第七十四話 回想・思いが集まる場で
なかなか成果は上がらない。
それでも、ルフタの思いを聞いて亜人の地位向上に賛成してくれる者が増えてきていた。
協力とまではいかなくても神官の大多数が賛成ならカラグヴァナ王国にも意見を通しやすくなる。
亜人の地位向上。
その一歩となる王国臣民としての立場の獲得をルフタは次のように勧めるつもりだ。
まず、ジグラット全体の意見として亜人の地位向上を盛り込む。そのためには、審議会で意見への賛成多数を得る必要があるが手応えはある。
次に、カラグヴァナ王国にその意見を伝え、亜人の地位向上のための新しい政策を行ってもらう。これには亜人の地位向上をした時の利点を押さえておき説得の材料とする。
最後に、亜人が王国臣民となり人と対等になったと人々に認知させる。
おそらく、王国に政策を取ってもらうのと人々に亜人が臣民であると認知させるのが難しいだろう。
建国以来、長年に亘って亜人を奴隷としてきた王国にその考えを文化を改めさせるのは容易ではない。
だが、ジグラットから無視できない意見として亜人の地位向上が出てくれば何らかの対処をしなければならなくなる。
ルフタはそれに懸けていた。
ジグラットの世界への影響力を使って、王国を変えてみせるために。
もうすぐ、ジグラットの神官が集まりカラグヴァナ王国への意見をまとめる審議会が開かれる。
審議会は5日間も行われ、その意見を厳密に精査し賛成多数でジグラットの意見とする。
ジグラットの意見となるため、聖地アヴェスタより神官長が派遣されその意見を聞きに来るので、ルフタは神官長の耳に残る意見を語る必要がある。
神官たちは神官長に認められるよう審議会には神経をすり減らしながら望むのだ。
ジグラットの隅から隅までルフタも自分の意見を審議会に通そうと必死に動き回る。
根本から無くなった尻尾の部分にでっかい傷当てをして、服で見えないようにしているが、尻尾が無いせいか歩き方がぎこちなくなってしまっている。ギクシャクした動きのまま、まだ声を掛けていない神官がいないか探し回っていた。
そのうち生えてくるだろうとルフタは気にしていないが部下たちは気になるようだ。
チラチラとルフタの尻尾のあった部分に目が言っている。
そんな部下に活を入れるようにルフタは指示を出した。
「お前さんたち、もうすぐ審議会が始まる。最後のその直前までみんなに協力をしてくれるよう頼むのだ」
「はいルフタ様」
部下に審議会が始まるギリギリまで多数派工作を仕掛けるよう指示を飛ばす。
他の神官も同じことをしているだろう。
歩き方のぎこちない自分よりも部下が行った方が速く進む。ルフタは部下に任せて部屋で自分の意見を再確認する。
神官の中でも少数派のルフタの所には余り協力要請は来ないが、要請が来ればルフタは可能な限り協力を惜しまない。
自分たちだけで多数派となれないなら、他者の協力を得るため恩を売りまくる。
汚い手に見えるかもしれないが、正論だけ叫ぶ者は相手にされない。
どこの組織も利益という概念が付きまとうからだ。それをいかに利用するか。
亜人の地位向上という一つの利益のために多数の利益を相手に差し出す。
求める利益が得られればそれで十分釣りがくるだろう。
ルフタは自分に出来る全てを注いでいく。
部屋に一人残されたルフタが意見の内容を確認していると、フラッと人が入って来た。
ノネだ。
神官長としてカラグヴァナ王国のジグラットに来た彼女だが、こんな所にいていいのかとルフタは心配しながら声を掛ける。
「師匠、こんな所をほっつき歩いていていいのであるか?」
「私は偉いから大丈夫よ」
「答えになっていないが、師匠が言うのなら問題ないか」
相変わらず自由なノネはルフタの意見が書かれた書類に勝手に目を通す。
公平に意見を聞く立場であるはずだが彼女はお構い無しだ。
「どうであるか師匠?」
「その問には答えられないけど、もっとがんばれ」
ノネは口元を歪ませニヤニヤしながら答える。
意見書に不備があってそれを発見したのだろう。
指摘して欲しいがそれは立場上できないのは分かっている。指摘できないからダメなとこ見ーつけたと顔に出してくれるのはルフタにとって非常にありがたい。
「うむ。承知した」
早速、意見書を見直していく。
ルフタとしては、完璧なのだがノネにはダメな箇所があるらしい。
どこだろうかと首を捻りながら考える。
亜人はいいヤツと訴えかけるのがダメなのだろうか?
小一時間ぐらいルフタが悩んでいるとノネがポツリと呟いた。
「ルフタ君。全部終わったら一緒に旅に出てみない?」
「どうしたのだ急に? 旅ならたくさんしたであろう?」
ルフタは書類から目を離し、ノネの話に意識を向ける。
なんだか、彼女から信頼にも愛情にも似たような雰囲気を感じたのだ。
「神官としてじゃなくて、一個人として旅をしてみたいの。何にも縛られることなくのんびりした旅。きっと楽しいと思うんだ。ルフタ君がいてくれたらもっと楽しいと思うんだけど」
「・・・そうであるな。吾輩も師匠と一緒ならきっと些細なことでも楽しめる」
「えへへ。なんだか照れるよー」
「し、師匠が言い出したのである!」
照れ笑いしながらルフタをバシバシと叩く。
かなり恥ずかしかったのかノネはクネクネと体をくねらせその感情を表現していた。
そんな彼女は幸せそうだ。
ルフタもなんだか照れくさくなってきたのか、頬をポリポリと掻きながらノネとの幸せな気分を共有していく。
「こういうのも悪くなぐふぉ!!」
恥ずかしさを誤魔化すためノネがルフタの脇腹にいきなり蹴りをかました。
油断しまくっていたルフタの脇腹にクリーンヒットする。
脇腹を押さえ悶絶するルフタを放置してノネは部屋を出ていき。
「がんばるんだぞルフタ君!」
何かから逃げるようにそそくさと去っていく彼女をルフタは黙って見送る。
ノネを見て感じるこの思い。
今、自分が抱いた感情はきっとそうなんだろう。
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そして、時間が来た。審議会の会場となる大広間に神官たちが続々と入り、用意された席に着席していく。
意見を述べる者が立つ壇上を中心に輪っか状に席が300近く配置され、壇上の近くには記録員や神官長の席が用意されていた。
ジグラットの大広間はさながら神殿のような作りだ。
壇上にもジグラットの象徴となるシンボルである4つの実を付けた樹を象った装飾が模られ、4体の獣を象った壁画が壁に掛けられている。
全て灰色の色が無いと感じる大広間。
ツァラトゥストラ教は偶像崇拝を禁止してはいないが、あまり勧めてもいない。
最小限の伝えるべき神話を残すだけで神を無理矢理形にしたりはしないのだ。
主アイン・ソフは人が考えられる形をした存在ではないのだから。
席に神官たち全員が着席し、神官長ノネが御広間に入ってくる。
白に赤の線を付け足した神官服のノネを中心に4人の白と黄色の神官服を着た大神官がルフタたちの前を通り過ぎていく。
彼女と話している時は気にしないのだが、本来、ノネとルフタの立場は大きく異なるのだ。
組織のNo.2とただの神官。
それを改めて認識する。
用意された席にノネが着席し審議会が開始された。
審議は意見のある神官一人一人が壇上に立って演説していき、300人もいる神官たちの質問・疑問に答えなくてはならない。
そして、その審議を通過した者は大神官と神官長の問に答え認められた意見が多数決でジグラットの意見として参考にされる。
そう参考にされるのだ。ジグラットの意見として自分の意見がそのまま通る訳ではない。
要約されて一文しか残らなかったり、他の意見との矛盾で無くなる可能性もあるのだ。
だから、意見は他の神官たちの主張とぶつからないように細心の注意を払って事前に合わせておくのが通例なのだが。
ルフタの意見は少数派。
少数の意見に合わせてくれるほど周りは甘くない。ほとんどが無視だ。
よって、ルフタの取れる意見の出し方は一つ。
他の意見より優先されやすいものとなることだ。
「私は領土内にあるすべての村へ派遣する神官の増員を希望致します。魔獣の脅威が常にあるこのカラグヴァナでジグラットのある王都まで旅をするのはあまりにも危険。村の人々に来てもらうより私たちが常駐すべきであると提案します」
始めは意見の通りやすい簡単な話題からスタートした。
彼らは神官の待遇改善を求めたり、臣民たちの不満を代弁する立場の神官だ。大きく変化を及ぼす意見ではないが日々の活動に欠かせない意見を持っている。
ルフタの意見にも賛同してくれた者たちだ。
(吾輩の意見を組んでくれたのか。感謝である)
領土内にあるすべての村へ派遣するという言い回し。
これなら亜人の村も対象として含むことができる。
意見の集約でも消えにくいだろう。
最初に柔軟性のある意見が通れば自分の意見をそこに当てはめやすくなる。
柔軟性は他の意見を持つ者からの質問という名の意見潰しを回避できることでもあるのだ。
この意見は賛成多数となり通るだろう。
次々と神官たちから意見が語られ、ジグラットの意見の枠組みが形作られていく。
今回のジグラットの意見は魔獣の脅威や貧困に苦しむ人々に救いの手を差し伸べることに要約されそうだ。
この流れは非常にいい。
ルフタの差別に苦しむ亜人の立場向上と合わせやすい内容だ。
次の神官が意見を述べる。だがその意見を聞いてルフタは焦る。
「自分は、全ての奴隷の一括管理の必要性を訴えます。奴隷を中心とした犯罪、闇市場と呼ばれる違法地帯。これらは全て奴隷の存在が原因にあります。現在も王国が奴隷たちを放置しているせいで無秩序となっていますが、ジグラットがそれを管理し秩序を与えれば奴隷たちは王国を支える経済力を生み出すでしょう。王国に正しい教えを説き秩序を与えるのが我らの役目、どうかこの意見に賛同を」
大広間が賛成の雰囲気に流れ始める。
これはまずい。
彼の意見はルフタのものと矛盾する内容だ。
ルフタは亜人を奴隷でなくそうとしているが、あっちは奴隷を管理しようとしている。
だが、反対するにしても間違ったことを述べている訳ではない。
ルフタは考える。うまくこの意見の内容をうやむやにするような質問を。
(いかん! 何も思いつかん! 彼は間違ってはいないのだ、どうする!?)
焦るルフタを余所に肯定的な質問が相次ぐ。
意見を出した神官も満足げに答えていると。
「それ、ダメだよね? 王国への経済干渉になるよ?」
神官長が口を開いた。
シンッとあれだけ活発に質疑が行われていたのにノネの一言でそれが打ち消される。
神官たちが口を閉じ、静まり返ってノネをジッと見つめる。
王国への経済干渉とは、王国に渡るはずの利益がジグラットの活動により変化してしまうことだ。
仮に市場をジグラットが掌握管理した場合、市場で発生した利益はジグラットに一度管理されることになる。
その利益を王国に渡さなければ経済的打撃が発生するのだ。
それは王国への直接的干渉。ジグラットが認められるのは相談に乗ったり意見を述べる程度の干渉だ。
「貴方の意見。奴隷の現状を改善するまではいいけど、それで市場を形成掌握したらいけないのは分かるよね?」
「は、はい神官長。しかし、失礼ながら市場の掌握などという貪欲なことなどまったく・・・」
「思ってなくてもなってしまうんだよ。奴隷たちを管理しているのにそこから生まれる利益をどうやってジグラットが関与していない利益にするのかな?」
「それは・・・。ご指摘の通りです。自分の思慮が浅はかでした・・・」
神官長ノネと大神官たちのいる理由はこのためだ。
より正しい意見を残し見極めていくために、根本的に間違っている意見を間引きしていく。
彼女は聖地アヴェスタからやって来た神官たちの頂点。
間違った意見は決して認めない。
だが、その彼女の言葉を忌々しく聞く者が一人いる。
「経済干渉か・・・。そこまで考慮していなかったね」
「どうします? 彼の意見が通らなければ用意した意見に矛盾が発生する恐れが」
「すぐに修正するにも時間がいるか・・・。私が時間を作りましょう。なに、最後に奴隷を管理する一文さえ残ればいい・・・」
多数の神官たちの中に黒く薄汚れた心を持った神官が一人。
トマスは亜人の立場向上と矛盾する意見を多数用意していた。
それぞれの意見が通れば意見の意味が複雑に絡まり合い、亜人の立場向上など入る隙間が無くなる。
彼はそのためだけに意見を述べようとしていた。
対するルフタは、たった一回だけ発言できる意見をどう述べるか考えている。
用意した意見書の内容をそのまま言っても質問の嵐だろう。
まずは亜人の村を王国にちゃんと守ってもらう。
ルフタの望む意味は亜人を臣民として受け入れてもらうだが。
言い方を変えれば亜人の村を管理すると捉えることができるはず。
先ほどのような意見とも矛盾しにくい意味として捉えられるのではと考えていた。
壇上にまた神官が上がる。
それを見たルフタは彼を。
トマスを注視した。
彼は、ゆっくりと壇上に上がり、全体を見渡す。
ルフタと一度目が合い。
そして、邪悪にその顔を微笑ませた。
「私の意見はただ一つですね。全ての奴隷の解放です! あらゆる奴隷という階級を禁止しそれに関わる職業の者は人道を無視したと捉えるべきです。ジグラットの力で王国を動かし奴隷をこの世界から失くすのです。さぁ、奴隷たちに救いの手を!」
やられた。
そうきたかとルフタは唇を噛む。
先に奴隷の立場向上を決して受け入れられない意見で表に出す。
そうすれば、亜人の立場向上は先に意見されたトマスのものと同じ扱いに陥る。
奴隷全体だろうが亜人だけだろうが同じ意味になり、全体の意見とぶつかり合う通らない意見と化す。
「そんな意見どうやって王国に言い聞かせるつもりだ!」
「綺麗ごとだけでは物事は好転せんぞ」
次々と否定的な意見が飛び出す。
当たり前だ。いきなり奴隷解放なんて無茶な要求でしかない。
この奴隷の立場向上は無理だという大広間の雰囲気はしばらく消えないだろう。
ルフタは今日の発言を諦め、次の日に回すこと余儀なくされる。
それは、今日の意見集約に介入できなくなることを意味していた。
後になればなるほど、意見は先に出て来たものと比べられ矛盾が発生しやすくなる。
トマスはこれを狙っていたのだ。
(そこまで! そこまで、亜人を認めたくないのかトマス!!)
ルフタはこちらを狙い撃ちしたトマスの意見に怒りを覚える。
ここまで。
ここまで、人は邪悪になれるのか。
怒りの余り椅子の取っ手を握り潰す。
周りの神官たちが困惑し、同僚たちになだめられながら、トマスを睨み付ける。
トマスは薄く薄く笑っていた。
もう、お前の願いは届かないと、その笑みは突き付けている。
だけど、それを聞いていた彼女は黙っていなかった。
「いいんじゃないかな?」
「何!? あっ、いえ失礼・・・」
その未来を、やってくる絶望を、ノネは一言で吹っ飛ばす。
彼女の予想外の介入でトマスは焦りの色は強めていく。額に汗を浮かべ、ノネの発言に神経を尖らせる。
それを知ってかノネは彼が警戒する通りにその計略を一撃で打ち砕く発言を続けた。
「確かに貴方の意見のままだと決して実現しない。でも、奴隷解放はジグラットとしても将来的に望んでいること。それなら、貴方が無理でも彼なら実現できる意見を持って来てるんじゃないかな?」
ノネが神官たちの中にいる、ある一人を見る。
神官たち全員の視線がルフタに集まった。ノネは一瞬だけ優しく微笑み、ルフタから視線を外す。
ルフタはその一瞬の優しく微笑んだ彼女の気持ちを受け取る。
(また・・・助けられたであるな)
ノネの一回だけの手助け。
深く、深く感謝する。
こんなチャンスを作ってくれたんだ。
神官長として公平に介入できるギリギリの線。
彼女の発言で、ルフタの意見は実現できるかもしれない意見へと昇華する。
ルフタは立ち上がり壇上に向かう。
神官たちの視線を集めながらトマスとすれ違う。
「亜人の存在など認めるものか。これで済むと思うなよ・・・」
「お前さんのその心も解放してみせるのである。吾輩は分かり合うためにここにいる」
そして、壇上に立ちルフタは亜人を救うための思いを吐き出していく。




