28話 最初の修行
「あなたも性格が悪いというか、喰えない人ね」
ケイコは畑作業を手伝っていた。畑に生えているにんじんを抜き取りながらコウジに話しかけた。
「・・・何がじゃ?」
「昨日、Pに言ってた話よ。あの子からの依頼を受けようが受けなかろうが、母親を助けに行くのは決めてたことなのに、2人で口裏合わせてあんな芝居までして」
昨日の車内のやり取りについてのことだった。
「ああいう言い方でもしないと、いつまで経ってもワシ達を頼るじゃろ。こう言う時は自分の意思で決めさせないと、当事者意識も生まれんし、また勝手な行動をするかもわからん」
「・・・そういうものなのね」
ケイコはコウジの言葉に分かったような、分からないような曖昧な返事をしていた。
「まぁしょうがない!まさか桃子がすぐに家に帰るとは思わんかったし、さらにあっちのボスがRとは、とんだイレギュラーじゃった。ワシだけでアジトに潜り込んで桃子のお母さんを救うのは流石に荷が重いのぉ」
そう言いながらいつものように慣れた動きで、ケイコと同じくニンジンを抜き取りながらコウジは答えた。
「ねぇ・・・やっぱりPの代わりに私が帯同した方が安全じゃないかしら?攫われた母親の体力を考えると、いますぐに私と一緒に助けに行くのがいい気もするわ」
「いや、こうなってしまったら下手に動くのはかえって危険じゃ。しょうがないが桃子にも体を動かしてもらわないとマズいじゃろ。そこらへんのチンピラならケイコと一緒に行くのが早いんじゃが、相手がRとなると、得意の情報収集でこっちが依頼をこなしてないとバレれば母親も危ないし、ワシ達が救出している間に桃子を留守番させたとしてもそこを襲ってくるかもしれん。じゃから母親に申し訳ないが、ここは桃子が成長するまで耐えてもらうしかあるまい」
「・・・そうね。それがなんだかんだで安全かもしれないわね」
ケイコも頭の中では分かってはいたが、改めてコウジの的確な説明を受けて納得した様子だった
「それに、桃子も戦闘が出来る状態に引き上げた方が、今後のことを考えると都合がええわい。案外、危険な依頼をワシと一緒にやっておる方が色々と考えんでええから安全かもしれんぞ」
「そこまで言うのなら任せるけど、ビルの時みたいに遊ばないで集中して仕事しなさいよ?」
ケイコが睨みつけながら人参に付着している土を手で払った。
「分かっておるわい・・・あと今回を乗り越えた後のことを考えて、あの子には強くなってもらわんとのぉ」
そういうとコウジは動かしていた手を止めて、考え込んでいた。
「そうね・・・あの子に強くなってもらうために今回、私達が乗り出してるようなものよね」
コウジに釣られるように、ケイコも同じように考え込んでいるような表情をしていた。
「これがワシ達があの子に出来る唯一のことなんじゃよ・・・よし、そろそろ朝食にしようかのぉ」
そう言うと畑仕事の道具を片付け、家の中に入っていった。
その日の朝、3人でちゃぶ台を囲みながら朝食を取っていたが、桃子だけが手をつけられていなかった。
「P・・・これから本格的に訓練が始まるわ。体力を付けるためにもちゃんと食べなさい」
ケイコが桃子にそう言うも、喉が食事を通らない様子だった。
「桃子よ・・・母親が心配なら尚更食事を取らんとのぉ。ワシ達の訓練はそんじょそこらのものとは違うんじゃからな?」
「・・・そうですよね。私、2人に私を鍛えてもらう訓練の依頼もしたんですもんね」
そう言うと桃子はゆっくりと箸を持ち、ちゃぶ台に置いてある焼き魚を口に入れた。その様子を見たケイコは「よし」と聞こえない声を出していた。
「さてケイコよ・・・桃子の特訓じゃが今月はワシが担当して、来月はケイコが担当すると言うことじゃったが、お前はRの情報収集もやらないといけないはずじゃから、やることが多くなるぞ?」
「構わないわそれくらい・・・あなただけだとそれはそれで訓練が大変でしょ?」
ケイコがもぐもぐとご飯を咀嚼しながら答えた。
「いんや・・・ワシだけでも全然事足りると思うけどのぉ・・・」
そうコウジが言うと、ケイコは急に机を「バンッ」強く叩いた。
「・・・私もやるわ。良いわね?」
「・・・どうぞどうぞ」
コウジが狼狽えながらケイコに物を譲るように手を差し伸べていた。桃子はケイコがなぜ機嫌が悪いのかが理解できず、気を遣うように戸惑っていたが、なんとなく桃子の訓練を取り合っているように見えた。
「あの・・・早速今日からどんな訓練をするんですか?」
桃子が気まずい雰囲気を変えるようにコウジに尋ねた。
「今日は明日からの訓練に入る準備をするだけじゃ」
「訓練の・・・準備?明日から何するんですか?」
「明日から山で生活するんじゃ」
コウジがニヤニヤしながら桃子にそう伝えた。
「山で生活・・・」
コウジのその言葉を聞いて内心嫌な気持ちになっていた。
大学に在籍していた時に同級生達と男女で一度行ったことがあったが、自分でテントを貼ったり、虫に刺されたりする上に、汗や土で汚れるのがなんとも不衛生に感じていたため、あまり気が乗らなかった。
「それってその・・・キャンプをするってことですか?」
「まぁそれに近いかのぉ・・・」
「じゃあテントや食料を山に持って行くんですね・・・」
「テントや食料・・・?そんなもん持っていかんぞ」
「・・・え?」
コウジが不思議そうな顔をしながら当たり前かのようにそう答えたため、桃子がその様子に動揺した。
「そんなもん持って行ったらただの遊びになってしまうぞ。あくまでこれは訓練なんじゃ。山の中でサバイバルすることで体力やその場の適応力、応用力が身に付けられるから非常に効果的なんじゃよ」
「じゃ、じゃあ山の中で手ぶらで生活しろってことですか・・・?化粧道具とかは・・・?」
「そんなもん持って行ってどうするんじゃ?熊に色仕掛けなんて通用せんぞ・・・?」
「く・・・くま・・・?!」
桃子がコウジの言葉を聞いて大きな声を上げた。
「あの・・・熊がいるんですか?その山には・・・」
桃子が恐縮しながらコウジに尋ねた。
「そりゃー山の中で生活するんじゃ。熊くらい普通におるよ」
さぞ当たり前かのようにコウジが答えた。
「あ、あの・・・熊対策の武器とかも何も持っていかないんですか・・・?」
まさかとは思っていたが念の為コウジに尋ねた。
「あー、それは流石に危ないじゃろうから武器は持っていくから安心せい。それにワシも付いていくから大丈夫じゃよ」
「そ、そうですか・・・それなら良かったです・・・」
桃子は安心したのか安堵の表情を浮かべていた。
「武器って・・・ちなみに何を?」
「サバイバルナイフじゃ。さすがにこれくらいはないと生活するにも難しいからのぉ・・・」
「・・・は?ナイフ?」
思っていたものとは全く違う回答が返ってきたため、呆気にとられた。
「あの、山の中での生活用の武器ですよね?ナイフって・・・熊対策用の、例えば銃とかはないんですか?」
「そんなもの持たせんぞ。武器はナイフ1本のみじゃ。あと熊相手に普通の銃じゃやられるから遭遇したら絶対にうまく逃げるんじゃぞ?」
「・・・」
顔がどんどん青ざめていた。
「とりあえず、最初の数日はワシが火の起こし方とか、食糧の探し方とか、寝床の作り方とか教えてやるわい。その後は桃子1人で山の中を生活するんじゃぞ」
「・・・え?ひ、1人・・・?」
桃子がワナワナと口を震わせていた。
「何言っておるんじゃ?ワシが一緒だったら訓練にならんじゃろ。あくまで桃子が1人でやるんじゃ。食料や飲み水を自分で調達することになるから頑張るんじゃぞ!」
この時、桃子は大事なことをまだ聞いていないことに気付いた。それを聞くのをためらっていたが重要なことだと思い、勇気を出して尋ねてみた。
「あの・・・数日間はコウジさんが面倒を見てくれて、その後は私1人で山の中を生活すると言いましたよね?」
「ああ、言ったのぉ」
「私1人で山の中をその・・・何日間・・・生活するんですか?」
桃子がそうコウジに尋ねると、コウジは指1本だけ立てて、「これくらいはやってもらおうかのぉ・・・」と答えた。
「1・・・?1日ってことですか?」
「こらこら・・・それじゃあ少なすぎじゃろ・・・」
「ってことは・・・1週間ですか?さ、さすが長すぎませんか・・・?私、熊も怖いですけど、虫も苦手なのでちょっと自信が・・・」
そう桃子が言いかけるとコウジが遮るように腕を割り込ませた。
「こらこら何言っておるんじゃ・・・全然違うわい」
そうコウジが言うと、桃子の目を見て口を開いた。
「1ヶ月間、ナイフ1本で生活するんじゃ・・・」
「1ヶ月間生活・・・?ひ、1人で熊がいる山の中を・・・ナイフだけで・・・?」
「どうじゃ?楽しそうじゃろ?」
コウジがニコニコしながら話していた。
「はぁー・・・」
観念したかのように桃子がため息を吐きながら諦めた表情をしていた。
「そうよね・・・お母さんを助けるための殺し屋修行がこんな甘い訳ないもんね・・・」
ただ思ったことを素直に言葉にしていた。
「どうした?つまらなさそうな顔をしておるのぉ・・・難易度が低いようならナイフと衣服類もなしにするかのぉ?」
「い、いやいやとんでもないです・・・やらせてください・・・」
これ以上難易度を上げられてはたまらないと思い、桃子は土下座をするようにコウジにこの条件でと頼み込んだ。




