12話 妻 ケイコ
カンカンカンカン・・・
二人は念のため、待ち伏せや罠を警戒し、エレベーターを使わずに非常階段で1Fに降り、そのままビルの外に出た。
非常階段は鉄製だったため、桃子の履いているハイヒールの足音が心地よく周りに響いていたが、その音を聞いて襲撃してくる敵はいなかった。
「うっ!」
桃子がビルを出ると、そこで見たのは先ほど襲ってきた男達と同じ格好をした人間が6名ほど血を流して倒れており、それともう一人、先ほど老人が取り逃がした大男もそこに紛れるようにして倒れていた。
「さすがじゃのう。全員一発で仕留めておる・・・」
そう言うと、5分ほど歩いた先に軽自動車が停車していた。運転席にはスモークガラスで中が見えなかったが、明らかに誰かが座っているのが分かった。
「ほれ、後ろに乗るんじゃ」
そう老人が言うと、そのまま助手席の方へ車に乗り込んだ。
「(なんか自然とこの人に付いて行く流れになってるけど・・・)」
そう困惑しつつも、先ほどまで命のやり取りをしていたところから、1人でこのまま自宅に帰るという選択肢はなかった。
しかし、それとは裏腹にこの車に乗り込んだら最後、もう後戻りが出来ないような予感はしていた。
「・・・」
半ば覚悟を決めたように、はたまた諦めたかのように、軽自動車の後ろのドアを開けて中に入った。
「戻るのが遅かったわね。久しぶりだったからだいぶ手こずったのかしら?」
運転席に座っている人間が、老人に声をかけながら車を発進させていた。
バックミラー越しで少し見える程度だったが、30~40歳ほどの女性がエプロンを着ているような格好であったため、パッと見ると買い物に向かう主婦のように見えたが、顔立ちは明らかに外国の血が入っていた、ロシアかヨーロッパ人のようなはっきりとした顔立ちをしており、髪色もシルバーで、セミロングの髪型をしていた。
化粧をしているのか上品さもあり、いわゆる美魔女という言葉が似合っており、冷たい雰囲気を持ちつつも上品な雰囲気も感じていた。
運転席に座っているためはっきりとは言えないが、身長は平均的に比べてみても明らかに高そうであり、それ故にモデル体型なのだろうと思っていた。そう考えていると、おそらくエプロンの下に隠れた胸も大きいのだろうと勝手に妄想を膨らませていた。
「いんや全然・・・ただ、桃子に教えながら・・・いやいや、守りながらだったんでついのぉ・・・」
「教えながら?はぁ・・・また余計なお遊びを挟んでたのね」
「ま、まぁまぁ!実践を見せるられるのは中々無い経験じゃからええじゃろ!」
運転席の女性は無表情で不機嫌そうに見えた。小声でささやくような声が逆に圧を感じさせる怖さがあり、老人が運転席の女性に気を遣っているのか、頭が上がらないような様子だった。
「で・・・この子が桃子さん?」
そう言うと、バックミラー越しに運転席の女性が桃子の方をチラッと見た。
「あ、荒波桃子と言います・・・助けてくださってありがとうございます・・・」
「・・・」
自己紹介をするタイミングがなく気まずかったため、このタイミングで感謝と名前を伝えたが、こちらの挨拶に反応がなく、無言のままだった。
「あー桃子・・・こいつはワシの嫁の・・・」
「ケイコよ」
ケイコが老人の声に被せるように名乗った。ケイコの表情は相変わらず無表情だった。
「まぁ、依頼としてはダブル狙いじゃったからのぉ・・・相手の底が知れたわい」
「そうね・・・即席で作ったチームのようだし。こんな相手に手こずってたら私たちもお終いよ」
桃子は老人とケイコの会話を背後から聞いていたが、何を言ってるのか分からなかった。
「何じゃ?どうした桃子・・・」
老人が不思議そうな顔をしている桃子に声をかけた。
「あ、いえ・・・!何でもないです・・・」
「何じゃ・・・遠慮しないで何でも質問しなさい・・・ワシ達は・・・」
「キッ・・・!」
ケイコが老人に横目で睨みつけていたのが桃子にも分かった。余計なことを言うなという意味の目線だった。
「その・・・一緒にピンチを乗り越えた仲間なんじゃから。死にそうになったんじゃし、それくらい聞く権利はあるじゃろ・・・」
老人は言葉を選んだかのように桃子に言った。相変わらずケイコは老人を見る視線が鋭いため質問しにくい空気になっていたが、質問をしないとこの居心地の悪い空気が続くと思い勇気を出して質問をした。
「あ、あの・・・ダブルってなんですか?あと相手が即席のチームとは一体どう言う意味ですか・・・?」
「ああ、そんなことかい・・・」
老人は拍子抜けしたかのように言い、その質問を聞いたケイコも安心したのか、表情がいつもの無表情になり、視線を老人から前方に向けた。
「ダブルと言うのは、ワシ達が素直に殺しの依頼を受けてくれたらヨシ。もしくはワシ達を殺して懸賞金を受け取れれば、それはそれでヨシって意味じゃよ。どっちに転んでも損をしないって意味じゃな」
「け、懸賞金・・・かけられてるんですか?」
老人の説明に一番引っかかってしまった部分がそのまま声に出ていた。
「うん、確か・・・」
「あなた・・・!」
ケイコが老人の言葉を冷めたような口調で遮った。余計なことを言うなの意味であることは、言葉に出さずとも老人と桃子には伝わった。
「あー、即席のチームというのはのぉ!あの男達が対してワシ達に準備をしていなかったところを見てそう思ったんじゃよ。ワシたちのことを引退した元殺し屋という程度しか知らなかったことじゃ。ワシ達の懸賞金も知っていたらそれなりに油断せずにやる気出すはずじゃからのう。奴らのボスは現場のあいつらには伝えてなかったんじゃろ」
老人は話を変えるかのように、慌てて桃子に説明をした。
「あとワシ達を始末するのなら装備が弱すぎる・・・と言っても、日本に銃火器を持ち込むのはかなり骨が折れるからしょうがないがのぉ。後は無線のやり取りが雑すぎる。もう少し仲間とのやり取りをするルールを相手が設けて入れば、もうちょっとワシ達と戦えていただろうがのぉ」
「そうね。遅れて突入する人たちがやられたのを知っていれば、作戦を練り直すことくらいは出来たはずだわ」
老人の解説に乗っかるようにケイコが喋った。
「奴らはターゲットを殺した者が報酬を多くもらえると言っていたから、所詮は個人で金儲けができればそれでいいと思ってたんじゃろ。ちゃんとした資金力のある裏組織が束ねて、チーム編成をしていたらこんなことにはまずならんよ。目先の金目的で殺しを請け負うやつに手こずったことは今までなかったたからのぉ」
「な、なるほど・・・」
桃子は老人の説明でやっと理解が出来たようだった。
その会話からしばらく無言の時間が続いた。
桃子は緊張しっぱなしではあったが、それ以上に疲れが勝り、ボーッとするようになっていたが、一向に自分らの乗っている軽自動車が目的地に到着しないことに違和感を感じていた。
いや、そもそもこの軽自動車がどこへ向かっているのか分からないことに今更ながら気づき、一人で不安になっていた。
「あ、あのぉ・・・」
「どうしたのかしら?」
老人は助手席で寝ているようだったため、代わりにケイコが桃子の問いかけに反応した。
「この車ってどこに向かっているんでしょうか?どんどん東京から離れて行ってるように見えるんですけども・・・」
車はいつの間にか高速道路に乗ったようで、目の前に青梅市方面と書かれた標識看板がちょうど視界に入っていた。
「私達の家よ。そこで私達と一緒に暮らすのよ」
「・・・はぁ?」
ケイコが何を言ったのかわからず、聞き間違いだと思い、そう聞き返してしまった。
「もちろん暮らすだけじゃないわ。毎日殺し屋の修行をみっちりしてもらうわよ」
「え・・・ええええぇ~~~~~!!!」
ケイコの言葉に先ほどまであった疲労感が吹き飛び、大きな声が車の中に響いた。




