26話 桃子からの依頼
「・・・」
軽自動車の中で3人とも無言でいた。初めて車に乗せてもらっていた時よりも重い空気を作っていたケイコと、その空気に気を遣うように目が泳いでいるコウジがいた。
「・・・P。なんでこんな勝手なことをしたの・・・」
「・・・」
ケイコが後ろの座席に座っている桃子に聞くも何も答えられずに黙っていた。口調は静かだが明らかに怒っていることが分かった。
「だから言ったでしょ?電話するなって・・・私達が動こうとしてたのに」
ケイコが呆れるように言いながら、高速道路の料金所を通過した。
「ケイコ・・・桃子も危ない目にあったんじゃ。お話はまた明日になってからにしよう」
「・・・あなたは黙ってて」
ケイコにそう言われると、コウジは言葉が詰まったように何も言わなくなった。
「そ、その・・・」
このまま長野県に到着するまでの数時間、ケイコを相手に黙り続けるのは無理だと観念し、桃子は口を開いた。
「ゆ、夢だと思って・・・これまでの起こったこととかが・・・」
「・・・夢?」
ケイコは不思議そうに桃子に聞き返した。
「もしくはその・・・人が死んだり、自分が殺されそうになったりしていることが・・・会社のイタズラとかなんじゃないかと・・・」
自信なさそうにボソボソと言い訳をするかのように、ケイコに説明をした。
「・・・なるほどね。じゃあ私達に説明しないで家に帰ったのも、実は私達が会社に雇われたドッキリの仕掛け人だと思って信用できなったから。ということでいいのかしら?」
ケイコが淡々とした口調で要約すると、桃子は小さく頷いた。
「ふぅ〜・・・迂闊じゃったわい。まさか新人あるあるを起こしてたとはのぉ」
「・・・新人あるある?」
桃子は不思議そうに聞き返していた。
「新人の殺し屋にはよくあることなの。殺し屋は他人の命を狙うのと同時に自分も命を狙われる対象になるけど、それが理解できなくて現実のことなのに夢だと思い現実逃避してしまう」
「強いストレスを感じ続けるとそうなってしまうんじゃよ。ワシ達はとっくの前にそんな感覚を忘れているから想定しておらんかったわい」
コウジが深いため息をつきながら座席にもたれかかっていた。
「あなた・・・それで相手の情報とか何か聞き出さなかったの?」
ケイコがハンドルを握りながらコウジの方に視線を向けた。
「トランシーバーで相手のボスと会話した・・・Rじゃった・・・」
「っ!・・・そう」
Rの名前を聞いたケイコは、一瞬だけ動揺したように体が固まったように見えたが、すぐに平静さを取り戻していた。
「最初からRが仕組んでたの?これは・・・」
「いんや・・・昨日たまたま組織を乗っ取っとったと言っておったわ」
「それ・・・まさかRはあのことも知ってるってことかしら・・・?
「知っておる素振りはしていたわい・・・じゃないとわざわざこんなことせんじゃろうし」
「なるほどね・・・よく分かったわ。家に帰ったら私の方で調べておくわね」
「あーよろしく・・・」
桃子を置き去りにしながら、勝手にロシとケイコで会話を進めていた。
「あの、ごめんなさい・・・Rさんってお知り合いなんですか?」
後ろの座席にいた桃子が2人に尋ねた。
「ん?ああ・・・あいつはただの同業者じゃよ。まだ海外に住んでいた時に仕事の依頼でたまたま一緒になっただけなんじゃけどな。なぜか知らんがその頃から一方的に恨まれてるんじゃよ」
「え?どうして・・・」
「おそらく報酬がワシと違うとかそんなところじゃろ?今回のこのトラブルと似たようなものじゃな。日本に住む前にも一度Rから襲撃を受けたこともあったよ」
「しゅ、襲撃・・・大丈夫だったの・・・?」
「ああ・・・問題なく対応したよ。ただ、昔の同業者なだけあって手こずった。取り逃してしまったがのぉ」
「じゃ、じゃあその昔の知り合い?が今のお母さんを攫った組織のボスってことなんですか?」
「ボスって言っても・・・その組織を乗っ取ったと言っておったから、本物のボスはRが殺したんじゃろなぁ」
コウジの話を聞いて桃子もやっと話が理解できた様子だった。
「・・・でもそんなことできるんですか?ボスが殺されたら他の部下とかが黙ってないと思うんですけど・・・」
「そこはRの得意技じゃ。情報収集力が長けておるから組織の特徴を調べて、うまくボスに化けてやっておるんじゃろぉ。犯罪組織はボスの顔を知らないところも多いからのぉ」
「情報収集力なら私も負ける気はしないけど」
なぜか急にケイコが張り合うように話に割って入ってきた。
「と、とにかくお母さんを助けないと・・・いつ助けに行ってくれるんですか・・・?」
桃子が2人に不安になりながら尋ねた。
「・・・?何を言っておる?ワシ達がいつ桃子の母親を助けに行くと言ったんじゃ?」
「・・・えっ?」
桃子の体が固まった。
「電話をするなと言った約束を守れなかった結果、こっちで対応するはずのことが大事になってしまったんじゃぞ?そこからさらにメリットのないワシ達が、裏業界での歴が長いRを相手にリスクを負うことができんぞ」
「そ、それは・・・」
コウジからの痛烈な指摘に何も言葉が出なかった。
「今回、桃子を助けたのもあくまでサービスじゃ。前にも言ったじゃろ?自分の身は自分で守るのがこの業界のルールであり、ワシらの家庭のルールでもあるんじゃ」
「そうよP。この物騒な業界でずっとあなたのことを守ってあげられるほど私たちにも余裕がないの。母親を助けに行きたいのならあなただけで行きなさい」
「そ、そんな・・・」
桃子は絶句した。先ほど実家で男達に囲まれた時、何もできなかった自分が母親を助けに行くなんてことは到底不可能だと思っていた。
「ワシ達ができることは来た依頼を受けることだけじゃ。例えRのような不届き者が依頼主でものぉ」
「そんな・・・!」
桃子は言葉が出なかった。2人を頼りにすること前提でいたため、視界が真っ暗になるような感覚だった。自分のせいで母親を巻き込んでしまい、自分の力不足のせいで母親を助けに行くことができない。大きな絶望感を感じていた。
「(このままだと母親が・・・)」
先ほど家でコウジがしていたやり取りを聞いている限り、ただ黙ってコウジ達がRの依頼を達成させるのをただ黙って待っているのは到底考えられなかった。Rの依頼を無事コウジ達がこなしたとしても、約束通りに母親を解放するようには思えなかったからだ。
「・・・っ!」
その時、桃子の中で一つアイデアが閃いた。
「あ、あの・・・いいですか?」
意を決してそのアイデアを口に出そうとした。
「ん?なんじゃ?」
「さっき・・・来た依頼を受けることしかできないって言いましたよね・・・?」
「たしかに言ったのぉ・・・」
そうコウジが答えると、桃子は緊張しながら少し間を置いて口を開いた。
「でしたら・・・私が依頼主としてお2人に依頼します。母親をどうか助けに行ってください・・・お願いします」
桃子が顔を俯かせながら声を絞り出すように言った。その時2人に見えてたのか分からないが、暗い車内の中で涙を流していた。




