお知り合いになったの?お仕事?」
「え?あぁ〜、まぁそんな感じかな・・・」
間違いではないのだが、素直にそう言いにくい出会いだったためそう曖昧な返事をした。
「そもそもどうしてこんなことになったんでしょうか・・・特に貯金もないこんな年寄りを攫うなんて・・・」
自分が攫われたことについて疑問に思っている様子でそう呟いた。
「最近は物騒ですから・・・警察には捜索願いは出してはいたのですが、特に対応もしてくれないと娘さんから説明を受けまして、おそらくお金目的だったんでしょう」
ケイコが話を合わせるように母に説明した。
「とにかくああなった以上、お引っ越しをすることをオススメします。よろしければこちらの方でもお手伝いを致しますので・・・」
「本当にありがとうございます・・・ほら桃子・・・あなたもお礼を言いなさい」
「わ、分かったからもう・・・」
そう促され、母の強引な会話の進行に鬱陶しさを感じながら一緒に頭を下げた。
「桃子・・・そんな変な態度とらないの!あなたはいつもそうなんだから・・・」
「いつもって何よ・・・もう分かったってば・・・!」
母からのダメ出しに鬱陶しさを出していると、
「桃子・・・」
そう言いながら持っていたお椀をちゃぶ台に置いた。
「そろそろあなたもしっかりする歳じゃないの?いつまでもフラフラして・・・やっと就職できた仕事もどうなってるの?私に何も報告がないから心配してるのよ?」
「な、こんなところで急に何よ・・・!」
溜めていたことのように、桃子に対しての気持ちを遠慮なくぶつけていた。
「私も良い歳だし、持病でもう長く生きられないのはあなたも知ってるでしょ?私は安心してポックリ逝きたいのよ。少しは母親の気持ちも汲んでちょうだい」
「だ、だから頑張って良い大学に入ったんじゃない!」
「私は良い大学に行けなんて言ってないでしょ?ただ、私はもう少し落ち着いて欲しいの・・・」
そう言いかけると、我慢の限界だったのか、バンとちゃぶ台を叩いて2階に上がっていった。
居間では気まずい沈黙が流れていた。
「申し訳ございません・・・見苦しいところをお見せしてしまいまして・・・」
「いえ・・・大丈夫です」
「桃子・・・なんであんなに怒ってるんじゃろうなぁ・・・」
ケイコはただ顔を伏せるように気を遣っており、コウジは呑気に鍋の具を食べている。
「昔はこうではなかったんですけど、ここ最近は会話しようとしてもいつもこのような感じでして・・・」
「お母さんや・・・せっかくじゃからあの子の小さな頃のお話を聞いてみたいのぉ・・・」
「小さい頃のお話ですか?」
驚いたようにそう答えた。
「そうじゃ、せっかくの出会いじゃからのぉ・・・なんでも良いので思い出したことからお話を聞きたいのぉ」
「はぁ・・・それはもちろん構いませんけど・・・」
そういうと、ケイコはちゃぶ台に置いた鍋を片付けるために席を立っていた。
「あの子は、私が前の旦那と離婚したタイミングで養子で出会った子でした。孤児院で働いている知り合いがいたので、あの子がもう少しで小学校に入学するという時でした」
「そうなんじゃのぉ・・・前の旦那との子供はおらんかったんですか?」
「ええ・・・結婚した時はもう40歳を超えていて遅かったんです。前の旦那も子供は要らないからということでお付き合いを続けていたのですが、10歳下の旦那だったので他の女と子供を作ってそのまま別れました。その時から歳のせいでずっと現実逃避をしていた子供を持つことへの憧れが出てしまい、養子を引き取ることにしたんです」
「そう・・・だったんですか」
そう言いながら、キッチンの奥から湯呑みを運び「どうぞ」と小声で言いながら、ちゃぶ台の上に置いた。いつの間にかちゃぶ台の上にあった食事は片付いていた。
「ありがとうございます・・・」
湯呑みに対してお礼を言い、そのまま話を続けた。
「最初は血も繋がっていないので、ちゃんと心を開いてくれるかどうか不安な面もありましたが、いざ養子として引き受けてみると、そんな心配もすぐに消し飛んでしまいました。あの子は私のことを本物の母のように受け入れてくれました。それからです。私はこのために生まれてきたんだなと思って・・・」
そう言いながら、涙を堪えるように持っていたハンカチを目元に抑えていた。
「これならもっと早く結婚して子供を作っておけば良かったと思う反面、もし早く子供を作っていれば桃子と出会うことはなかったのだろうと考えると、結局これで良かったんだろうなぁと思っております・・・」
「・・・」
改めて親との会話というものを経験したことがなく、実際にこのように子供を持っている親の気持ちを聞いたことがなかったため、コウジもケイコも母親の言葉を聞いて「これが親子というものなのか」と、学ぶ部分が多々あった。
「こんなに思ってもらってる桃子は幸せ者じゃなぁ・・・今はその、反抗期っていうんかのぉ?普段もああなんじゃろうか?」
「お恥ずかしいですね・・・中学生あたりになってからでしょうか。私も大した収入がない中、パートをしながらシングルで子育てをしていたものですから、あの子のことを構ってあげられなかったのが悪かったんです。それからあの子の私生活がだらしくなりまして、それについて注意してはああやって、怒って家を飛び出しての繰り返しで今に至ります・・・」
昔を懐かしみながら、当時の記憶をゆっくりと思い出すように語っていた。
「まぁまぁ・・・年頃の娘じゃしのぉ。どこの家庭でもそんなもんじゃろう。のぉ?」
少し気まずい空気だったため、ケイコにそう同意を求めると空気を読むように「そうね」と答えた。
「中学に入った時あたりから、授業参観や運動会には来ないでとも言われてました。今思うと周りの母親が20、30代なのに私だけお婆ちゃんのような見た目だったため、周りの同級生から嫌なことも言われたのでしょう。それからです。あの子が勉強に打ち込むようになったのは」
「話は聞いてます。あの有名大学に入学されたとか・・・立派じゃないですか」
「ええ・・・ただ、一度落ち着いたと思ったらその後も帰宅せずに外をフラフラするようになり、理由を聞いてもまともに教えてくれないものですから、それで強く言うとまたいつものあんな感じになってしまうんです」
涙が乾いたのか、目元に抑えていたハンカチを下ろしている代わりに悲しい表情で俯いていた。
「まぁまぁ・・・お茶。おかわりするとええぞ?」
励ますようにそう促し、「ありがとうございます」と小声で感謝を述べた。
「お母さんや・・・桃子は素直じゃない子じゃ。照れ隠しで言っておるだけで本当はお母さんのことをいつも心配しておったよ・・・」
「・・・」
湯呑みに入っている緑茶を見つめながらコウジの話を聞いていた。
「それに・・・元々は今回のお母さんの救出のお話も、実はあの子からどうしてもと泣きながら強くお願いされてワシ達は動いたんじゃ・・・」
「・・・え?」
その話を聞いて驚いたような表情になっていた。
「申し訳ないです。ご本人の前で言うのもあれですが・・・私たちも元々軍隊にいたとはいえ、得体の知れない犯罪者を相手にするのはリスクがありますから・・・」
「桃子はお母さんを助けたいと言う気持ちで、普通の人なら3日経たずにリタイアする軍隊トレーニングを2ヶ月間ワシ達の元でこなしていました」
「トレーニング・・・ですか・・・?」
「1ヶ月食料も水もなしでサバイバルをして、毎日20kmと1000回ずつ筋トレをやった後に軍隊トレーニングとして格闘などを私達の方でレクチャーさせていただきました」
「え・・・?!あ、あの桃子が・・・?!」
中学校から運動から縁のなかった桃子がそんなハードなトレーニングをこなしていたことに信じられずにいた。
「ただ・・・そのため助けに行くことが大変遅くなってしまいました。申し訳ないです」
「そ、そんな!謝らないでください!むしろ感謝したいくらいですから・・・」
「それなら良かったです・・・」
「もちろん助けていただいたこともそうですが・・・それ以上にあの子に対してそこまで時間をかけていただいたことに嬉しくて嬉しくて・・・」
「・・・え?嬉しい・・・ですか?」
母親の言葉を聞いて2人とも不思議な反応をした。
「はい・・・言い訳になってしまいますが、あの子とは親子の時間をあまり作ってあげることができませんでした。だからあの子のためにそのような時間を作っていただいたのは大変嬉しく思います」
「そ、そうだったんですね・・・」
「はい・・・父親がいないことに対してもずっと申し訳ない気持ちでいっぱいでした。なので、もしかしたらお父さんお母さんと一緒にいるような時間を過ごせたのかも知れないです・・・」
そう言うと、2人はただ黙りながら顔を下に向けて俯きながら聞いていた。




