第七十七話 守られるだけはイヤだから
悲しい結末だった。
ただ救おうとしただけなのに。
人間と亜人の間にそびえ立つ壁を壊して自由な世界を求めただけなのに。
王国は耳を貸さず、亜人を否定する者は最後まで否定を貫いてきた。
得られたものは、烙印。
亜人を奴隷へと貶めた者という印。
それがルフタだった。
決して彼がそれを望んだ訳ではない。
誰よりも亜人の未来を望み、その未来に近づいたのはルフタなのだから。
「ツァーヴ族の村で手当てを終えた後、吾輩は旅に出た。全てを失った何もない、そして何も望まない空虚な旅にでた。5年であるな、5年も死人だった」
ルフタはジグラットを追放された自分を死人と表現する。
夢も、仲間も、思いを寄せた人も、全て自分の側からいなくなったのだから。
彼女の言葉に逆らい説得する時間はあっただろう。
もう二度と憎しみに呑まれないように強くなりやり直すこともできた。
だけど、ルフタはその可能性を捨ててしまう。
自ら諦めて魂の死んだ者へと堕ちた。
「そんな旅を続けている時であるな。ベスタ公国で亜人たちが神官に捉えられ奴隷として扱われているのを見たのは。ずっと目を背けていた光景だったが、神官がそれをするのに耐えられなかったのだ。どこかに、まだ吾輩にも良心というものが残っていたのだろう。気付けば飛び掛かって返り討ちにされていた」
「それが、エウクレイデスの起こしたジグラット支部の反乱であると。私たちとはそこで出会ったのですね」
「うむ。結局、自分でどうすることもできずお前さんたちに助けてもらった。感謝しているのである」
ルフタはそんな旅の途中で、セトたちと巡り合った。
無力な自分に代わり亜人たちをエウクレイデスにさらわれた者を救ってくれた。
だからか、ルフタはセトたちに恩を感じている。
助けてもらったのも理由の一つだが、また、共に夢を見る仲間ができたことに感謝していた。
「一つ、勘違いされているようですね」
「勘違いであるか?」
「ルフタ、君は全てを失ったと言うがそれは勘違いです。神官ノネは君を守るために追放という手段をとったのですから」
話を聞いていた神官ヴェヒターは、ルフタの間違いを指摘する。
別れ方が最悪だったからか、ルフタは自分自身に失望しているのだ。
だが、それはかつての仲間がノネがルフタを失望した訳ではない。
「何を言う。吾輩は師匠を失望させてしまったのだ。最後に見たあの表情。あれを悲しみの表情と言わずして何というのだ?」
「神官ノネと別れた時。失望したのではなく共にいられなくなるからその表情をしたのだと思いますよ。彼女から手紙が来たのでしょう?」
「確かに、師匠は心優しいから、こんな吾輩にも気を掛けてもらって」
「貴方を気に掛けているということは君から望みを捨てていない証です」
ヴェヒターからそう言われた瞬間、ルフタの心につっかえていた物がスッと取れて無くなる。
あれだけのことを仕出かしたのだ。もう話を聞いてもらえないだろうと、信じて貰えないだろうと勝手に思い込んでいた。
それでも、尊敬する師匠だから手紙のやり取りはしていた。
ルフタは知る。
なんだ。
自分の不甲斐なさを師匠のせいにしていただけではないかと。
ノネはそんな情けないルフタのことも心配しずっと手紙を送ってくれていた。
ルフタは師匠に、ノネに会いたくなった。会って謝りたいと思った。
「吾輩は弱かったのだな・・・。どこまでも未熟で、それでも夢を持っていた吾輩に師匠は優しく微笑んでくれたのに。それをいつの間にか裏切っていたのだな」
「何を強さと定義するかは人それぞれです。その力をいつまでも弱いと感じるのは強さではなく、定義が間違っているのでしょう。ルフタ、君の思う強さとは何ですか?」
自分の強さとは何か。
今まで自分を支えていた物。
考えてみれば、ルフタは力を求めていたのに手に入れたのは違うものだった。
なら、何を手にしていた?
そして、何を失ったと思っていた?
「吾輩の思う強さ・・・」
「その答えが得られたとき、君は再びかつての夢を目指すことができるでしょう。私が保証します」
「さすがは神官長に推薦された男だ。物事の本質を見抜いているのである。吾輩は一番最初の誓いすら忘れていたのだな・・・」
最初に抱いた誓いが長い月日を得て、果たせる段階に来た時。
その誓いが手段と入れ替わって、夢や思いではなく現実や結果ばかり見てしまっている。
きっと、ルフタは結果を求めていたのだろう。
亜人を救えたという結果を。
日は完全に落ち、夜を迎えた王都でルフタとヴェヒターの会話は終わりを告げ、それと同時にアズラは静かに目を閉じ眠りにつく。
今夜聞いた話は自分の見た夢。
ちゃんと本人から聞こうと思うのだった。
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夜の王都を二人の若者が歩いていく。
二人は敵を取るため夜に潜む闇を探し回る。
あまりにも計画性がないし、無駄足かもしれないが二人は動かないといけないと思ったのだ。
「どう? 何か見つかった?」
「ダメニャ。ニャんも見つからニャいニャ」
二人組の若者。
セトとエリウは、鉄仮面と遭遇した裏路地に来ていた。
壁は崩れ落ち、地面がひっくり返っている。
アズラたちと鉄仮面の死闘の跡。
そこに何か手がかりはないかと探しに来ていた。
「鉄仮面って術式使いなんだよね」
「間違いニャいニャ。それに剣の腕も相当だニャ」
敵は、術式を極めつつ剣術にも精通している。
術式の対策をしただけでは勝てない。
鉄仮面を上回る何かを用意しなければならない。
セトは術式の正体のヒントがないか探し回る。すると、地面に何かが突き刺さった跡があるのを見つけた。
「エリウ、この穴って術式でできたものかな」
「んニャー。これは多分あいつの見えない攻撃ニャ。あの鉄仮面は透明な刃で攻撃してくるのニャ」
「透明な刃・・・。鉄仮面も透明になったりしてたよね?」
「んニャ? あいつはずっと・・・。ニャ! あいつ逃げる時、姿が透明になって見えなくニャったニャ」
少しだけだが、術式の正体が見えてきた。
透明になる。
その現象から答えを探す。
「うん。鉄仮面は自分も含めて対象を透明にできる。何を透明にしているかが問題だけど。術式で構成した剣か、本物の剣か・・・。どっちにしても見えないのはどうにかしないと」
セトは考えていく。見えない攻撃に、自分の姿すら消せる敵。
一度逃げられたら追いかけることは不可能だろう。
奇襲の対策も難しい。
せめて、自分たちの力が敵と同等なら狭い部屋の中で戦うという選択しもあるのだが・・・。
「その問題。僕に任せて」
幼い声がセトとエリウの真後ろからきた。
2人はその声の主を見て少し驚く。
高貴な服とその階級を表しているであろう紋章をあしらった帽子を被った小さな男の子。
ライブラ第十六王子がそこにいたからだ。
「ライブラ王子殿下。夜中は危険だよ。それに任せてほしいって?」
「鉄仮面を倒す策。僕なら用意できます。我ら王族を狙う敵を僕も放ってはおけません。セト、エリウ、お前たちに協力を求めます。上位騎士のアズラを一蹴する敵、勝つには手を取り合う必要があるはずです」
「ニャー・・・」
エリウは頭をガシガシと掻きながら、ライブラの前に歩み寄る。
ポンッと頭に手を置いて子供に教えるようにこう答えた。
「僕も協力したいから力を貸せッ! って言えばいいニャ。それにあちしもセトもそのつもりニャ」
「それじゃ!」
「うん。ライブラ王子殿下。詳しく聞かせてもらえるかな?」
「はい!」
ライブラも悔しかったのだ。
自分を守ってくれたアズラがズタボロにされて悔しくない訳がない。
それに鉄仮面は自分を狙っている。
なら、アズラが傷ついたのも自分の所為だと言える。
優しい彼女なら気にするなと言うだろうが、ライブラも一人の男なのだ。
いつまでも守られてばかりは耐えられない。
「まずは、王宮を決戦の舞台として用意します。王宮は許可された者以外、術式が使用できない対術式防壁に守られているので敵の得物を封じれます」
「ちょい待ち。そんな所にどうやって鉄仮面をおびき出すニャ? 不利にニャる場所にはこニャいと思うニャ」
「エリウは頭が悪いんですね」
「ニャんだとこのガキ!」
「エリウ抑えて、抑えて・・・」
そんな問題はないとライブラは確信しているようだ。
では、どうするのか。
それは。
「簡単です。王都は王宮の内部にあるんですよ? 僕の権限で王都の一区画を王宮と同じ条件にしてしまうんです」
目をつぶり人差し指を立てながら答える。
こんなことぐらいなんてことないと二人に告げる。
「それなら、鉄仮面の術式を封じれる!」
「待つニャ。だからどうやっておびき出すニャ?」
「エリウ、お前の前にいる僕は誰ですか」
まだ分からないの? とちょっとめんどくさそうに言うライブラ。
頭が良くて生意気で王子様。
いままでバカな子とは出会ったことがないのだ。
「ライブラ王子殿下ニャ?」
「・・・」
「ニャ!! 自分が囮にニャるつもりかニャ。ダメニャ、殺されるニャ」
エリウは彼の決意をようやく理解する。
本来、守られて当然の王族が人のために命を張るのは愚かな行為だ。
だが、ライブラはもう耐えられないのだ。
自分一人のために何百という命が消えるのに耐えられない、間違っていると思う。
だから。
「それぐらい承知の上です。僕だってみんなのために戦いたいんだ」
「分かったニャ。ライブラ王子殿下はあちしが必ず守ってみせるニャ。」
「それぐらいしてもらわなければ、こっちが困ります」
そんなこと出来て当たり前だとライブラは言い放つ。
言われたエリウは不満そうにムーとした表情をしている。
ライブラに対する今の彼女の評価は生意気。
生意気なガキだ。
ちなみにエリウの評価はバカだ。
「ムムム・・・、こいつ泣いてた時と性格が違うニャ」
「エリウ、ライブラ王子も男の子なんだ。カッコつけたいんだよ」
「お前たち聞こえてるぞ」
「ごめん。それで、王宮で許可を取るのはいつにするの?」
「今から。鎧の騎士団が知らせていると思うけど、兄上にも顔を見せたいので」
「了解。それじゃ今から王宮に出発だ」
三人は急いで王宮に向かう。
場所は王都最上層。
しばらくすると、セトたちがいなくなった路地裏に二つの影が並び立った。
何やら相談している。
一人は、カラグヴァナ人特有の輝く金髪と青い目の瞳、
どちらかと言えば美形で、どこか特徴のない顔をしている。少しめんどくさそうにしている男。
もう一人は、アプフェル商会の元傭兵8人の中で最も優れた槍使いの戦士。
茶色の髪と虎のような鋭い黄色い瞳を持っている。
ディアとランツェだ。
「それで、ランツェさんよ、どうしますか? 戻って報告、もしくはこのままついていくか」
「セトたちを守る」
「付いていくって? いいね、俺も暴れたいと思ってたんだよ」
二人はルフタよりセトたちを守るように言われていた。
アズラもルフタも動けないこの状況でこれ以上の被害を出さないためだが、ディアは鉄仮面に一泡吹かせてやりたいと考えている。
命令を忠実に守ろうとしているのはランツェだけのようだ。
「俺たちも王宮に向かうとしますか。王宮って俺でも入れるのかね?」
「無理だ」
「だよな? 王宮の中でトラブルにならないといいが」
ディアは嫌なことを言いながらセトたちの後をつけていく。
何故、合流しないのかというと、その方が動きやすいからだ。
きっと敵はどこかで自分たちを見ている。二手に分かれていた方が対処しやすい。
ディアたちも夜の路地裏に消えていった。




