第八十二話 雑兵の意地
ローブの裏側にある紫と黒の闇のような鎧の隙間に剣が突き刺さった。
心臓を外しているが肺を深々と突き刺し、致命的なダメージを鉄仮面に与えている。
その現実に驚愕でも。恐怖でもなく。
殺意で鉄仮面は答えた。
「キサマァァァアアアアアッッ!!」
魔力を膨張させその破壊という名の嵐をセトに叩き付ける。
かるく4、5mも宙に舞って吹き飛ばさていき地面に叩き付けられ、セトの全身から肉の潰れるような音が鳴った。
内臓を圧迫され血を吐き出し息が出来ずもがき苦しんでいく。
地上で溺れるセトに鉄仮面はさらに魔力の斬撃を叩き込んだ。
一撃で終わらない。何発も何十発も叩き込み。自分の胸に穴を空けたこの敵を殺しにかかる。
地面が砕け、人が居ればミンチになっているであろう、その斬撃の跡に。
再召喚されたラツェルが立っていた。
砕けた青白い鎧はその輝きを取り戻し、失った右腕も新たに再生され。
鉄仮面の猛攻を全て防ぎ切りセトを守り抜く。
「セフィラ!? オのれ・・・!!」
鉄仮面から余裕が消え去り、怒りが満ちていく。
それは、より攻撃的で破壊に特化した手段を選択する。
自身の負ったダメージなど考えずに魔力の圧縮を開始し、胸から血を垂れ流す。
「格下と甘く見ていましたね。それが貴方の敗因だ」
鉄仮面にそう告げたのは、神官ヴェヒターだ。
セトの奮闘によりラツェルの再召喚に成功し、今、セトの眼前に背中を向け鉄仮面の真正面に立っていた。
皆が作ったこのチャンスを逃しはしないと、ラツェルが青白い剣を構え、ヴェヒターが神術による強化を施していく。
ラツェルの青白い剣がより鋭く、より硬質にしなやかに。その性質を強化していく。
剣事態が脈動するように青い光の線が血管のように迸る。
鼓動が大きくなり、剣の性質がさらに上位へと引っ張りあげられた。
「雑兵がッ! 雑兵ガッッ!! 雑兵如キがァァァアッッ!!!」
鉄仮面が圧縮していた魔力が暴発を起こすほどの勢いで膨張、圧縮を繰り返し、歪な形へと成長していく。
周囲の空気を震わせ、地面から砂や小石が浮かび上がる。
それはもう安定した太陽ではなく、いつ爆発するか分からない超新星爆発と同じだ。
先ほどの魔力爆発など比ではないほどの威力と規模が、この歪な塊に内包されている。
それが、今振り下ろされる。
「ラツェル!!」
「塵芥トナれェェェェエッッ!!!」
臨界点を超えてなお圧縮され続けた魔力の塊が、内部から崩壊し爆発を開始していく。
噴き出す魔力の爆炎をかわし、呑み込まれる地面を蹴りあげラツェルが鉄仮面の真下に滑り込んだ。
「ヌゥ!!?」
鉄仮面が動くよりも速く、剣を振り胴体に渾身の一撃を叩き込み。
左腕を斬り落とし、真下から鎧を貫いて魔力の塊に突っ込む。
ゴォォォォッ!! と凄まじい魔力が崩壊する音が鳴り響き、鉄仮面をその中心に叩き付けた。
ラツェルの剣が突き刺さり、鉄仮面が苦痛の声を上げ、自分の出した魔力の崩壊に巻き込まれていく。
鎧が砕け、鉄仮面の体が魔力と共に崩壊する。
「ガァァアアアアッァァアッ!!?」
「塵に帰るのは貴方だけだ」
直後、鉄仮面を中心に魔力が起爆した。
半径500mはあろうかという魔力の爆発。それは、ラツェルに押し止められ上空に広がっていく。
ヴェヒターが障壁の神術一つでラツェルを中心に防御壁を展開していた。
ルフタの障壁の神術の何十倍もあろうかという規模で。魔力の崩壊から生み出される爆発を上空に跳ね返していく。
「すごい・・・」
セトはその戦いの一部始終をただ見ているだけだった。
一人で勝てなかったとか、負けて悔しいとか、そんなこと思う暇もないほどヴェヒターの戦いは凄まじかったのだ。
圧倒的。
まさに圧倒的だ。最初にラツェルが傷ついたのも、自分たちがいたせいで防御に回ったのが原因なのがすぐに分かる。
彼は恐らく、あの黒い巨人にも聖なる4体の獣ビナーにも届くかもしれない強さを持っている。
そんなセトの思考が一人の血反吐を吐く声で途切れる。
振り返るとリューベが切り裂かれた胸から血の池を作り、自分の血で窒息していた。
セトを庇い鉄仮面に両断されたそのダメージは即死してもおかしくないものだった。
「リューベさん!! ヴェヒター様! 治癒を!!」
「すぐに向かいます! ッ!!?」
セトの方を見た瞬間、ヴェヒターの頬を見えない何かが切り裂く。
それは、魔力の爆心地から蠢き、砕け崩れた体をその膨大な魔力を惜しみなく使い癒呪術式で回復していく。
瞬く間に元の傷一つない体に戻り、砕けた破片をより集め紫と黒の闇のような鎧を纏う。
セトの刺した傷も、ヴェヒターの与えたダメージも完全に消えている。
そして、ローブが燃え尽きたことで、その正体を露わにしていく。
紫と黒の闇のような鎧に加え、魔力を増大させる機能に特化した魔晶石を手甲にはめ込み。
そして、その鎧の中心に加えられた紋章。
上位亜人ゼヴ族の特徴である狼の横顔と盾の紋章。それを用いているのは。
「・・・エウノミア近衛兵ですかッ!」
「ソウだ。2年前までハ、だが。今ハ、アーデリ王国の騎士が一人!!」
アーデリ王国。
カラグヴァナ王国と今まさに戦争をしている国家。カラグヴァナ王国の属国であったエウノミア公国が名を変え起こした反乱。
その刺客がついに王都まで攻め込んできた。
ヴェヒターが再びラツェルに戦闘の指示を出し、セトがダガーを構える。
「セト、君は王子の守りを、この者は私が」
「僕も戦いますッ! いつまでも頼ってばかりじゃダメなんだ。だからここは!」
剣を握り締め、目の前の敵に鉄仮面の前に出る。
無謀かもしれない。
全て任せてしまった方がいいのかもしれない。
だけど。
だけど、それでは何も変わらない。いつまでもみんなの後ろに、アズラの後ろに隠れているだけの男だと。
そう思えたから。
それを変えるためにセトは戦う。
そんなセトの覚悟を見た鉄仮面は嘲笑う。
死に向かって突き進む愚か者を笑う様に。
「クク、キサマは殺す。必ズ。ソレと、ライブラ王子いイノか? 対術式防壁ガ停止したゾ?」
「王宮術式が逆族なんかに! ・・・・・・え!? そんな!!」
鉄仮面の言う通り、対術式防壁が完全に沈黙していた。
ライブラは急いで術式の確認を行うが、空に変化はおきず対術式防壁は発動しない。
先ほどの爆発のせいなのか、戦闘による城壁へのダメージが原因なのか。どちらにしろ鉄仮面を弱体化させる手段が失われた。
ライブラの目が絶望に落ちていく。
「ライブラ王子殿下! 対術式防壁の再発動と皆の回復をお願いいたします。私たち以外に動けるのは王子だけです」
「皆を・・・? そうです・・・。皆を助けなければッ」
ライブラの目に生気が戻り、自分に出来る事を見出していく。
セトとヴェヒターが鉄仮面を押さえている間にみんなを助けなければ。
「ソレを許すハズがなイ!!」
ゾリュリュッ! と這い出てくるように魔力で構成した刃が数十と鉄仮面の背中から出てきた。
その姿は完全にセトたちの目に見える。
もう隠す気はないと告げるように、未だ倒れているセトの仲間たち目掛けて解き放たれた。
「みんな!」
「下がりなさいッ!」
障壁の神術を展開し障壁に突き刺さし刃を固定していく。
気を失っているエリウやルフタたちの首元にその刃の先が向けられたまま空中で止まった。
ヴェヒターが40人弱の仲間を必死に守るため刃を押し止める。
「流石ハ神官。涙の出る光景ダ。・・・モウ動けないダロう?」
「貴様!」
「ソこで待ってイルがいい。まずハ雑兵、キサマからダ」
40人弱の仲間を守るため、ヴェヒターは障壁の神術の維持で動けなくなる。
的確に、そして確実にこちらの戦力を削いでいく。
鉄仮面にはもう怒りによる隙など消え去っていた。
一直線にセトに向かってくる。
不確定要素を。
自分に傷を付けた存在を真っ先に殺しに行く。
「さっきは上手くいったんだ。次だって!」
「次はナイ」
鉄仮面が言い終わると同時、セトの体が宙に舞う。
何かに引っ張りあげられたように放り投げられた。
「うぁあああああ!!」
空に放り出されたセトに、魔力の斬撃を狙い撃つ。
ヒュンッ! と振るわれた剣より魔力の斬撃が飛び出た。
音速を超える白い目に見える形となった斬撃をセトはダガーで辛うじて防ぐ。
だが、その威力に吹き飛ばされて、一気に地面に落ちていく。
叩き付けられる寸前でラツェルがセトを受け止め後方に下がった。
「ヤはり、マグレか・・・。もうキサマに興味はナイ。死ネ」
冷酷な一言を告げ、魔力の刃の先が一点に集まりセトに狙いを付ける。
セトを後ろに下げたラツェルが鉄仮面に突っ込み。
その攻撃が放たれる前に仕留めようと一気に距離を詰める。
だが、それは一瞬だった。
鉄仮面に突っ込んだラツェルが、突如、何もない空間から打ち出された世界の破壊を再現する赤黒い光に飲み込まれた。
ラツェルを一撃で粉砕し、障壁の神術の半分を消失させる。
その衝撃波にセトは地面を転がり奇跡的に直撃を避けていたが、その絶望的な状況は一気に訪れる。
「威力が高スギるのモ問題か。まアいイ」
鉄仮面の右手から滲み出るように、それが姿を現す。
一度は退けたはずの破壊の力。
魔装・銃剣
それが再び姿を現した。
「狙いはラツェルでしたかッ!」
「当たリ前だロウ? 雑兵ナドいつでモ殺せル」
魔力を魔装・銃剣に回したせいか魔力の刃が消滅している。
それと同時に障壁の神術も崩れ、ヴェヒターに自由が戻った。
だが、彼のセフィラ、ラツェルは完全に消滅しヴェヒターの攻撃手段もなくなる。
ヴェヒターは静かに、そして冷静に思考していく。
(あれを出すべきか?)
あれと呼ばれたものは、ヴェヒターの内側を叩く様に外に出ようとしている。
必要だろう? とヴェヒターに告げるように、その存在を大きくしていく。
食ワセロ、記憶ヲ。
食ワセロ、肉ヲ。
食ワセロ、命ヲ。
(こちらに来てからは一度しか餌を与えていなかったですね。そろそろ出してあげるべきか)
ヴェヒターはその内側にいるものを出すかどうか思案する。
目の前の敵は餌としては上質。
問題はここで出していいかということ。
そう思っていると。
「ヤッァァア!!」
地面を転がされていたセトが鉄仮面に向かって走っていく。
ヴェヒターは、すぐさま思考を中断しセトの補助に回った。
アレを今出せばセトを巻き込む。
厳しいが神術のみで鉄仮面を抑えかかることにした。
「セト、君は敵のかく乱を、私はあの魔装を抑えます」
「分かりました」
セトが鉄仮面の背後に回り込み、ヴェヒターが攻撃に特化した神術、天武の神術を展開した。
青白い光が無数にヴェヒター周りに浮かび鉄仮面目掛けて弾丸のように発射される。
一つ一つが追尾機能を有し、確実に鉄仮面に迫る。
しかし、鉄仮面は無数に迫る天武の神術を身を捻って最小限の動きでかわし、避けきれないものは土の術式で受け止めていく。
小手調べのような攻撃では通用しない。
そうこうしている内に、魔装・銃剣よりエネルギーがあふれ始める。
破壊の力が準備を完了していく。
「シッ!」
セトが斬り掛かるもまるで通用しない。
それより、反撃繰り出される土の槍を避けるので手一杯な状態だ。
やはり、セトでは届かないのか。
そんなはずはない! と無数に飛び出してくる土の槍にセトは突っ込んでいく。
そんなセトたちの戦いの音が周囲に木霊していき、今も倒れている彼女の耳に届いていく。
剣を打ち付ける音が聞こえる。
まだ、戦っている仲間がいる。
「・・・ニャァ・・・、ッ・・・、つー、どれくらい倒れてたニャ・・・、セト? みんな? ニャ!」
エリウの目に、城壁が崩壊し、地平線の沈みかけている夕日に包まれた広ろ場で、殺し合い続ける三人が飛び込んできた。
完全にその姿を現した鉄仮面とそれに食らいつくセト。そして、なんとか抑え込んでいるヴェヒター。
少し離れた所には、・・・。
「リューベ・・・」
事切れた騎士が倒れていた。
ここからは見えないがたぶん他にも。
エリウは知り合いが殺されているかもと心に浮かぶ恐怖を無視し立ち上がる。
セトをみんなを助けなくては。
「エリウ! お前は無事でしたか!」
「ライブラ王子・・・」
ライブラがエリウの所に駆け寄る。対術式防壁が停止したことでライブラも癒呪の術式が使用できるのが救いだった。
もし発動したままなら仲間に癒呪の術式を施すことができないから。
すぐに治癒を開始していく。
「! あちしはいいニャ。ルフタを早く治してやってくれニャ!」
エリウの目に鉄仮面に斬り裂かれたルフタが浮かぶ。
圧倒的な力の差で何も出来ずに斬り伏せられたルフタが。
彼はエリウの後方に倒れていた。
傷口を手で押さえ、治癒の神術で辛うじて命を繋いでいた。
セトとエリウを庇ったランツェは傷が酷いがまだ息がある。
二人を優先して治癒していく。
「状況は最悪の一言です。対術式防壁が停止して逆族はその力を取り戻してしまって。防壁を再設定するにもそれまでとても耐えきれるとは・・・」
「あちしたちがアイツをなんとかするニャ。だから、ライブラ王子はその間にみんなを助けるんだニャ」
「でも」
「王子殿下、ここは吾輩らに、・・・ゴホッ」
癒呪の術式で喋れるまで回復したルフタだが、戦える状態ではない。
この中ではエリウしか戦線に復帰できないだろう。
「心配ニャんかいらニャい。あちしらは強いんだニャ。鉄仮面も相当弱ってきているニャ」
「でも僕は・・・」
「兵士の勝利を待つのも王子様の仕事ニャ!」
そう言い残しエリウはセトたちの援護に向かった。
役に立てないかもしれない。
そもそも一撃で殺されるかもしれない。だけど、黙って見ていることなんてできない。
「負けないで・・・」
ライブラの祈るような声が漏れ出る。
もう祈ることしかできない。
ヴェヒターとセトが立ち向かう戦いにもう一人が駆け付ける。
「ウニャァアアッ!!」
爪を大きく広げ、鉄仮面の腕にその凶器を叩き込む。
二人に気を取られていた鉄仮面は爪をその闇のような鎧で弾き返した。
「エリウ!!」
エリウが駆け付けたことでセトに希望の光が戻ってくる。
ただ食らいついていた戦いから、反撃へと移っていく。
エリウとならそれができる。
「ライブラ王子メ、ヨほど苦しンデ死にたいト見えル。雑兵は雑兵らシく死体とナッテいればイイものを」
鉄仮面がエネルギーを溢れんばかり蓄えた魔装・銃剣を構えた。
次の一撃で決着をつけるつもりなのか、今までで最大量のエネルギーが魔装から感じ取れる。
だが、セトたちは一歩も引かない。
その魔装・銃剣に正面から挑む。
「クク、イイだろう。術式の境地、とクと味ワエ!」
そして、破壊が解き放たれる。




