第八十六話 癒呪暴走体
その存在は、今から900年前の第二次ツァラトゥストラ宗教戦争時にまで遡る。
術式を用いた生体兵器。または死者の蘇生を試みた結果であるなど。
当時から様々な憶測が出ているが誕生した経緯がどうであれ、それは確かに存在していた。
人の死体を媒体に、循環型術式による癒呪術式の半永久発動での無限回復能力の付与。
それに伴う運動機能の維持を確立し、自己判断能力を脳と術式の補助で構築する。
つまり、この世に生ける屍を誕生させたのだ。
肉体の維持のために血肉を食らい。
脳が完全に破壊されるまで動き続ける生ける屍。
一度死んだことが原因なのか、まともな制御もできない暴走するそれは。
人から生まれた魔獣とも言える存在。
癒呪暴走体。
かつて見知っていた人物がそのままの姿で襲い来る恐怖。
その姿に畏怖の意味も込めて人はアンデットと呼んでいる。
「!? リューベさん!」
「セト惑わされないで! あれは術式で死者を動かしているだけよ」
「動かす? そんな幼稚なモノではない」
ファルシュがアズラを否定した直後、リューベの無くなった腕の断面が盛り上がり、新しい生々しさのある腕が生えてくる。
棺の中にある剣を取り、生前と同じように構え。
そして、騎士に襲い掛かる。
「癒呪暴走体か! 逆族が禁忌すらも!!」
「キサマたちは制御すらまともに出来ない。だが、ワタシには容易いことだ」
ファルシュの見下すようなセリフが終わるや否や、癒呪暴走体と化したリューベの剣が騎士に直撃した。
騎士が剣で受け流し、退けようとするも体の負荷を無視する相手には腕力ではどうしようもできない。
あれだけの腕力を持つ騎士がその力比べで後れを取る。
騎士の兜のしたの表情に力みが入っていく。
「ぐぅうッ! クリンゲ・十五式、一号から三号、敵を排除せよ!!」
騎士から命令が出された瞬間、術式兵器たちが一斉に攻撃体勢に入る。
その大きな槍を癒呪暴走体に向け、術式による強化が自動で施されていく。
黄色輝いていくそれは三導系の一つ、光の術式。
対象の強化や変質を司る術式だ。
魔装も広義で言えば光の術式の一つ。
その術式を全て強化に割り振る。
槍を中心に光の渦が回転していき、貫通力を爆発的に高めていき。
過剰威力とも言えるそれをリューベに向けて本体ごと突っ込んでいった。
槍に貫かれ、術式兵器に吹き飛ばされてリューベの体はバラバラに吹き飛んでしまう。
生身の人間が一撃で吹き飛ぶ威力。
術式兵器の戦闘能力は上位騎士以上だ。
「アッ、アズ姉!!」
「セト伏せて! あいつ、私たちがいるのに。ライブラ王子殿下無事ですか!」
「・・・僕のせいだ」
「王子!!」
術式兵器の攻撃に巻き込まれそうになりながらセトたちは必死に攻撃を回避していた。
大きな六角形の台座の上で術式兵器がひしめき合い。ファルシュと殺し合いを繰り広げる。
そんな中、ライブラは兄のキャンサーの亡骸を抱えたままうずくまっていた。
彼の心は絶望に落ちている。目の前に横たわる亡骸がその象徴。
信じていた者に裏切られた。
大切な人を奪われた。
それは誰の所為?
自分だ。
「僕のせいだ・・・。僕の・・・」
目から大粒の涙を流し、もう元に戻らない現実に絶望していた。
兄を殺されただけじゃない。
自分のミスで王宮が陥落しようとしている。
たった一人の敵に王国が負けるかもしれない。
その引き金を自分が引いてしまったのだ。
ライブラの心はその屈辱と、兄を助けられなかった無力感に押しつぶされていく。
もう笑いも怒ってもくれない兄だったものを抱きしめライブラは心を暗闇に沈めていく。
周りで起こっていることも、これからどうなるかなども、もう考えたくなかった。
目も。
口も。
耳も閉ざそうとしたその時。
「ライブラ!!」
襟を掴まれその小さい体が持ち上げられる。
ライブラの目の前に、激怒するアズラの顔が映った。
彼女は怒っていた。目の前で絶望している奴がいることに。
兄が殺されたことを自分のせいだと思っている奴に。
もう生きることを諦めている奴がいることに。
彼女は腹が煮えくり返る程の怒りをライブラに見せた。
「あんた兄さんを殺されて悔しくないの!? さっきからぼくのせい、ぼくのせいって。違うでしょ! 自分を責めてどうするの。それじゃ何も前に進まないわ!」
「でも、僕のせいなんだ。ぼくのせいで兄上が・・・。王宮も滅茶苦茶に」
「あんたのせいじゃない!!」
「でも! でも!!」
兄を殺された自分が許せないライブラは、自身を責めることを止めない。
許されるよりも糾弾された方が納得できると自分を傷つけていく。
そんなライブラを手から離し、アズラを腕を広げた。
ライブラは身を縮めて、顔をギュッと守るように丸くなった。
殴られる。
こんな情けない王族は糾弾されるべきなんだと、彼の中で負の感情が渦巻く。
だけど、ライブラの顔を覆った感触はフンワリと優しく温かいものだった。
彼の顔を。
アズラはギュッと抱きしめる。
弟を抱きしめるように。
妹を抱きしめるように。
優しく。ライブラの顔を胸に抱く。
「大丈夫だからね・・・。私が助けるから。こんな所から連れ出してあげるから。だから、自分を責めないで・・・ね」
「でも・・・、僕は・・・、う、うぅ、あ、あぁぁぁッ!」
泣き声を上げてアズラに抱き着く。
まるで母親にあやされるように。その心に溜まった悔しさを吐き出していく。
アズラは泣き叫ぶライブラをただ優しく抱きしめていた。
そんな彼女たちの所に空気も読まずに戦闘の余波が飛んでくる。
「アズ姉!!」
セトが叫ぶ。
ファルシュに吹き飛ばされた術式兵器がアズラ目掛けて落ちてきた。
それをアズラは鋭く睨み、魔力を全開で解放する。
もう破壊因子に蝕まれる前の状態まで回復した体を存分に動かす。
吹き荒れる魔力の嵐をモロに受けた術式兵器は宙を舞い、大きな六角形の台座より落ちていく。
その膨大な魔力は争いの中心に絶対不可侵の領域を生み出す。
「セト、ライブラ王子殿下」
アズラが二人に呼びかける。
決意を宿した目で二人を見る。
「これから、あの鉄仮面、ううん。ファルシュと戦うわ。きっとこれまでにない激しい戦いになる。私だけじゃ勝てない。だから二人の力を貸して欲しいの」
「うん! もちろんだよ。僕はアズ姉を助けるって決めたんだ。もうアズ姉一人だけに背負わせないよ。僕がアズ姉の分も背負ってあげるから!」
「フフ、ありがとうセト。ライブラ王子殿下、私たちは戦います。殿下はどうしますか?」
「ひっく、・・・僕は」
涙を流し、目頭が赤くなったその目でライブラは決意する。
「僕も戦います。ひっく、一人の王族として、ライブラ・シュピルナ・カラグヴァナ第十六王子として、ひっく、王国の敵と戦います!」
「ええ!」
泣きすぎたせいでしゃっくりをしつつも決意を固めたライブラ。
彼のその決意をセトとアズラはしっかりと受け取った。
「どこの誰の陰謀に巻き込まれたとか、そんなことはどうでもいいわ。私たちは私たちの帰るべき場所に戻るだけ。そうよね?」
「へへ、僕たちって意外といろんなことに巻き込まれてるよね」
「そうね。でも、こんな所で立ち止まってられない」
「はい。お前たちと僕と。こんな所で終われない身です。だからアイツを」
三人の思いは一つ。
ここまでコケにされて何もしないは無しだ。
だから。
「「「ぶっ倒す!!」」」
セトたちが並び立つ。
ただ巻き込まれたで終わらせない。
自分の道は自分で切り開く。
そのために、目の前の敵をぶっ倒すのだ。
「ライブラ王子殿下は対術式防壁の再設定をお願いします。アイツがわざわざ停止させたのは対術式防壁を突破できないと言っているようなものだわ」
「分かりました。僕に任せてください」
「セトは私に合わせて!」
「うん! 了解だよアズ姉」
ライブラを背に二人はファルシュに向かっていく。
ファルシュは術式兵器と騎士の連携を崩すのに手間取っているようだ。
なら、そこにセトたちが加われば戦闘はかなり優位になる。
「クハハッ! 手強い。カラグヴァナの術式兵器がこれ程とは。1000年の間に技術は風化したと思っていたがこれは誤りだな」
苦戦している状況を楽しむかのように攻撃をしていく彼は、まさに戦闘狂と呼ぶに相応しい。
術式兵器が繰り出す槍の突撃を紙一重でかわし、術式の砲撃を魔力掌握で相殺していく。
4体の術式兵器を相手に引けを取らない戦闘力。
それを認識した騎士は攻撃レベルを引き上げようとする。
「部隊の到着が何故これ程遅れる!? 逆族に制御権限を奪われたというのか・・・。このままにはしておけぬッ!! 全機、殲滅攻撃態勢に移行!!」
鎧に魔力を通していき。
王宮への損害を無視した攻撃を術式兵器に許可する術式コードを送る。
ここでなんとしても食い止める。
そのための手段を躊躇なく選択する。
だが、そこに戦局を左右する人物が割り込んだ。
「兜の騎士団の者! その命令は必要ないわ!」
「お前は、騎士アズラ」
アズラが戦闘に乱入する。
セトやライブラを巻き込んでしまう攻撃を中止させ、代わりに自分が拳を振るう。
「今のお前は謁見者だ。つまり王国の客人。手をわず割らせるつもりはない」
「私が自分の意志で戦うの。それに、こいつには個人的なお礼をしなくちゃいけないから」
そう言って、アズラは拳に魔力を凝縮していく。
手を覆い隠す魔力の手甲。
一度は敗れたアズラの魔装、だが今度は違う。
モノが違う。
以前のただ魔力を物質化しただけのモノではなく、より破壊力を打撃力を。
拳一つで全てを倒せる力を魔装に込めていく。
白銀の手甲に赤い輪が腕輪のように浮かび上がり。
より鮮麗された魔装は唯一無二の能力を手に入れる。
一度敗れたから分かる魔装の意味。
その真理。
魔装・絶対魔掌
それをアズラは手に入れた。
「アズラ・アプフェル、キサマではワタシに勝てないと分かっているはずだが・・・。いいだろう。キサマの魔装、ワタシの魔装で塵芥へと変えてやる」
アズラの魔装を見たファルシュが同じように魔力を凝縮していく。
その手に魔装・銃剣が空間から浮かび出るように構築され、破壊の嵐を吐き出す準備が整う。
二つの魔装が睨み合う。
空気がピリピリと緊張に包まれていき、一瞬のミスが死に繋がる世界に変貌していく。
そんな世界にセトは割り込む。
アズラと同じように、彼女の横に立つ。
もう守られるだけじゃない。共に戦う者として姉の見る世界に来たのだから。
「ククッ。セトと言ったな。キサマも力量の差が分からないか。いや、たとえそうだとしてもキサマは特別に相手をしてやる。ワタシの躯体に傷を付けた礼だ。後悔しながら死ね」
「・・・やっぱりあの鉄仮面はあなたが操っていたのか」
「正確には死体に術式による強化とワタシの人格を移植したのがアレだ。よく出来ていただろう? 死体一つで上位騎士を上回る。アレが大量に並び立つ光景見てみたいと思わないか? ワタシに準ずる兵士たちが王国を蹂躙するさまを見てみたいと!!」
ファルシュはセトたちに突きつける。
アレは量産できるようになると。
確立した死体の強化方法と優れた人格の移植で最高の兵士を生み出せる。
確かにあの鉄仮面が大量に攻めて来たらいくら王国でもただでは済まない。
だけどそれは、造れる人物がいればの話だ。
今、その人物は目の前にいる。
「御託はいいわ。決着を付けましょう」
「それはワタシも望むところ。だが、キサマたちはワタシの癒呪暴走体を甘く見ている」
突如、セトとアズラの二人の間に剣が振り下ろされる。
それは、頭上から迫ってきたリューベの放った一撃。
バラバラになった体は完全に傷一つない元の状態に戻っており、その名の通り暴走する回復力を見せつけていく。
「癒呪暴走体は、調整一つで攻撃にも回復にも特化する。存分に味わえ術式の境地を」




