第六十九話 かつて無力だった記憶
目の前で寝息を立てている一人の少女を彼は眺めている。
確か、あの時もこんな光景だったと自身の記憶を手繰りながら、ルフタ・ツァーヴはベッドの横に腰かけていた。
何らかの呪いのような攻撃を受けたアズラは、医師たちの処置により眠りについている。
起きているよりも体力の消耗が少ないのと、魔力が破壊因子に変換される速度が落ちるから施された処置だが気休めだ。
根本的な原因は解決していない。
今もアズラを蝕む彼女自身の魔力とそれを破壊因子に変換する何かが、まだ彼女の中にいる。
生死の間を彷徨う彼女を見つめながら、ルフタはもう祈ることしかできない。
打てる手は全て打った。
後は、ジグラットの神官が来るのを待って、神術と呼ばれる治癒を試してもらうだけだ。ルフタの神術よりも強力な治癒の神術を扱える神官なら可能性はある。
ルフタは祈る。
その方法で完治してくれと。
もし、それでもアズラを蝕む呪いが消えなかったら、残された手段は後一つしかなくなる。
その方法は成功確率が一番低い手段。
アズラを殺そうとした鉄仮面の撃破だ。
自分たちよりも強者を倒す、それは無謀と同じ。
術者を撃破すれば、遠隔で発動している術式も停止するのが一般的だが、一般的ということは対策をしているのが普通だろう。
可能性の話をしだしたら切りがないが、ミス一つ許されない状況なのだ。
「・・・祈っておるが、祈りが届くのは主アイン・ソフの気まぐれなのかもしれんな」
ルフタはかつての光景を思い出しながらそんなことを呟く。
救えなかった命を思い出しながら。
「うぅ・・・」
「いや、そんなはずはない。祈りが届かないのでは、一体何に祈っているというのだ」
時折、アズラが苦しそうに呻くたびに治癒の神術で痛みを和らげてやる。
もうすぐ、神官が来る。それまでの辛抱だ。それで、アズラも助かるはずだと、ルフタは自分に言い聞かせる。
「ルフタさん。お見えになられました」
「うむ。通してくれ」
リーリエが扉を開け、ジグラットからの神官を案内する。
アズラの寝室に一人の神官が入り、その姿を見てルフタは驚いた。
腰まで伸びる長い白髪、女性と見違えるほどの白い肌と美貌、その突き刺すような目はすべてを見抜いていると思わせ。
白の神官服に赤が追加された、神官長に推薦されるほどの逸材。
「お前さんが何故ここに?」
「カラグヴァナのジグラットは諸事情により、ルフタ・ツァーヴ、君と会うことは出来ないとのこと。ですので私が来た次第です」
ベスタ公国にて、セトたちと共にエウクレイデスの野望を阻止した神官。
ヴェヒター・デカダンス・ホーエンツォレルン。
彼が、アズラの治療に来てくれた。
ルフタは安心すると共に、カラグヴァナのジグラット、つまりかつての同僚たちに感謝する。
ジグラットを追放された者と関われない彼らがどうやって、そのルフタの知り合いを救うか必死に手段を考えてくれたのだろう。
そして、たまたま居合わせたヴェヒターに協力を求めたということか。
自分がどういう立場なのか考慮せずに救援を求めてしまった。
彼らには迷惑ばかり掛けてしまっているとルフタはかつての同僚に思いをはせる。
「アズラの容体は?」
「思わしくない。非常に危険である。手は尽くしてみたのだが、アズラに掛けられた術式の正体が分からんのだ」
ヴェヒターは手をかざしアズラの体を診断していく。
青白い光が彼女を優しく包み、傷の度合いを見る。
アズラの傷は内部ほどそのダメージが大きい、彼女の本能がダメージを回復しようと魔力を増幅させるがその魔力が彼女を蝕む破壊因子に変化するのが手に取るように感じ取れた。
「これは、魔力を構成因子に分解しての運用、君たちはかなり厄介な敵を相手にしているようですね」
「どういう事である? 魔力を分解? 吾輩にも分かるように説明してくれんか」
ヴェヒターはアズラを蝕む呪いの正体がすぐに分かったようだ。
敵が彼女に何をしたのかも。
ルフタはすぐにその正体を尋ねる。
分からないままでは、また同じ攻撃でやられてしまうから。
「魔力がこの世界を構成する要素の一つであるのはご存知ですね?」
「ああ」
「その構成要素も、それが最小の物ではなくさらに細かく分解できるのです。大地は土に、土は金属や砂、その金属は原子にと」
「原子? それがアズラを蝕んでいるのか?」
ルフタの知らない単語が出てきた。これがアズラを苦しめるものなのかと、ヴェヒターに聞いていく。
「そう、魔力を分解した原子、つまりは破壊因子がアズラを苦しめている。なら、元の魔力に戻せばいいはずです」
「破壊因子以外の原子をアズラに与えればいいのであるな?」
「理解が早くて助かります。ですが、もう一つ必要なものがありますが、それは私が何とかしましょう」
「もう一つとは?」
アズラが助かるために必要なこと。
それを確認する。
「術者の撃退です」
「奴を倒せば助かるのであるな?」
やはり、奴との鉄仮面との激突は避けられないようだ。
術式の完全無効には、その術式を解読し無効化する術式を生み出すか術者を倒すか。
倒す方が確実だ。何か策を弄していたとしても躊躇することはない。
「ええ。準備ができるまでは治癒の神術で傷を塞ぎつつ、処置に耐えられるまで体力を回復させましょう」
「感謝するのである。神官ヴェヒター」
ルフタは深々と頭を下げ感謝の気持ちを伝える。
ヴェヒターはルフタの肩にポンと手を置き、彼の奮闘を称えた。ヴェヒターは治癒の神術をアズラに施し今夜を乗り切れる体力を回復させる。
「準備にはどれ程掛かるであるか」
「半日ほど、明日の夕方に処置を開始します。その間に敵の襲撃も予想される。防備の方は?」
「鎧の騎士団に頼んでいるのである。吾輩らの護衛担当も、これだけの人数がいればそう簡単には突破されないと思うが・・・」
「敵は、暗殺者だと聞いています。姿を見た者を必ず始末しに来るでしょう。その時に撃破できればよいのですが油断はないように」
「うむ。もちろんだ」
ヴェヒターの処置でアズラの寝息が安らかなものになる。
苦しそうだった顔も、ようやく安眠できたという疲れ果てたような顔になった。
この顔を見たと言ったら彼女は怒るだろう。ルフタは心の奥にその顔をしまい込む。
「・・・ルフタ・ツァーヴ。かつては君も神官でしたね」
「ああ、そうであるな」
「もし、よければ聞かせてくれないでしょうか? 君が神官を辞め、ジグラットが追放などという手段を取らざるを得なかったことの真相を」
「ジグラットは答えてくれなかったのであるな」
「はい。まるで何かを隠している。そう思わざるを得ないそんな印象でした」
「・・・いいだろう。語って聞かせようではないか。吾輩が何故神官になり、そして、追放されたのか・・・」
ルフタは目を細め、かつてのことを思い出していく。
まだ、自分が若く奴隷狩りに脅える一族を救うと奮闘していたかつての自分を。
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今から17年前、まだ、17歳だったルフタ・ツァーヴは、一人の亜人として、ツァーヴ族の若者として生きていた。
ツァーヴ族は狩りを得意としており、毎日、獲物を探しては西へ東へと走り回る。そんな平和な毎日を過ごしていたのだ。
だが、そんな毎日もカラグヴァナ王国の領土拡大で、徐々に蝕まれていた。
「また、奴隷狩りに! 族長! 吾輩に行かせてくだされ。助け出してくるのである」
「ならん!! ならんぞルフタ。もう奴らはカラグヴァナの地に入っておる。我らの内一人でもその地に入ってみろ、あの貪欲な王国に攻め込む口実を与えるのだぞ!」
「しかし!」
「ならんと言った! ルフタを檻に、ワシの許しが出るまで決して出すな!」
「族長・・・」
ルフタの一族も、カラグヴァナ王国の領土拡大の影響を受け奴隷商人の格好の獲物となっていた。
さらわれた仲間を助けに行けば、王国に攻め込んだいう口実で一族の土地が奪われ、かと言って奴隷商人を殺そうものなら、ツァーヴ族は人間の敵として駆逐され土地を奪われる。
何をしても、奪われるのだ。
仲間が家が、先祖代々守ってきた聖地が。
今はまだカラグヴァナ王国は攻め込んでこないが、それは時間の問題だった。
彼らの狙いは、一族のこの土地なのだ。攻め込む大義名分さえでっち上げれればすぐにでも奪いに来るだろう。
ルフタは仲間に拘束され檻に入れられた。
族長のこの判断も苦渋の決断なのだろう。
かつてのルフタには理解できなかったが、今のルフタには痛いほど分かる。
一人を見捨て、一族を取る。その族長の判断。
辛いはずだ。
身が裂ける思いのはずだ。
それを押し殺し、族長は一族の存続を選択する。
「何故なのだ・・・。みんなは、マナーンが心配ではないのか。見捨てるというのか・・・」
ルフタは一人、自分の無力さに打ちひしがれていた。
もっと、力があればと両手を眺めながら、渇望していく。
地面に手を叩き付けてうずくまり、そのまま、朝を迎えるのだった。
結局、次の日もルフタは檻から出してもらえなかった。
檻は、一族の掟を破った者や侵入者を入れるために用いる。
ここに入れられるということは、ツァーヴ族にとって恥そのものであった。
普通は、水や泥、汚物を投げつけられるのだが、ルフタには温かい、いつもの飯が出くる。
「吾輩に飯? 泥水の間違いでは?」
「そう捻くれるなルフタ。族長も悩んでおられる。若い衆のまとめ役であるお前が飛び出せば、みなついて行ってしまうからな。無理やりにでも止めるにはこうするしかなかった、許せ」
「恨んじゃおらん。だがマナーンが心配だ。何か分からぬか?」
「マナーンはもう奴隷として売られたようだ。小国との戦場に送られるそうだ」
「殺し合いたいなら自分たちだけでやればいいのである! 何故マナーンを・・・」
ルフタたちには理解できなかった。
殺し合う理由も、自分たちが巻き込まれる訳も、何もかも分からなかった。
それから、3日後にルフタは檻から出された。その3日の内にさらに3人もの仲間がさらわれていた。
この時、ルフタは誓った。
力を得ようと、王国と人間と渡り合える力を。
その時は、力を渇望するだけで、彼に具体的な目標などなかった。ただ誓ったのだ。
一族を救うと。
それから、ルフタは一族に伝わる武術を一心不乱に教わり始めた。
力とは武。
単純だが初めはそう思ったのだろう。
毎日、毎日、稽古に励む。
汗を流し、槍を振り回す。一族に伝わる武術は槍術の一つだ。
狩りに優れたツァーヴ族の特性を活かしたもの。
ルフタもすぐに身につけれると思っていただが。
彼には武術の才能は無かった。
いくら稽古を積んでも一向に上達しない。人並で終わってしまうのだ。
結局、1年続けたが同期たちの中で一番弱い結果となってしまった。
ルフタは、それでもあきらめずに稽古を続けたが、師範からは別の道を探した方がいいと言われる。
また一人、無力感に苛まれてながらルフタは川を眺めながら黄昏ていた。
「吾輩は何もできないであるな」
一族を救うと息巻いていたものの、いざ力を手に入れようとすれば無力な自分を再確認するだけの現実。
石を拾い、川に放り投げる。
水の跳ねる音が響き、何もない自分をまた見つめていく。
そんなことを繰り返していると。
「貴方はツァーヴ族の青年かな? トカゲ顔だからそうよね?」
「・・・ツァーヴ族にトカゲ顔は禁句である」
「あ、ゴメンなさい。思ったことをそのまま言ってしまって、悪い癖ね」
「何か用であるか?」
「ええ、ツァーヴ族に聞きたいことがあって来たの。私はノネ・デカダンス・メーディウム。ジグラットの神官よ。よろしくね」
ルフタの前に現れたのはジグラットの神官だった。
薄いピンク色をした長髪で女の甘ったるい匂いを隠そうともしない。
美しいというよりは体が弱そうなほど、肌が白くその肌にさらに白い神官服を着ていた。
神官服には赤のラインが追加されておりその階級が高いことが分かるのだが、まだ外の世界を知らないルフタは知らないことだ。
ノネ・デカダンス・メーディウム。
彼の運命を大きく変えるその出会いは、ルフタ・ツァーヴがまだ18歳の頃にやって来た。




