第六十八話 未熟で弱虫な二人の誓い
王都に無数と広がる路地裏の一画から破壊音と剣を叩き付ける金属音が鳴り、周囲に住んでいた臣民たちが騒ぎ出す。
家の裏で殺し合いが起きている。
そんな非日常的な出来事に彼らは慌てて逃げ出していく。
その騒ぎはアズラとルフタたちを探していたセトに彼らの居場所を伝えるキッカケにもなる。
「こっちだ! みんな急いで!」
セトがランツェたちに声をかけ、現場へと急ぐ。
もう戦いは始まっている。
急がないと間に合わない。
セトは焦る気持ちを抑えて砂煙が舞う空を見上げた。
殺し合いが続く路地裏では、見えない刃がルフタを襲い体に無数の傷を付けていっていた。
見えない攻撃にルフタはどうすることも出来ず、当てずっぽうで衝撃の神術を放ち時間を稼ぐことしかできない。
だが、徐々に時間を稼ぐことも難しくなっていく。
鉄仮面はルフタの行動パターンを確実に狭めていき嬲るように攻撃を加えていた。
ルフタは障壁の神術を張り巡らし、防御に徹することで倒れたエリウと自分を守ることでしか時間を稼げなくなっていく。
それは、一方的に攻撃されることと同義だ。
それでは不味いと分かっていても打開策が出てこないのだ。
ルフタは何とかあの見えない刃の攻略法を見つけようとする。
あれさえ何とかできれば、反撃の糸口を掴める。
あの攻撃はなんだ?
ルフタはこれまでの攻撃を思い出していく。
見えない攻撃。
形状は刃で恐らく宙に浮かんでいる。鉄仮面からの遠隔操作でこちらを襲ってきているはずだ。
ルフタは感じることができないが、エリウはこの見えない攻撃がそこにいると感じていた。
つまり、見えないだけでそこにはいるのだ。
障壁の神術の内側から攻撃せず、外側から攻撃を繰り返しているのも幽霊のような曖昧なものではなく存在を持ったものの証。
ならば。
「吾輩の攻撃は通じている。なら! 避けられないようにすればいいのである!」
ルフタは障壁の神術を前方にのみ展開する。
路地裏を完全に遮断するほど大きく展開し、倒れたエリウを後ろに残して鉄仮面に突進した。
見えない刃が障壁に食い込みその存在を認識できるようになる。
見えない刃を食い込ませたまま鉄仮面と激突した。
敵の魔力とセフィラの力がぶつかり合い、互いに打ち消し合っていき、高濃度の魔力と障壁双方に穴が開いていく。
ルフタは迷わずその穴に飛び込む。
メイスを振りかざし鉄仮面の剣とぶつかり合った。
「オオォォォォ!!」
「アズラ・アプフェルより頭ガ回るか。ダガ、強サが追い付イテいない。所詮は神官、魂神に祈っテイるトいい」
ルフタのメイスを軽々といなし弾き返す。
剣よりも重く叩いて砕くための武器をその細長い剣一つで防ぎ切る。
ルフタは弾き返されてもすぐにメイスを構え続けて撃ち込んでいくが、鉄仮面はその全てを一振りでいなしていった。
嘲笑う様にルフタに囁いていく。
アズラにも囁いたように。
「ソノ力では何も成セない。何モ救えない。悔しくハないのカ? 全テハ亜人を救済するタメダった行イが、愚かナ王国にヨッテ罪と差別に作リ変えラレたあの時の屈辱が」
「お前が何を知っている! みなの思いを! 吾輩の誓いを! 何を知っているというのだ!!」
「知らナクとも分カる。結局、王国と亜人ノ間に横タワる差別の壁をキサマは潰セナかった。悔いテイるのでハないか? 力が無かったアノ時の自分を。タダ見てイるだけダった自分ヲ。悔いていルノならワタシが力ヲ貸そう」
「お前が協力を?」
「アア、そウだ。亜人への差別モ王国の闇が生み出シタもの。王国を潰さネバこの差別が消えるこトハない。ワタシの同志にナれ、ルフタ・ツァーヴ!」
鉄仮面がルフタに手を差し伸べる。
その血に濡れた手を向けてくる。
だが、その手が近くに着た瞬間にルフタは手を払いのけた。迷うことなく拒絶の意志を示す。
「断る! お前は目的を果たすための駒を欲しているに過ぎない。そうやって、騎士を騙し王族の情報を手に入れているのだろう!」
「・・・」
鉄仮面のその隠れた顔を暴く様に、相手の思惑を突く。
相手を騙そうとしている者は、相手の欲している物と失いたくない物を口にしてくるものだ。
嘘を見破られたせいか鉄仮面は押し黙る。
そして、静寂は徐々に殺意に支配されていった。
「頭ガ回り過ぎルノも考え物ダ。忠誠心の塊でアル騎士たちの方ガまだマシか。キサマにモウ用はなイ、後悔しナガら死ぬトいい」
「吾輩らを雑魚の集まりと思うなよ?」
ルフタはニヤリと笑った。
自分たちを舐めるなよと、ただ狩られるだけの雑魚ではないと笑って告げる。
メイスを鉄仮面に突きつけていく。
まだ、抗おうとするルフタを黙らせようと鉄仮面が魔力を高めた、その時。
「ニャァァアアアア!!」
「何!?」
背後への攻撃が決まる。
ルフタの後ろに倒れていたはずのエリウが瓦礫の影より飛び出し爪を振り下ろした。
鉄仮面を覆う黒いローブが破け、中の鎧が垣間見える。
紫と黒の闇のような鎧。
カラグヴァナ王国では使用されていない形状の鎧だ。
今まで何一つ情報を残してこなかった鉄仮面の正体を暴く重要な情報。
それを手に入れた。
鉄仮面が明らかに冷静さを崩し怒りの感情を出してくる。
奇襲を仕掛けたエリウを弾き飛ばし、ルフタと倒れていたはずのエリウを睨み付ける。
倒れていたエリウが青白い光に分解されて消滅していく。
地面に倒れていたのは、ルフタが虚像の神術で生み出した偽物だったのだ。
姿形だけを似せたマガイモノだが、相手を騙すには十分だ。
ルフタはただやられていたのではない。障壁の神術で時間を稼ぎつつエリウを回復させ、障壁の神術を前方に展開した時に偽物とエリウを入れ替えたのだ。
鉄仮面は突撃してくるルフタを警戒しエリウが入れ替わったことに気付かなかった。
「キサマ・・・!」
鉄仮面の余裕が薄れていく。
そこへ数人の足跡が近づいてきた。
「ルフタさん! エリウ!」
セトたちが到着する。
「遊ビ過ぎタか」
鉄仮面は風景に溶けるようにその姿を消していってしまう。
まるで、雪が解けるように跡形もなくなっていく。
セトたちがルフタたちの所に来た時は影も形もなくなっていた。
ルフタは膝を着き痛めつけられた体を休め。
「セト! すぐにアズラとディアの所に行くのだ。急げ!」
「うん!」
ルフタはすぐにセトをアズラの所に向かわせた。
彼女の傷が心配だ。
術式使いのディアがついてるので、万が一はないと思うのだが。
セトは走る。
アズラの下へ、大好きな姉の所へ急ぐ。
その姉が傷ついているのだ、すぐに助けたいと足を動かし。
そして、角を曲がった所で血まみれのアズラと癒呪術式の使い過ぎで魔力枯渇を起こしかけているディアを見つけた。
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アズラの容体は非常に危険だった。
癒呪術式による治癒が全く効果を示さないのだ。
魔力を注いだ分は治癒されるのだが、注ぐのを止めるとすぐに体が細胞レベルで崩壊を開始する。
自分の魔力で自壊していくのだ。
セトたちにとって未知の現象、そして、あの鉄仮面が残したものであるとすぐに理解した。
術式使いの護衛が癒呪術式繰り返し施す。
無駄かもしれないが術式を施している間は回復するのだ。やらないよりはマシとありったけ注ぎ込む。
「アズ姉! アズ姉!! アズ姉!!」
「ゼェ・・・、ゴホッ! ゼェ、ゼェ・・・」
「どうして!? 魔力が破壊因子に強制変換されてしまう・・・。こんな術式が存在するなんて・・・!」
女術式使いは驚愕する。
本来、術式とは魔力を何らかの現象にコードと呼ばれる呪文を用いて変換する。
変換する現象、量などの設定はこのコードで指定するのだが、もちろんルールが存在する。
一つ目は、この世にない現象には変換できない。
二つ目は、魔力はコードもしくは魔晶石でのみ変換が可能。
大きくこの二つのルールがあり、それは絶対に守らなければならない。
守らなければそもそも術式自体が発動しないのだが。
しかし、アズラを蝕む術式はコードによる変換を行わず、アズラの魔力をいきなり体を破壊する因子に変換していた。
その破壊因子は、他者からの魔力による現象も阻害する効果を持っているようだ。
これが治癒が継続しない理由。
コードによる変換無しにそんなことが可能なのか?
もしくは、術式とは異なる新しい技術なのか?
アズラを蝕む正体が分からない。
けれども、女術式使いはアズラを救える可能性に心当たりがあった。
今はそれに懸ける。
「セトさん! ルフタさんを今すぐここに! 神術での治癒ならまだ可能性があります」
「う、うん!」
セトは大急ぎでルフタを呼びに行く。
彼の神術ならばアズラの傷を癒せる可能性が残されている。
神術はジグラット独自のもので魔力を用いないのが特徴だ。
魔力の影響を受けずに治癒ができるのなら、破壊因子となったアズラの魔力の攻撃も無視して治癒できるはず。
すぐそこまで来ていたのか、ルフタと合流したセトが走ってアズラに近寄る。
アズラを見たルフタは痛む体を押して、治癒の神術を開始した。
「神術の残り回数も少ない。王都商会連盟に救護の要請を。それとジグラットの神官も呼ぶのだ」
「了解した」
護衛担当のランツェが短く返事をし部下たちを向かわせる。
アズラを少しでも安全な所に移動させようと、木の棒で作った簡易的な担架が用意された。
セトたちはアズラを安静にできる所へと運び出す。
宿に到着してからは、鎧の騎士団にも協力してもらいアズラの治療と防備を固める。
これだけの被害が出ながら得られた唯一の成果が、鉄仮面が着ていたのは紫と黒の闇のような鎧の情報のみ。
それでも、相手の姿や攻撃方法が判明しただけでも大きな進歩と言える。
情報を鎧の騎士団総隊長リューベに伝え、後のことは一旦任せることにする。
ベッドに寝かされたアズラは荒い息を吐き、吐息には血の匂いが混じる。
セトはベッドの横に張り付きルフタと騎士団の治療が効果を上げるのを祈るばかりだった。
程なくして、王都商会連盟の医師団が到着する。
術式だけでなく医学にも精通するスペシャリストたち。
だが、アズラの容体を見た彼らは険しい顔になり、すぐに処置を開始した。
セトは部屋から追い出されるように締め出される。
「アズ姉・・・。大丈夫、大丈夫だよね」
いつも自分を守ってくれていた姉が倒れ、いつも以上に弱気になるセト。
大事な家族が引き裂かれる思いだ。
セトは胸の奥が苦しくなり泣きそうになる。
泣いちゃダメだと思っても不安が溢れ出てきて、その暗い感情の奥からアズラを失うかもしれないという恐怖が覗いていた。
「泣いちゃダメだ。ウウ・・・、ダメなのに・・・。ウ・・・」
「セト」
呼びかけられてセトは振り返る。
涙を目に溜めて、情けない顔をしながらセトは名を呼んだ人物を見た。
そこには、青いズボンと白い上着の質素な服を着たエリウが立っていた。
心配そうにセトを見上げ、どう声を掛けようか戸惑っている。
「セト、大丈夫ニャ。姉御はあちしらの中で一番強いすごい人ニャんだニャ。それを一番よく知っているセトが真っ先に泣いてどうするニャ?」
「うん。ゴメン、そうだね」
「ニャ! 別に怒ってるんじゃニャいニャ。えっと、・・・」
エリウはセトに伝えたい思いを紡ぐ言葉を探す。
今、胸の内に溜まっている言葉を。
「セト、姉御をアズラを助けるんだニャ」
「助ける?」
「そうニャ。助けるんだニャ。姉御がやられた原因は分かっているんだ。ニャら、あちしらで・・・、あの鉄仮面を倒すんだニャ!」
エリウは、セトの濡れた目を真っすぐ見て告げる。
自分たちであの鉄仮面を倒そうと。
アズラを蝕む、攻撃をしてきた奴なら止める術も持っているはず。
仮に持っていなくても撃破できれば何らかの変化があるかもしれない。
「・・・アズ姉が、・・・勝てなかった相手に、どうするんだよ! みすみす殺されに行くの!?」
「ニャう・・・」
セトはその思いを否定する。
勝てない。
勝てるはずがない。
自分たちが束になっても敵わない。
セトの奴に対する感情は恐怖と脅えに支配されている。
「ニャに言ってるニャ・・・。姉御がやられて悔しくニャいのか! セトの姉御に対する思いはそんニャ程度か! 妹もそうやって見捨てるつもりかニャ!」
「リーちゃんを見捨てるもんか!」
「ニャら姉御も見捨てるニャ!」
二人の気持ちがぶつかり合う。
互いにアズラのことを思い、互いにどうすべきか迷走する。
答えはすぐそこにあるはずなのに。
「見捨ててない! じゃあどうやって勝つの? 僕は消える瞬間の影しか見てない。だけど、ルフタさんにエリウの傷とアズ姉のあんなボロボロな姿見ちゃったら、勝てないんだって思うでしょ!」
「思わニャい!!」
「だったら!」
「そんニャ、屁理屈聞きたくニャい!! 助けたいのか、助けたくニャいのか、どっちニャ!」
そう、答えは分かり切っている。
それを言う勇気、見せつけられた恐怖に打ち勝つ強さがちょっぴり必要なだけだ。
「・・・助けたい。僕もアズ姉を助けたいよ!」
「ニャら行くニャ!」
エリウが手を差し出す。
今すぐ行くぞと告げている。
勝てるかどうか分からない。
勝率で言えば1%にも満たない極小の可能性なのだろう。
だからどうした。
極小だろうと、敗北一直線だろうと行かなければいけないのだ。
行かなければアズラを救えない。
助けることができない。
セトもエリウも、祈るだけで何もしないのは真っ平なのだから。
セトはエリウの手を取る。
その握り合った手はアズラを必ず助けるという二人の誓いとなった。




