第八十八話 最弱と呼ばれても尚抗う
王宮の中だというのに、天井には青空を模した風景が映り。
そよ風が花びらを舞い散らせる。
風がなびくたびに花の香が空間全体に広がり、ここが今から戦場になるなど微塵も感じさせなかった。
謁見の間。そこに続く最後の道。
石と鉄で威厳を見せつけるのではなく、花と芸術でひと時の安らぎを与える空間。
カラグヴァナ王と謁見できるのは本来、そういう関係の者でなければならないのだ。
敵でも弱者でもなく、共に語り、静かな時を共有できる者が王と会うのに相応しいと。
だが、そこを歩くのは相応しい者たちではなかった。
一人は敵。
カラグヴァナ王を殺すためにここまで攻め込んできた者。
もう一人は弱者。
敵を止めるために資格も待たずにここまで来てしまった者。
その二人が花畑を横断する銀の道に立ちながら対峙する。
セトが剣を構え、王の元に向かおうとするファルシュの足を止める。
ファルシュは自分を止める相手を見もせずに魔装を構え、そして、語り掛けた。
「ワタシを止めるのはキサマか。何故そこまでして、王国に力を貸す? キサマもその目で見て来ただろう、この国の闇を。何を踏みつけ、殺し、栄えているのかを。キサマはその口で言ったな、亜人を解放して欲しいと、なら、なおさら何故王国に力を貸す?」
静寂と見せかけの安息が広がる道で、ファルシュはセトに問い掛ける。
今、セトが守ろうとしているこの国は。
セトが変わって欲しいと願う国でもある。
変わって欲しいと願うほど醜い王国だと。
「・・・確かに言ったよ。亜人を奴隷から解放して欲しいって。でも、変えるために殺すことはない。まして、滅ぼすこともない!」
「その回答は亜人の総意か? それともキサマの意志か? どちらでもない。ただ流されて来ただけだ。他者の意志を聞きもせず、目の前の出来事に喚くだけの子供だ。だが、ワタシは違う」
ファルシュは振り返り、セトをただの子供と言い捨てた敵を見る。
「誓い。そうワタシのこれは誓いだ。必ず祖国をカラグヴァナから解放すると共に戦う同胞たちへの誓い。そして、導師との契約」
「導師?」
「キサマが会うことはない御方だ。自身の持つ地位も名誉も全て捨ててワタシたちのために道を示された。それに応えるためにワタシはここまで来た!」
エウノミア公国、今はアーデリ王国と名乗る祖国のためにファルシュは全てを捧げる。
10年。
彼は10年もカラグヴァナに潜り込み、祖国が立ち上がるのを待っていた。
王族の護衛として敵の中枢に近づいて、チャンスをただひたすら待っていた。
そして、導師の導きでその時は来たのだ。
カラグヴァナ王国を滅ぼすその時が。
魔装・銃剣がエネルギーの充填を終えセトに向けられる。
そうやく巡り合ったチャンスを逃すものかと魔装の銃口を突き付けていく。
対するセトはただ剣を構えて迎え撃つ。
術式もなく、剣術も人並。
それでもここで負けられないと剣に力を込めていく。
片手剣を上段に構え、左手に短剣を添える。
それはまだ完成もしていないセトの求める二刀流の構えだ。
「僕だって守りたいモノがあるんだ! お前から見たらちっぽけかもしれない。国とたくさんの人の命と比べられるモノじゃないかもしれない。だけど!」
セトが叫ぶ。
彼の守りたいモノはとても小さいもの。
でも、何よりも大切な者。
それは。
「家族を守るって誓ったんだッ!!」
いつも一緒だったアズラを。妹になったリーベを。共に戦い仲間となったルフタにエリウも。
アプフェル商会のリーリエやディア、ランツェたちもみんな守ると。
セトは叫んでいく。
その誓いをファルシュは見下す。
余りにも小さな、祖国にとってどうなってもいい存在たち。
そんな存在と自分の誓いが比べられるのはもはや屈辱でしかない。
「大義も持たぬ雑兵が! 塵芥と消えろッ!!」
魔装・銃剣が解き放たれ、赤黒い光がセトに迫る。
それと同時にセトの背後から癒呪暴走体のリューベが襲い掛かった。
肉が黒く焦げきり、その内側から新しい肉を蠢かせる彼は、もう人とは程遠い。
そのリューベに逃げ道を断たれ、セトは一気に追い詰められる。
「負けない。負けるかァァァアア!!」
頭上に迫るリューベの剣を受け止め、すぐに身を翻し懐に潜り込む
大柄なリューベの腕の内側に陣取りダガーをその胸の心臓部分に突き立てた。
ダガーが突き刺さり、心臓が破壊されることで一時的に動きが止まる。
だがそこまで。
ここまで抗い、攻撃を重ねても赤黒い光がセトもリューベも諸共に飲み込んで全てを消し去っていく。
エネルギー波の放出が止まり、後には花が燃え、完全に塵と化し黒く焦げ付いた癒呪暴走体の残骸が姿を晒す。
セトの姿はなくただ焼けた焦げた肉の匂いが漂っていた。
ファルシュ魔装を下げ、道の先へと振り返る。
すると、いつの間にか銀の道に一人の白銀の騎士が佇んでいた。
気配を完全に断ち、こちらが来るのを待っているかのように。
カラグヴァナ王国最強の騎士。
シュピーゲル王が唯一信頼する最強の駒。
兜の騎士団、騎士団長にして近衛騎士でもある者。
それが彼女。
王を守る最後の敵を睨み、ファルシュは魔装を構える。
一瞬の隙も見せないと警戒していくが、白銀の騎士は動かない。
まるで何かを待っているかのように構えすらもしない。
その彼女の行動にファルシュは思わず振り返った。
彼女が待つ必要があるとすれば、それは二人の殺し合い。
王の見ている前で行われる決闘が終わるまで。
ならその相手が。
「ッ、あり得ない・・・。魔装の直撃を受けて無事であるはずがない!!」
セトがよろめきながらも剣を構えファルシュの前に立つ。
彼が身に纏っていた装備はズタボロでもう防具としての意味を成さず、剣も辛うじて武器として使える程度。
それでも、セトは剣を握り締める。
今、自分の命があるのは、リューベのおかげなのだから。
癒呪暴走体となった彼の体がセトを赤黒い光から守り切ってくれた。
その命を無駄に終わらせないと前に出ていく。
「一つだけ分かったことがあるよ」
セトはあることに気付いた。
ファルシュと殺し合いをする中で重要なあることに。
「ファルシュ、お前は術式の境地なんかにたどり着いていない。僕たちと同じただの人間だ」
「魔力の意味も知らぬキサマが、何を分かったと」
「お前は、同時に三種類の攻撃ができない。それに魔力の支配も実は出来ていない。そうだよね?」
「・・・」
セトがファルシュの圧倒的な力のカラクリを解き明かしていく。
考えてみれば分かるだろう。
これは気付けるかどうかとも言えるが、それに気づけば簡単だ。
ファルシュは魔装と癒呪暴走体、そして魔力分解の術式で自分を特別たらしめている。
だが、その三つを同時に扱えないのだ。魔力のリソースが足りないのか、術式の制御の問題か何にしても二つまでしかフルに扱えない。
彼は必ず三種類の攻撃を交互に使用している。それを誤魔化すために魔装をあえて二つ同時に出したり、癒呪暴走体に命令だけして放置している。
透明化の術式もカモフラージュのために用意したものだ。
そもそも、魔力分解の術式を持っているのなら戦闘開始と同時に使用すれば終わりなはずだ。
それをしない。できないのは、何らかのルールがあると言っているようなもの。
「必ず二つだけで攻撃パターンを構築しているのがその証拠だ。それに、アズ姉を苦しめた魔力の支配もただ無秩序に魔力を分解しているだけ、制御なんてこれっぽっちもしてないんだろ!」
「そうだとして、だから何だというんだ? ワタシを倒せるとでも?」
「倒せる! お前の魔力は無限じゃない。あの砲撃もしばらくは使えない。剣の魔装に使う魔力もリューベさんに使ったのなら!」
ファルシュが使える術式は通常のものと魔力分解の術式だけとなる。
魔装・銃剣も威力の小さいものなら小出しに出来るが、それならセトでも対処できる。
攻撃手段を使い切らせた今なら。
「今なら倒せるッ!!」
「見くびられたものだ。キサマを殺すのに魔装など必要ない。望み通り剣だけで斬り殺す」
足に力を籠め、銀の道を蹴り上げる。一直線に走っていき、へし曲がった剣とダガーの二本を構える。
ファルシュが剣を抜き迎え撃った。
セトの振り下ろす一閃を受け止め、いなし、その勢いを利用して上半身を投げ出させて。
避けられた一閃の勢いでセトが体勢を崩し、伸びきった腹に蹴りが叩き込まれる。
ドゴっ! と鈍い音が鳴る。
吐しゃ物を吐き出し、腹を守ろうと体が丸まってしまい、そこに剣が振り下ろされた。
セトは倒れ込む体をそのまま地面に倒し込み剣撃を紙一重でかわす。
地面を転がりなんとか体勢を立て直していく。
「カハッ、く、クソ・・・」
「どうした? 倒せるのではないのか?」
セトに休ませる間など与えず、剣を振り下ろす。
ただ剣を振り下ろすだけでセトの体に斬り傷が付き血が伝っていく。
避けきることさえできずに、ファルシュにいたぶられていく。
(必ず・・・、必ず隙があるはずなんだ。鉄仮面の時は攻撃が入った。あれの人格がファルシュと同じなら、・・・必ず)
セトは次々と迫りくる剣撃を辛うじて耐え忍び逆転のチャンスを、その機会を窺う。
ファルシュは咄嗟に起こる不確定なことには対処できない弱点に近いものがある。
そこを上手くつくことができればとセトは食らいついていく。
だが、そこにいきなり下段から放たれた剣撃がセトに直撃した。
「ぐぁッ!」
剣が折れ、花畑を散らしながらセトは転がっていく。
胸を斬り裂かれるのは防げたが、腕が痺れて動かない。
まだ握っているのはダガーだけとなってしまう。
「所詮は不確定要素だったか。確実に対処すれば脅威にもならない」
そこに止めを刺そうとファルシュが迫りくる。
ゆっくりと歩いてセトの残りの命を踏みつぶすように近づいてくる。
「一つ訂正しておこう。魔装を生成する魔力はもうないと言ったな。その程度の魔力なら常に温存しているのが術式使いの常識だ」
そういって、懐から魔晶石を取り出しそれを砕いた。
砕けた瞬間、莫大な魔力が溢れ出てファルシュの剣に吸い込まれていく。
白銀の剣。
魔装がセトの前に再び握られていく。
「・・・ッ!」
魔装が上段に最大の破壊力を発揮する位置に構えられ、セトの体躯ごと斬り裂こうとその切断力を増していく。
そして。
「死ね」
振り下ろされた。
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崩れ落ちた足場にアズラはしがみついていた。
空中に浮かぶ六角形の台座は頼りなく漂っている。
台座によじ登り、辺りを見回していく。
バラバラになった六角形の台座が無秩序に浮かび回転している。
そこには統制された動きは存在しない状態だ。
そんな六角形の台座の塊に座り込むようにライブラと彼を支える騎士がいた。
二人とも無事なようだ。
「ライブラ王子殿下、無事ですか」
「はい。彼らが守ってくれたので」
気が付くと、無秩序に漂う台座の上に騎士たちが立っていた。
兜の騎士団。
王宮の防衛術式が一部分とはいえ乗っ取られたせいで足止めをくらっていたのだ。
その彼らがいる所まで落ちてきた。
「今すぐ、セトの援護に向かいます。何とか上に行く手段は?」
「今のところない。制御権限を完全に取り戻せなければ謁見の間に行くための足場を用意できない。一つ、可能性があるとすれば・・・」
騎士はその可能性を。
王位継承権第30位のライブラを見た。ライブラは何故見られているのとキョトンとしている。
「ライブラ王子殿下の王位継承権が10位以内になれば上位権限が与えられる。そうなれば逆族の権限など無視できるのだが」
問題はライブラの王位継承権がいきなり10位以内になることは決してないということだ。
上位権限を与えられる血筋でありながら、まだ資格がない。
兜の騎士団も上位権限が与えられているのは騎士団長のみだ。
アズラたちが悩む中、ライブラはある手段を思いつく。
王宮でしかできない手段を。
「僕が、王位を継承するに相応しいと証明すれば継承権の順位は関係ないですよね」
「ライブラ王子殿下いったい何を?」
「父上と、シュピーゲル王と交渉させてください。父上は王宮での出来事は全て見ているのですよね。なら僕の声も聞こえているはずです」
思いついた手段は王への直談判だ。
王の息子である王子の自分が王宮にいるからこそできる方法。
本当に聞いているか分からない。
相手にされないかもしれない。
それでも、一人で今も戦うセトのために。
なにより死んでいった者のため、ライブラは交渉を開始する。
「我が父、シュピーゲル・アイゼルナ・カラグヴァナ陛下。僕はライブラ・シュピルナ・カラグヴァナ第十六王子。陛下の24人目の子です。若輩の身なれど一つの思いを聞き届けてほしく無礼を承知でお願いを申し上げます」
ライブラは王宮の隅々まで響き渡るほど声を張り上げていく。
王がいるであろう頭上を見上げ、その思いを述べる。
「友を、セト・ルサンチマン・アプフェルを助けるため、謁見の間に至る道を開いてほしいのです! 今も逆族と戦う彼の元に向かう機会を、どうか!」
王宮にライブラの声だけが響き渡る。
時折、上より激しい振動が伝わってくるが、セトとファルシュの戦いの衝撃だろう。
まだ、セトは諦めていない。
なら、自分も諦める訳にはいかない。
「・・・まだ僕は、陛下の顔も声も遠くからしか見たことがありません。そんな僕がいきなり要求を突きつけるのがどれだけ無粋なことか重々承知しています。それでも、僕は彼の元に行かなければなりません。彼は、僕に外の世界を見せてくれる人なんです! ・・・だから」
王は答えない。
ライブラの目に涙が溜まっていく。
これだけ叫んでもまだ、応えてくれない。
「・・・だから、一回だけでも、僕の父上になってよ・・・、助けてよ・・・」
涙が溢れたことで、気持ちも溢れていく。
もう交渉ではなくただの子供の泣き声だ。
くやしい。
こんなことで泣いてしまう自分が。
友の力になれない自分が。
くやしい。だから。
「一回ぐらい僕の声も聞いてよッ! このッバカァーーーーー!!」
「!!?」
「お、王子?」
くやしさが反転して怒りに変わった。
顔が真っ赤になり感情がむき出しになっている。とても王族の姿とは思えないそれは、完全にただの子供だ。
その子供が、王にわがままを聞けと叫んだ。
「ライブラ王子殿下、落ち着いて、ね? まだ交渉は始まったばかりだから」
アズラがすぐにフォローに入ろうとすると、空間全体に突如、赤いコードが浮かび上がった。
それを見た騎士たちが一斉に膝間付く。
そして、低い、とても低い男の声が響き渡った。
「ほぅ、我にこんなじゃじゃ馬のような子がいたとはな。して、何を聞いて欲しいのだ? 友を助けると言ったか、もう死にかけている灰の髪を持つ少年がそうか?」
「ひっく、父上・・・」
自分の声に応えてくれたことにライブラはこれまでにない喜びを感じる。
できれば会って話してみたい。
そう思ってしまう思いを呑み込み要求を告げる。
「ひっく、セトはまだ生きているんですね。父上、僕に、ひっく、上位権限を与えてください。必ず逆族を捉えて見せます」
「フンッ! 自ら逆族を招いておいてか?」
「うっ・・・」
シュピーゲル王がいう通りだ。
ファルシュを王宮に招き入れてしまったのは自分だ。
今、セトが命のやり取りをしているのも自分が原因。
だけど、それが助けてはならない理由にはならないはずだ。
「そうです。僕のミスで逆族が王宮に入り込むのを許してしまいました。だから、僕に奴とファルシュと戦わせてください。セトが戦っているのに僕だけが何もせずいるのはイヤなんです!」
「その友をただの他人を何故信じる? カラグヴァナにとってさしたる影響もない。むしろ、裏切り脅威となる可能性の方が高かろう」
「そんなことはありません! 彼は、セトは僕を助けてくれた。王族と知らずに、王族と知っても助けてくれた。そんな彼の優しさに応えられないでなにが王族だ!」
ライブラの心に再び感情が溢れていく、今度は友をバカにされた怒りだ。
自分の父、シュピーゲル王だとしてもそれは許さない。
「優しさに応えるか・・・。それがお前の考える王の姿なのだな?」
王の姿。
ライブラはまだそこまで考えていないのかもしれない。
でも聞かれたらそうだと答えれる。
優しい人に王に彼はなりたいから。
「はい!」
「・・・いいだろう。存分に友のために戦うといい、最弱のカラグヴァナよ。その弱さが優しさであると証明して見せるのだ」
空間に浮かぶ赤いコードが消え、無秩序だった六角形の台座が一斉に秩序ある配置と軌道に戻っていく。
そして、謁見の間に続く道が構築される。
六角形の台座で作られた螺旋階段。
それをアズラたちは駆け上がる。
(父上、感謝します)
ライブラは心の中で父に感謝していく。
今は伝えられなくてもいつかきっと。
そのために、まずはセトに加勢しファルシュを倒す。
階段を上がりきり、荒れ果てた花畑に飛び出す。
その花畑のど真ん中でファルシュの剣に突き刺されたセトと。
首に突き刺さるダガーを握り締めセトの一撃を食い止めるファルシュが見えた。
アズラは拳を固めて飛び出す。
まだ、終わらせない。




