第七十三話 回想・亜人を貶める者
町中で堂々と剣を構える一人の男。
かきあげた黒髪と若さあふれる肉体。
軽装の剣士の装備に身を包むおそらく傭兵であろうその男は、ルフタを取り押さえようと攻撃を仕掛けてきた。
いきなり指名手配犯扱いされたルフタは何が何だか理解できずに必死に攻撃を回避していく。
男の振るう剣からは殺気を感じない。
あくまでも取り押さえる気のようだ。
なら、まだ弁明できるか?
「頼む聞いてくれ! これは何かの間違いである。ジグラットに確認すれば分かる!」
「追い詰められた奴はだいたいそう言う」
「本当なのだ! 信じてくれ!」
「怪しい奴とジグラット。どっちを信じるかと言われたら俺は後者だ」
ブンッ! と剣がルフタの頭をかすめる。
刃のない部分で叩こうとしているのか剣を振る動きに切れがない。
かなり手加減してくれているようだが、ただの神官であるルフタには対処すらまともにできない。
ブンッ! と振るわれるたびに確実にルフタを追い詰め逃げ道を潰してくる。
壁際に誘導されている。
男はルフタを狙った所に回避させ逃げられないように仕向けている。
それに気づいた時にはもう、壁を背中にした状態になり完全に逃げられない。
「クッ!」
「観念しろ。神官を名乗るなら人を助けることをするんだったな」
「・・・ッ、吾輩はッ!!」
男の言葉にルフタは何色でもない感情を高ぶらせ声を上げる。
人を亜人を助けるためにここまでやってきたんだ。
亜人を差別の苦しみから解放するために身を捧げて来た。
それを否定されてたまるかと。
ルフタの中で思いが爆発していく。
それは、彼が積み上げてきた思い。
「吾輩は! 亜人を救うために神官となったのだ!! あの日誓った決意をこんな所で! こんな所で終わらせてたまるか!!」
「・・・お前」
男は目を細める。
ルフタの叫びをその信念を聞き何かを感じ取る。
(何だ? 悪人がこんな真っすぐな思いを吐けるのか? だが、依頼書は本物。どうなっている?)
男はルフタの正体を測りかねている。
悪人のような胡散臭い雰囲気はしない。どちらかと言うと、本当に神官のような優しさと誠実さが感じ取れる。
男は悩む。
この神官服を着た亜人をどうするか。依頼通りに連行するか。
それとも。
「おい、お前。さっき人間と一緒だったな」
「・・・? ああ」
「人間は憎いか?」
「怒りを感じたことはあっても憎んだことはない。お前さんのことも憎んだりはしない」
「・・・・・・。よし、保留だ」
「は?」
また、男が理解できないことを言ってきた。
保留。
つまり、ルフタを見逃すということ。
何故、男がそんな判断を下したのかルフタには分からないが助かったことは事実だ。
「話を聞いてくれるのか?」
「見逃してくれると言わない辺り、本当の神官様のようだが。まだ確証がないな。仕事場を見せてもらえるか? 調べさせてもらう」
「あ、ああ。もちろんだ。お前さんが話の通じる奴で助かったのである」
ルフタは男を支部に案内する。
これで疑いが晴れるとルフタは一安心した。
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戻ったルフタを見て支部の者たちは安心した顔を見せる。
みんな目に涙を浮かべルフタの無事を喜び。
衛兵を呼ぼうとしていたのか、外に出ていった仲間を大急ぎで呼びに行った。
だが、男も支部に入ると一斉に顔を強張らせ固まってしまった。
腰に下げた剣を見ればこの男が襲撃者だと一発で分かる。
ルフタが連れて来たということは和解できたのだろうかと、ルフタの指示に従って仕事場を彼に見せていく。
男は資料に目を通していき。
その内容を把握していく。ルフタたちが何をしていたのかこれでハッキリとする訳だ。
「亜人の保護活動をしていたのか?」
「そうである。差別に苦しむ亜人を少しでも救おうと吾輩は活動しているのだ」
「なるほど、それが原因か」
「原因であるか?」
「ここは、カラグヴァナ王国圏だ。亜人のために活動する亜人なんて目障りだと思う連中が多い。そういうことだ」
「・・・・・・そうか、ジグラットの者でもそう思うのか。いや、薄々感づいていたのだ。いずれ何かされるのではと」
ルフタは今回の誤解が一部の悪意であることが判明し少し気分が滅入ってしまう。
そんな暇はない、今すぐ対策を打たなくてはと頭が分かっていても明確な拒絶が目の前で起こっては凹んでしまっても仕方ない。
それでも、彼には感謝しなければとルフタは顔を上げる。
「吾輩を信じてくれたお前さんには感謝するのである。名前を教えてもらえないだろうか?」
「バティル。バティル・ナタルナ・スィームグルだ」
「バティル殿、本当に感謝するのである」
「いや、真実を見破れなかった俺に落度がある。感謝されることではないさ」
「吾輩らを対等に見てくれているのだ。そんな落度など感じる必要ないのである」
ルフタは、バティルに感謝する。
自分をトカゲ顔の亜人である自分と対等に話してくれて、信じてくれた。
彼のような人間がもっといてくれたら亜人への差別も無くなる。
そう思える出会いだ。
バティルは用が済むともう支部から出ていこうとする。
くだらない依頼を受けたのだ。その後始末をしに行こうとしていた。
「もう行くのであるか?」
「ああ、ジグラットには俺から話しておこう。この依頼書は間違っているってな」
バティルはルフタたちに別れを告げ去って行った。
残されたルフタたちも仕事がいっぱいだ。
今回の様なことは今後もされるだろう。
ルフタは予定を変更し早めにジグラットに戻ることにする。
あの依頼書にはトマスの署名もあった。
神官の中でも地位を得ている彼だ。この件にも確実に一枚かんでいる。
もし、彼が本気で亜人を見下しているのなら、それは正さないといけない。
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半年の月日が経ち。
ルフタはカラグヴァナの王都に戻って来ていた。
ヒギエア公国とエウノミア公国での活動を終えて早めに戻って来たのだが、それでも、半年も時は進んでいる。
移動時間の方が長いのは仕方ないが、時間は有効に活用したいとルフタは思う。
今は、一秒も無駄にできないのだ。
この時期は、神官長ノネがカラグヴァナのジグラットにやってくる。彼女の発言力を借りて亜人の村を王国の社会システムに組み入れようとルフタは動く。
だが、その前にやるべきことが一つ。
「トマス殿、一つ聞きたいことがあるのだがいいであるか?」
「・・・チッ。おや? 亜人が神官のモノマネかね?」
ジグラットでトマスを見つけたルフタは彼を呼び止める。
トマスは、ルフタの顔を見るなり不快そうな表情を浮かべた。
何故無事なんだと言いたげだ。
そんなトマスに構わずルフタはヒギエア公国でのことを尋ねる。
「ヒギエア公国で亜人の保護活動中にお前さんから依頼を受けた傭兵が尋ねて来たのだが。何故、あんな依頼を?」
「何のことか分からないね。亜人が神官服を着ているんだ。怪しまれて当然だろう?」
「質問に答えろ!」
「な、何だ! その言い方は!? 亜人が私にそんな口の聞き方をしていいと!」
「いいに決まっとるだろう? 吾輩とお前さんの階級は同じなのだ。何の問題がある」
「ッ! トカゲ風情がッ」
目を逸らさず真っすぐにトマスを見る。その目には相手を見下し軽蔑する眼差しがあるのがよく分かる。
ルフタはその眼差しを向けてくるトマスに逆に対等に見る眼差しを向けて話す。
「神官の立場を利用して悪事を働いたなら、素直に謝った方がお前さんのためである。苦しいであろう? 今も嘘を重ねているのではないか?」
ルフタの指摘を受けたトマスはニヤリと笑い、相手を貶める糸口をその手に掴む。
彼の心はそんな酷い行いをしても、もう痛まないようだ。
「おやおや、同じ神官を疑うとは信じられない。やはり、亜人が神官を務めるのには限界があったようですな。私を貶め大神官の地位を確実に手にしたいと見える」
「吾輩には、謝りたくないための言い訳に聞こえるな。子供ではないのだ。自分のしていることぐらい分かるであろう」
「それは、あなたでしょう。自分が口にしている言葉はなんだね? 侮辱以外のなんだというのかね?」
「説教である」
ルフタは言い切る。
自分はお前を説教しに来たと。
「・・・ッ、・・・ルフタ・ツァーヴ。それ以上の侮辱は私も耐えがたい。謝罪してもらおうか」
「拒否するのである。胸に手を当て自分の心を感じてみろ。お前さんの良心が泣いておらんか?」
「・・・ッ、・・・ッ! ・・・後悔するぞ。いや、後悔させてやる!」
トマスは依頼書のことを認めることなく去っていく。
あの様子だと逆恨みしただろうか?
自分のした過ちに気付いてほしいが、それを簡単に認めるほど人は強くない。
トマスのことは気になるが、ルフタは亜人の地位向上のため根回しをしていく。
他の神官たちに声を掛け協力を仰ぐ。
しかし、みんな応援はしてくれるのだが、協力まではなかなかしてくれない。
それでも、ルフタは根気よく話しかけ続けた。
「うーむ・・・。そう簡単にはいかんであるな」
一通り話しかけていたら日が暮れ始めていた。
外で夕日を眺めながら腰を下ろし思案に耽る。
王都の上層部は、500m近くも上にあり、まるで空中庭園のような場所だ。下を見れば城下町がまるで模型のように見える。
足を空に開けた柵の外に投げ出しブラブラとさせていた。
結果は思わしくない。
やはり、ルフタのやろうとしている亜人の地位向上はその難易度が高いのだ。
失敗を恐れて協力に尻込みしている。
亜人だから拒否されるより全然マシなことだが、人の本質が邪魔をしてくる。
「大神官殿を説得できればみんなついてくるか・・・? しかし、説得するにはみんなの協力が、ウーン・・・」
「ドーン! とノネ先生参上!! あ」
ドーン! と登場したノネに押されルフタが柵を超えて下に落っこちた。
「おおおおおぉぉおぉぉぉおぉぉお!!!??」
「ワーー! ごめーん!」
弾丸のごとく落下していくルフタをノネは大慌てでセフィラの腕を伸ばして助けに行く。
空の藻屑になる前に尻尾を掴み引っ張り上げる。
「いだだだだだ!! 尻尾はいかん! ダメである!! ダメって・・・、あああああ!!」
「ワーーーーー!! 尻尾取れちゃったーーーー!!!」
尻尾をパージし再びルフタは弾丸のごとく落ちていく。
ルフタの危機に反応した本能が尻尾を勝手に切り離したようだ。
ノネはパニックになりながらもセフィラを召喚しルフタを助け出す。
なんとか無事に救出されたルフタは魂が抜けたように倒れ。
その横でノネはアワアワしながら謝っていた。
「ごめんね。本当にごめんね。ルフタ君にひさびさに会えたからつい、はしゃいじゃって」
「師匠、もう三十半ばなのである。もう少し、こう大人に」
「ワー! いけないんだ。女の人に向かってそんなこと言っちゃいけないんだ」
まだ自分は、かわいい女の子です! とノネは振る舞うつもりのようだが、残念かな時間の流れは残酷なのだ。
ルフタと出会ったばかりの頃ならモテモテだろう。だが、今は急がないと婚期を確実に逃す年齢だ。
「それで、師匠。久しぶりであるが何用であるか?」
「会いたいから会いに来たんだよ」
倒れたまま完全に脱力しているルフタの隣にチョコンと腰かけ。
少し小柄なノネの姿がまるで子供のようにルフタの瞳に映る。
「そうであるか。吾輩も会えて嬉しいのである」
「うふふ。ルフタ君。頑張ってるね。村にはちゃんと顔出してる? 心配してたよ」
「ここ最近戻ってないな。今回の仕事が終われば顔を出すのである」
「手伝えることがあったら言ってね。神官長の権限で成立させるから」
「強権であるな。ハハハ。気持ちは嬉しいが師匠の力はまた今度借りるのである。今は吾輩を見守ってくだされ」
「うん。・・・がんばれ」
ルフタは少しの間だけ不安や悩みを忘れることができた。
師匠から元気を分けて貰い。
もう一回、神官たちに声を掛けに行くのだった。




