プロローグ 謀略の中心
誰も来れない。たどり着けない場所に誰かが招かれる。
暗い、闇の中でその者が声を響かせいるであろう暗闇の主に挨拶をした。
「お招きいただき光栄です。猊下」
招かれた者は、まだ若さが残る声の男。
30代ぐらいだろうか。
声だけで、その生い立ちと身分の高さが窺える。
「世辞はよい。奴らが動いたのじゃな?」
客人の挨拶を遮るように暗闇の主はいう。
動いたと。
待ち焦がれた瞬間がやってきたのかとその確認をする。
「はい、間違いなく。ケレスの首都ゲフィオンは陥落したと聞いております」
「自分の属国だというのに他人事の様じゃの」
「まだ、シュピーゲル王のでございます猊下」
客人の男はまだ自分のモノではないとあえて口にする。
まだ、自分の立場は下に位置すると自分に言い聞かせるように。
「ならば、早く代わって貰わなければな。のう? 王子よ」
「猊下・・・、いくら猊下のお力があるとはいえここは父上の監視下です。計画が漏れでもすれば・・・」
客人は自分の素性がバレる呼び方をされて静かに怒りを露わにする。
決して他者に悟られることのない怒りを内に秘めていく。
だが、その怒りを見透かしたように暗闇の主は。
「それで命を落とすのはお主だけじゃろうて」
嘲笑う様に告げた。
「・・・」
王子と呼ばれた客人は口を噤む。
暗闇の主の言う通り。自分たちの計画が漏れて命が危険になるのは自分だけ。
客人は十分に自分の立場を理解している。自分は下の立場だと。
今いる立場でも、裏で得た立場も、どちらも下であると。
だから、彼は急ぐ。自分の立場を強固にするために自身のために動いていく。
「・・・それは重々承知しております」
「理解しているのなら、王都を戦場にしてでも這い上がって貰わなければな。七星はもう帝国の全てを掌握している。皇帝もただの傀儡じゃ。これが意味することは、・・・分かるな?」
「はい猊下。奴らに対抗するための軍は必ず用意いたします。ですので、・・・その折には」
「心配せずとも、軍を率いた時、お主は王となっておる。そのためにも、この内乱で踊ってもらおう。近々、王都に赴く。その時は王として余を出迎えてほしいものじゃ」
暗闇の主の声がそれを最後に遠くなっていく。
徐々に闇が晴れていき。
彼は案内される前の、眼下に花園が咲き乱れる空中庭園に座っていた。
カラグヴァナ王国の王宮べヘアシャーの最上階。
自分や王が住まう区画。
その中の、ごく一部の許された客人のみを招く部屋で意識が戻る。
「・・・」
彼はゆっくりと顔を上げ、自分を案内した者を見る。
周囲の侍女に気取られることのないように平然を装いながら。
目の前の女のように美しいこの男に尋ねる。
「・・・首都ゲフィオンに槍と盾の騎士団を向かわせようと思うが貴殿なら、どう動く?」
尋ねられた男は静かに答えた。
腰まで伸びる長い白髪、女性と見違えるほどの白い肌と美貌を持ち、白に赤が追加された神官服を着た男。
ツァラトゥストラ教の神官は答える。
「私なら、王都まで戦線を伸ばさせます。所詮は小国。占領地域の維持もままならないでしょう」
「・・・被害を許容すると? この王都に逆族たちが入るのを黙って見ていると申すのか。戦争に勝利しても、王位の継承に支障が出ると思うが?」
「民衆は見ているでしょう。王子が率いる騎士団が逆族を打ち負かす光景を」
「・・・」
神官は勝てば問題ないと突き付けてきた。
確かに負けないのならその選択しはあると彼も思うが。
現に四公国の一国ケレスは陥落している。
カラグヴァナを守る一国が敗れたこの意味をどう取るか。
彼は用心深く考慮していく。
「情報にあった亜人の上位種族というのが気になるが。・・・貴殿の策に乗ってみよう。敵の力を見るのにも都合がいい」
「餌を用意するのがいいでしょう」
「餌だと?」
「逆族が食いつく餌です。シュピーゲル王を支持する者たちなら十分に餌となります」
坦々とそう告げる神官を彼は同じ人だとは思えなかった。
目の前の人物は本当に神官なのか?
いや、そもそも人の心を持っているのか?
今のカラグヴァナを支える者たちを餌に、贄にして王の座に就けと言っているのか。
彼は思考する。この内乱をどこまで利用できるのか。
そして、仮に王になれたとして自分は彼らと対等になれるのか。
それらが全て成されたとして、その犠牲に見合うものなのかと。
「その餌も守りきれというのか?」
「餌の価値によります」
神官は死なしても構わないと告げた。
その死をどう扱うかは自由だと。
その回答で彼は納得した。
「・・・割に合わない」
「と、申しますと?」
「臣民が血を流す対価が割に合わないと言っている。この犠牲が王になるために必要だとは思えない」
彼らは、王国のことなど考えてはいないと。
求めるのは自分たちの扱える軍隊だ。
それを誰が提供するかの問題。
今は自分に白羽の矢が立っているだけだ。
王になるのを援助してもらうのと引き換えの条件で。
王になるための過程で多大な犠牲を出すのはあり得ないこと。
それはただのクーデターだ。
だが、その彼の思いを上回る速度で事態は動いている。
それを神官が伝えた。
「もうアーデリ王国の者が王都に迫っている。血は必ず流れます。多いか、少ないか、それを決めるのは王子、貴方です」
「・・・その情報も、セフィラよりもたらされたものか。・・・備えておこう」
彼は、神官の話に乗らざるを得なかった。
最初から取れる手段は限られていたのだ。
だから、彼は聞く。
今得られる最大の情報を。
「一つ、貴殿に聞きたいのだが。王宮に入り込んだ逆族の手駒と戦ったのだったな。どれ程のものだった?」
「手駒で上位騎士以上、亜人の上位種族はそれすら上回るでしょう。これらを迎え撃つ備えを薦めます」
「貴殿たちの援軍を期待しても?」
「・・・伝えておきましょう」
「感謝する」
援軍を出す予定は無かったのだろう。
だがこれで、釘を刺した。
血を流すにしても自分だけ流すことはない。
こちらの力を求めるのならそれに見合う対価を払ってもらう。
彼は、いつまでも下で甘んじている者ではない。
今はどんな屈辱にも耐えよう。
彼の求めるモノは彼らと違う所にある。そのために、耐えるのだ。
目の前に座る神官を静かに睨む。
(お前たちジグラットの敵は、七星なのかもしれないが。私の敵はアーデリ王国と父上なのだ。私が王になるまで存分に利用させてもらおう)
彼は、タウラス・シュピルナ・カラグヴァナ第一王子は、策略を巡らす。
この自分の行いの全てが、未来のカラグヴァナのためになると信じて。




