39話 情報屋&調達屋「ハリー」
「・・・さて、今月はこのメニューで進むことになるけど、何か質問はあるかしら?」
ケイコがホワイトボードに今月行う特訓の内容を記載し、桃子に説明をしていた。
午前中は20kmのランニングに各部位の筋トレ1000回ずつ、これを準備運動と一括りにされて書かれてあった。
「・・・これはメインのトレーニングではなく準備運動・・・なんですか?」
申し訳なさそうに、ケイコに念の為の確認をした。
「そうよ。ただ私もちょっとあれかなとは思うわ・・・」
そう言いながら、ケイコは考えている表情を見せた。
「そ、そうですよね?午前からこれはちょっとやりすぎ・・・」
「少なく感じるから40km走って、各部位の筋トレ2000回にしようか悩んでいるわ」
「わぁーーー!!全然十分です!最初の回数にしましょう!ね!!」
両手を広げながら、ケイコに必死に抗議した。
「あらあなた・・・1人でクマをやっつけたんでしょ?これじゃ物足りないんじゃないかしら?」
そうケイコが尋ねてきた。悪気がなく本心でそう言ってるようだった。
「い、いやいやいや・・・準備運動よりも、座学とかそっちをより多くやりたいんです私は!ええそりゃもう!」
本心はそんなことはなかったが、より楽そうなトレーニングがしたかったため、そう慌てて答えた。
「ずいぶんやる気があるのね。嬉しいわ。じゃあお望み通り、Pには徹底的に午後のメインのトレーニングを中心に叩き込むわ」
嬉しいとは言うものの、真顔から全く表情が動いていないのがより不気味に感じた。
「(もしかしたら山籠りの方が楽だったんじゃない?)」
ケイコの妙な気合いの入り方を見て内心、怖気付いていた。
「随分と不安そうな顔してるわね。安心していいわよ。準備運動は私も一緒に参加するからランニングと筋トレで私に遅れを取らないよう、ずっとPをしっかり見張ってあげるわ。言っておくけど、ここまで私が人にトレーニングしてあげることなんてないのよ。嬉しいでしょ?」
「・・・ありがとうございます。すごく嬉しいです・・・」
ケイコがそう言うと、家の外に出て、ケイコの後ろを走りながら付いて行き、そのまま20kmのランニングがスタートした。
「やぁ元気かい?これ・・・前回の同じ依頼主から郵便物だ」
ケイコと桃子がランニングに行っている間に、家の外で畑を耕していると、体格の良いイギリス人風の顔立ちの外国人の男が、コウジに話しかけながら茶色い封筒を手渡していた。
年齢は40代半ば頃で、それなりに苦労した経験をしているような風格が出ていた。
「おぉハリーか・・・まぁぼちぼちじゃな。お主も日本での調達屋は慣れてきたかのぉ?」
コウジはハリーという男と知り合いだったようで、気軽に返答しながら茶色い封筒を受け取った。
「あぁ・・・大陸でやってた時に比べると、島国なだけあって移動距離が少ない。島国だからこそ武器の輸入が難しいから、そこは大変だけど、その代わり依頼も少ないから楽だよ。日本に来てよかったと心から思ったね」
そう言いながら、胸元をガサゴソと手探りをしていた。タバコを探しているようだった。
「ところで、前回持って言った依頼は受けたんだろ?今日持ってきたのも同じ郵送先だったから気になってな」
「一応の・・・お主が持ってきた依頼主はRじゃったよ」
「R?Rって前に一緒に仕事した時の仲間だったよな?そいつからコウジへ依頼したのか・・・なんでだ?」
ハリーという男もRを知っているような口ぶりだった。
「ただの嫌がらせじゃよ・・・一方的にワシを憎んでおるからのぉ。金になる仕事を受けて、ワシを安く使いたいんじゃろ。ご丁寧に人質まで利用しておるよ」
「人質だって?はっ!コウジを人質で思い通りに操れるのなら、みんなお前に苦労しないよ!俺たちは人質や報酬なんかで操られないよう訓練を受けてきてるのは有名な話だ。Rもアホなやつだな」
ハリーはそういうと、見つけたタバコを咥えて火をつけた。
「そうじゃな・・・任務は形としては受けておるが、人質の救出も同時にやる予定じゃよ。まともな任務でもないし、真面目にやる気はないからのぉ」
「ヘぇ〜。それはまた随分と周りくどいというか、メリットのないことをするんだなコウジは。人質って・・・Rのやつは誰を攫ったんだ?」
「桃子の母じゃよ・・・だから救出は桃子とワシが行く」
「桃子って・・・ケイコからは聞いていたが例の女の子だろ?大丈夫かい?普通の女の子なんだろ?」
心配そうにこちらへ勢いよく頭を振りかぶった。
「その点は大丈夫じゃよ・・・ワシとケイコで訓練中じゃ。一度裏の業界に巻き込まれるといつ危ない目に合うか分からんからのぉ。今後何かあっても1人である程度の対処はできるように仕込んでおくわい。先ほども言ったが、どちらにせよワシも一緒に帯同する」
コウジの言葉を聞いたハリーはおどけるような反応をした。
「伝説の殺し屋が久しぶりに出動するんだな。あんたの仕事は少々散らかしがちだが、派手で見応えあるからなぁ〜。見に行きたいぜ・・・」
まるで、格闘技を観戦するかのような口調だった。
「あ、そのことで思い出したけど前回ビルに呼ばれて暴れたそうじゃないか。ケイコから死体処理の依頼を受けたが、結局死体はなかったから何もしてないけど」
「あれもRが部下を使って襲ってきたからケイコと一緒に返り討ちにしただけじゃ。おそらく、Rの方で死体処理をやったんじゃろうなぁ・・・」
「そうか・・・まぁ俺も楽できて助かったぜ」
そう言いながら、タバコを咥えて煙をふかしていた。
「その封筒・・・開けないのかい?」
ハリーはコウジに渡した封筒を指差した。
「どうせ連絡用のケータイとか、任務関係の資料じゃろ?ケイコが帰ってきたら一緒に開けるわい」
「そういや、ケイコは買い物かい?」
キョロキョロと辺りを見渡たしていた。
「いんや、桃子と一緒にランニングと筋トレしに行っておるわい・・・ケイコのやつ、柄にもなくはしゃいでおるよ」
コウジの言葉を聞いたハリーは驚いた様子だった。
「え?あの鉄仮面と言われたケイコがはしゃいでるだって?」
「桃子の特訓に熱を入れておるようじゃなぁ・・・あやつは現役の頃も部下や弟子を持たないで活動していたからのぉ。口では業務感覚でやっているように言っておるが、初めての弟子が出来たようで楽しんでおるんじゃろなぁ」
「あのケイコが楽しんでるだなんて信じられん・・・他人に対して常にイライラするのがケイコだろ?」
「・・・信じられんなら見てみるか?そのうち戻って来ると思うが・・・」
コウジは茶化すような表情でハリーに提案した。
「いややめておくよ・・・ただでさえ苦手なのに、そういう時のケイコに近づくのは多分ヤバい。何かに巻き込まれそうだ」
そう苦い表情で言いながら、ハリーは吸っていたタバコを携帯灰皿に押し付けて火を消した。
「それにしてもあんた達と一緒に仕事をしていたのが懐かしいよ。あんた達がいなかったら俺もどうなっていたか。多分いまだに大陸にいるだろうし、何かしらの仕事で死んでたと思う」
「それはワシ達も一緒じゃよ・・・調達屋という仕事は沢山の裏組織と繋がる大変な仕事じゃ。そんな仕事をしておるやつが昔からの知り合いというのはとても心強い・・・」
「俺は殺し屋のような実動業務よりも調達屋とか情報屋とか、そういう裏方業務の方が向いてるよ。一つの組織に入る必要もないから気楽でいい」
ハリーは遠くを見つめるように目を細めていた。
「その例の桃子というのには・・・全部話すのか?」
「いや・・・あくまでワシ達の過去のことは話すが、それ以外は話さん。これはケイコともそう決めておる」
「そうか・・・じゃあ俺はそろそろ行くよ。何か困ったことがあれば遠慮なく言ってくれ・・・じゃあな」
そう言うと、そのまま駅方面にハリーは歩いて行った。




