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21話 桃子の学生時代

「おい・・・荒波、ちょっといいか?」


「はい・・・!」

100名ほどいるワンフロアのオフィスで、桃子は上司の男性に声をかけられた。


「本社から荒波を指名で頼みたいことがあるそうだ」


「え?私にですか?」


「ああ、新人アルバイトのお前にな・・・」

珍しい出来事のようで、頼みに来た上司自身が驚いていた。


「な、なんでしょうか?」


「今日の夜、取引先相手の接待をしてほしいと来てる。VIPでお偉いさんなんだと」


「え?そんな重要なお仕事・・・なんでアルバイトの私に・・・?」


「知らないよ・・・若い女の子の方が接待しやすいんじゃないの?知らないけど・・・」

桃子は不思議そうに上司に聞いていたが、内心としてはあまり驚いてはいなかった。


「(ふふっ当然じゃない。アルバイト採用とはいえ、私は東大卒で見た目もスタイルも良いパーフェクトキャリアウーマンなんだから。悪いけど、あなたたちと私は違うのよ。この調子だと正社員雇用になるのも時間の問題ね。そこから支店から本店に出世してやるんだから)」

心の中で同じフロアにいる連中にそう毒付いた。


「まあいい。俺のところに来たメールを転送しておいたから詳しくはそれを見てくれ。くれぐれも相手に失礼のないようにしろよ。俺が怒られるんだから」


「わかりました、失礼します!」

そう言いながらも、


「(ふんっ!ノンキャリが偉そうに・・・数年もすればあんたよりも上の地位にいる女なのよ!)」

と、心の中で罵詈雑言を上司に言いながら自分のデスクに戻った。


「メールはこれね・・・」

そこには待ち合わせの場所と時刻、相手の情報が掲載されていた。


「Barで合うと書かれてるけど、接待をするにしても普通は個室の居酒屋とかじゃないの?それに場所も妙に都心から離れてるし・・・それに手紙を渡したら終わりって書かれてるけど・・・」

メール内容を読んでいると、上司が駆け足でデスクに近寄ってきた。


「忘れてた・・・これを先方に渡すようにって言われてたんだったわ」

そう言うと、上司から手紙を受け取った。


「それにしてもなんか変な内容だよな。あれだったら代わりに上司として俺が行ってやってもいいぞ?最近入ったアルバイトにやらせるのも心配だし・・・」


「あ、いえ私の指名なので私にやらせてください!」

そう返事しつつも、


「(せっかくの正社員雇用のチャンスなのに譲るわけないでしょ!)」

と、心の中で上司に毒づきながらトイレへ向かった。廊下には先輩女子社員たちが固まって雑談をしていた。


「あ、荒波さん!今夜空いてる?みんなで飲みに行かない?この子が安い居酒屋見つけたんだって!」

同じ部署の先輩が桃子に声をかけた。


「あ、ごめんなさ〜い!今夜本社からお呼ばれされてるので行けないですぅ〜!また別の日に誘ってくださ〜い!失礼しま〜す!」

愛想笑いを浮かべながら去るようにその場を去って行った。


「何?あのアルバイト・・・ちょっと可愛いからって生意気じゃない?」


「ねー。せっかく飲み会誘ってあげたのに・・・まぁ男を釣るための要員として声掛けただけだけどね」


「東大出身だからって内心私たちのことバカにしてるよね?ムカつくから今後無視しましょ」

各々が桃子の悪口を言っていた。桃子に聞こえるか聞こえないかの音量で言っていたが、桃子には全部聞こえていた。


「(ふんっ!こんな低脳ブス供の行動に合わせてたら成功するものも成功しないわ。さっさと出世してこのオフィスからもおさらばしないと)」

桃子は物心がついた頃から上を目指すことばかりを考えていた。


桃子の家庭は父が生まれながらにしていなかったため、体の弱い母との二人での生活だったため、生活自体は貧しいもので国からの援助を受けての生活をしていた。

そのためオモチャや自転車などは買ってもらえた覚えがなく、服は常にリサイクルショップで購入し、自宅で食べる食事も肉が出る時は月に2~3度ほどであり、そもそも母の作る自炊も美味しいとは思えず、給食のご飯の方が美味しいとさえ思っていた。


しかし、小学生の頃にはその給食費もまともに払えない時期もあったため、学校では嫌な視線を時々受けてり、その様子を知った母は何とも言えない様子で申し訳なさそうにしている表情をしていたのが今でも忘れられなかった。


また、それとは裏腹に、そんな嫌な視線を送る同級生には健康的な父と母が当たり前のようにおり、オモチャも自転車も新しい洋服も当たり前のように買ってもらえる。休日は家族で外食や旅行、遊園地などに行った話を作文という形で強制的に聞かされた時はイライラし、それから徐々に明確な嫉妬心にも変わっていった。


「努力も何もしてない癖に・・・なんで私が欲しい物をこいつらは手に入れてるの?」

世の中の不公平さを恨んでいた。そして、自分の人生を学校の周りの人間が振り回し、振り回されている。そんな感覚を幼少期から感じていた。


「(私はこんなものじゃない・・・!こんなものじゃ・・・!)」

それから、周りに振り回される人生になるのなら、自分が周りを振り回してやれるほどの人間になればいいと考えた。

小学校の高学年辺りから中学、高校との期間を勉強に打ち込んだ。しかし、大学入試で挫折を味わった。第一志望の大学に落ちてしまい、代わりに偏差値の高い私大に合格をした。


「すごいじゃない!ももちゃん!」

母は私大に合格したことを喜んでいたが、私には母のその反応が酷く滑稽に見えた。


「何言ってるの・・・第一志望を合格しないと意味ないのよ・・・!これじゃあ意味ないの・・・!」


「ももちゃん・・・十分すごいじゃないの・・・よく頑張ったと思うわよ」


「大学に行ってないお母さんに何がわかるの?私が落ちたのは塾に行かないで自力でやったせいよ!塾に通ってる同級生はみんな合格してるのに私だけ落ちてる!私だけ・・・私だけ・・・!」


「ももちゃん・・・」


元々母との距離は近いわけではなかったが、浪人することが決まってからの桃子の生活は荒れていた。浪人することについては塾に通わせてあげられなかった負い目からか、母も生活態度に対してはうるさく言わなかった。

しかし、今までしていなかった夜遊びをこの機にするようになり、温厚だった母とも喧嘩することが徐々に増えていった。


そのうち母の収入の低さを呪うようになっていった。収入があれば塾に通うことができてここまで苦しむことがないと考えるようになっていった。


そんな浪人生活をしている中、近所のスーパーでレジ打ちとして母が立っている光景を目撃した。元々ここで働いていることは知ってはいたため、いつも近くを通らないようにしていたのだが、たまたま所用で付近を歩いていると、近くに同級生2人が歩いており、その同級生も母を目撃したようで、このようなことを言っていた。


「おいおい、見ろよ。荒波の母ちゃんがレジにいるぜ。相変わらず老けてるよなぁ」

「本当に金ねーんだなあいつん家。可哀そうだからうちの家政婦として雇ってやるかぁ?ギャハハハ・・・」


この時の苛立ちと悔しさが今でも忘れられなかった。しかし、何より苛立ったことは、そんな言葉を易々と言わせてしまっている自分の境遇と、そんな言葉を言われつつも、その同級生の目の前に立ち、反論することが出来なかったことだった。

それはすなわち、今言われたことが事実であることを自分自身、認めていたことに無性に苛立ち、憎悪のような感情に変わっていった。


「(お母さんみたいにならないためにも、勉強しないと・・・!)」

それから改めて勉強に打ち込んだ結果、1浪してなんとか第一希望の大学に入学することができた。


しかし、入学してからは母親の援助も受けずに1人暮らしをしていたため、生活費に余裕もなく、アルバイトの収入でなんとかやり繰りをしながら学業に専念していた。実家から大学に通うこともできたが、母と同じ家にいるのに、何故かストレスに感じていた。

早く親元から離れたい一心だった。


また、大学にいた同級生は有名大学なだけあり、お金持ちな家庭が全体の90%ほどだった。

いや、もしかしたらもっといたかもしれないし、少なくとも自分が大学に通っていた時は自分以上に貧乏な家庭は見かけなかった。周りの同級生は潤沢な仕送りを受けながら、優雅なキャンパスライフを満喫しているのを尻目に、アルバイトと学業に余裕なく打ち込んでいた。


そんな余裕のない生活のせいだったのか、大学4年生時に就職内定が決まっていないのは周りでも私だけだった。


「なんで・・・どうして⁈」

100社近く受けた面接を受けた結果、全くと言っていいほど振るわず、不採用の連続だった。


「・・・」

茫然自失となっていた。これではなんのために浪人までして良い大学に入ったのかと打ちひしがれていた。

何が悪かったのか。面接で変なことを言ってしまったのだろうか、協調性は昔からなかったため、その部分が面接官に見られてしまったのだろうか。はたまた、昔から我が強いため、その部分が疎ましく思われたのだろうか。

どちらにせよ、今となっては分からない。


「ももちゃん・・・そんな一流企業ばかりじゃなくても・・・」

何度も面接に落ちている私に母がそのような言葉を投げかけた。


「くぅっ!~・・・」

母のその言葉を聞いてさらに落ち込んでいた。

その言葉は、「あなたには一流企業で働くのは無理だ」と、身内から言われたのと一緒だったからだ。

自分のためにフォローとして言おうとしているのはもちろん分かってはいたのだが、なぜそのような言葉を選ぶのか、なぜそのような妥協したり、我慢を前提にした生き方を進んでしないといけないのか、そんな、母の負け犬根性のような考えが心底嫌いだった。


それから1年、実家で引きこもりになってからは母親とは一切会話がなく、特に予定もないまま、ぼーっと街を徘徊するような生活を送っていた。


しかし、その生活が功を奏したのか、誰とも会わない生活を送ったおかげで精神的に回復するようになっていった。

学生時代から就職活動の時期まで、体を休めることなく全力疾走をし続けているような生活だったため、燃え尽き症候群のような状態だった。


そのため、この1年の引きこもり生活で再復帰をなんとかすることが出来、その社会復帰をする場所がこのアルバイト先だった。ネットからの求人だったが、アルバイトとは言え、誰もが知る大手企業だった。

それ故に時給も高く、備考欄には、そこで仕事の実績を積めば正社員雇用も可能と記載されていた。


「同級生もお母さんも頭からっぽで将来のこと考えていない平和ボケしたやつばかり・・・私はそうは絶対にならない・・・!」

2通の手紙が入ったバックを持ち、メールに記載されているビルの前に到着した。


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