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29話 山への道中

「P!油断しないでやりなさい」

朝の5時、朝日が少しずつ上がっている中でケイコが玄関の外で見送りをしていた。


「は、はい・・・がんばります!」

そう言うと、山に向かう道に歩いて行った。

急なケイコの注意のような檄が飛んできたため、つい敬礼をしてしまったが、内心は油断する余裕が果たして自分にあるのかと疑問に思っていた。

山に入るということで、山菜取りをするときに着るつなぎ服と登山用靴と帽子を装備していた。装備はすべてケイコが普段使用するものであった。


「ここから30分ほど歩けば裏山がある。そこからさらに山奥まで歩いていくぞい」

そうコウジが言いながら、道案内をするかのように桃子の前へ行き、ジャリ道を歩いていた。コウジの格好は農作業をするときと同じ格好だった。


「は、はぁ・・・山がそんな近くにあるんですね」

もうすでにコウジ達の家が豆粒のようになるほどの距離まで離れていた。周り一面は野原が広がっており、田んぼの畦道をただただ歩いていた。そんな道を歩いていると、ビルだらけの自分の自宅に比べて、改めて今いる場所が自宅と違って自然に溢れていることを理解した。それから少し歩いてから桃子の中に新しい疑問が湧いてきた。


「あの・・・そもそもなんですけど、山奥で1ヶ月も何をするんですか?やっぱりそこから厳しい修行をするんですか?」

山で1ヶ月生活をすることしか今更ながら聞いてないと思ったため、恐る恐るで聞いてみた。


「・・・例えばどんなことすると思ってるんか?」

コウジがニコニコしながらこちらへ振り返った。


「例えば・・・滝行とか・・・薪割りとか・・・?」


「ワハハッ!桃子の修行はそういうイメージなんじゃのぉ!」

コウジが腹を抱えて笑っていた。


「え、映画や漫画とかなら大体そうだから・・・!」

自分自身が変なことを言ってしまっていると思い、恥ずかしい気持ちになった。今自分の顔が赤くなっているのが分かった。


「心配せんでもええわい・・・ただ山の中で生活するだけじゃ。ワシからは何も他にやらせる事はないぞ」


「・・・え?それだけで良いんですか?」


「何か気になるかのぉ・・・?」


「いえ・・・驚くことが多かったからちょっと安心しました・・・」

そう言うと、コウジの言葉を聞いて胸を撫で下ろしていた。


「あれじゃなあ・・・ケイコがいないと桃子は感情豊かじゃなぁ。Barで最初に会った時を思い出すわい・・・」

桃子の様子を見たコウジがまるで昔の話かのようにしみじみと思い出していた。


「え・・・?あ・・・そうですか・・・?」

急にケイコの名前が出てきたのと、褒められたような感覚になり気恥ずかしくなっていた。


「桃子よ・・・ケイコが怖いか?」

コウジがこちらに振り向かずに前を歩きながら、そう話しかけた。


「え・・・!?いやー、そ、そんなことないですよ!」

平静を装うつもりだったが、急な問いかけだったため、明らかに動揺してしまっていた。


「そんな慌てんでええわい。あいつは厳しいからのぉ・・・ぶっちゃけワシも怖い」


「あ、やっぱりですか⁈」

コウジもケイコにビビってることは分かってはいたのだが、自分から告白してくれたことで、仲間を発見をしたような嬉しい反応をしてしまった。


「・・・やっぱりケイコが怖いんじゃな」


「あっ・・・コウジさんずるいですよ・・・」

コウジに鎌を掛けられた気分になり、またも恥ずかしくなっていた。


「内緒にするから安心せい・・・ただあいつは桃子を嫌って言ってるわけではない。ただ不器用なだけなんじゃ。そこは分かっておくれ」

コウジが少し心配そうな声色で桃子に話しかけた。


「あ、いえ!嫌いとか苦手とかではないです!ただ・・・たまに何考えているのか分からない時はありますけど・・・」


「ワハハハハッ!」

桃子が困りながらそう言うと、その話を聞いてコウジがお腹を抱えて笑っていた。


「もーそんなに笑わないでくださいよぉ〜!」

コウジに茶化されているような気がして、ケイコの名前を出している会話なだけあり、複雑な表情をしていた。


「ただ・・・本気で私に怒ってるところとかがなんとなくその・・・お母さんみたいで、と言ってもうちのお母さんはケイコさんほど怖くはないけど・・・」

「ほぉ・・・」

ケイコが母親に感じるという、桃子からの意外な言葉を聞いたことで、思わず声が出ていた。


「あ、ただ私に厳しい部分はうちのお母さんとやっぱり似てるかな・・・?」


「ふぅー。ケイコは家では怖いが、外に出ると良い顔をするからのぉ・・・」


「あ、確かにスーパーで見かけた時も主婦に混ざって雑談してましたね・・・」


「ケイコが雑談?」


「え?知らないですか?主婦友達のような人たちと井戸端会議っていうんですか?多分お互いの旦那の悪口を言い合ってたかな」


「あのケイコが・・・畑仕事してるから見た事ないぞい・・・」

どうやらコウジにも知らないケイコの素顔がまだあるようで、その話を聞いて驚いている様子だった。


「今度抜け出して商店街に行くと見れますよ・・・あと商店街の話で思い出したんですけどここだけの話ですけど、魚屋さんの大将がケイコさんのこと好きみたいですよ」


「え?そりゃ本当か桃子・・・!」

思わず吹き出しているかのような反応だった。今までで一番驚いた顔をコウジがしていた。


「ワハハッ!ケイコに惚れておるなんてのぉ・・・趣味が良いんだか悪いんだか・・・今度ケイコと一緒に魚屋さんに行ってみるかのぉ」

コウジがいたずらっ子のような悪い笑顔をしていた。


「それなら私も一緒に魚屋に行きます!」

桃子もいたずらっ子のような笑顔をしていた。


「フォフォフォ・・・たしかにケイコも桃子と似て強がりでいじっぱりじゃからのぉ・・・ワシにはあまり外の人と関わっている姿を見られたくないのかものぉ」


「え?わ、私⁈わ、私は強がりでもいじっぱりでもないんですから!」

急なコウジの指摘に焦ったような、怒ったようなそんな声が出ていた。


「そんなムキにならんでもええじゃろ・・・就活も大学受験も本当は失敗したんじゃろ?」


「・・・え?」

コウジの口から就活と大学受験の単語が出てきたことに驚いていた。


「Barの時、桃子の自己紹介を最初に聞いておったときにほれ、太ももを触っていたのを覚えておるか?」


「あ、たしかそんなことがあったような・・・」

衝撃的なことがその日が多かったため、コウジに太ももを揉まれるセクハラを受けていたことなんてすっかり忘れていた。


「あの時、桃子の大学や就活について聞きながら、心拍数を測ってたんじゃよ。本当は首や手首の方がわかりやすいんじゃけど・・・その時に動揺してる反応をしておったから、太ももを触らんでもウソをついてるのは分かったけどのぉ」


「あ・・・」

あの時はセクハラとしか思っていなかったが、実はウソか本当かを見極めるためにやっていたようだった。


「か、関係ないでしょ・・・そんなの・・・!」


「・・・うん?」


「そうよ!私は就活も大学受験も失敗したのよ!バカにするならバカにしなさいよ!」


「・・・」

ずっと隠したかった自分のコンプレックスな部分を急に晒され、心の中を土足で入られたような気分だった。どうしても学生の頃の話を切り出されると感情をコントロールすることができなかった。そのせいで大きな声を震わせながらコウジに叫んでいた。コウジはその言葉を聞いてただ黙っていた。


「桃子よ・・・失敗をすることは悪いことでもバカなことでもないぞ?」


「・・・ど、どういうことよ?」

コウジが意味ありげにゆっくりと話しかけていた。


「失敗が出来るということはものすごく幸せなことなんじゃ・・・ワシは桃子と違って仕事を成功させてばかりじゃったから、桃子のように色々な失敗が出来ることを心から羨ましく思うぞ・・・」

コウジの言葉を聞いた桃子は再び怒りが込み上げてきた。


「な、何よ!結局私の失敗をバカにしてるってこと⁈失敗なんてしないに越した事ないじゃない!成功ばかりの人生なんてただの自慢じゃないの!」

桃子は堰を切ったようにコウジに反論をしていた。


「ワシの失敗は殺される世界で生きてきた・・・それに、依頼任務に失敗した仲間を殺したこともいっぱいある・・・」


「・・・っ!」


「じゃから桃子みたいに失敗しても死なないどころか、次に生かして人生を歩める世界にワシは生きたかったのぉ・・・」


「・・・」

コウジの言葉を聞き、何も反論の言葉が出てこなかった。


「桃子よ・・・意地をはってはいかん。たとえ100回連続で失敗を繰り返してもたった1回成功したらその人生は幸せなんじゃよ。だから他人と比べることはせんでええ・・・」

コウジの言葉を聞いて「ふん」と鼻を鳴らした。コウジの生きてきた世界はたしかに想像を絶するものではあったが、とはいえ自分の生きている世界もそれなりに大変であるという強がりな気持ちもあり、素直にコウジの助言を受け止められなかった。


「フォフォフォ・・・」

そんな、桃子の反応を見たコウジは小さく笑っていた。


「ほれ・・・山の麓に着いたぞい」

そうコウジがいうと、目の前にはバリケードが貼られた大きな山の入り口があり、立て看板には「立ち入り禁止!熊出没地帯!」と書かれていた。


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