第七十五話 回想・共に見た儚い夢
昔は無力だった。
今も無力かもしれない。
だけど、力を手に入れる代わりに仲間と、友と。
そして、彼女と出会った。
それは、何も無かったルフタに亜人と人間の繋がりを感じさせるものとなる。
その感じた思いは決して錯覚などではない。
壇上に上がりそれを証明するために、今、自分の思いの全てを語る。
「吾輩は見ての通り亜人ツァーヴ族である。そのために、人よりも何倍も苦労して今の立場となった。何故苦労したか? 亜人だからである。亜人には人権が無い。集落も保護されていない。そもそも臣民として認められていないのだ。この現状を変えることを望み今ここに立っている」
亜人でなければ分からない、感じられない苦労を語っていく。
今から訴える意見が何故必要なのかを分かりやすく納得できるように。
知っていても正しく理解できていない人も多い。
自分たちが受けている仕打ちを語って聞かせる。
「亜人は人ではない、故にさらわれて奴隷にされようが、殺されようが人間に逆らうことは許されない。だが、人と同じ権利があればどうか? 亜人が人と同等の立場となればきっと人間と手を取り合える存在となる。全部とは言わない、一部でいい。一部の権利から認められていけばいいのである。その一部の権利として吾輩は王国に亜人の村の保護を求める。現在は、我々ジグラットが巡回し村の安全を維持しているが、本来、これをすべきは王国騎士団である。自国領土の安定を王国に求めるのは至極当然、その領土にある亜人の村を保護するのも彼らの責務、そして、亜人の村の権利である。吾輩はこの権利を亜人全てに求めるのである」
伝えたいことは全て言った。
考えに考えた言葉たちを吐き出した。
後は、この話を聞いた彼らがどう思うかだ。
数分にも感じる一瞬の静寂。答えの見えない暗闇の中にいるみたいにルフタに不安が広がる。
どうなんだ?
納得してくれたのか?
と回答を待っていると。
「亜人の村であっても確かに村は保護すべきであるな。村の存在が魔獣へのけん制にもなっている。ですが、村の保護と亜人の権利、何故結びつくのです?」
一人の神官から質問が来た。
至極真っ当な疑問だ。村の保護は亜人の得られる権利と関係あるのかと。
「村を保護するということは、その村は王国の一部であるという証明になるのである。村が王国の一部ならそこに住む者は必然的に臣民として扱うのが道理。それが亜人が得る権利。亜人は人でない、人権が無いのは承知しているが。だからといって、王国が管理すべき領土の一部を放置するのはおかしい話であると吾輩は思う。亜人個人に権利がなくとも亜人の村には保護される権利はあるはずだ」
「フム・・・、亜人の土地を自国領土と呼ぶならしかと管理し住まう者を保護すべきと。ルフタ殿の言う通りですな」
彼の質問を皮切りに続々と神官たちが手を上げる。
本当にその方法で亜人の立場は向上するのか、村の維持に終始して意味を成さないのではとルフタの意見が実現できるかどうかを真剣に聞いてきた。
聞かれたルフタは嬉しかった。
みんな考えてくれている。
どうすれば、実現できるかこんな自分のために。
亜人のために考えてくれている。
ルフタの意見の問題点は、王国に村を保護させた後どう亜人の権利に結び付けるかだ。
理屈上、亜人は臣民扱いでないとおかしいのだが、亜人を人ではなくただの喋る動物として扱う思想と差別が王国にあることが問題だった。
そこを変えさせようとしても理解してくれないだろう。
だからルフタもこんな回りくどいやり方をしている。
この意見が将来的に亜人の権利を拡大させるものであると理解してもらう必要があるのだ。
理解してもらった上で、村を保護してもらう。
そこがゴール地点だ。
ルフタの意見が神官たちに響いていく。届いていく。
その間違いに気付いていながら目を背けていたことを改めて知ることとなり。
それは、正しき道を説く神官たちの心を動かした。
「亜人の解放を願う、その声。亜人である君がいうからこそ意味がある。私はこの意見に賛同しよう」
「!」
「自分もだ。これは神官ルフタに課せられた使命と言える」
「お前さんたち・・・、感謝するのである」
神官たちから賛同の声が広がっていく。
合っているか間違っているかではなく、やってみよう。
完璧な意見ではない。だが、試してみよう。
亜人を取り巻く現状を変えるために、最初の一歩をここから踏み出す。
その意思がここに生まれた。
神官の一人が進言する。自分たちは賛同すると。
「神官長、我らはこの意見に賛同致します。ジグラットの声として王国に届けましょう」
「ちゃんと精査してからだけど。ルフタ君、いい意見だったよ。感情に訴えるのではなく、意志に響く思い。本来、ジグラットの声となるべき意見はこういうものでないといけない。変化を恐れないものであるべきだからね」
ノネは微笑みながらルフタを称える。
大神官にあまり個人に干渉しないよう注意されているが、ノネは満足げだ。
ルフタもやりきることができて、全身から力が抜けていく。壇上から降り椅子にドカッと座って残りの審議の行方を見守ることにする。
明日からは、自分の意見と矛盾する者と舌戦を繰り広げなければならない。
まだまだこれからなのだ。
一人の神官が審議会の途中に席を離れ、ジグラットの細い廊下を歩いていく。
顔からは生気が消え失せ、悪夢でも見たかのような表情をしている。
彼は、トマスは思う。
何故、人でない者がこの世界にいる。
「何故だ? 何故、亜人を人扱いする? 人ではないのに。私たちより下等な生き物だというのに。あんなものが人の世界に入り込む? あり得ない・・・、あってはならないことだ。人と言う純潔をあんな不純物で穢してなるものか・・・。何とかしなければ。私が、穢れを祓える私が、・・・そう、しなければ」
その目からは正気が失われ、狂気が宿っていく。
目が血走り、妄想と現実の、善と悪の区別が無くなって彼はあることを実行しようとしていた。
トマスが懐から小瓶のようなものを取り出す。中には真紅の赤に染まった液体で満たされており。
それを持ってフラフラとジグラットの奥へと消えていった。
----------
一日目が終わり。
ルフタは部屋で審議会に出された意見の確認を行っていた。
自分が賛成するべき意見はどれか、今の内に決めておくのである。
今日だけで50以上の意見が出てきているがジグラットの声として参考にされる意見はこの中の一部。
全体の意見の方向性と合うものが残るということだ。
そして、その方向性を決めるのが。
「ルフタ君お疲れ様」
神官長ノネだ。
また、ルフタの部屋に来たようだが、個人への干渉を怒られてなかっただろうか?
ルフタは少し心配になるが、彼女は一番偉い神官なのだ。まぁ、いいかと迎え入れる。
「師匠もお疲れである。吾輩の思い、皆に通じたのである」
「うん。これで少しでもいい方向になればいいね」
「そこは師匠にお願いするのである」
「あれー? いいのかな? 私にそんなお願いしちゃって、干渉だぞー」
揶揄うように不敵な笑みを浮かべてくる彼女。
ルフタはアタフタと手を振りそんなつもりはないと意思表示する。
「い、今ぐらい普通に会話してもいいであろう!?」
「うふふ、冗談だよ。それにルフタ君の意見は大丈夫。ちゃんとみんなの心に届いたんだから」
ここまで積み重ねてきた思いはちゃんと届いた。
それがルフタに達成感を与えている。
まだ、終わっていないが確実に一歩進んでいる。
達成感を得たせいか、ルフタはちょっと気が大きくなりこんなことをノネに言ってみる。
「師匠」
「ん?」
「その・・・、吾輩と・・・」
「んん!?」
ノネの目が光り輝き、何? なに? と聞いてくる。
何を言ってくれるのと期待大な感じだ。
その目を見たルフタは意を決して言う。
「吾輩と・・・・・・、飯に行きませんか!?」
「うふふ、いいわよ」
「・・・・・・いいのであるか?」
「んもー! 自分から誘っておいて! プンプン!」
ノネが怒ってしまった。
プンプンしながら拳をポカポカとルフタの頭に振り下ろす。
そんな可愛らしい三十代半ば彼氏募集中です。
「いだ! いだだ! すまん! あっさりOKと言われるとは思ってなくて」
「プンプン!」
「師匠許してくだされ」
「プンプン! ご飯」
「・・・う、うむ」
ノネはまだ少しご機嫌ななめのようだが、ルフタに食事を誘われたのは嬉しかったようだ。
今日の審議会は終了し二人とも時間があるが、ノネは神官長であるため審議会などの重要な仕事の期間中は、外に出られない。
自然と二人はジグラットの食堂に向かうことになった。
食堂と言っても、ジグラットのものは質素な感じだ。
栄養バランスを考慮した必要最低限の食事。
とても女性を招待するような所ではないが、二人はそれでも構わない。
木のテーブルとイスが並んでいる食堂に着くと、何名かの神官が食事をしていた。
空いているテーブルに座りルフタが本日の料理を持ってくる。毎日のメニューが決まっているので当たりはずれがあるのだが、今日は当たりだ。
ラット肉の煮込みスープとパンの料理。
肉の旨味がたっぷりと詰まったスープにパンを浸しながら、旨味だけをパンに滲み込ませる。
それをパクッと一口。
ヒタヒタのパンからジュワッと溢れる旨味が二人の味覚を刺激する。
「おいしいね」
「うむ。師匠と食べていると修行の日々を思い出すのである」
「ルフタ君食べ方凄かったからビックリしたの覚えてるよ」
「吾輩の村ではあれが普通だったのだが」
「村でもルフタ君だけだったよ?」
「そうなのか?」
神官になる前のルフタは色々とやんちゃだったのだ。
ちょっと頭が切れるだけで、そこらの若者と変わらない。
食べ方もワイルドに口の中に全て放り込んでいた。
今のように、料理の食べ方など知らなかったのだ。
スープに浸したパンを上品に食べながら、昔話を楽しむ二人。
何も知らないルフタがノネに付いて行き女風呂に入って騒ぎになった話。
二人で町を助けるため魔獣と対峙した話。
恥ずかしいことも命を懸けたことも等しくいい思い出となって二人の口から出てくる。
しばらく話しているとルフタはノネにあることを相談した。
「師匠、吾輩この審議会が終わり亜人たちの件がひと段落したら一度セフィラとの契約に臨もうと思う。契約が成功すれば吾輩も一人前の神官である。そこで相談なのだがセフィラとはどんな会話をすればいいのであるか?」
「うーん。セフィラたちにも個性があるからどの子に会うかで変わるんだけど、基本は知りたがりなのよ」
「知りたがり?」
「そう、セフィラたちは主アイン・ソフの眷属だから、その意思、思考も主アイン・ソフに近いの。だから主アイン・ソフが知らないことを知りたがる。特に生と死についてね」
「哲学的であるな。生まれて老いていくことを語ればいいのであるのだろうか」
「それは他の神官からイヤと言うほど聞いてると思うな。今は生き物とそうでない物の違いを知りたがっていると思うよ」
神官とセフィラの契約はセフィラたちの知識欲を満たす何かしらの対価を支払う必要がある。
彼らが腕を知りたいと言えば腕を。
内臓を知りたいと言えば内臓を。
心を知りたいと言えば心を対価として支払う。
何を知りたいと言ってくるかはその神官との会話により変化するのだが、現在は肉体の一部を要求されることが多いのだ。
「命のあるものとそうでない物の違いであるか・・・。師匠は何を聞かれたのだ?」
「私は、恐怖かな? 感情について聞かれたから本当にそうなのか分からないけど。でもセフィラたちは恐怖が分からないみたいなの。恐れも死ということも分からないって言ってたかな」
ノネは懐かしむように答える。
セフィラたちとの会話。
人智を超える存在との対話だ。
人間が当たり前と思っていてもセフィラたちは違うのだ。
何故、生まれるのか、そして死ぬのか。
死ぬのが嫌なら生まれなければいいのにと彼らは本気で思ってしまう。それだけ異なる存在。
「そういえば、初めて恐怖を見たのは異神からなんだって、異神は本当に何でも教えてくれたって言ってたよ。あの子たち、また会いたがってたけど、異神って今どこにいるのかな?」
「し、師匠! その名はジグラットでは・・・」
「あ、ゴメンなさい。またやっちゃった」
ノネはやってしまったとシュンと気を落とす。
主アイン・ソフと並び立つ存在。
異神。
しかし、ツァラトゥストラ教ではかの存在を神と認める訳にはいかない。
神は主アイン・ソフのみのはずだから。
だから、神官であるノネたちも異神の名を口にすることは許されない。
たとえ、神話の中に異神の名が確かにあったとしてもジグラットはその存在を認めないのだ。矛盾を孕んだとしても。
「そろそろ行こっか」
「うむ。反省文が待っておるしな」
「・・・いじわる」
二人が席を立ち食堂を出ていこうとすると。
ドタッ! と一人の神官が盛大にこける。
ルフタが心配し歩み寄ろうとすると。
一瞬、視界が暗転した。そう、いきなり暗闇が広がりすぐに戻る。
「む? なんだ?」
ドサッ!
ルフタのすぐ後ろから誰かが倒れた音が鳴る。
今、自分の後ろにいるのは誰だ。
すぐに振り返るとそこにはノネが血を吐き倒れていた。
「師匠!! 大丈夫であるか!? う!! ・・・ゴハッ!!??」
血が流れ落ちる。
口を押さえ、ノネを助けようと体を動かすもバランスを崩しルフタも倒れ込んでしまう。
食堂にいた神官たちが次々と口から血を吐き倒れていく。
薄れゆく意識の中で、ルフタは食堂を去っていく一人の男を見る。
「ト・・・・・・マ・・・ス」
完全に意識が落ち、ルフタは暗闇に沈んでいった。




