第八十四話 王宮べヘアシャー
宿にセトたちが戻って来た。
全員がボロボロでなんとかここまで戻って来たのが一目で分かる。
もう自分より傷つき弱っているみんなを玄関で出迎えたアズラはホッとした表情を浮かべた。
「お帰りなさい」
「うん」
アズラが優しくセトを抱きしめるとセトが涙を流した。
いつもの光景。いつも一緒にいた大事な人。
いつもの日常だ。
あんな殺し合いから戻って来てアズラに抱きしめられた瞬間、セトの気持ちが溢れた。
その涙も一緒に優しく包んでいく。
セトが何も言わなくても、戻って来たみんなを見れば分かる。
どんな戦いがあったのか。
結末を迎えたのかも。
「みんな、ゆっくり休んで」
セトたちに休むように告げるが、みんなその場に座り込みもう一歩も動けないといった感じだ。
リーリエたちが慌ただしく動き回り介抱して少しでも体力を回復させていく。
みんながぐったりとしている中、ルフタがアズラに今回の顛末を報告する。
「そう、アイツは倒せたのね」
「うむ。だが犠牲が大きすぎた。セトとエリウには辛い現実である」
宿に戻ってこなかった者たち。
アズラが生きてきた中で、これだけ大勢死んだのは初めてかもしれない。
セトやエリウにとっても。
「ライブラ王子殿下は?」
「兄上に報告をしに宮廷に向かったのである」
「じゃあ、後は連絡を待つだけね。王都支部に避難しているみんなに伝えなきゃ、もう大丈夫だって」
「そうであるな」
ようやく、自分が巻き込んでしまった戦いが終わった。
本当なら、アズラ自身がケリをつけてみんなに大丈夫だと言いたかったのだが。
それは、みんなを信じていないということ。
今回は、たとえ無茶だとしてもみんなを信じることにしたのだ。
その結果もしっかりと受け止めて、アズラは前に進む。
そんな彼女の心情を察したのかルフタは気遣いの言葉を掛けた。
「今回の結末、犠牲になった者たち。決してお前さんの所為ではないからな。吾輩たち全員で選んだ道なのだ。だから、一人で悩むんじゃないぞ」
「・・・ありがとう、ルフタ。いつもごめんなさい。迷惑ばっかり掛けて」
「いいのである」
アズラはいつも素直に言葉を受け取り、そして、謝る。
それはちゃんと自分のしたことが分かっていることでもあるが、すぐに正しい次の自分に繋がる訳ではない。
ルフタもアズラやセトたち皆が正しい自分にいきなり成るだなんて思っていない。
自分もまだ目指すべき姿に繋がってすらいないのだから。
今日はもう休もうとまだアズラの胸に甘えているセトをひっぺ剥す。
「ほら、セト。お前さんもいつまでもウジウジとするな」
「うぅ・・」
「セト、本当にありがとう。私、セトのおかげで助かったから。もう体も大丈夫だからね」
「・・・うん」
涙をゴシゴシと拭き、アズラが心配しなくてもいいようにと振る舞う。
しっかりと自分の足で歩きセトは部屋へと戻っていった。
エリウたちも戻っていく。今日はもう日も落ちているから速く休んだ方がいいだろう。
「では吾輩も休ませてもらう。アズラもまだ完全に完治しておらんのだ無理はするな」
「ええ、気を付けるわ」
アズラも自分の部屋に戻っていく。少し予定と違うが王室の勅命は果たすことができた。
これから忙しくなるだろう。
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宮廷に戻ったライブラは早速、兄キャンサーに報告していた。
鉄仮面との死闘。
最後に打ち勝ったセトたちの活躍。
まさに惑うこと無き騎士の戦いぶりだったと興奮気味に話すライブラ。
先ほどまでその死闘の只中にいたとは思えない明るさだ。
「そうかライブラよくやったな。ファルシュもご苦労だった。横やりを入れられる前に王室に報告する。奴の死体は?」
「確保している」
「よし! これで王位継承権も大幅に上がるはずだ。ライブラ、お前も上に行けるぞ」
「はい兄上!」
ライブラの作戦は上手くいったようだ。ファルシュも付けていたので負けるはずは無かったとキャンサーは思いたいが、報告を聞く限りかなり危なかったのだろう。
まずは弟の無事に感謝し、自分の思惑も上手く進んだことに納得していく。
彼がわざわざライブラの作戦に乗ったのは、全て王位継承権の順位上昇のためだ。
現在、王位継承権第16位のキャンサーは今回の手柄で大幅に順位が上昇する。
10位圏内も見えてくる。
そうなれば、第六王子の派閥から独立し自分の派閥を持つこともできるだろう。
ライブラも彼の右腕として十分な順位を手に入れるはずだ。
自分の手駒を失わずにこれだけの利益。
大成功といっていいだろう。
「明日にでも王宮で順位上昇を勝ち取るぞ。お前たちは今の内に休んでおけ。・・・ストーリーはそうだなぁ、ファルシュが止めを刺したことにした方がいいな」
キャンサーは、どう報告するか早速考え始めたようだ。
確実に自分たちの手柄にするために、他の王位継承者がつけ入る隙のないストーリーをでっち上げていく。
そんな兄の独り言を聞いていたライブラは、なんだか無性に腹が立ってきた。
鉄仮面を倒すために犠牲になった者たちを侮辱された気分になったのだ。
自分の手柄のために実際に戦った者たちを否定していく行為。
いつも見て聞いていた光景なのに。
今回はそれが嫌だ。
「兄上」
「ん? どうした早く休め」
「そのまま報告してもらえませんか」
「そのままというと、お前の報告のまま伝えろということか」
コクリと頷きその気持ちを表す。
ライブラは共に戦ったみんなを称えたいのだ。自分たちの利益とか、そんなことの前に。
戦ってくれたみんなのために、それが残る証を立ててやりたいと。
「ライブラ、それは騎士たちも喜ぶと思うけどね。それだと命を懸けた騎士が他の王族に利用されるかもしれない。内容は変わるかもしれないが、参加していたことを無かったことにはしないさ」
「でも・・・」
「・・・分かった。可能な限りそのまま伝えよう。だが、セトが止めを刺したはダメだ。俺たちではなく彼の手柄になる。彼には俺たちから直接お礼を言えばいい、それで納得してくれる」
キャンサーは王位継承権の順位を優先する。彼らの命を懸けた戦いを軽視はしないが今重要なのはやはり順位だ。
「セトは喜ぶでしょうか?」
「もちろん。そうだ!」
キャンサーが何か思いついたようだ。
ライブラも納得する彼らへの褒美。
「ライブラ、セトをお前の騎士に任命したらどうだ? 上位騎士の弟なのだから素質はあるはずだ」
「確かにそれなら・・・」
セトも大いに喜ぶ。
ただの少年が騎士の。
それも親衛隊に任命されるのだ。
丁度、彼の姉アズラと同じ身分。分かりやすい報酬だろう。
「そういえば、自分の騎士を任命するのは初めてだったな。決め台詞を考えておけよ?」
「そ、そんなのなくても大丈夫です」
ちょっと小バカにされた感じで、ライブラがムッとしてしまった。
キャンサーは謝りながら頭を撫でてやる。
頭を撫でられながらムーと膨れているが、実はこの顔、メイドさんたちに大人気だ。
小柄で小さい男の子のぷくっと膨れた顔。女の人にはたまらないのだろうと、キャンサーは思う。
自分の小さい頃もそうだったかな?
と思っていると。
ずっと黙っていたファルシュがある提案をした。
「王子。ほとんど内容をいじらないのなら、今から王宮に向かった方がいいとワタシは思うが」
「まぁ、早いことに越したことはないが、お前は大丈夫なのか? 負傷したと聞いているが」
「問題ない」
ファルシュはあの戦いで負った傷は全て治ったかのように答える。
流石に術式使いでもないファルシュがいきなり傷を治せるはずがないのでやせ我慢だと思うが。
彼が、こちらの都合を優先してくれるのはありがたい。
「そうだな。今から王宮に向かうか。ライブラ、お前も来るんだ」
「僕もですか?」
「今回の手柄はお前のおかげだ。後は、騎士アズラとセト、神官ヴェヒターと言ったか? 彼らにも来てもらうぞ」
「エリウは? 彼女も勝利に貢献しました」
「ライブラ、酷な事は言うな」
キャンサーの一言で、その意味を理解するライブラ。
彼女は亜人で、奴隷扱いされるのを嫌がっていたではないか。
王宮に入ればどうなるか。
彼女のためにも呼ぶべきではない。
「迎えの馬車を向かわせろ。騎士アズラは療養中だったな。医療班の準備もだ」
待機していた騎士に命令していき準備を進める。
彼らが合流するまでの間に王宮での段取りを決定しておき、合流しだいすぐに出発だ。
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宿の前に銀色の装飾を施された豪華な馬車が止まっており、周囲の人々が、何だ? 貴族か? と騒ぎ始める。
野次馬など気にも掛けずにアズラたちに王宮への招待を説明する執事は、騒がれることには慣れているようだ。
執事は丁寧な身のこなしと喋り方、そして、アズラたちとの間を読み決して不快と感じさせない感覚で伝えてくるその姿は。
まさにこの手のプロと言った姿だ。
「キャンサー王子殿下がお待ちです。どうぞ、馬車にお乗りください」
執事に促され、どうしようか迷うセト。
行ってもいいと思うが、アズラはまだ回復したばかりだ。
と心配していると。
「いいわ。行きましょう」
「アズ姉大丈夫なの? あまり無茶はしない方が」
「平気よ。セトが助けてくれるもの」
「それは、まぁ」
頼ってくれるのは嬉しいが、それで無茶はしてほしくない。
自分がしっかりフォローすれば大丈夫かなと思うが。
やっぱり心配だ。
「私はお断りします。キャンサー王子殿下にもそうお伝えください」
「かしこまりました」
ヴェヒターは断ったようだ。彼はこういう話には興味はないのだろうか。
神官という立場もあるのかもしれない。
「では、セト様、アズラ様どうぞこちらへ」
「少し出かけてくるわ」
「うむ。気を付けてな」
セトとアズラが馬車に乗り込み馬が走り出す。ルフタたちに見送られながら馬車は王宮のある最上層へと向かった。
徒歩での移動は階層を繋ぐ塔を利用したが、王族の馬車はある一定の条件で最上層に繋がる専用通路を通ることができる。
王族の特権といった所か。
巨大な城壁の上を馬車が走っていき、上層に入って行く。
夜の上層は星の代わりに煌びやかに明かりを灯して下層の城下町を照らしていた。
まるで、星の海に浮かぶ町の中を進んでいく。
幻想的で夢の中のようだ。
その星々の輝きの中から一際、眩しく神々しく光るものが見えてきた。
巨大王城、グレーステ・シュテルケの中枢。
王宮、その名をべヘアシャー。
グレーステ・シュテルケの頂上部分がその王宮となっており。長い螺旋状の道の上にそそり立つ塔のような形状だ。
ライブラと来た時は、その道に入る前で追い返された。
どのような建築技術が用いられているのかは不明だが。
細い道だけで支えられており、ほとんど浮かんでいるようにも見える。
長い螺旋状の道の根本で王子たちと護衛のファルシュがセトたちを待っていた
合流し長い螺旋状の道を昇っていく。
「キャンサー王子殿下、お初にお目にかかります。アズラ・アプフェルと申します」
「ああ、ライブラから話は聞いている。今回の活躍見事だったな。お前のおかげで王宮に手見上げもできた」
「私の活躍ではありません。勝利を挙げた鎧の騎士団に、ライブラ王子殿下、そして私の仲間たちのおかげです」
「そうだな。この手柄はライブラと共に戦った騎士と仲間たちのものだ。その勝利もお前の活躍があったからこそだから、もっと誇っていいんだぞ」
「恐縮です王子殿下」
螺旋状の道をどんどん昇っていく。
道には、等間隔に石像のような物が設置されているが、これは王国最高峰の術式技術で生み出された自立型術式兵器だ。
一体で100人の騎士を相手にできるほどの戦闘力を有している化物兵器。
両腕が大砲となっており足はない完全に浮遊している。よく見るとあちこちに魔晶石が取り付けられており術式の発動も可能なようだ。
そんな兵器が淡々と設置されている。
カラグヴァナ王国の力を象徴しているようにも見える。
その厳重に守られた道の先に門が見えてきた。
「もうすぐ到着だ。中での進行は俺とライブラが進めるから二人は立っているだけでいい。特にセト、キョロキョロするなよ?」
「し、しないよ」
王宮に到着し馬車から降りるセトたち。
王宮の門には先ほどより巨大な石像が配置されている。さらに強力なタイプなのだろう。
出迎えた騎士がセトたちを案内していく。
この騎士は王国最強の騎士団。
兜の騎士団所属の騎士だ。
カラグヴァナ王国の騎士団はそれぞれ騎士の装備の名称を付けられているが、その中でも頭、つまり王を守る兜。
その名を持つ騎士団は最強の部隊という訳だ。
騎士が門の前に立ち、鎧から白い文字が浮かび上がる。
それに呼応し門にも文字が現れ巨大な石像が道を開けていく。
門が開錠した。
これも術式によるもの。
かつて、帝国と大陸を二分した大戦を引き起こした王国の末裔。
それがカラグヴァナ王国。大戦時の術式技術を色濃く受け継いでいる。
術式だけで言うなら帝国を凌駕しているだろう。
「では行こうか」
セトたちが王宮に入っていった。




