第九十話 報酬なき戦いの後
アズラがセトを思いっきり抱きしめていく。
それは、喜び。一番大切な家族が助かったという思いを示していく。
抱きしめられるセトは、自分は助かったと思うのと、またアズラに心配をさせてしまったと思うのとで半々といった心情になる。
途中から記憶が無いが。状況からして自分たちは、あのファルシュに勝ったんだということを理解し。
アズラの気持ちを受け入れる。温かな体温がセトの全身を包み、生を実感させてくれる。
この温かさは生きているからこそ与えられる優しさだ。
セトを抱きしめるアズラ以外にはこちらを微笑みながらみているライブラと見たことのない騎士。
そして、黒い、世界に穴が空いたような牢獄がセトの目に見えた。
それがファルシュを捉えた牢獄だと確信した瞬間、セトもアズラを抱きしめ返す。
アズラの髪が顔をくすぐり、優しい匂いで迎えてくれる。
彼女の鼓動が力強く包んでくれた。
「アズ姉・・・、僕たち勝ったんだよね」
「勝ったけど。もう、本当に心配したんだから! セトが死んじゃうって、殺されてしまうって、でも。セト・・・、あんたが勝ったんだから・・・」
アズラに自分がファルシュに勝利したと言ってもらうが、セトは自分ではなくみんなの勝利だと思った。
自分だけでは決して勝てない戦いだったから。
多くの仲間の血が流れ、命を懸けながら手にした勝利だ。それを自分一人のモノだとは思わない。
アズラに、ルフタに、エリウ。アプフェル商会のみんなに。ヴェヒター、ライブラとキャンサー、そして鎧の騎士団にリューベ。
多くの人が集まり、力を合わせ、この勝利を手にした。
でも、アズラはそのみんなの戦いの中、こう思っている。
「セトがあいつを追い詰めたんだから」
それは事実なんだろう。
セトに覚えはないが。ファルシュは追い詰められアズラとライブラを退ける力を使い果たしていたのだから。
見ていないアズラと覚えていないセトはあの力を。意思とも呼べる何かを知ることはない。
ただ今は勝利を喜んでいき、キュッと抱きしめる。
二人が喜び合う中。
王宮に魔力の流れが戻って来た。ファルシュに停止させられた全ての機能が復活し再び難攻不落の城となっていく。
その王宮の下層部から兜の騎士団が六角形の台座に乗って上がって来る。
傍らには、キャンサー王子の亡骸が横たわっていた。
抉られた胸を隠すように布がかぶせられ、手厚く運ばれてくる。
「兄上」
ライブラはすぐにキャンサーのもとに走ろうとする。
すると、透き通る声が彼を呼び止めた。
「お待ちなさいライブラ王子」
兄の亡骸に向かおうとしたライブラは振り返る。
その声の主が誰かライブラにはすぐに分かった。
圧倒的強さと美貌に。聖女のような優しさを持った騎士。
カラグヴァナ王国最強の騎士である兜の騎士団、騎士団長。
白銀のシェーンハイト。
そう二つ名で呼ばれ、シュピーゲル王に唯一任命された近衛騎士。
全身を白銀の鎧で包んでいるが、重装備ではなく、関節部を大きく逃がしている。
必要最小限の鎧を胸と頭部、手甲に脚へと取り付けそれ以外はむき出しだ。
腰の部分にはスカートのような青の装飾がはためき、それは騎士ではなく、まるで戦乙女。
そんな風に見えてしまうほど、美しい姿をしている。
ライブラがシェーンハイトを見て。一度、キャンサーの方を見る。
キャンサーの側にいたい気持ちがライブラを行かせようとするが。
今は我慢だ。
そう、ライブラはこの王宮にある目的があって来たのではないのか?
シェーンハイトの前にまで歩み寄る。
美しい黄色く輝く金髪と深い青い瞳。同じカラグヴァナ人でも二人目は確実にいない美しい印象を与える顔。
その顔をライブラが見上げる。
「騎士シェーンハイト。この僕、ライブラ第十六王子がシュピーゲル陛下への報告に来ました。謁見の間への案内を頼みます」
ライブラの声を聞き、セトとアズラも彼の側に立ち並ぶ。
ちょっと照れくさそうにしているが、それは二人の話。今はシュピーゲル陛下への報告を無事に進めていく。
「報告にあった王位継承者斬殺事件の首謀者。確かに確認致しました。ですが、謁見の間への案内は許されておりません。このままお引き取り下さいませ王子」
セトとアズラが驚いた顔をする。
ここまで来たのに、帰れと言われた。
「それは・・・、やっぱり逆族の王宮への侵入を許してしまったからですか?」
「逆族への侵入を許してしまったのは、私共、兜の騎士団の失態です。王子がお気になさる必要はありません」
ライブラはこう告げられることは想定していた。
逆族が入り込んだ王宮では、確実な安全が確保されるまで、王へ会うための道は固く閉ざされるのが普通。
それでもライブラは諦めずに話を続ける。
「・・・僕たちが招いた事態です。でも、その逆族は騎士アズラたちの手で取り押さえました。逆族の企みを阻止したんです。そのことを父上に、報告させてもらえないですか」
「陛下は、今日誰ともお会いになられません。逆族の侵入があろうともなかろうとも、誰とも会われないのです」
「では、タウラス兄様には?」
「タウラス殿下はすでにお帰りになられました」
代理を務めるタウラス第一王子にも、もう報告はできなかった。
残念だが、タウラス第一王子はセトたちが勝利するまで待ってはくれなかったようだ。
この報告は失敗に終わっていた。
ファルシュが王宮への侵入を果たしたその瞬間に確定していたのだ。
「そう、ですか。・・・、父上に一言伝えて下さい。・・・話が出来て嬉しかったと」
「かしこまりました王子」
ライブラの伝言をシェーンハイトは優しく受け取った。
王に会いに来た王子の言葉ではなく。
父に会いに来た子の言葉を受け取る。
ライブラが悲しい顔をしながらうつむいていると。
シェーンハイトがおもむろに頬を撫でる。
ライブラは思わず顔を上げ、まるで母のような顔をしている彼女が目に映った。
腰を下ろし、ライブラの視線に合わせ、優しく、やさしく微笑む。
「・・・ライブラ王子、よくがんばりましたね。よく陛下の所まで来てくれました。今はまだ会えませんが、必ず会える時が来ます。だから、その時まで顔を上げてくださいませ。王子の顔は皆を幸せにする笑顔なのですから」
「・・・はい」
ライブラの目から涙が出てくる。
悲しみの涙ではない。喜びでも。
ただ、終わったと。それだけを告げる涙が頬を伝っていった。
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まるで何事もなかったかのように王都の夜が過ぎゆく。
ライブラは兄キャンサー王子の遺体を馬車で運びセトたちと別れ宮廷に戻っていった。
母に逆族を捉えたという報告と、兄が殺されたという報告の二つを伝えるために。
セトたちは勝利以外何も得られなかった戦いを後にして宿へと引きかえしていく。
セトは、一人で大丈夫だろうかとライブラを心配した。
王子と言ってもまだ9歳の男の子だ。
彼が報告するには辛すぎる内容。受け止めるだけでも辛いと言うのに、口にするのはもっと辛い。
護衛には兜の騎士団が付いてくれているが、報告は一人なのだ。
側にいてあげたいとセトは思ってしまう。
そう思っていると。
「セト、そんなに心配しなくても大丈夫よ」
「え? あ、うん。・・・顔に出てた?」
「思いっきり」
アズラに気付かれるほど顔に出ていたようだ。
セトは頬を擦りながら、気持ちを切り替える。
心配ばかりしていてもダメだ。
ライブラだって一緒に戦った仲間なのだから。
馬車の外を眺めながらセトとアズラは帰路につく。
王都が城下町の明かりに照らされて自ら輝いている中を進み、宿が見えてきた。
「ん?」
何やら宿の周りに人が集まっている。
あれは、ルフタたちに鎧の騎士団のようだ。
みんな真剣な表情で何かの準備を進めている。
手に武器を持ち、今にも戦いに行く雰囲気だ。
「どうしたのかしら?」
「魔獣でも出たのかな」
セトたちが馬車の速度を上げ、みんなの所に駆け寄った。
ルフタたちはいきなり駆け寄ってきた馬車に警戒する。
かなり殺気立っているようだ。
そんな彼らの前にセトたちは顔を見せた。
「セト! アズラ! 無事だったであるか」
二人の顔を見るなりルフタがすっ飛んできた。
他の面々もホッとした感じだ。
「ルフタこれは何があったの?」
「うむ。驚くな、あの鉄仮面は偽物だったのだ。癒呪暴走体である。何者かが仕向けた化物だったのだ。リューベ殿の棺の中に隠れ潜み、吾輩らに襲い掛かって来た。幸いにも癒呪暴走体は治癒の神術に弱い。なんとか倒して、お前さんたちの加勢に向かうところだったのだ」
セトたちが王宮に向かってから程なくして、倒したはずの鉄仮面が生き返り、リューベが入っているはずの棺から現れて襲い掛かってきたのだ。
棺を運んでいた鎧の騎士団はすぐさま、ルフタたちに救援を要請し再び総力戦となった。
アズラやヴェヒターが抜けていたため犠牲は避けられないとルフタたちは覚悟していたが。
ディアが生き返った鉄仮面が癒呪暴走体であることに気付き、それが勝利へと繋がった。
そして、鉄仮面の狙いであった王族。ライブラたちと共に王宮に向かったセトたちが狙われていると急いで助けに向かおうとしていたのだ。
「なるほど、そういうことね。安心してルフタ、その仕向けた奴は私たちが倒してきたわ」
「倒してきた? 王宮に潜んでいたのか。皆無事であるか?」
「私たちは。でも、ライブラ王子殿下の兄上。キャンサー王子殿下が殺されてしまったわ」
それを聞いた鎧の騎士団が怒りと悲しみを顔に出す。
もう守るべき王族が殺される事は無いと思っていた矢先に。また、一人犠牲になってしまった。
「・・・そうか。まずは生き残ったことを喜ぼう。宿に戻って休んでいるのだ。吾輩は後始末をしておこう」
「ええ、そうさせてもらうわ。ちょっと魔力の使い過ぎですごく怠くて・・・」
「アズラまた無茶をしたな。まだ完治してないと言ったであるのに。体の具合も診てもらうようにな」
「あ、セトを診てあげて。セト、血を流し過ぎたから私の血を分けてあげたの。体の調子が悪くなってないか心配だわ」
さらりととんでもない無茶を告白したアズラに、ルフタは頭を抱える。
彼女にどう言い聞かせたらいいものか。
「心配なのはアズラ。お前さんの方である。今すぐ診るから自分の部屋に戻るのだ」
「分かったわ。セトにも伝えてくる」
アズラすぐにセトを呼びに行った。
今更だが、彼女は自分のことよりも弟の方が心配なのだろう。
それはアズラたちと出会ってからすぐに分かったことだ。
決して悪いことではないが、少しは自分のことも心配して欲しいとルフタは考える。
こう見ていてハラハラするのだ。
それがルフタの心配事を増やしているような気がする。いや、増やしている。
ルフタが安心してこの姉弟を診れる日は来るのだろうか。
・・・。
そして、診察を終えたアズラから。
今回の事件の首謀者がファルシュであったこと。
王宮での結末。その全てが語られた。
今後は、参加できるのであれば、キャンサー王子と騎士リューベの葬儀に向かい別れの言葉を伝え。
セトたちはベスタ公国に戻ることとなる。
アズラが巻き込んでしまったこの戦い。
そして、アズラがみんなと共に戦ったこの出来事は。
彼女の心に大きな力を与えていく。
それは、守ってあげるじゃなくて。
信じれるということ。
仲間を信じれる。
その新たな力を手にアズラたちの夜が明けた。




