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48話 結婚のきっかけ

「さて・・・今日から準備に入るとは言ったけど大きくやることは変わらないわ。あえて違うところをあげるとしたら、昇降ロープの使い方及び高所訓練と瞑想をすることくらいね」

次の日の朝、改めて1週間後の潜入までに行う修行についての説明を買い物をしながら聞いていた。


「瞑想ですか?あの座って目を瞑るだけのやつ・・・?」


「あれは心の筋トレと言われている訓練よ。任務中は不測の事態が必ず起こるものなの。その時に取り乱さずに冷静に対処できるかが大事になってくるわ。午前の準備運動を減らす代わりに、瞑想に当てるからそのつもりでやってちょうだい」

瞑想というものがそんなに良いものなのかと、少し疑うような表情をしていた。


「あとは他に変わったことはしないわよ。普段通りの修行をするし、普段通りの買い物にも行くわ」


「あの・・・それで本当に大丈夫なんですか?本番に向けてもっと特別なことをした方がいいかと思うんですけど・・・」

いざ作戦が決行される日時が決まったことで、今の自分の行っている修行に対して不安を感じていた。


「P・・・その考え方はダメよ」


「え?」


「いいかしら?本番というものは今まで練習した”成果のみ”を発揮する場所なのよ。練習したもの以外を出そうとすると、必ず失敗するものよ。だから残りの修行も大きく内容を変えるつもりはないわ」

遠い視線で田んぼ道を歩きながら、ケイコがそう言った。


「は、はぁ・・・そういうものなんですね・・・」


「今までの修行でやってきたことをいつも通りにやるだけで十分よ。あとはあの人がフォローしてくれるから」


「コウジさん・・・強いし優しいですもんね・・・」

そういうとケイコの眉がぴくりと動いた。


「優しい・・・?あの人が・・・?」


「え、ええ・・・なんかいつもニコニコしてて、楽しそうに笑ってるからそういう性格の人なのかなとは思ってます」


「そう・・・あの人がね」

そう言うと、過去の記憶を思い出しているのか、懐かしむようにまた遠い視線を見ながらそう言った。


「コウジさんはその・・・昔からあんなニコニコしてたんですか?」


「とんでもない。日本に来てから少しずつああなったのよ。あの人ほど業界で恐れられた人は今まで見たことなかったわ」


「・・・え?そ、そんなに怖かったんですか?」


「ええ。日本に移り住んでからは、一般的な感情を持てるようにはなったけど、その反動か喜怒哀楽の喜の部分がコントロールしきれていないこともあったわ。今はだいぶマシだけど、今でも喜に偏ってるわ」


「な、なるほど」

コウジが必要以上に笑っている様子をいつも見ていたのだが、あれは性格ではなく、まだ感情をコントロールしきれていないだけなのかと理解した。


「そのせいか、相手との命のやり取りをすると妙に笑っているわ。気持ち悪いからやめて欲しいのよね。あれ」


「あ・・・ビルの時の・・・」

その時の狂気的な笑顔を思い出し、つい身震いをしていた。


「で、でもそれってちょっと変じゃないですか?」


「・・・どうして?」


「だって、殺し屋を辞めたいって言ってるわけじゃないですか?でも戦うのは楽しいってことですよね?それなら殺し屋を続けた方がいいんじゃないのかなって・・・」

実は以前から気になっていた疑問だったが、ぶつけるタイミングがなかったため、せっかくだからとここで尋ねた。


「あの人は戦うのは好きでも、自分のプライベートを邪魔されるのをとても嫌うのよ。殺し屋を続けていたらこっちの都合を無視して襲われるから、それがあの人は嫌で嫌でしょうがないの」


「な、なるほど・・・」

あくまで自分のペースで戦いによる刺激を得たいのだと言うことがやっと分かり、彼の趣味嗜好を理解できたような気がした。


「とにかく、私からしたらあの人は、昔の冷酷な殺し屋だった頃のイメージが強いのよ。だから、Pがあの人と敬語を使わないで会話をしているのを見ていると、未だに違和感を感じるわ」

あのケイコが恐れているとは、そう思うと全盛期のコウジはどんな見た目をしていたのだろうと想像していた。


「私はあの人と違って、今までのスタイルを変えてまで感情を持とうとは思ってないわ。そして、私はそんなあの人を支えるつもりで生活をしている。私の代わりに、あの人には好き勝手に生きて欲しいのよ」

そう言ったケイコの表情は無表情のままであったが、なんとなく丸みのある優しさを見ていて感じた。


「あの・・・前から聞いてみたかったんですけど・・・」


「・・・何?聞きたいことって」

先ほどの丸みのある優しい表情はすぐに消えて、再びケイコが無表情で前を向いて歩きながら聞き返した。


「その・・・コウジさんと何でご結婚されたんですか?いや・・・そもそも結婚はされてるんですか?」


「・・・ええ、事実婚だけどしてるわ」

気を遣って聞いた質問のつもりだったが、大したことがないかのように、さらりとケイコは答えてくれた。

籍を入れていないのは当然、裏の世界の住人として、訳ありであるからということは流石の私でも分かっていた。


「な、なんでコウジさんと結婚をしようとしたんですか・・・?」


「そんなの・・・私よりも圧倒的に強かったからよ」

こちらの質問も、当然かの様にさらりとケイコは答えてくれた。


「つ、強い?好きになったからとかじゃなくてですか・・・?」


「・・・そもそも好きとか嫌いとかって感情で人と一緒にいないわ。協力し合えるかどうかで考えているわ。その結果、あの人と一緒にいる。それだけよ」

温度感のない割り切った関係のような言い方に聞こえたが、これまでの2人の関係を見てきた立場としては、そんな感情論を超えた関係に見えていた。そんな2人の関係を見て、微笑ましく笑っていた。


「何を・・・笑ってるのかしら?」


「あ、いえいえ・・・!そもそも強いってことは、初めて会った時はその・・・戦ったりしたんですか?」

こちらの微笑みに苛立ったのか、強い口調になっていたため、苦し紛れにそう問いかけた。


「ええ、殺されかけたわね」


「こ、殺され・・・え?」


「何か変かしら?」

不思議そうにしながらこちらを横目で見ながら聞き返された。


「いえ・・・どれくらい強かったんですか?」


「・・・あの人と初めて遭遇した時は、両腕を折られて10箇所以上の打撲を与えられて瀕死状態になったわ。不意打ちを喰らったとはいえ、あそこまで一方的にやられたのは初めてだったわね」

その話を聞いて「げっ!」と小さな声が出てしまった。毎日ケイコと組み手をしては、ボコボコにされている立場として信じられない話だった。


「あの頃は、あの人と私の組織が敵対していて、お互い雇われ同士だったけど、私を雇った組織の主要メンバー20名と、同じように雇われていた兵士30名は、全員あの人に殺されてたわね」

その言葉を聞いて、血の気が引いていた。


「完膚なきまでにあの人にやられてからは、あの人を殺すために任務をこなすようになっていたわ。恨みとかそういう感情ではなく、今後の自分の身を守るために・・・ただ、そこからたまたまだけど、あの人と一緒に組むことがあって、後はそのままの成り行きで今に至るわ」

顔が引き攣っていた。コウジの過去もそうだが、ケイコの過去も負けず劣らずの壮絶さを感じていた。ただ、当の本人はあまり気にしていない様子だったのが唯一の救いだった。


「ちなみにその時のケイコさんはその・・・コードネームって言うんですよね?あったんですか?」


「・・・ウルフって言われてたわ」


「ウルフ・・・オオカミってことですか?」


「私のいた組織は動物になぞらえたコードネームだったわ。常に単独行動ばかりで、顔が怖いとかふざけた理由で付けられたはずよ」

その解説を聞いて随分と腑に落ちた。「なるほど」と言おうとしたが、ケイコからまた怖い反応があると思い、何も言わなかったが、名前をつけた人はセンスが良いと感じた。


「それにしてもなんか壮絶ですね・・・お互い殺し合いをした同士で一緒になるなんて」


「・・・世の中の女性達はみんなそうじゃないの?」


「聞いたことはないですね・・・私の周りでは・・・」

顔を引きづりながらそう答えた。


「そう・・・でも確かに、今の一般社会は物理的じゃなくて心理的に男女で戦っているわね」


「心理的・・・ですか?」

ケイコの言っている意味が分からずに、思わず聞き返した。


「ええ・・・テレビやネットを見てみると、性加害でやったやってないで慰謝料を払うか揉めたりしてるじゃない」


「・・・あ、まぁたしかにそうですね」

ケイコの口から下世話な芸能ニュースの話が出てくるとは思わなかったため、思わず言葉が詰まってしまった。


「私にはなぜあんなことで揉めるか分からないわ。どっちでもいいじゃないの。SEXくらい。私は任務や特訓でいくらでもしてるわよ、それくらい。一般社会の女はたかがSEXされたくらいで大騒ぎするほど弱いものなのかしら。そもそもやられないようにすればいいと思うし。男も男でそれで仕事ができなくなるのも分からないわ。男も女も一般社会の人間はなぜこうも弱いものなのかしら・・・」


「・・・」

ケイコの話をただ黙って聞いていた。SNSなんかでこんなこと投稿したらすぐに炎上しそうだなと感じた。


「P・・・あなたの意見が聞きたいわ」


「わ、私ですか・・・?」


「ええ・・・私、あの人にもよく言われるけど、社会の価値観とズレているみたいなのよ。だからあなたに聞きたいのよ。私の意見は間違ってるかしら?」


「・・・ちょっと言いにくいので、ノーコメントじゃダメですか?」

そう申し訳なさそうにケイコに言うと、ふぅーっと長いため息をついていた。


「どうでもいいけどあなた。いつになったら敬語を使わないで私と会話をするのよ・・・」


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