53話 コウジ VS プレハブ小屋の男達
「はぁ・・・はぁ・・・」
ケイコとの修行でもそうだったのだが、ロープを使っての昇降は、登るよりも降りる方が腕や足に対しての力加減が難しかった。登る時は力を入れるだけなのに対して、降りる時はプラスで力を緩ませることも必要なのに加え、高いところから地面を見下ろさなければいけないのもあり、高所に対する恐怖は登る時と比べるまでもなかった。何とか体をロープに預けて宙に浮かせることができたが、本番だからこそ生まれる緊張感も相まって、小さく息切れをしていた。
「ふぅ・・・ふぅ・・・」
小さな呼吸をしながらも、慎重にロープを緩めながら下降していた。徐々に徐々に体が下を降りるのを確認し、体の高さが約7mの屋根の上から、4mほどの中間あたりにまで差し掛かった。
「よし・・・!」
そこまで体が下降できたのを確認すると、そこから大胆に足の力を一気に緩め、両腕のみで下降スピードを調節した。スピードは両足で力を入れていない分、先ほどとは比べ物にならないくらいのスピードで体が下降したが、残り1mほどで地面に着地すると思ったところで、先ほどロープから緩めた両足に再び力を入れ、急ブレーキをかけた。
「・・・っ!」
狙い通り、高さ1mほどで体の下降が止まると、ゆっくりとまた下降して無事地面に着地した。
「次に・・・昇降用ロープを外す・・・!」
無事、高所から着地できた余韻に浸る余裕もないまま、胸元に装備してナイフを取り出し、腰に装着していた昇降用ロープを切断した。侵入のためだけに持ってきた道具のため、鉤爪もロープもこのまま放置して脱出する手筈だったので躊躇なく行動した。
ロープは体から離れていき、左右にぶらぶらと揺れながら宙に浮いていた、そして、そのロープは天窓の先まで伸びている光景が2本あった。自分とコウジが使用したロープだ。
「次に・・・プレハブ小屋の確認・・・」
自分の頭の中で次の行動の確認をしながら辺りを見渡した。周りには木箱が積み上げられており、大きなコンテナもあった。また段ボールも同じく積み上げられており、ダンボールの側面には「リビング用消臭剤」と記載されていた。物販倉庫なのだろうか、よく見ると同じダンボールが山積みにされていた。
小屋に目を向けると、すでにコウジがプレハブ小屋の窓から中を伺っていたため、その背後に回るようにコウジの元へ向かった。自分が侵入してから約10秒ほどが経過した頃だった。
「見るんじゃ。中に3名の見張りと、1名人質・・・桃子の母親がおる」
そう言われ、同じく窓の中を覗くと70歳ほどに見える老婆が敷布団の上で横になっており、その近くに男3人が机に座って話し込んでいる様に見える。
「この人数ならそのまま入り口から中に入っても問題ないじゃろう・・・桃子。背後は任せたぞ?」
「う、うん・・・!」
そう言うと、コウジはプレハブ小屋のドアノブに手を掛け、その横で銃を構えながら背後を警戒しつつも、横目でコウジの様子を伺っていた。
「ようし・・・じゃあ開けるぞぉ〜・・・」
張り切ったような声色で、手をすりすりさせながら、ゆっくりドアノブを回した。
ガチャリ!
「うん・・・?誰だ?」
プレハブ小屋の中にいる男の誰かが、ドアノブを回した音に反応してこちらに声をかけたが、そのままお構いなしにコウジはそのままドアを開けた。
「あ、あれ・・・?ここは良比ヶ浜漁業の卸に持ってく倉庫じゃなかったですかのぉ?」
「あん・・・なんだジジイ!場所間違えてるんじゃねーのか⁈」
「お、おいマズいぞ!こんなの一般人に見られたら面倒だぜどうする!」
「どうするって・・・このジジイもここに閉じ込めるしかねーだろ」
3人の男が予想だにしていないことが発生したようで、慌てながら相談をしていた。
「お主たちは外の奴らと違ってちゃんと武器を装備しておるんじゃのぉ」
「あん?なんでジジイがそんなこと知って・・・」
そう言いかけると、2mほど距離のあったところからコウジが一瞬で間合いを詰めた。相手からしてみたら急に目の前に現れたと思うと、鉄性のハンマーで殴られたかのような、左コメカミに重い衝撃が走り、体をそのまま真横に吹き飛ばされた。
「簡単じゃよ・・・体の重心が武器を装備している特有のものだからじゃな」
そう言い終わった老人は、右腕をフルスイングし終わった後のような構えで立っていた。吹き飛ばされた男はピクピクと体を震わせており、倒れ方などから見てもしばらく起き上がれないほどのダメージを負っているのは誰が見ても明らかだった。
「・・・な、な、な⁈なんだこいつ・・・⁈」
別の男が声を震わせながら動揺をしていた。もう1人の男はバタバタと腕を自分の上半身を弄るように慌てながら装備している武器を探していた。
「その様子じゃとワシの顔写真は現場に出回っておらん様じゃの」
相変わらず現場の情報共有の杜撰さに呆れながら、
「お前たちを始末しに来た・・・と言えば分かるか?」
今回の誘拐に加担したことの代償であるかのように、静かに脅しをかけるように男たちにそう伝えた。
「お、おい!ま、まさかビルで仲間を皆殺しにしたやつじゃないのか⁈」
「あ、あの伝説の殺し屋の・・・!?こ、こんな小さいジジイなのか・・・⁈」
ここでようやく男達は、今相手している男の正体が理解したようだったが、いまだに目の前にその殺し屋がいるのか疑っている様子だった。
「悪いが人質の救出がメインじゃからのぉ・・・遊ばずに一撃で仕留めさせてもらうぞ?」
そう言うと、近くにいる男の胸元にダッシュするかのように向かっていた。
「ちっ!」
急な敵の出現に装備していたナイフも銃もすぐに取り出せなかったため、右拳で殴るように飛び込んできた老人の顔面に振りかぶった。
「・・・え??」
拳が顔面にヒットしたと思ったその時、目の前にいた老人はいなくなっていた。
「ど、どこに行った⁈」
その時、体がフワッと浮いて前転するように体が前に飛んで行っていた。体が逆さまになり頭から地面に着地するその寸前、目の前で探している老人が両手をバンザイしているかの様に上げながらこちらを見ていた。その時、老人が自分の真後ろに一瞬で移動し、自分の足を思い切り持ち上げて、身体を上へ放り投げたのだと言うことがやっと分かった。
「せっかく装備しててもすぐに取り出せない様じゃ、宝の持ち腐れじゃ」
そう言うと、身体が地面に着地する寸前で、顔面にまっすぐ蹴りが飛んできたところで意識が切れた。
「さて・・・これでお主1人だけじゃな」
「っ!!!」
2人目の仲間が目の前で瞬殺され、それに動揺しつつ、装備していたナイフを取り出し、右手で構えていた。
「その構え方・・・それなりに特訓をしたことのあるようじゃのぅ。米軍出身かのぅ?」
「(こ、こいつ・・・⁈)」
ナイフを構えただけで自分の出身がバレたことなど今までなかった。そのため今のやり取りだけで相手の底のしれなさを実感した。
自分自身、より高い報酬を得ることを理由に軍隊から裏業界へキャリアを移したが、そんな経歴を持っている自分だからこそ分かる。この老人の身のこなしは、伊達に伝説の殺し屋と言われていないことがよく分かった。
「(ダメだ・・・冷静になれ・・・!!)」
そう自分に言い聞かせながら、ジリジリと相手との距離を詰めた。
「うおぉぉーーー!!!」
自分にとって都合の良い間合いに入ると、男が叫び声をあげながら右手で持っていたナイフを真っ直ぐに突いた。その叫び声に驚いた桃子は、外から小屋内での戦闘の様子を見ていた。
「・・・ダメ」
そう小声で言うと、ゆっくりと伸ばしたナイフを持っている右腕の横に回り込み、間接技を決めるように腕の向きを逆にさせたと思ったら、そのまま手首の向きを変え、ナイフの刃をそのまま男の太ももに向けて押し込んだ。
「ぐあぁぁぁ・・・!」
ナイフは深々と刺さると、両膝をが折れるように倒れ込もうとしたその瞬間、顎先に蹴りが入りそのまま気を失った。
「恐怖に負けて、間合いの目算を間違えておるぞ?」
すでに意識を失っている男にそうアドバイスしていた。その様子を見ていた桃子は、ただ「すごい・・・!」と一言だけ漏らした。
ケイコとの特訓をしてきたからこそ分かる、コウジのCQCはもはや芸術的と言ってもいいくらいの無駄のない動きだった。ケイコがコウジに勝てないと言っていたのは大袈裟ではないのだと思った。
「・・・あぁ」
そう声をあげると、反射的にプレハブ小屋の中に駆け足で入っていった。
「お母さん・・・!!」
そう叫びながら横になっている母親を抱きしめていた。元々体が強いわけではなかったが、長い監禁生活のせいで明らかに衰弱しきっているのが分かり、そのせいで元々歳をとっていた母がさらに老け込んでいるように見えた。
「も、桃子・・・?どうして・・・ここに・・・?」
母親は寝ていたのか、これまでの騒ぎで目を覚ました様だったが、疲労なのか意識がいまだに朦朧としており、反応が鈍い様子だった。
「助けに来たんだよ!今から外に出るからね・・・」
「桃子・・・脱出するぞい。母親を背負うんじゃ」
「うん」
体温が下がらないように自分の着ていた黒いレインコートを急いで母親に着せ、その母親を背負った。ただでさえ小柄なのに、それから衰弱しきっていた母親の体を背負うのに苦労はなく、簡単に持ち上げることができた。
「すぐ家に帰ろう・・・」
そう背負った母親に声をかけた。
「よし・・・あとはこのまま倉庫を出て、車へまっすぐに向かうぞい」
そう言うと、プレハブ小屋のドアを開けた。
「・・・」
しかし、そのまま動かずコウジは入り口でボーッと立っていた。
「・・・?どうしたの?」
不思議に思いながら、そう尋ねた。
「・・・はぁーやっぱりそう簡単にはいかんのぉ」
そう独り言を呟くと、プレハブ小屋のドアをゆっくりと閉めた。
「え?ど、どうしたの?なんで閉めたの??」
驚きながらそう問いかけたが、コウジの困り顔を見て、なんとなく察した。
「まいった。囲まれておる・・・おそらく10人ほど・・・装備も最低でも1人に銃は持っておるのぉ」




