第七十六話 回想・否定と憎しみの結末
ルフタは4日後の昼に目が覚めた。
部屋には10名ほどの神官たちがベッドに寝かされており、手当てを受けている。
目覚めたのはルフタだけのようだ。
「一体何が・・・」
ルフタは辺りを見回す。
確か食堂にいたはずだ。そこでノネが倒れて・・・。
「師匠!! 師匠は! う・・・ゴホゴホ」
「ルフタさん! 無理をしてはいけません。あなたは毒を盛られたのです!」
「毒? まさか食堂の料理に毒を・・・。いや、それよりも神官長は? 吾輩の側におられたはず」
「神官長は無事です。ですが・・・」
手当をしていた神官が口を濁らせる。
言いずらそうに目線が泳いでいた。
ノネの体は弱い方だ。丈夫な体のルフタでも4日も寝込んだのだ。
だとすると。
「師匠の部屋に案内してくれ。頼む!」
「動いちゃダメです。内臓がボロボロなんですよ!」
「吾輩は亜人だ。ちょっとやそっとでは死なん」
「ですが」
「頼む。吾輩が狙われたのならこれは吾輩の責任だ」
「・・・分かりました。しかし、あなたも重症なのです。5分だけ顔を見せてあげてください。そして、すぐに治療に戻ってください。いいですね?」
「感謝する」
肩を背負われ、ノネの部屋に案内される。
彼女はすぐ隣の部屋にいるようだ。
扉の前に立ち取っ手に手を掛ける。その部屋からは血と苦痛の匂いが手を伝ってルフタの脳に恐怖を植え付けてきた。
それを無理矢理に無視して扉を開く。
「ゴホッ! カハ!」
「呼吸器官の維持を!! 心臓と脳は死守せよ!!」
「出血、止まりません!」
「治癒の神術の効果は!?」
「ダメです。残った毒に耐えられる体力がなく、効果がありません」
ノネは生死の境を彷徨っていた。
大神官とその部下たちが決死の形相でノネの治療に臨んでいる。
治療しても体力のないノネには僅かに残った毒の効果で一気に瀕死状態に陥ってしまう。
いくら傷を塞いでも自力で毒を中和することができないのだ。
解毒薬もノネがその効果の負担に耐えられないため投与できない。
治癒の神術も治癒能力を活性化できても毒は消せない。
せめて、毒の正体が分かれば負担の少ない解毒薬を投与できるのだが。
そんなノネの苦しむ姿を見たルフタは、その部屋に。
入ることができなかった。
「な・・・師匠・・・」
「ルフタさん。神官長は意識がおありです。顔を見せてあげてください。あなたのことを心配されていました」
「師匠」
ルフタは足に力を入れる。
目の前で起こっている死闘から目を背けずに真っすぐと見て。
部屋に入って行った。毒に苦しむノネの横に立ち彼女の顔を見る。
ノネがうっすらと目を開けてルフタを見た。
彼の無事を知ったからか安心した表情を見せる。
「よかった・・・」
「吾輩は平気である。師匠は、師匠は大丈夫か」
「うん・・・大丈夫だよ」
そういった彼女は衰弱し今にも事切れそうなほど弱弱しい姿になっている。
ルフタは彼女の手を握り締め祈るように顔の前に持ってくる。
その姿はまさに祈りを捧げている神官そのものだった。
「・・・負けないよ。こんなことぐらいで私は負けない」
ノネの体に力が戻ってくる。
まだ彼は道半ばなのに、自分が倒れることでその歩みを止めてしまうのが許せない。
そんな弱い自分が許せない。
だから、ここで死ぬ訳にはいかない。
「これは! 出血が止まりました」
「今の内に傷を塞ぐ。ルフタよく来てくれた後は我々に任せてくれ。必ず元の元気な姿にしてみせる」
「頼むのである大神官殿」
ルフタは手を放し彼女から離れる。
生き残る決意が宿った彼女の目がルフタに力強く微笑みかけた。
自分は大丈夫だと。
ルフタに心配を掛けまいと振る舞うその姿はとても、とても力強く見えた。
ルフタはベッドに戻され、すぐに治療が開始される。
無理に動いたため体に残った毒が内臓から外に広がってしまったかもしれないと。
解毒薬を飲まされ絶対安静を命じられるのだった。
(審議会はどうなったのだ? 吾輩の意見は残ったのだろうか・・・・・・、・・・、・)
そして、再びルフタの意識は暗闇に沈んでいった。
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目覚めたのは次の日の朝だった。
ルフタたちが眠っている間に審議会は終了しジグラットの声となる意見はまとまっていた。
面会に来た部下から報告を聞き、ルフタの意見も無事残ったことを知る。
ジグラットの声の一文に亜人の村の保護がしっかりと明記されるとのことだ。
ルフタは意見が消えなかったことにホッとする。
ノネの容体も安定したとのこと。
ようやく胸を撫で下ろせる。
「お前さんたちご苦労だった。大事な時にすまんな」
「何をおっしゃいますか! こうなったのもトマスの所為です」
「やはりトマスが?」
「はい。ルフタ様たちが食堂で倒れているのが発見されて、その状態からすぐに毒によるものと分かりまして。大神官様は真っ先にトマスを拘束し荷物を調べられて、カラの小瓶をトマスから押収されました。微量ですがルフタ様に盛られた毒と同じものが付着していたのです」
「・・・そうか」
ルフタは何故こんなことをしたのかと疑問に思うが、トマスの心情を知ることは叶わないだろう。
殺してでも阻止する。それだけの価値が、彼にはあったのか。
それは絶対にルフタには理解できないものだ。
起きてしまったことを悩んでも仕方ない。
ルフタはジグラットの意見がどうなったか確認する。
「ジグラットの声にまとめられた意見書は見れるだろうか?」
「すみません。公開されるのはカラグヴァナ王国に伝えた後だそうです」
「分かった。公開されるまで待とう」
全体としてどういう意見になったか確認したかったが、今は見ることを許されない。
納得できない者が意見の内容に介入できぬよう公開されるまで待つしか知る方法はないのだ。
王国に伝えられ、その政策が決まってから公開されるだろう。
「お前さんたちは今まで通り亜人の村の巡回を頼むのである」
「はい、ルフタ様」
早くて一ヶ月。
ルフタは治療に専念し後のことは、部下に任せるのだった。
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そして、一ヶ月と数日。
王国に伝えられたジグラットの意見書が公開された。
ルフタの意見がちゃんと通ったのなら亜人の村にも騎士団が来て、村の管理と保護を伝えてるだろう。
もちろん、ルフタの村にも。
ルフタは早速、意見書に目を通していく。
待ちに待った確認の日だ。
内容はこう記されていた。
ジグラットより、カラグヴァナ王国へ伝える意見として以下を示す。
一つ、王国は領土の安定に更なる力を入れることを望む。
一つ、領土の拡大はこれ以上必要ではないと伝える。
一つ、無秩序となっている奴隷に関する市場の是正をすべきである。
一つ、王国は領土内の全ての集落に住む者を臣民として認め保護すべきである。無論、亜人を含む。
ハッキリと書かれている。
亜人を含むと。
これだけハッキリと書いてくれれば王国も無視できないだろう。
ルフタの苦労がようやく報われる時が来たのだ。
「村に行ってくる。留守を頼むのである」
「分かりましたルフタ様」
ルフタは早速、ツァーヴ族の村に出向く。久々の故郷だ。
もう騎士団から内容を聞いているだろう。
奴隷狩りに脅える必要もなくなる。
王都の外に出て荒野を進んでいく。村への巡回で慣れた道のりのはずなのに、安静のため寝続けたせいか初めて来た道のように感じる。
少々、病み上がりの体に辛い道のりだが、みんなが待っていると思えば辛くない。
荒野を渡り歩き。
日が傾き始めたころにようやく村に到着した。
村には数人の騎士がおり、ツァーヴ族の亜人に説明しているようだ。
ツァーヴ族のみんなは戸惑っているようだが、内容がしっかりと伝われば納得するだろう。
そう、思っていた。
ルフタの耳に騎士の声が聞こえる。
「ですから、あなた方を管理、保護するという決定です。村に住む亜人を臣民として認め、王国の貴重な労働力として働いてもらうのです」
「村はどうなる。俺たちが村からいなくなったら誰が狩りをするんだ」
「食料の供給は我々、具足の騎士団が保証します。魔獣の排除も心配はいらない。あなた方は安心して村を栄えさせ子を産み育てればいいのです」
ツァーヴ族の男たちが顔を見合わせ、どうするか考える。
今までこちらを脅してきた相手がいきなり保護すると言い出したのだ。戸惑うのが普通だろう。
だが、この条件を呑めばもう脅えて暮らすこともなくなる。
「その労働力となる条件を呑めば、お前たちは村を襲わないのだな?」
「ええ、年に4、5人ほど労働力となってもらいます。村の状態も考慮するので多少変動しますが、あなた方に負担は掛けません」
「分かった。その条件を呑もう」
「理解して頂き感謝します。それではこれを首につけてください。労働者の証です」
そういって騎士が差し出したのは、数字が彫られた金属製の首輪だった。
この金属製の首輪はある者に着けられる。数字はその者の価値を表し、首輪がその地位であると表す。
だが、それを見たルフタは、その首輪が出てきたことが信じられなかった。
何故、それが出てくる?
ルフタは目を疑う。何かの間違いではないのかと、目の前の光景を信じることができない。
それは保護には必要ないものだ。
それは、亜人どころか人間からも尊厳と自由を奪うもの。
奴隷の首輪だから。
「いかん!! それを着けてはダメッかっ・・・」
叫んだ途端、騎士に包囲され剣を突き付けられた。
邪魔はさせないと、剣を突き付け黙らせる。
「ん? おお! ルフタか。 おい! あれはこの村の出の者だ。騎士を下がらせてくれ」
「これは失礼しました」
騎士が剣を引いてさがる。
だが、ルフタはもう叫ぶことができなかった。
もう、みんなに真実を伝えることはできない。
それを騎士が許しはしない。
村人たちに見えないように、ルフタの背中に術式で構成した土の槍を。
突き刺していた。
「では、早速、村の方々は馬車へ乗ってください。臣民として王都で手続きがありますので」
「全員か? そんなに急がなくとも」
「正確に管理する決定ですので、不便ですが協力をお願いします」
「仕方ない行くか。ルフタ! しばらく村を見ていてくれすぐに戻る」
ルフタの眼前で奴隷になるためのプロセスを踏む村人が。
みんなが連れていかれる。
必死に声を出そうとするも、背中に突き刺された土の槍がそれを阻む。
背中から血が流れ落ち、激痛に声が潰され、呻くことも許されない。
何も出来ぬままルフタは、村のみんなが黙って連れていかれるのを見ていることしかできなかった。
そして、村から亜人が消え。
土の槍を引き抜かれたルフタだけが残った。
もう、戻ってこない者と。
真実を知り絶望して戻って来る者がこの村に残される結末。
膝から崩れ落ち、何もできなかった自分に怒りと憎しみを覚えていく。
さっきまで、普通に暮らしていたはずだ。いつもの日常を送っていたはずだ。
それがあっさりと、奪われた。
王国に裏切られたと知って。違う、何故、王国が亜人のための政策をすると信じてしまった。
期待してしまった。
無力感に押しつぶされて心にのたうつ絶望に涙する。
「おおぉぉぉおおぉぁぁああああああああ!!!!」
声にもならない叫びが鳴り響く。
誰もいない村に空しさだけが残り、ルフタの絶望はより深さを増す。
あれだけ守りたかった村が。
あれだけ救いたかった亜人たちが。
王国で永久に奴隷として生きる臣民となった。
絶望に沈むルフタは自我を維持するために、もう一つ生まれた感情にしがみつく。
許してはならない奴がいる。
殺さなければならないクソがいる。
憎しみが殺意が今のルフタを支える。
「許さん・・・。許さんぞ・・・! トマスッッ!!」
村に残された槍を手に取り、背中から血を流しながら王都に戻っていく。
トマスはジグラットの一室に幽閉されているはず。
なら、何も問題はない。
ジグラットに戻りすぐに殺す。
殺す。
殺す。
ルフタの心が黒く染まっていく。
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王都は騒ぎになった。
血まみれの神官が槍を片手に戻って来たのだ。
その目に憎しみを宿し、神官からはほど遠い者と成り果てて。
すぐにジグラットは事態を察知しルフタの保護に向かうも。
それよりも早く彼はトマスのもとに向かった。
ドアを蹴破り、トマスのいる階層に乗り込む。
神官たちの制止を無視し、一直線に奴の部屋に向かう。
そこに部屋から連れ出されるトマスが見えた。
「トマス!!」
憎しみの声がトマスに叩き付けられる。
もうその声はあの亜人のために尽くしたルフタではない。
「ひぃ! た、助けてくれ。亜人が襲撃してきたぞ!」
あまりの憎しみを抱いた形相を見てトマスは死を予感する。
殺される。
あの亜人は自分を殺そうとしていると。
その通りだと槍を構え、狙いを定める。
ルフタはもう殺すこと以外考えていない。
殺した後どうなるかなど。微塵も。
「吾輩の怒りを思いしれぇぇええ!!」
「く、来るなぁぁあああ!」
槍が突き出され、目にも止まらぬ速さでトマスに迫る。
周りの誰もが止めることができず。
彼の顔面に槍を突き立てようとした時。
「ルフタ君!! ダメ!!」
「ッ!!??」
間一髪のところで槍が止まる。
ノネの胸の肉を傷つけ血が白い神官服を汚していくが、ギリギリ、その一線を踏みとどまる。
憎しみに呑まれたルフタの前にノネが立ちふさがる。
「ど、退いてくだされ! 師匠!! 吾輩は奴をトマスを殺さなければ!!」
「ルフタ君。貴方の望んだ力は本当にそれなの? その破壊の力で本当にいいの? それじゃ何も」
「もう守れなかった!! ならその元凶を破壊するだけである!!」
「違う、違うよ。それじゃ何も救えない。亜人も、ルフタ君も、トマスの心も救えない」
「ッ!!? ・・・奴を救う? ・・・フ、フフ、ハハハ。奴は殺すべきだッッ!!!」
「きゃッ!?」
ノネを弾き飛ばし槍を構え再びトマスに狙いを定める。
「死ねぇ!! トマスッ!!」
「ひ、ひぃぃぃぃ」
ルフタの槍がトマスに届くそのその瞬間。
槍が砕けルフタは青白い獣、セフィラに吹き飛ばされる。
ツァドキエル。
ノネと契約したセフィラ。
その圧倒的一撃にルフタは全身を叩き付けられトマスを殺すための力を奪われる。
「がっ・・・、ぐ・・。何故なのだ師匠。こいつは殺すべき・・・だ」
ルフタは叩き付けられた衝撃で背中から噴き出す出血が勢いを増す。
薄れる意識の中、ノネの声が聞こえてくる。
「ルフタ君。その否定の思想こそ亜人を虐げている差別そのものなんだよ」
「違う・・・吾輩は・・・!」
ノネは。
彼女はもう彼と同じ夢を見ることができなくなる。
そう、思った。
「・・・ルフタ君」
憎しみに呑まれた彼の目を見ながらノネは決断する。
このまま彼が堕ちるくらいならいっそ。
「ルフタ・ルサンチマン・ツァーヴ。貴方より洗礼名を剥奪しジグラットより永久追放とします。今すぐ出て行って・・・」
「な・・・! し、しょ・・・う・・・」
意識が消えていく中、ルフタは自分を追放したノネを見る。
体から完全に力が消え、音も光も、何もかも無くなる刹那。
彼女の頬を流れる悲しみのそれを見て。
そこでルフタの意識は途切れた。
「次、目覚めた時は村で手当てをされていた。それ以来、ジグラットには行っていない。これが、吾輩が神官となり追放されるまでの物語である」
そして、ルフタの昔話は終わりを告げる。




