第七十九話 小さい力を集めると
客間から外に出てそこから急ぎ足で離れていく。
今、手に入れた情報が確かなら敵はこちらと同じ王位継承者に雇われた者である可能性が低くなる。
キャンサーは考える。
この事件が発生した当初は王位継承者の誰かが仕掛けたことだと彼は考えていた。
第六王子の派閥を狙った攻撃だと。
だが、キャンサーが手にしている王族が雇ったている傭兵や殺し屋のリストに術式使いはいないのだ。
全員が剣士。もちろん、術式に精通している者もいる。だが、術式をメインに使用する者は雇わないはずだ。
理由は簡単だ。
ライブラもその対策をあっさりと思いつく程に。
王宮内では術式は使えない。
対術式防壁の影響下では術式は役に立たないからだ。
王宮の中で襲撃された時に頼りになるのは鍛錬と技の融合した剣術となる。
それがあるから、キャンサーは王族の抗争だと判断していたのだが。
(いや・・・、考えてみれば殺されたのは、全員王宮の外だったな。斬り殺していたのはフェイクか、ならどこの勢力だ?)
たった一つの情報で今までの予想が覆ってしまった。
王族の抗争にもルールはあるのだ。王位継承権を上げるためのルールが。
そのルールを守っている限りは殺される事は無いと思っていた。
しかし、それを全く考慮しない外部の者だとすると、話は変わる。
こちらになんの利益もないただの殺し合いとなる。
「ファルシュ! いるか!」
キャンサーは一人の男の名を呼ぶ。
彼が最も信頼する。自分を守る最後の砦。
名を呼ばれた男は音もたてずにキャンサーの前に現れた。
金属の素材そのままの色つやをした鎧を身に纏った細身の男。
やせ細ったその顔に鋭い目つき。色が抜け落ちたまだら模様の白髪。
とても屈強な剣士に見えないかもしれないが、彼を直接見ればその評価は覆る。
溢れ出る闘気がそのやせ細った体を何倍にも見せつけるほど、凄まじく圧倒してくるのだ。
この闘気がキャンサーに安心感を与えてくれる。
「お呼びか王子」
「ああ、探したぞ。例の犯人、当てが外れたみたいだ。宮廷の警備体勢を強めてくれ」
キャンサーは急いで警備体制の強化を指示する。
王国が行う警備とは異なる、キャンサー独自の警備網だ。
彼は、王族の中で変わり者と評価されているがそれと同時に最も用心深いと言われている。
彼が独自に組織した部隊の中でファルシュとは10年来の付き合い。キャンサーが幼かった頃から守ってもらっている。
「こちらからも討伐隊を出してはどうか? 守るよりも攻めた方が事は進展しやすい」
「戦いたいのは分かるけど、まだその時じゃない我慢してくれ」
ファルシュの申し出を断り、どうこの事態に対処するか考えていく。
いつ自前の部隊を出すかで王位継承権の順位は大きく変動する。
出しどころが肝心なのだ。
キャンサーは、まだ出す時ではないと判断する。
まだ、王座の奪い合いすら始まっていないのだ。ここで切り札を出す訳にはいかない。
だけど。
弟が納得しないだろう。
あれは、一度言い出すと話を聞かない困った奴なのだが、その原因のほとんどが他者のためだ。
弟のライブラもまた王族の中では変わり者なのだろう。
「・・・そうだな、ライブラがどうしてもと言ったら騎士に変装して護衛についてもいいぞ」
「気遣いに感謝する」
「部屋に戻るか。ファルシュ、お前も来い」
二人は、セトたちの待つ部屋に戻る。
キャンサーの考えたシナリオはこうだ。
自身の最も信頼のおける部下をライブラの護衛に付けて、彼の作戦に乗るのだ。
術式使いからその術式を奪い、剣術の達人をぶつければ確実に勝てる。
そのためには、弟に囮となってもらう必要があるがファルシュが護衛なら大丈夫だ。
部屋の扉を開け二人が中に入ると。
「ニャー! ニャんでもニャい! 平気ニャ」
「そうは見えニャいわ。あなた、頭がクラクラしてるのではニャくて?」
「ニャー、セトー!」
「お、同じハトゥール族なんだし、見てもらったらいいと思ッおおおおおお!!」
突然、エリウのあられもない肌を隠していた布がはぎ取られスッポンポンになってしまった。
エリウと同じハトゥール族の女奴隷が彼女の体調を調べていく。エリウの脇の下や足の付け根などを見ていくが、重要なのは彼女はスッポンポンということだ。
そのあまりにもエロい光景をセトは見まいとして手で顔を覆うも指の隙間からしっかりと見ている。
褐色のエリウの華奢な体を大人の女性がまるでマッサージでもするかのように調べていく。
セトの頭の中はもうピンク色でいっぱいだ。
そんなスケベ小僧のセトを無視してキャンサーは部屋に入る。
「キャ、キャンサー殿下! こ、これはその!」
「どうした? 客人の体調でも悪いのか?」
「はい殿下。気つけ薬を飲ませれば良くニャりますわ」
「そうか、処方してあげるといい。では、話の続きだが・・・。どうしたんだセト?」
なんだかセトが信じられないという顔をしているが、キャンサーには理解しかねるものだ。
王族は女の裸一つで一々うろたえたりはしない。
「セト大丈夫ですか? 顔が真っ赤ですよ?」
「え? うん、大丈夫。・・・あれー?」
セトは自分がおかしいのだろうかと思い始める。
キャンサーどころかライブラまでケロッとしている。というより、見ていたのかとセトは戦慄する。
カラグヴァナの王族はみんな極太の精神を持っているのかもしれない。
「さて、話の続きだが。ライブラ、お前の話に乗ろう」
「兄上いいのですか?」
「弟が死地に赴くのは兄としても心配だからな、護衛は付けさせてもらうけどいいね?」
「はい!」
ライブラはとても嬉しそうに答える。
自分の意見が聞いてもらえて満面の笑みだ。
その笑みの了承を受け、キャンサーはファルシュを紹介する。
「彼が護衛に付くファルシュだ。俺の手駒の中で最強の男。こいつが居れば確実に勝てる。お前たちも安心して作戦を実行できるだろうね」
「ファルシュを貸してくれるの!」
ライブラの目が光り輝く、そうファルシュはキャンサーとライブラを幼い時から護衛しているのだ。
その強さも目の当たりにしている。ライブラにとっても最強の男だ。
「王子より紹介された、ファルシュ・ニヒリズム・モーンだ。」
「よろしくお願いします」
ファルシュはセトたちに挨拶を交わす。今は闘気を押さえているようで、ただのやせ細った男という印象だ。
だが、これで大幅な戦力アップとなったことは間違いない。
キャンサーの手駒で最強の男ということは、親衛隊の中で最強の上位騎士ということだ。
アズラと同等かそれ以上の強さを持っている。
「作戦決行はまた追って伝える。明日までには対術式防壁の使用許可を取っておくから、今夜はゆっくり休むといい。後、ファルシュが姿を隠して護衛につくが気にするな」
「ありがとう兄上。あ、今日はセトたちの所に行きます。母上には上手く伝えといてください」
「分かった心配するな。俺に任せておけ」
話は上手く運んだ。
ライブラは宿に戻るようだ。今回の件の結末を見届けるつもりだろう。宮廷に戻れば外出禁止を食らう恐れが高いのもあるが。
ライブラの護衛になったファルシュは物陰に隠れて護衛するとのこと。
そして、セトは何やらモジモジしているエリウを連れて宮廷を後にする。
何だかまたエリウの様子がおかしいが薬が合わなかったのだろうか?
セトは心配してエリウの方を見るのだが、彼女が頑なに目を合わせようとしない。
「大丈夫?」
「・・・うん」
エリウは、処方された気つけ薬で正常な状態に戻っているのだ。
つまり、今までのあんなことやこんなことも、冷静に振り返れる。
セトに頭やお腹をなでてもらう自分がありありと浮かび上がっていくのだ。
それはもう恥ずかしくて、顔が真っ赤っ赤に染まり目なんて合わせられない。
(やばいニャ・・・。セトにあんニャ恥ずかしい姿を見られたニャ。無理ニャー。ニャうニャう・・・)
気持ちの整理は彼女が自分で何とかするだろう。
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深夜の宿ではアズラへの応急処置が終わり、少しの間ではあるが平穏な時間が流れていた。
もちろん、鉄仮面が襲撃してこないか常時見張っておく必要はあるが、ルフタたちはようやく体を休めることができる。
アズラが寝息をたてて眠る姿は、数時間前まで死の境を彷徨っていたとは思えないほど。
それぐらい、安らいだ顔をしている。
ルフタはその顔を見て、本当にもう大丈夫だと思うのだった。
誰だって仲間が大切な人が苦しむ姿は見たくないものだ。
アズラを見守っていると、ヴェヒターが熱いお茶を持ってきてくれた。
意外と面倒見のいい人のようだ。
「これはありがたい。丁度、体が冷えていたのである」
ルフタはお茶を受け取り、ゆっくりと喉に流し込んでいく。
熱いお茶が胃に届き、体の内部から熱を浸透させて、ジワジワと温めてくれる。
冷えた体を解きほぐし気持ちも解れていく。
「ヴェヒター殿、敵はいつ頃くると思う?」
気持ちが解れたためか、心の奥にあった不安も出てきたようだ。ルフタは安心を得るため質問する。
今が静寂に包まれているから余計にその後のことが気にかかるのだ。
鉄仮面は何を考えている? どこからこっちを見ている? 今、どこにいる。
気になり出すと止まらなくなる。
「そうですね。人の出入りが多くなった日の夜でしょうか? 正面から来るとは思えないので、人混みに紛れてくるか、こちらの戦力を把握してから来ると思います」
「やはりそう思われるか。こちらが後手に回らざるを得ないようだな」
「地の利はこちらにあります。確実に対処していけばいい、不安になることはありません」
ヴェヒターは冷静だ。
彼はどんな時でも冷静に仕事をこなす。
エウクレイデスとの闘いの時も、今回も。
この冷静さが彼の強さの一つなのだろう。
その冷静さをルフタは学ばせてもらう。自分に足りないのは何時でも冷静を保てる強い心だ。
「そうであるな。対策は打っている。後はやるだけである」
ルフタの心にあった不安が晴れていく。
コンコンと、扉のノックが鳴る。
静かに扉が開くとリーリエが入ってきた。彼女もまだ働いていたようだ。
アズラが倒れた代わりに彼女がアプフェル商会のみんなを王都支部に移動させていた。
元傭兵の護衛担当ならともかく、他のみんなを巻き込む訳にはいかない。
事が済むまで避難してもらっている。
そんな仕事をこなしているリーリエから報告が来る。
「ルフタさん。情報収集担当ディアより報告が来ました。読み上げますか?」
「ああ、頼むのである」
勝手に外に行き、鉄仮面の情報を探すセトとエリウに監視を付けた。
もう言っても言うことを聞かないから、監視をつけて万が一に備えているのだ。
定期連絡がリーリエより報告される。
「では、報告、保護対象セトとエリウの動向だが、路地裏での情報収集の途中でライブラ王子と合流。そのまま王宮に向かう」
「王宮に向かったのか!? エリウは無事なのであるか!」
亜人が王宮に向かうなど断頭台に行くようなものだ。ルフタに一気に焦りが広がる。
だが、報告をしているリーリエは、何故か頬を染め言いずらそうに口をもごもごとさせた。
それがルフタを余計に焦らせる。
「どうした!? 無事なのか! 無事と言ってくれ!」
「えっと、そのー。セトとエリウは王子と別れた後、二人きりの甘ーい時間を・・・」
「あぁッ!!?」
「ひっ! ご、ごめんなさい」
ルフタが切れた。いや、これはもう完全に切れている。
王宮でイチャついている?
アズラが倒れて、敵がいるかもしれない所で、しかも、亜人を道具として扱う王族共の城で!?
もう怒りのボルテージがMAXになりつつある。
心配した時間を返せと、ルフタの指がトトトトトトッと椅子の肘当てを叩きまくる。
隣のヴェヒターは我関せずといった感じだ。
「ほ、報告を続け、ます・・・」
「読め!」
「は、はいッ! そんな二人の時間を王子たちに目撃されたセトとエリウは宮廷に案内される。ここからは、追跡困難なため一時待機するってなってます」
セトたちが宮廷の中に入った所為で情報が途絶えたようだ。
つまり、中で何かされてもすぐに気付くことができない。
ルフタの頭は再び焦りが強まっていく。
「次の報告は? セトたちは大丈夫なのであるか?」
「少々お待ちを・・・、あ、今来ました! 解読するので待ってくださいね」
リーリエが通信用魔晶石を見ながら答えていく。
王宮まで離れているディアからの報告はこの通信用魔晶石から送られてきているのだ。
アズラが好奇心で買った物をうまく有効活用している。
モールス信号をイメージすれば分かりやすいか。
魔晶石の点滅に、数十と文章を構成できるほどパターンを用意して遠距離連絡手段としている。
「えっと・・・、セトとエリウ、無事に外へ、ライブラ王子もいる、!? へ!? これは・・・」
「どうしたのである?」
「エリウの服装が王族所有の奴隷服に変わっているって・・・」
「・・・、やはりそうなったか・・・。ライブラ王子に事情を話しエリウを買い取れば大丈夫なはずである」
最悪の展開は避けられたようだが、亜人が宮廷に入ったのだ。
無事に出てくる方があり得ない。
奴隷服を着るとはすなわち奴隷になる契約を結ぶと同意だ。
きっと、エリウは何も知らないで入って奴隷服を着せられたのだろう。
無事に外に出れているということは、今はライブラ王子の所有となっているはず。
「他に報告は?」
「これで以上って来ています。セトさんたち戻って来るみたいです」
「ハァー・・・。怒るに怒れん・・・」
ルフタは頭を抱えたまま、二人の帰りを待つことにした。
ライブラ王子を入れたら三人か。
一時間もするとセトたちが宿に戻って来た。時間は完全に深夜。
ほとんどの人が眠りに就いている時間だ。
ルフタとリーリエが三人を出迎える。
まずは無事に感謝をだ。
「二人とも無事で良かった。もう、勝手に出歩かんでくれ」
「ルフタさんごめんなさい。でも、ちゃんと成果を持ってきたよ」
「成果であるか?」
宮廷に行って歓迎されただけではないとセトは告げる。
それは、鉄仮面を倒すための成果だ。
「うん! ライブラ王子の兄、キャンサー王子殿下が鉄仮面を倒すのに協力してくれるって」
「それだけじゃニャいニャ。鉄仮面の術式を無効化するすごいものも用意するみたいニャ」
「そうか。ただブラブラとしていた訳ではないのだな」
「「はい」ニャ」
「分かった。明日、詳しく聞こう。今日はもう寝るのだ。疲れがとれんぞ」
ルフタはセトたちに休むように促す。
だけど、セトは真っすぐにある場所に向かう。
「セト、まだ寝ないのであるか?」
「アズ姉に顔を出してから!」
姉思いのセトは、真っすぐにアズラのいる部屋に向かい静かに扉を開けた。
疲れ切っていたのだろう。アズラは熟睡している。
みんなの奮闘により傷も塞がっているようだ。
セトは寝ているアズラのおでこに自分のおでこをくっつけて、優しく、優しく気持ちを伝える。
「おやすみ、アズ姉。・・・絶対に助けるよ。だから、それまでおやすみ」
自分を守ってくれる人が、大切な人が倒れている。
だから助ける。




