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42話 ケイコ VS 魚屋の大将

「桃子よ・・・ケイコの特訓はどうじゃ?」

畑でインゲンを2人で収穫しながら、コウジが話しかけていた。


「・・・めちゃくちゃ厳しいです」

コウジの言葉を聞いて、毎日の特訓の情景を思い出しながらそう答えた。その情景に常に映っているのはケイコの無表情な顔だった。


「フォッフォッフォ!じゃろうなぁ・・・あやつは滅多に人に優しくはせんからのぉ!」

楽しそうに腹を抱えながら、他人事のように笑って聞いてる様子に嫌な顔をしたが、ケイコとの特訓の時間は常に気を遣うため、コウジとの畑仕事の手伝いが今の自分にとって精神的な息抜きになっていた。


昨日はあれから何回か組み手のような形でCQCの訓練をしていたが、ケイコが甘い動きと判断した場合は、手痛い反撃を何回も喰らっていた。


「そんなに笑わないでくださいよぉ〜!山籠りが体力作りのトレーニングだと思ってたから、てっきり座学ばかりだと思ってたのに・・・」


「あやつはストイックじゃからのぉ。他人にも自分にも」

コウジの言葉を聞いて、たしかにケイコはこちらに対してやるように言うトレーニングを涼しい顔をしながら一緒にこなしているため、自分としてもケイコに弱音が言えなかった。そんな現状にムスッとした表情をコウジへ見せていた。


「でも桃子のおかげでケイコのやつ・・・最近は楽しそうにしてるぞい」


「え・・・?た、楽しそうですか?」


「桃子も分かるじゃろ?」


「・・・全く分からないわ」

常に真顔で淡々と説明をしているため、コウジの言葉に共感することができなかった。


「桃子よ・・・ケイコに勝ちたいか?」


「え・・・?」


「負けてばかりじゃつまらんじゃろ?成長するためには勝つ体験も必ず必要じゃ。ケイコに勝ちたいのなら、ある作戦を教えてやるぞ?」

コウジがいたずらっ子のような表情で、内緒の話かのように人差し指を口に立てていた。


「え・・・?知りたい知りたい!教えて教えて!」

あのケイコに勝てると聞いて、子供のようにはしゃいだ声を出していた。


「フォフォフォ・・・じゃあちょいと耳を貸せ・・・」


「う、うん・・・」

そう言うとコウジの口元に耳を近づけた。


「ゴニョゴニョ・・・」


「え・・・?そ、そんなことしていいの・・・?ルール違反じゃない・・・?」


「何も問題ないぞ・・・少なくともワシだったら、それを実行した桃子のことを褒めると思うけどのぉ」


「そ、そんなもんなのかなぁ・・・」

コウジから聞いた作戦に、イマイチ腑に落ちないでいた。


「P!・・・何をしてるの?」

コウジが耳打ちをした直後、突然家の方向からケイコの大きな声が聞こえてきた。


「わぁ!!ご、ごめんなさい!!は、畑仕事のお手伝いですぅ!!」

急なケイコの大きな声に驚いて声がうわずっていた。コウジに言っていた愚痴を聞かれていないか不安になっていた。


「・・・何を謝ってるの?ただ声をかけただけじゃない」


「あ、ごめんなさい!つい反射的に謝ってしまいました!」

そう言いながらまた謝っていた。


「まぁいいわ・・・今からお買い物に行くからあなたも付いてきなさい」


「はい!分かりました!!」

そう言うと、ケイコは玄関で桃子を待っていた。


「軍隊みたいな感じで特訓をやっとるんか?お主達は・・・」


「いえ・・・ケイコさんがただ怖いだけです」

そう言うとコウジが、また腹を抱えて笑っていた。


それからケイコと外に出て商店街に向かって歩いていた。




「P・・・昨日刺さったナイフ。大丈夫だったかしら?」


「あ、ああ・・・全然大丈夫です!」

本音を言うと、胸に深く刺さっていたため大きな青あざになっており、とても痛かった。


「そう・・・手加減はしたつもりだから、うまく調節できてたようね」


「(全然できてないです)」

ケイコの独り言を聞いて、内心がバレないように愛想笑いを浮かべていた。


「きょ、今日は何か変わったものでも買うんですか・・・?」


「・・・いえ、特に何もないけど・・・どうしてかしら?」

ケイコが不思議そうにこちらへ聞き返していた。


「いえ・・・最近特訓が中心で、買い物に行くのが久しぶりだったのでつい気になりました」


「・・・あなたと買い物をするのに、何か特別な理由はいるのかしら?」

ケイコがこちらの質問に対して不機嫌なように見えるし、そうでもないようにも見えるような口調で返答をした。

ケイコ特有のこちらの疑問に対して、なぜそのような質問をするのか、その理由を聞く独特の会話の癖が、いまだに桃子にとっては慣れなく、その度に妙に居心地が悪く感じていた。まるでとてつもなく偉い人と一緒にいるような、そして、目の前で失礼をしたら取り返しが付かないことになるのではないかと勝手に想像していた。


「い、いえ要らないです!」


「そう・・・」

そう会話をするとまた無言が続いて、気まずい雰囲気になっていた。


「あ、あの・・・ケイコさんて本当に強いですよねぇ〜!」


「・・・そうかしら?」

沈黙の時間に居た堪れなくなり、こちらから上司に対してするような世間話を振った。


「つ、強いですよ!動きが流れるようにゆっくりに見えると思ったら、いつの間にか反撃されていたりしてたので・・・」


「そう・・・今のあなたが私を褒めるなんて10年は早いけど、今は訓練中じゃないから素直に受け取っておくわ」


「は・・・はははっ・・・」

どうやら間違えた方向で会話をしていることに気づき、ケイコの言葉を聞いた桃子は力のない笑い声を出していた。


「ちなみに言っておくけど、あの人の方が数倍も強いわ」


「え?」

ケイコの急な回答に思わず驚いてしまった。あの人とはコウジのことだろう。


「・・・そんなに強いんですか?」


「素手でも白兵戦でも、あの人と戦って私は一度も勝ったことがないわ」


「そ、そうなんですか」

てっきりケイコの性格上、自分の方がコウジよりも強いと言うと思っていたため、ケイコがコウジとの戦力差があることを素直に認めたことに戸惑っていた。


「あの人とは定期的に組み手をやってるけど全然ダメ・・・いろんな対策を立ててやっているけど、それを上回る対策をその場で臨機応変にやってくるわ」

たしかにコウジの戦闘を間近に見た立場として、底の知れないような、得体の知れないような、そんな不気味さがあるほどの強さを持っていることを知っていたため、ケイコの言葉に共感をしていた。


「でも負けっぱなしも腹立つから、勝つまではやり続けるつもりよ。だから毎日のトレーニングは欠かさないわ。あの人に会うまでは負けたことなかったのに・・・なんか思い出したらまた腹立ってきたわ」


「(腹立つって・・・普段は私に感情的になるなって言ってたじゃん・・・)」

毎朝行っているマラソンと筋トレは、コウジへのリベンジが目的であることを理解した。


「あの人に勝てる人がいるとしたら・・・あの人から直接教わった弟子くらいね」


「そ、そんな人がいるんですか・・・?」


「あら。いるじゃないの・・・ここに・・・」

そう言いながらこちらを見つめていた。


「え・・・?ま、まさか私ですか・・・?」


「今、あの人から教わっている人はPだけなんだから、当然じゃないの」

そう話をしていると、いつの間にか商店街に到着していたようで、いつものスーパーに入ろうとした。


「おっ!お嬢ちゃん久しぶりだね!もうてっきり東京に帰っちゃったと思ってたよ!」

野太くてガラガラとした聞いたことのある特徴的な声が聞こえたため、反射的にその方向に振り向いた。すると以前、東京への帰り道を教えてくれた魚屋の大将だった。


「あ・・・この前はお世話になりました」

当時のことを思い出し、改めてお礼として頭を下げた。


「いいってことよ!それより今日は何を買おうと・・・」

そう言かけると、大将が驚いたような表情をし、そのまま黙り込んでしまっていた。大将の視線を追うと、そこにはケイコがいた。どうやら桃子の影に隠れていたせいで、ケイコに気づいていなかったようだった。


「あ、そうだ・・・魚屋の大将が紹介してくれって言ってたんだった・・・」

そう言うとケイコが大将に見えるように身を避けた。


「・・・」

ケイコが少しキョトンとしたような表情をしながら、無言で大将を見つめていた。


「あ、ケイコさん!ちゃ、ちゃんとお話したことがなかったから、自己紹介がしたいなと思ってお嬢ちゃんにそう言っただけなんです!決してその・・・変な意味ではないので気にしないでください!!」

大将は大柄な体に似合わない丁寧な対応を頑張ってしようとしていた。


「あ、そうだったんですね・・・!桃子から聞いておりましたわ。こちらこそちゃんとご挨拶が遅れまして大変申し訳ございません・・・ケイコと申します。この前娘が大変にお世話になったそうで・・・」

急に人が変わったかのように、笑顔で上品な口調で大将に挨拶をしていた。桃子から聞いていたとは言っていたが、桃子の方からは特に何も説明はしていないため、アドリブで会話をしているようだった。


「いえいえ、男として困っている女性を助けることなんて当然ですよ!それにしてもケイコさん!こんな可愛らしいお嬢さんをお持ちだったんですねぇ〜!」


「ええ・・・私に似合わず良い子に可愛らしく成長してくれましたわ」

ケイコから歯の浮くセリフが出て来ていた。


「ケ、ケイコさん!ケイコさんもその・・・とても美しいですよそりゃもう・・・!」


「あら・・・うふふ・・・お世辞でも嬉しいですわ」

目の前にいるケイコにたじたじな大将を尻目に、ケイコの普段の仏頂面から、愛想の良いマダムを演じてるのを目の当たりにし、改めて見てはいけないものを見ているような感覚になり、冷や汗がなぜか出ていた。


「あらいけないわ・・・そろそろお買い物を済ませないといけないので、そろそろお暇しないと・・・」


「あ!もう行かれるんですか!じゃ、じゃあこれサービスしますから、是非次のお買い物でも立ち寄ってください!」

そう大将が慌てて言うと、干物が複数入ったビニール袋を渡された。


「え・・・そんなこんなに貰っちゃったらいけないわ・・・むしろ娘がお世話になったお礼をこちらがしないといけないのに・・・」


「いえいえいえ!そんなことないです売れ残りのものですから!むしろ娘さんのおかげでケイコさんとお近づきになれて助かった・・・ゴホンゴホン!と、とにかくまた来た時に何か買っていただければそれで十分ですよ!」

わざとらしい咳払いをしていた。大将は見た目通りの嘘が言えない性格のようで、明らかに誰が見てもケイコに惚れているのが分かるが、大将はうまく隠せていると思っているようだった。


「まぁ嬉しいわこんなにいただいて・・・夫も随分と年上で体も弱く寝たきりのため、働きにも出ている身として家計的にも大変助かりますわ・・・」

そうケイコが言うと、そのまま感動して泣いているような仕草をしながら目を伏せていた。その言動を見て事実と違うことを知っていた私は小さく「えっ!」という声が出てしまった。


キッ!


その声に気づいたケイコは、大将に見られないようにこちらに鋭い目線を横目で送っていた。


「なっ!なっ!なんだって!ケイコさんの旦那さんはそんなに大変なんですか!お一人で介護をしてお仕事もしてるなんてものすごく旦那さん想いなんですね〜!かーっ!なんて健気で美しいんだ!旦那さんは幸せ者だー!」

そう大将が言うと、ケイコからもらい泣きをしたかのように大きな声をあげながら泣き始めた。


「よし!じゃあさらにこれも持って行って、旦那さんを元気にしてあげてください!ケイコさん!」

そう言うと、また別のビニール袋を渡された。中にはカニの足が複数本入っていた。ケイコの演技でさらに貰い物が増えていき、ケイコは小さく「えっ!」とわざとらしく驚いたような声を出していた。


「まぁ・・・!こんな高級なものをいただくなんて、流石に申し訳ないですわ・・・!」


「そんなこと言わんでください!これが俺の気持ちです!受け取ってくれないと男が廃るってもんですぜ!」

傍目から見ると、大将がケイコに告白をしているようにも見えるほどの熱気だった。


「そこまで言ってくださると、流石に受け取らないわけにはいきませんわ・・・ありがとうございます。本当に男らしくて素敵ですね。そう言うお方・・・大好きです」

さらにケイコが大将に落とし文句を投げていた。そんな大胆なセリフを聞いて思わず「えぇーー!!」と言う大きな声を出してしまっていた。


「そ、そそそ!そんなケイコさん、本当だとしてもマズいですよ!お嬢ちゃんも驚いちゃってますぜ!お、おおお俺っちも照れちまうってもんですぜ!」

ケイコの言葉で大将は明らかに動揺をしていた。顔を真っ赤にしながら平静さを保とうと必死な様子だった。

それにしてもさらっと自分で「本当だとしても」という言葉を付け加えているところに大将の図太さを感じた。


「今日は本当にありがとうございました。また今度必ずお買い物に行かせていただきますね」

ニコッと上品な笑顔を大将に向けた後、そのまま目の前のスーパーに入って行った。


「まままま、また絶対に絶対に来てくださいねケイコさん!!」

最後のケイコの笑顔が大将の心をダメ押しにしたようだ。大将は私たちがスーパーに入って見えなくなるまで元気にこちらに手を振っていた。


「P・・・ダメじゃないの邪魔したら・・・もう少しであと一つくらいは貰えたかもしれなかったのに。あなたが変な動揺したから思わず引き上げちゃったわ」

ケイコはいつもの仏頂面に戻っていた。


「(やっぱり女って信用できないわ・・・)」

自分自身も何度か男をたぶらかしてきたつもりだったが、上には上がいるなと思った。


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