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僕と姉の神話遭遇記  作者: 暁0101
第四章 王位継承者
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第八十九話 目覚め

腹を貫かれ。

内臓に穴があき致命傷を負っても、まだ、負ける訳にはいかなかった。

セトは腹部に突き刺さった剣を握り締め、全身を使って抑え込む。

避けることも、弾くこともできないなら。

自分の体を使って止めるしかない。


とても正常な判断とは思えない行動をセトは躊躇わずに実行した。

自分に向けて振り下ろされた剣撃に自ら飛び込こんだのだ。

ワザと突き刺さることでその攻撃を止め、ファルシュの攻撃を封じることに成功するが。

それは自分の命を捨てるに等しい行動だった。

即死ではなくとも生命を維持するのに必要な器官が損傷し、血が溢れ出てくる。

体から命が無くなっていくのを感じる。

それでもセトは手を離さない。


ファルシュも抗うことは予想していたが、まさか自分から突き刺さりに来るとは想像もしていなかった。

魔装は深々とセトの腹部に刺さり、握り締められたことでピクリとも動かない。

ファルシュは目の前にいる不確定要素に苛立ちを覚えていく。

もう、ほとんどいまわの際だというのに、まだ立ち向かってくる。抗ってくる。

その姿が目ざわりだと、セトを目の前から消し去るために魔力の刃を生み出していく。


「ここまで、ワタシの予定を狂わせるのはキサマが初めてだ。正直、怒り狂いそうだよ」


魔力の刃がセトを取り囲む。今度こそ確実に仕留められるように。


「だが、それもここまでだ。あの世で見ているといい、カラグヴァナが滅びる様を」


魔力の刃がファルシュの意志により、セトの急所という急所に斬り掛かる。

突き刺さった剣を伝って血が流れていき、足元を血の池にしながら。

セトの目の前が刃に覆われ、確実な死がすぐそこまで迫る。


その光景が。

セトの目には黒と白の世界に映っていき。

極限状態の精神と死に直面した脳が脳内麻薬を分泌して、全てをスローモーションのように見せる。

まるで、時間から切り離された感覚。

自分の心臓の鼓動が全身を叩いていると感じるほどの、自分以外が静の世界で。

それは聞こえた。


(カ・ミ・ニ・コ・ロ・サ・レ・テ)


声が聞こえた。

声というよりは意志とも言うべき波動がセトを駆け巡る。


(ソ・ノ・ウ・エ、神・ガ・夢・ミ・タ・血肉・ニ・マ・デ)


暗く、深く。

そして、底なしの闇がセトを包み。


(殺・サ・レ・ル・ノ・カ)


その意思は失望とも取れる感覚を伝えてくる。

長い、とても長い、気の遠くなるような時間を待ち焦がれて。

ようやく巡ってきたのがこれかと。

意志は静かに失望していく。


(僕はまだ負けてないッ!!)


全てが静止していく世界でセトが反論する。

姿の見えない意志に。

まだだと吠えていく。

叫んだ声が反響していくように静止していく世界で木霊する。

痛みで、頭がおかしくなったのか。それとも敵の幻術かとセトは考え。

まだ、負けていないのに意志が心が先に負けるのは嫌だと体を動かそうとした。

だけど、もがくセトを否定するように意志以外の存在が静止していく。


(コ・コ・ハ、オ・マ・エ・ノ・負・ケ・タ・世界・ダ・ヨ)


そして、セトの意志も静止する。


(まだ・・・、僕・・・、は・・・)


・・・。

・・・。

・・・。


「そう、俺が負けた世界だ」


それは唐突に起きた。

セトに、彼に迫る魔力の刃がその急所に当たる直前で叩き折られた。

ファルシュは自身の目を疑う。

セトが、もう死ぬしか道の無かった雑兵がいきなり魔力の刃をただのダガーで叩き斬ってきたのだ。

数十という魔力の刃が次々と砕かれていく。

ダガーの届く範囲に入った瞬間、流れるように。そこに来ると分かっていたかのように防がれる。


その勢いのままファルシュの喉元を切り裂こうと腕を伸ばしてきた。

この事態にファルシュは、セトから何か異質な何かを感じ取る。

それは、決して彼を生かしていてはいけないという確信。


「キサマは不確定要素ではない!! 排除すべき敵だッ!!」


全魔力の操作を打ち切り、その全てを魔装・銃剣ザイテンゲヴェールに注ぎ込む。

この敵を。

将来確実に祖国の敵となる存在をここで消す。

そのためには、後のことなど考えている余裕はない。

全てにおいてセトを殺すためだけに、全身全霊を注ぎ込む。

許容量を超えて詰め込まれた魔力が魔装からはち切れんばかりにエネルギー波を撒き散らし。

そして、引き金が即刻引かれた。


「墜ちろッ!!!」


赤黒い光が異常なほどの紫電を纏いながらゼロ距離でセトに放たれた。

魔装・銃剣ザイテンゲヴェールの銃身が暴発し、魔装としての機能が崩壊していく。

だが、そんなことなど気にもせずにエネルギーを吐き出し続ける。

この敵はいてはいけない。

存在してはいけないとファルシュの脳が警告を発し続けている。


敵はどうなった?

死んだのかと、まだ赤黒い光に包まれるセトを警戒する。

そのファルシュの顔から余裕の色が消えていた。


(違う・・・。あの気配は雑兵のものではない! いったい何だ? 何が、ッッ!!?)


一瞬、赤黒い光に線が入ったように見えた。

そして、真っ二つに割れる。

縦に引き裂かれ、破壊の嵐が切り分けられる。

その裂け目から、ダガーが垣間見え、セトが姿を見せていく。

突き刺さった剣以外のダメージは無い状態で。


「ッ・・・!、ッ!!」


声にすらならない驚愕を露わにする。

魔装から放たれた破壊の現象を物理的に切断した。

それは、現象を切り裂いたことに他ならない。

発熱という現象。火を斬ることはできない。

落ちるという現象。重力を斬ることはできない。

崩壊という現象。世界の終焉を斬ることはできない、はずだった。


世界に存在する物質を崩壊させる現象。魔装・銃剣ザイテンゲヴェールの一撃が切り裂かれた。

その事実にファルシュの動きが止まる。思考が停止する。

自分の信じる定義が覆っていく。


覆していくセトは止まらない。

突き刺さった剣食い込ませたまま、無理矢理前に進んで、血を噴き出しながら剣の柄辺りまでファルシュに接近する。

そして、首元目掛けてダガーを振りかざした。


ザシュッ! と肉に突き刺さる感覚が手に伝わっていく。

肉を抉り、骨にまで達している感覚が分かる。

だけど、その肉は首じゃない。


「グゥ・・・! キサマ・・・!」


ファルシュはダガーと首の間に手をねじ込み、動脈をかき切られるのを阻止していた。

手の平にダガーが刺さって、ほとんど手が半分に裂かれた状態になっている。

しかし、その状態でも片手を犠牲にすることで即死を撒逃れる。

だが。


「セトを離せぇぇぇぇぇッ!!」


そのダガーをギリギリ食い止めている所に、アズラの拳が叩き込まれた。

裂かれた手もダガーも顔も。

全てがその暴力に破壊され、ファルシュは宙を舞う。人はこんなにも回るのかというほど回転し花畑に叩き付けられる。


「セト!! 今治すからッ!」


「・・・」


セトはそのまま意識を失い、アズラの胸に倒れ込んだ。

全身が血に濡れてセトの立つ花が赤く染まっている。致死量の出血。たとえ癒呪術式で治癒しても血を補うことができない。

アズラは焦る気持ちを押さえて、セトから剣を引き抜く。

ドシャッと血が洪水のように溢れだす。

血がこれ以上溢れないように手で押さえつけながら、アズラは癒呪術式を唱えた。

魔力がセトを包み傷はすぐに塞がる。

しかし、セトの意識は戻らない。大量に血を失った体はまるで氷のように冷たくなっている。


「大丈夫だからッ、私が必ずッ」


アズラがセトを抱え上げようとした時。

同時にファルシュも立ち上がった。震える手と足に力を入れその傷ついた体を起き上がらせていく。

僅かではあるが彼に時間を与えた。それは致命的なミスへと繋がる。

微かに残った魔力で癒呪術式を唱えダメージを回復し、もう一度戦う力を取り戻していく。

地面に転がる魔装を拾い上げ、銃剣の剣としての部分を存分に活かす。


「判断を誤ったなアズラ・アプフェル」


今なら殺せる。

頭にダメージが残り、足を引きずりながらも近づいていき。

ファルシュはアズラごとセトを斬り殺そうと魔装を構えた。

銃身部分が壊れ、もう砲撃を放つことができないが、武器としてはまだ使える。

アズラの背後に白銀に輝く剣が近づく。

だけど、それを彼が、セトを助けに来たライブラが許しはしない。


「上位権限発動!」


白銀に輝く剣がセトとアズラに届く前に。

ライブラの上位権限発動が王宮の防衛術式に認証された。

それはすぐさま、敵性存在を隔離、無力化する王宮と連結した大規模術式を展開する。

一個人では決して抗えない魔力の檻。

それがファルシュを捉える。


「何ッ!? 何故だ! 権限は掌握したはず、何故まだ扱える!?」


「僕に、最弱でもカラグヴァナの王族に与えられた物が、お前なんかに御されるものか! ずっと、ずっと僕を、兄上を騙してきたお前なんかに負けるものか!!」


ファルシュの半径2m以内を術式のコードが埋め尽くしていく。

それは鎖となり、ファルシュの腕と足を縛り上げた。

その鎖は、一本一本が術式で構成されていてファルシュの魔力を力を封じる枷となる。

もはや腕力では引きちぎることは不可能。

魔装は砕け、あらゆる能力がファルシュより奪われる。

カラグヴァナ王国最大の封印術式が発動したのだ。


「バ、バカな! こんな結末など! ただの雑兵に敗れる!? ワタシが利用した者に敗れるのか・・・!!」


ファルシュを鎖の牢獄に捉えて世界から隔離する壁が構築されていく。

王宮と繋がることで対象の魔力を永久的に奪うその壁は、まさに術式使いにとっては絶望の壁だ。

だんだんと視界が塞がれていく。漆黒の暗闇に徐々に飲み込まれていく。

その結末を。

捉えられて終わるなど、ファルシュは認める訳にはいかない。

断じて認める訳にはいかない。

四肢が動くうちは、目が黒いうちは、彼は負けを認めることを許されない。


「オオァァァアアッ!! セト・ルサンチマン・アプフェルゥゥゥウウッ!! キサマだけはァァァァアッ!!」


全てを封じられても、それでもなお残ったそれをファルシュは死に物狂いで行使する。

全身から闘気を漲らせ、鎖に繋がれた腕を自らへし折った。

関節という可動限界範囲を失った腕がこれでもかと引き延ばされ、漆黒の牢獄の外にファルシュの片腕が飛び出す。

ビキビキとしなる不気味な音が鳴り。

空気に霧散した魔装の魔力をつかみ取って、束ね直していく。


執念。


そうとしか言えないモノがファルシュを突き動かす。

飛び出た手に無理矢理束ねた不完全な魔装が現れた。

それは今にも崩壊を起こしながらエネルギーを収束しだす。


「そんな! 抑えきれないッ!?」


ファルシュの執念が王国最大の封印術式すら凌駕し、魔装から赤黒い光が放たれた。

魔装が崩壊し放たれた光が一直線にセトを目指す。

それを。

アズラが魔装・絶対魔掌ヴァルテンマギでねじ伏せる。

一発の拳でその執念を打ち砕く。

セトが目を覚まさない。

その現実に精神の安定を失ったアズラが修羅の形相となり怒りのまま拳を握って。

必殺の一撃を叩き込んだ。


「よくもセトをォォォォオオオオオッ!!」


生身の人間が耐えられる訳もない一撃を何百発と撃ち込んでいく。

封印術式ごと破壊しかねない猛打をファルシュは防ぐこともできず。

肉が潰れ、骨が砕け、再起不能のダメージを叩き込まれる。

もう動くことすらできない彼をアズラは容赦なく叩きのめし、封印術式へと殴り入れた。

術式の鎖が捕縛していく。もう二度と動けないように。

世界から隔離する壁に完全に閉ざされファルシュは完全に封印され。

黒い、世界に穴が空いたような牢獄だけが残される。


ファルシュの撃破を確認したアズラはすぐにセトの治癒を開始した。

傷は治した。

足りないのは血だ。血が足りない。

セトの血は大半が流れ出てしまっている。

さすがのアズラでも土に混ざった血を分離することはできない。

アズラは癒呪術式を唱え続けながら、必死にセトの回復を試みる。

少しでもいい。セトの命を繋ぎとめられたらと効果のほども確認せずに無心に唱え続ける。


そこに、ライブラが警告を発した。


「騎士アズラ、ダメです。癒呪術式でも治癒しない状態の人に術式を掛け続けるのは!」


「邪魔しないでッ!」


「セトが癒呪暴走体アンデットになってしまってもいいんですか!」


「!?」


「癒呪術式の異常行使は癒呪暴走体アンデットを生み出してしまう原因となるんです。だから、それ以上は絶対唱えてはダメです」


そう癒呪暴走体アンデットは意図的でなくても誕生する。

死にかけている友を恋人を助けようとして、絶対死なせまいとして。

そして、誕生する。

異常に施された癒呪術式が何らかの原因で循環型術式となり、癒呪暴走体アンデットとして目覚める条件を満たしてしまう。

助けようとしている最中に間に合わず死んでしまったのが原因なのか。

術式を施した者の意志なのか。

何が原因かは分からないが、結末は分かる。

悲劇だ。

助けようとした人だったモノに食われて、あるいは自身の手で葬ることになる。


そのことを知ってアズラは。


「じゃあどうしたらいいの・・・? セトを見捨てるなんてできない・・・」


アズラは崩れ落ちるようにうずくまる。

傷は治っている。血が、血さえあればセトは助かるのに。

ライブラもセトを助けるために自分の頭にある知識を片っ端から広げていく。

そして、一つの道を見つけた。


「・・・懸けですが。アズラお前の血をセトに分けてあげるのです。姉弟なら血を分けられる可能性は高いはず。それでセトを助けられます」


「・・・」


「あっ!」


アズラは躊躇なく自分の腕を切り裂き、水の術式で血を宙に浮かべた。

セトの腕に切り傷を付け、その血を流し込んでいく。

ゆっくりと。

細心の注意を払って。セトに異常が現れないか注意深く見ていく。


アズラ自身が貧血になりそうなほど血を分けたが、まだ、セトは目覚めない。

セトの体にある血はもう十分なはずだ。顔にも赤みが戻っている。

だけど、それでも目覚めない。

アズラはセトを抱きしめ涙を流す。強く、今まで、そしてこれから抱きしめる分も込めて強く抱きしめる。


「うぅ・・、セト・・・」


アズラが泣き悲しむその姿を見て、ライブラは何も言えなかった。

掛ける言葉が見つからない。自分もこうなったのだから。

自分にはアズラと同じように励ますことができない。

アズラの目から涙がこぼれ続け。

強く抱きしめ。

そして。


「・・・アズ、姉。・・・痛い」


「セト!」


セトは息を吹き返した。

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