第八十七話 その者の存在は毒
セトとアズラは距離を取り、癒呪暴走体となったリューベから離れていく。
いくら攻撃しようがすぐに回復してしまうなら反撃は意味を成さない。
その体に埋め込まれた癒呪術式が永遠に回復し続ける。
治す必要のない肉を腐らせ、新たな血肉に無理矢理変えていくほど呪いと大差ない回復を行い続ける。
ならば、何らかの方法で癒呪暴走体の癒呪術式を停止させることができればその体は機能が停止するはずだ。
アズラはすぐさま行動に出る。
循環型となっている癒呪術式があるのは、恐らく心臓か頭。
その二つどちらかを潰せば癒呪暴走体は止まる。
彼を。
リューベを眠らせてあげることができる。
少しの間だったけど。
彼は仲間だった。
共に同じ敵と戦った騎士。
そんな彼が、その敵に利用されているのは彼女には耐えられない。
手を握り締め。
魔装・絶対魔掌が必殺の形へとその姿を取っていく。
拳一つで全てを破壊する魔装。
それが、アズラの魔装・絶対魔掌。
必殺の一撃を拳に乗せる。
「魔装解放!!」
拳に魔力が集まっていく。
アズラの魔力だけでなく、周囲の魔力も巻き込み巨大な力の塊と化していく。
小細工も何もなしの純粋な力の塊。
その強大な力を零さないように握り締め。
機械的に暴れるだけのリューベの前に潜り込む。
そして、全身で振りかぶって、全力でリューベ目掛けて打ちはなった。
強烈な爆音が鳴り響き、リューベの上半身が一撃で消し飛ぶ。
どれだけ回復しようとも治すべき体が消滅しては治したくても治せないだろう。
残った下半身が倒れていき、膝から崩れ落ちていく。
死んでいった者の尊厳を守り、アズラは敵を見る。
その敵は、リューベの上半身が吹き飛んだと同時に動いていた。
「キサマらが何を仕掛けてこようと、ワタシには届かない。届くとすればライブラ! キサマのソレだ!!」
敵は。
ファルシュは自分の弱点を。セトたちの考えを正確に読み取り理解していた。
どの手を打てば、確実に勝利するか。
それを確実に実行できる才能。
そして、そのために手段を選ばない無慈悲な心。
彼は騎士でも、兵士でもなく。兵器として完成していた。
「ッ!」
アズラが反応すると同時に。
魔装・銃剣より赤黒い光が解き放たれた。
直線状にある全てのものを塵に変える破壊の攻撃。
床となっている台座を破壊しながらライブラに迫り。
彼の目にその破壊の権化が見えた瞬間、術式兵器がその直線状に割り込み赤黒い光を受け止めた。
だが、ただの一撃で王国が誇る最高の術式兵器の腕がもげ、装甲が熔解していく。
術式による強化などまるで意味が無く。術式兵器がただのガラクタにされていく。
「反撃の機会など与えるものか。我らの悲願はもうすぐそこまできている!」
ファルシュが魔装に更なる魔力を送り込む。
ガラクタへと変わり果てていく術式兵器を呑み込み、そのすぐ後ろのライブラを殺すために。
「させないッ!!」
アズラがファルシュの後ろから飛び掛かった。
拳を振り下ろし、魔装・絶対魔掌で攻撃を相殺しようとするが、その拳はファルシュが構えた剣に受け止められる。
片手で剣を握りアズラの魔装を受け止めた。
アズラは顔を顰め、すぐに攻撃範囲の外に退避する。
魔装を受け止めるあの剣。
白銀の輝きを放つそれをアズラは見たことがある。
「勘ずくか。それとも知っていたか? そうだともこれも魔装だ。セトは受け流したがキサマはどう出る?」
後ろ向きのままアズラをあしらい、魔装・銃剣の威力を増大させた。
赤い紫電を撒き散らし、抑えきれないエネルギーを吐き出していく。
周囲の魔力が根こそぎ魔装・銃剣に吸い尽くされ足場の維持もままならなくなっていき、王宮全体が悲鳴を上げる。
抗えない破壊に。
アズラは飛び込んだ。
「ハァァァァァッ!!」
拳一つで赤黒い光の放流に分け入り、向こうの破壊を上回る威力を乗せて。
拳の連打を放つ。
ドドドドドドドドッ! と赤黒い光が蹴散らされせき止められる。
それを見たファルシュは喜びとも取れる狂気の笑顔を浮かべ、さらに魔力を加えた。
相手が力尽き赤黒い光に呑まれるまで、ひたすら試したいとその顔が語っている。
アズラは受けて立つとばかりに、赤黒い光を蹴散らし前に踏み出ていく。
彼女の進攻を止めるためファルシュがアズラに釘つけになったその時。
セトがライブラを救い出した。
「ライブラ王子殿下!」
「はい!」
ライブラの手を取り射線上より離れる。
セトとアズラのとっさの判断。事前に打ち合わせなくても二人は通じ合っている。
これぐらいの連携はお手の物だ。
自分の思い通りにならない相手にファルシュは警戒心を跳ね上げていく。
「・・・・・・やはり奴か。奴を潰さねば不確定要素となる。それならば・・・」
セトたちの連携がセトを起点に発生するのなら。
その起点を潰す。
格下であるはずなのに、こちらの思惑を超えた行動を二回も起こしているセト。
ファルシュは最大限の警戒を持ってセトを潰すために動いていく。
剣の魔装を解除し、魔力のリソースをあるモノに充てていく。
まだアレは動くのだ。セトが攻撃をためらう要素を確実に持っているのなら使わない手はない。
魔力が塵となったソレに入り込み、塵同士が集まり集合していく。
徐々に形を取り戻し、ソレは肉片となる。
「術式回路の接続に異常はない。防衛術式も後半分といった所か、・・・!?」
魔装がいきなり捻じ曲げられるように銃身があらぬ方向に向けられる。
ファルシュが意識を戦闘に戻すと、アズラが魔装・銃剣を手で握り締めていた。
あの赤黒い光を正面突破し、力ずくで抑え込んできたのだ。
ファルシュは驚くと同時にアズラを称賛する。
この短期間で魔装を出すだけでなく使いこなすまでになっている。
それは彼にとって十分脅威と成りえる存在だ。
故に、彼女を。
術式使いを確実に殺す手段にファルシュは出た。
魔力の強制因子分離。
この術式がある限りファルシュが術式で敗れることはあり得ない。
音もなく展開されるその術式はアズラの魔力に病原菌のように感染、浸食していく。
アズラの体の内部へと侵入していき、そして魔装すら蝕んでいく。
後は、ファルシュの意志一つで破壊因子に分解され彼女は自身の膨大な魔力に殺されるのだ。
前回と同じ。
他者を支配するのと同じこの感覚。相手の命は自分が握っている。こいつの人生は自分が掌握している。
それがファルシュにとって強さの証明。
自分の力を自覚できる瞬間。
「何度抗おうが無駄な事。術式使いのキサマでは勝てない。魔力を支配されて終わりだと何故理解しない?」
これが魔力の真髄。術式の境地だと見せつけるようにアズラの魔力を分解する指示を飛ばした。
「・・・そうね。確かにあんたの術式を防ぐ方法を私は持っていないわ。だけど、それが私を殺せる訳じゃない!」
魔力を破壊因子に分解されたアズラは、その状態で魔装を振るう。
ファルシュが勝利を確信し。魔装・銃剣をライブラに向け直そうとした時。
アズラの拳が顔面を捉えた。
拳がめり込み骨を砕いていく。
「ッッ!!? ガハッ!!」
ノーバウンドで吹き飛び、六角形の床の端に落ちる。
全身を受け身も取れずに叩き付けられ、折れた歯を吐き、血を垂れ流していく。
(な・・・んだ? 何が起きた?)
明滅する意識を振り起し、痛みに顔を歪めていく。
自分がダメージを負っている?
殺せた相手に?
ファルシュの脳内を疑問が埋め尽くし、同時に殺意が沸々と湧き出てきた。
自身に癒呪術式を掛け折れた骨を瞬時に直す。
よろめく足に力を入れ立ち上がると。好機とばかりに術式兵器たちがファルシュに槍を突き立てた。
ドゴッッ!! と連続で叩き込まれる巨大な槍が床となっている台座に突き刺さる。
「よくやった騎士アズラ! これで止めだ」
「待って! 様子が変よ」
騎士が近づこうとした時、術式兵器たちが一斉に機能を停止した。
術式兵器たちに囲まれたその中心より禍々しいまでの気配が爆発する。
「な、なんだ!」
「セト! ライブラ王子を側に」
「うん! 分かってる」
気配だけが広がり静寂が広がっていく。
そして、突如。セトたちの立つ六角形の床が上昇を開始した。
徐々に速度を上げ王宮の上層、謁見の間に迫る。
「システムは停止しているはず、何が起こっている!?」
騎士が叫ぶのを待っていたように術式兵器たちが再起動し機能を取り戻していく。
その大きな槍を構えて、術式による強化が自動で追加される。
装甲に浮かぶ術式のコードを見せながら、術式兵器はセトたちに槍を向けた。
「バカな・・・! 制御権限を掌握されただと!?」
「権限を奪い返すことは!?」
「今やっている!」
騎士は必死に防衛術式の権限を奪い返そうとするが、その命令は全て弾かれていく。
そうこうしている内に術式兵器にアズラと騎士が囲まれた。
先ほど槍が突き刺さっていた所より、ファルシュがダメージなど感じさせずに姿を現す。
「不確定要素は排除する予定だったが仕方ない」
ファルシュはアズラに殴られた所を擦りながら、体の感覚を確認する。
問題ないことを確認し、アズラを睨む。
「アズラ・アプフェル。キサマ、いつこの術式の構成に気付いた?」
絶対の自信があった術式が破られた理由。
それを破った本人に尋ねる。
「簡単な事だわ。魔力が自分自身を蝕むなら魔力を使い切っていればいいのよ。それであんたの術式はやぶれる」
「ククッ。なるほど。魔力を物質化した魔装のみを残し他は捨てたと。魔力枯渇の危険も顧みずにか」
「魔力枯渇は無理をして魔力を使わない限りならないわ。試したこと無いのかしら?」
そんなことも知らないのかとアズラは挑発していく。
3体の術式兵器とファルシュに包囲されても尚、強気を崩さない。
アズラに続くようにセトも援護に回ろうとライブラと共に移動を開始する。
ファルシュの強さは、アズラと同じ術式によるもの。
それを無力化するのがセトとライブラの役目。
「再設定まで後どのくらい?」
「あと10分もあれば」
「僕も加勢してくる。殿下は動かないで」
「後ろ!!」
ライブラが指をさしセトが勢いよく振り返ると、上半身をギリギリ人の形に保ったリューベが剣を振り上げていた。
すぐさま片手剣で受けるセト。
剣と剣がぶつかり、筋繊維が千切れるほどの力で押されセトの剣がへし曲がる。
「ぐぅぅ!」
「スタンドアップ・コード・P.D.M.S・セットアップ・クレスト・エシュ・エリアコード・A!」
ライブラが術式を唱え、高温の光をリューベにぶつける。
高温にさらされ、肉の油から火を放つ。
リューベの体が発火した。まだ回復しきっていない皮膚が焼け焦げ、筋肉が火に炙られていく。
だが、それでも癒呪暴走体となったリューベは止まらない。
「セト!」
「騎士アズラ来るぞ!」
制御権を奪われた術式兵器がアズラたちに襲い掛かる。
王宮を守る最高の兵器が自分たちを追い詰める最恐の兵器に一瞬にしてなってしまった。
槍の一振りと術式の砲撃をなんとかかわしていく二人。
けれども、確実に追い詰められていく。
「もうすぐだ。もうすぐで・・・」
六角形の床は尚も上昇を続け、頭上に広がる光が大きくなっていく。
王宮内の防衛術式の外、王のいる場所に続く道。
ファルシュの殺すべき相手がもうすぐそこにいる。
彼の立つ六角形の床から台座が分離し頭上の光に向かって上昇していく。
その光景を王を守る兜の騎士団である騎士は止めることができない。
術式兵器の猛攻を避けるので手一杯だ。
「オォォォォッ!!」
アズラが魔装・絶対魔掌を術式兵器の胴体に叩き付けた。
術式で硬質化した装甲が砕け、本体ごとぶち抜いていく。
術式兵器が煙を出しながら倒れ、アズラは包囲を抜け一気にファルシュに接近する。
しかし、ファルシュはもう遅いと嘲笑いながら光の中へと消え、六角形の台座が道を塞ぐ。
拳を叩き付けるも空を飛べないアズラはそのまま下に落ちていく。
ライブラのすぐ横に着地し上を睨む。
「騎士アズラ、時間を稼いでください。僕に考えがあります」
「どうされるのですか?」
「僕の防衛術式への使用権限と騎士の用いている制御権限を連結して用いれば奴から、ファルシュから権限を取り戻せるはずです」
ライブラの提案を受け、アズラはリューベを押さえているセトと術式兵器に追い詰められている騎士を交互に見た。
そして。
「セトもう少しだけ頑張って!」
「平気! それより早く奴を」
「ええ!」
術式兵器の後ろから強襲を掛ける。
自動迎撃術式攻撃がアズラに反応し魔力の弾をばら撒いていくが、アズラはそれを弾き飛ばす。
術式兵器が振り返るより速く拳を叩き込みその胴体に風穴を開けた。
「すまない。話は聞いていたすぐに実行する」
残り一体の術式兵器を引き受け、騎士はライブラと共に王宮の防衛術式に用いる特殊なコードを展開していく。
ライブラの頭上に赤い文字が浮かび、それを騎士が変更していく。
すると、ぎこちない動きではあるが、六角形の台座が道を開きそこに続く階段を構築した。
「今です騎士アズラ!」
「任せて、ッ!!?」
そうはさせないと、アズラたちのいた床が崩れ落ちる。
アズラとライブラ、騎士が術式兵器と共に下へと落下していくが、アズラは叫ぶ。
「セトお願いッ!!」
「うん!!」
リューベを弾き飛ばし、階段を一気に駆け上がる。
頭上に広がっていた光の中に入ると。
「ここ・・・は?」
光から出た瞬間。静寂に包まれた花畑が広がる空間にセトは飛び出ていた。
花畑の真ん中に六角形の台座と同じ材質で出来た銀色の道が引かれ。
その先に奴を。
ファルシュを見つけた。




