52話 制限時間 10分
雨が弱くなっているとはいえ、いまだに降り続けていた。そんな雨に打たれながら,
天窓から倉庫の様子をジッと伺っていた。
「ふぅ〜・・・それにしてもこのままジッと様子を見るだけじゃと暇になるのぉ」
そう言うと、子供みたいに落ち着きのない様子で、指先で屋根をカタカタと叩きながら呟いていた。
「もぉ・・・さっきのあの怖い雰囲気はなんだったのよ・・・?」
自分の身が危険に感じたら、敵を絶対に殺すことを約束させられたあの雰囲気はどこか風に吹かれるように無くなっていた。その様子を見てすっかり拍子抜けしてしまった。
「そういえば聞いとらんかったが・・・桃子はケイコから何の銃を渡されたんじゃ?」
退屈なのか、時間を潰そうとしているかのように世間話の感覚で、そう尋ねてきた。
「え?あ、ああ・・・マカロフだけど・・・」
コウジの急な問いに戸惑いながらそう答えると、目つきに真剣さが宿っていた。
「そのマカロフ・・・ケイコのものか・・・」
「うん。訓練の時もずっとこの銃を渡されてて、今日もそのまま使えって言われて・・・それがどうかしたの?」
コウジの真剣な目に、少し戸惑いと気まずさを感じていた。
「ちょっと見せてくれんかのぉ?」
「う、うん・・・」
そう言うと、腰のホルスターに付けていたマカロフを取り出し、雨に濡れないようコウジに手渡した。特徴的な大きな傷が銃のグリップ部分にあるその銃は、たしかにケイコが昔から使っているものだった。
「・・・」
ケイコにとって、この銃は親の形見代わりとして肌身離さず持っているものだった。ここまでの修羅場を一緒に乗り越えて来た、いわば相棒のようなものでもあった。自宅には他にも使っていない銃はあったが、あえてそれらではなく自分の形見であり相棒である銃を桃子に渡したケイコの内心を想像していた。
「ねぇ・・・どうかしたの・・・?」
もちろん桃子はこの事実を知らないし、この事実を知っているのは、この世でコウジのみだった。
「いや・・・何でもないわい・・・」
そう言うと、銃を返した。
「それはケイコの一番のお気に入りの銃じゃ。よく桃子に渡したなと思ってのぉ」
「え?そうなの?確かに普段よく使っている銃とは言ってたけど、そこまで思い入れがあるような感じではなかったけどなぁ」
改めて、この銃を初めて渡された時のケイコの様子を思い出そうとしながら、銃を腰のホルスターにしまった。
「大事に使うんじゃぞ。傷でも付けたらケイコにどやされるぞい」
「え・・・!こ、こんな傷だらけなのに?!」
「それだけケイコも危険な場所を、この銃と一緒に潜り抜けてきたんじゃ」
「ま、マズいな・・・この前思い切りピンクの絵の具を付けちゃった・・・怒られるかなぁ?」
「・・・怒られたら一緒に謝ってやるわい。そんなことよりほれ・・・見てみい」
そう言うと、再び天窓の方に指をさした。
「・・・っ!見張りがいなくなってる」
先ほどまで居た、プレハブ小屋近くの男達がいなくなっていた。
「いなくなってから様子を見ておったが、他の見張りが出てくる素振りもない・・・後5分経過して問題なければそのまま倉庫に潜入するぞ」
改めて緊張が走り、ゴクリと生唾を飲んだ。
「おさらいじゃ。カッターで天窓を切って中へ入る。そこからプレハブ小屋に入って母親を救出した。その後に警戒しながら倉庫の入り口に向かい外へ出る。この一連を10分以内を目標にする」
事前に聞いていた計画だったために、特に問題は感じなかった。
「うん、分かった」
「よし・・・」
こちらの返事を聞くと、折り畳まれたガラスカッターをリュックから取り出した。組み立てるとコンパスのように円を描く様にガラスを切る様な形をしており、中央部分には針ではなく、吸盤がついており、その部分を天窓に貼り付けた。半径50cmほどの円形を描くことができ、その部分を綺麗にくり抜くことができる道具だった。
「1分ほどで天窓のガラスのカットが終わる。そこから慎重に昇降ロープで降りて、速やかに動くぞ」
そう言いながら、ゆっくりとガラスカッターで天窓のガラスを切っていた。
「ふぅー・・・」
深呼吸をしながら、ガラスからキィキィと小さい耳障りな音を聞いていた。カッター部分が最初に切った箇所から半分ほど進んでいた。
「念の為、最低2周するぞ・・・」
そう言い、すでに1週させたカッター部分を、もう一度同じ様に回した。2週目は1周に比べて早く回すことが出来た。
「・・・」
無言でコウジはゆっくりとカッター回し切った後、吸盤部分を上に引っ張った。すると無音のままガラスが円形上にくり抜かれた状態で取り外すことができた。
「さぁ・・・準備はええの?」
「大丈夫・・・」
小さくそう返事をした。
「後・・・さっきも言ったが、自分の身が危険に感じたら絶対に相手を殺すんじゃぞ?」
大事なことかのように、再度こちらに確認の願い事をするかのようにそう言うと、
「うん。分かってる・・・!」
すでに言われたことの様に強い語句で返事をした。
「よし・・・じゃあワシが先に降りるからワシが合図したらすぐに降りてくるんじゃぞ」
そう言うと、先ほど天窓を切った円形のガラスを左腕で抱えながら、屋根の上に登るのに使用した昇降用ロープを右手で握っていた。
「よっ・・・!」
体を円形状に空け、天窓の中へゆっくりと体を下ろし、両足の主に太もも部分をロープに絡ませた。そして、ロープで宙に浮いた体を確認すると、そのままロープを握っていた右手と両足の力を少しずつ緩ませゆっくりと体を下降させた。
「さすが・・・慣れてるわ」
コウジの澱みのない動きに感心している合間に、あっという間に地面に着地をしており、抱えていた円形のガラスを近くの木箱の上に置いていた。そしてこちらを振り返り腕を上げた。降りろという合図だった。
「行くわよ・・・!」
おそらく人生で一番緊張する10分間が始まるのだろうと思いながら、身を天窓の内側へ入り込むように乗り出した。




