51話 コウジからの約束
「よし・・・先にワシから登るから見ておれ・・・」
そう言うと、昇降用ロープの安全帯を腰回りに装着した。そして、7mほどの高さにある屋根の鉄骨と鉄骨を通すための、棒部分にロープをくくり付けた鉤爪を投げた。鉤爪部分がそのまま棒部分に引っ掛かり、そのままロープに体を預けるようにして足を地面から倉庫の壁面に移した。
「ふむ・・・問題なさそうじゃ」
そして、そのまま壁の上を歩くような姿勢で、両腕でロープを手繰り寄せながら、上へ上へと慣れたように登って行った。
「・・・よし」
特に手こずることもなく、10秒も経たずに屋根の上へと登りきった。そして、コウジが屋根の上で登るように、こちらへ腕を回して合図を出していた。
「よし・・・私も・・・!」
コウジと同じように昇降用ロープの安全帯を腰回りに装着し、昇降用ロープの先にある鉤爪を投げ、コウジと同じく引っ掛けた場所へ狙いを定めた。
「練習通り・・・練習通り・・・」
ケイコから、失敗せずに一発で必ず狙い通りに投げることを徹底して教え込まれたことを思い出しながら集中して、鉤爪をブンブンと回していた。
「よし・・・ここ!」
ブンと音を立てながら鉤爪が天井方面へと投げ出され、そのまま綺麗に狙い通りの棒部分に引っかかった。
「きた!一発!」
喜びながらロープをグイっと手前に引っ張り、緩みなく鉤爪が引っかかっていないかを確認した。
「よしよし・・・」
両腕でロープを握りながら、右足を倉庫の壁に乗せ、そこから両腕を強く自分の胸に手繰り寄せるようにしながら、地面に付いてるもう左足を浮かせて右足よりも上に移動させた。
「後はこのまま登るだけ・・・!」
宙に浮いた体を確認し、そのままゆっくりと確実に一歩、一歩と踏みしめながら屋根に向かって、壁を地面にしながら歩いて行った。雨がいつの間にか少しずつ弱くなっていき雨雲からは月が出ていた。
「・・・綺麗」
ケイコとの特訓の成果からか、先にコウジが向かったこともあり、余計な心配もなく登っていた。月明かりを見る余裕もあったため、ボソッとそう呟きながらも、ゆっくりと確実に屋根に向かって行き、そのまま無事に屋根の上に到達した。
「桃子、こっちへ来るんじゃ」
屋根の上で腹這いになりながら、コウジのいる天窓まで移動した。
「慣れたもんじゃのぉ・・・」
すでに屋根の上に登っていたコウジがそう声を掛けた。心配している素振りなどはない様子だった。
「うん。練習の時は崖とか木の上とかで、鉤爪を投げるのも登るのも、今より難しかったから」
「・・・ええことじゃな。練習時ほど本番よりも難しいことをやっておけば、今回みたいに余裕が持てる」
そう言いながら、周りを見渡すように膝立ちになっていた。
「雨が止んできたのぅ。予報よりもかなり早い」
雨が小雨になり勢いが明らかに弱まっていた。雨雲で隠れていた月が少しずつはみ出すように現れ始め、あたりを月光で照らし始めていた。
「思ったよりも高いんだね・・・屋根の上」
7mの高さからの見晴らしはよく、月光で照らしている風景に見とれていた。
「・・・」
コウジは桃子の表情を見ながらちょっとした心配をしていた。桃子には明らかに最初に持っていた緊張感がない代わりに、潜入を楽しんでいるような節が見れた。
緊張を過度にしてミスをするよりは遥かにマシではあったが、母親を助けるという目的を少し忘れているかのような気もしていた。その時、以前にケイコから桃子の特訓中の様子を聞いた時に言われた言葉を思い出した。
「あと気のせいかもしれないけど・・・なんだかんだで修行を楽しんでいるようにも見えるわ」
「まぁ・・・ワシも今を楽しんでいるし他人の事は言えんがのぉ・・・」
ケイコの言葉を頭の中で録音したものを再生するかのように思い出し、その再生した言葉に対して、返事をするかのように独り言をつぶやいた。
「え?何か言った?」
コウジから何か問いかけられたと思い、そう返事をした。
「・・・何も言っとらんよ」
そう言い、天窓の方へ指を差した。
「さて・・・天窓から中が覗いてみ・・・」
「う、うん・・・」
そう言われ、ゆっくりと体を乗り出し天窓から倉庫の中を覗くと、多くのコンテナと木箱が中に積まれており、その中央にプレハブ小屋があった。そのプレハブ小屋の周りには2名の男が暇そうに雑談をしていた。
「見えるじゃろ?あの小屋の中に母親がおる」
「お母さん・・・!」
先ほどの月明かりで感動していた気持ちがなくなり、すぐに母親に対する心配でいっぱいになっていた。
「ええか?これからの動きについてもう一度整理するぞぃ?」
「う、うん」
「まずここから倉庫の様子を見て、中に入るタイミングを伺う。入るタイミングは見張りがいなくなった時じゃ」
天窓の奥にいる男達に指を刺した。その言葉に「うん」と相槌を打った。
「いなくなったタイミングで、また20分ほど様子を見る。もしかしたら物陰に他の監視がいるかもしれんからのぉ。それでも誰も周りにいないことを確認したら、天窓をガラスカッターで切り、中へ侵入する。中に侵入する際は昇降用ロープを使う。焦らずに降りてくるんじゃぞ?」
「わ、分かった・・・!」
ここからは失敗が許されないものだったため、緊張が再び戻ってきた。
「倉庫内に潜入したらあとは、素早くプレハブ小屋の中を確認して、見張りがいるかを確認し、居れば即刻排除する」
つまり、殺すという意味であることを理解したが、いまだにその言葉の意味については慣れていなかった。唯一、修行で克服できていない要素でもあった。
「そ、その・・・本当に殺すのよね・・・?」
「・・・問題あるかのぉ?」
「・・・」
気まずい間がしばらく流れた。改めてこれからの動きで自分自身も人を殺すかもしれない。その時は躊躇なくできるかどうかが、自分にもいまだに自信がなかった。
「あ、あの・・・一つお願いがあって・・・」
「・・・なんじゃ?」
「そ、その・・・せめて母親の前で殺すのはやめて欲しいの・・・ただでさえ関係のない母親の前で、敵とはいえ人が殺されているところを見せたくないの・・・」
もちろん、母親を案じてのことでもあったが、それ以上に自分自身に不安があった。母親を助けるために人を殺す訓練をしてきたのは百も承知だったが、いまだに自分自身がその覚悟がしきれていないのが分かっていたため、溜まっている宿題を先送りするかのような言葉だった。
「・・・」
「・・・お願い」
コウジは桃子の言葉を聞いて考え込んでいた。
「・・・分かったわい」
コウジは諦めたような表情をしながら、下を向いて深いため息を吐いていた。
「ごめん・・・」
自分の母親のために体を張ってこうやって助けに言ってくれているコウジに対して、申し訳ない気持ちだったため、小さな声で謝罪した。
「その代わり、一つワシと約束してくれるかのぉ・・・」
いつものひょうきんでニコニコしている表情ではなく、真剣な表情だった。
「約束・・・?」
その表情にやや圧倒されながら、コウジの言葉を復唱した。
「自分の身が危険に感じたら、絶対に殺すんじゃぞ?ええな?」
そうコウジが言うと、普段は薄く開いてるか分からない目がゆっくりと開いた。その目の奥には真剣さと、事の重大さが込められていた。
こちらに問いかけられてはいるものの、絶対に約束を守ってもらう以外の回答は受け付けないであろうことは伝わっていた。
「・・・分かった。約束する」




