第八十五話 いつか叶えるために
王のいる場所。
国家の中枢。
それが王宮べヘアシャー。
王国の持てる最強戦力が集結し、さらに最高の技術がふんだんに注がれ難攻不落の城として君臨している。
王宮に一歩入った瞬間、セトたちが今まで見た城とは概念が異なる空間が広がっていた。
薄暗い空間のあちこちに術式のコードが浮かびでて淡く光っている。
術式のコードは文字としての意味もあるのだが専門の知識がないとなんと書かれているか理解できない。
それが余計に神秘的な雰囲気を創り出していた。
魔晶石を加工した最高品質の素材が壁や床に使用され王宮そのものを術式の媒体としている。
つまり、王宮内に魔力がある限り半永久的に作動し続ける一種の防衛兵器。
術式を扱うアズラには、ここがどれだけ強大な力で守られているのかが分かる。
セトも意味は理解できなくともその異質さに息をのんでいた。
それだけではない。床が筒抜けになっており夜の上層部の街並みが足元に広がっている。
冷たい空気が入ってこないのは、これも術式の効果だ。
広い王宮内に外にも配置されていた術式兵器が置かれていた。
こちらは接近戦用に作られたタイプで腕に大きな槍が取り付けられている
外の石像のような不格好ではなく、騎士のような外装が装備され威厳のようなものを放っている。
その術式兵器たちは王のいる区画に続く通路を守るようにセトたちを見ていた。
「歓迎されてるのかな・・・?」
セトは少し不安になってきた。
良い報告を持ってきたはずなのに出迎えているのは完全武装の騎士と術式兵器だ。
ここはいつも厳戒態勢なのだろうかと思えてくる。
「歓迎はされているさ。警戒もされているけどね」
キャンサー王子が軽く答える。
いつものことだと。
「謁見の間ではタウラス第一王子が俺たちの報告を聞くはずだ。父上は今日も出てこないだろうな」
「カラグヴァナ王はあまり外に出ないのですか?」
「俺の父、シュピーゲル・アイゼルナ・カラグヴァナは、歴代のカラグヴァナ王の中で最も信じない男だと言われている」
「信じない?」
「ああ、信じない。全てを疑っているんだ。国も、民も、騎士も、俺たちも。・・・自分すらもな」
カラグヴァナ王国、現国王のシュピーゲル・アイゼルナ・カラグヴァナは規律を重んじる王だ。
亜人は奴隷。民は永遠に民。騎士は国に忠誠を誓うのが当たり前。
国を形作るルールと言えるものを全てにおいて優先する。
何故か?
それが最も信じられるものだからだ。
不変。決して変わらない絶対の真理。
カラグヴァナ王国がカラグヴァナであるための礎。
それ以外は信じない、信じられない男。
それが、シュピーゲル王。
「外に顔を出すのは、臣民への演説と元老院との会談ぐらいか。最近は会談もタウラス第一王子に任せていると聞いている」
「なんか、気難しい父上ですね」
「ハハ、俺と親子だと認識してくれているか怪しいけどな」
笑って話を誤魔化したキャンサーは少し寂しい顔をしていた。
父と母と一緒に暮らすという普通の家族をキャンサーは知らない。もちろん、ライブラも。
彼らは、王座に座る父を遥か下から見上げることでしか見ることができない。
生まれてから一度も声を掛けてもらったことも、こちらから話しかけれたこともない。
親子とは程遠い関係だ。
しばらく沈黙が続き、騎士に案内されながら謁見の間へと進んでいく
すると、謁見の間に続く階段を術式で浮遊する床が瞬く間に構築しセトたちを迎えた。
真っすぐ続いていた広間に、突然階段が出現する。
それは、宙に浮かんでいた銀色に輝く六角形の台座がいくつも重なり足場を構築していた。
王宮内で上に行くにはこの道しかないようだ。
騎士は見慣れた物を見たといった感じに階段を昇っていく。
セトたちもそれに続いていった。
階段を上り切ると、大きな六角形の台座の上にたどり着く。これも階段を構築していた銀色に輝く六角形の台座の集合した物のようだ。
その周りを六角形の台座がクルクルと一定間隔で回転している。
王宮というよりは不思議空間な雰囲気だ。
「これより、タウラス第一王子殿下をお呼びする。殿下に伝えることはあるか?」
「ライブラほら」
「はい兄上」
キャンサーに促され、ライブラが声を出す。
「ライブラ・シュピルナ・カラグヴァナ第十六王子が、王位継承者斬殺事件の犯人を討ち、その報告に来たと伝えて下さい」
「了承した。ここで待つように」
ライブラから報告を聞いた騎士はそのまま六角形の台座に乗って上がっていってしまった。
騎士が戻るまで、ここでしばらく時間を潰すことになる。
「ここの騎士たち、王族でもペコペコしないのね?」
「彼らは兜の騎士団だからね。王位継承権10位に入っていないと護衛対象とすら認識してくれないよ」
「王族なのに守ってくれないんですか!」
セトはびっくりだ。
騎士なら王族は絶対に助けるものだと思っていたから。だけど、兜の騎士団は護衛する対象を選別しているのだ。
カラグヴァナ王国はあらゆるものを明確に区別している。
王族の優劣も完璧にだ。
「悔しいけれど、僕たちはそうやって区別されてきたんです。だから、少しでも順位を上げてみんなに認めてもらわないといけない」
「正直に言うと今回の件も、順位のために協力したんだ。もちろん、弟を助けてくれたことには感謝しているし、礼もそれなりの物を渡そうと思う。だけど、手柄は俺たち兄弟のために使わせてほしい」
キャンサーはそういってセトたちを見た。
彼なりに、敵を討ったという手柄を勝手に貰うのを許してくれと言っている。
それを聞いたセトたちは。
「私は、負けてしまった身だから勝ったセトが決めて」
「僕? うーん。 僕は別にそんなこと気にしてないんだけど・・・。あ、そうだ!」
セトはいいことを思いついた。
手柄を使っていい代わりに一つの約束を思いつく。
「キャンサー王子殿下、ライブラ王子殿下」
二人を真っすぐ見て、セトからのお願い、そして、約束して欲しいことを告げる。
「この手柄で王様になれたら、亜人たちを奴隷から解放してあげてください」
今、セトがカラグヴァナ王国の王族にお願いしたいこと。
そして、二人に約束して欲しいことだ。
差別なんてない優しい国。それは実現できるとセトは思っている。
どれだけ長い年月が掛かっても必ず。
「それは・・・、また・・・。フフ、セト、お前は面白いヤツだな。いいだろう。俺が王になったあかつきには王国より奴隷制度を撤廃しよう。友との約束だ。必ずやってみせるさ」
キャンサーは思わず面食らって言葉に詰まったが、セトの真っすぐな瞳を見て決意した。
セトと約束を結ぶ。
奴隷制度を無くすと。
王国の歴史に残る大改革を約束させるとはセトは案外大物になるのかもしれない。
「ぼ、僕も約束します。亜人たち全員にエリウやルフタみたいな自由を与えて見せます」
「二人共ありがとうございます!」
王族といってもただの子供の約束。
でも、大人になれば一国の王となり、果たされるかもしれない約束。
キャンサーとライブラの二人には辛い道のりかもしれないが、嫌な道ではない。
友と仲間と一緒に見た道なのだから。
セトたちの会話が丁度終わるころに騎士が戻って来た。
六角形の台座が配置を変え、新たに上に昇る階段へと姿を変える。
「タウラス第一王子殿下とお会いになる前に、逆族の死体を確認させてもらう」
「分かった。ファルシュ」
ファルシュが抱えていた棺を下におろした。
棺は術式で外からの干渉を受けないように厳重に塞がれている。
「開封する。万が一に備えて後ろに」
ガコンッと棺が開けられ、騎士が中を確認する。
中には確かに、胸を貫かれて息絶えた鉄仮面が入っていた。
仮面が外され、その素顔が晒されている。
その顔を見た騎士が僅かに、ほんの僅かに気配を変えた。
「これが打ち取った逆族で間違いないな?」
「はい。間違いありません」
「・・・対術式防壁で保護された状態での確認はされたか?」
「?? いえ、宮廷に死体を持ち込むなど」
「自身で確認した方が早いか」
騎士が皆に棺の中を見るように促してきた。
セトたちが棺を覗き込むと。
そこには、紫と黒の闇のような鎧を身に纏った。
リューベが納められていた。
「なんで!?」
「騎士リューベは鎧の騎士団が手厚く弔うはずだ。何故ここにそのリューベがいる!?」
セトたちが混乱する中、騎士が剣を抜き、術式兵器が周りを取り囲んでいく。
階段がバラバラになってなくなり、完全に包囲されていく。
「待て! 何かの手違いだ。それに騎士リューベが身に着けているのは逆族が身に着けていた物。死体がどこかに」
「その死体を隠し、棺の中身を入れ替えれたのは王子たちとその協力者。後は・・・」
騎士が凄まじい気迫で一人の男を睨む。
王子たちの周りに常に待機し、遺体の入った棺に自由に手を出せた人物。
そうファルシュ・ニヒリズム・モーンを。
「お前だッ!」
剣撃が音速を超える速度で迫り、ファルシュの腕と足の関節を一瞬にして破壊する。
剣先で斬るのではなく殴る。圧倒的速度で放たれた突きは周囲の空気を弾丸と化し相手の肉体を破壊する武器とできる。
単純な腕力で生まれる破壊の現象だ。
剣を構えることすらできなかったファルシュは崩れ落ちる。
「ま、待て! 待ってくれ! 誤解だ。ファルシュが王国に逆らって何に、グッ・・・、な・・・!!?」
胸に痛みが走る。
何かをくり抜かれた感覚。
キャンサーがとっさに胸に手をやってみると、その手は赤く染まった。
ファルシュを庇ったキャンサーの胸に穴が空いていた。
ぽっかりと向こう側が見えるほどに。
「ライブラ・・・、逃げ・・・」
最後の言葉を言い終える前にキャンサーは床に倒れる。
血が床に広がり、確実に致死量となるほど大量に広がっていく。
あっさりと。
誰に殺されたかも分からないまま。
その光景を見ていたライブラは絶望を叫ぶ。
もう動かない兄に駆け寄り、抱きかかえ叫ぶ。
「兄上! 兄上ッ!! 兄、う、え・・・」
キャンサーの目にもう光はなく、もう呼びかけに答えることもない。
ライブラは騎士を睨み、そして怒りをぶつけた。
「なんで! なんで兄上を!!」
兄を殺した相手に幼い子供が出したとは思えないほどの怒りを放つ。
突き刺すほどの怒りを向けられた騎士は、ライブラに対し。
「何をしている!! そこから離れろ!!」
「ライブラ王子!!」
騎士の、そして、セトたちの必死の形相と呼びかけで怒りから我に返る。
何が。
何が起きている? とライブラは辺りを見回す。
術式兵器がこちらに槍を向け、王宮とリンクした術式を展開している。
術式の使えない王宮内で一方的に術式を使用できるシステムを振りかざしている。
自分に?
いや違う。術式兵器が脅威と判断するほどの存在が自分の近くにいる。
どこに? 後ろを振り返ると、優しく微笑んだファルシュがいた。
「ライブラ王子。まだ間に合う。対術式防壁の使用権限は残ってるな? 術式を使用可能にすれば癒呪術式で治せる。防壁の解除を」
「兄上は助かるの?」
「必ず」
ファルシュが優しく語り掛ける。
兄を助けれると。
「させんぞ!!」
騎士の一閃が飛ぶ。空気を切り裂き、真空波が生まれファルシュ目掛けて突き進む。
攻撃に連動して術式兵器たちが次々と術式の砲撃を撃ち込んでいく。
その砲撃をファルシュは触れるだけで光の塵に分解し、騎士の一閃を剣で打ち消す。
「ワタシが守る。いつも。これからもだ。ライブラ王子」
「・・・・・・ファルシュ、兄上を助けてッ!」
ライブラの真上に赤い術式のコードが浮かび上がる。
もう動かないキャンサーを抱きかかえたまま対術式防壁の使用権限を発動させた。
王宮内の対術式防壁の無効化。
一時的ではあるが、確実に術式が使用できる時間が王宮内で生まれた。
・・・・・・・・・彼はこの時を待っていた。
「・・・クク、クハハ!」
邪悪な、悪意に満ちたその笑いが正体を現す。
全てはこのために。
この一手のために。
何年もどうでもいい護衛をこなし。
隙を作るため王族を暗殺し。
倒すべき敵も用意した。
そう全てはこの時のために。
「・・・ファルシュ?」
「感謝するぞライブラ王子。キサマのおかげでワタシは悲願を達成できる。長年、夢に見たあの瞬間を! カラグヴァナ王の抹殺をッ!!」
ズゥゥゥンッと王宮を守り続けていた術式が停止した。
全てのシステムが一時的に止まる。
王宮を支える防衛兵器がその力を奪われていく。
術式兵器たちが機能を停止し、足場となっている六角形の台座も動きを止める。
「何だと!? 下位権限にここまでの機能は! 制御権限の起動! 防衛術式の再起、ぐはっ!?」
「クハハハッハハハハハッ! させる訳がないだろう? 雑兵は消えろ」
「その口癖!?」
セトは気付いた。
ファルシュが何者なのかを。
だが、それはもう遅すぎる。
「オォォオッ!! 最強の兜の騎士団に盾突くとは愚か!!」
剣の一振りでファルシュを弾き飛ばし、一気に体勢を立て直す。
騎士は魔力を練り上げ、鎧に通していく。
すると、鎧から術式のコードが浮かび上がり、機能を停止していた術式兵器たちが再起動を開始した。
魔力の流れが正常化しその防衛機能を取り戻していく。
「さすがに一筋縄では無理か。なら、こちらも援軍が必要だ」
ファルシュが片手を振り上げると、棺の蓋が吹き飛び中から呻き声が聞こえてくる。
ゆっくりと足が外に出てきて、死んだはずのリューベが立ち上がった。
しっかりと自分の足で立ち、無くなった腕を見せながら生気のない目を開く。
その姿はまさに、生ける屍。




