第六十七話 罪に塗れていて
切断された右腕を抑え苦痛の表情を浮かべる。
目の前には剣を振りぬいた鉄仮面の男が宙に浮かんでいた。
術式使いが剣を振るう。
完全に予想外からの攻撃。それも、達人の域の剣術。
その完璧な奇襲と斬撃をアズラは為す術もなくその身に受け腕を切断された。
彼女の周りを見えない攻撃が取り囲んでいく。
魔力による感知で嫌でもそれが分かる。
自分の命が敵の手に落ちようとしているのが嫌でも分かるのだ。
「その程度ナラ、癒呪術式でスグに治セる。傷ヲ癒しワタシの手を掴め! 今のマまでハ公女を救エない。イイノカ? 公国が堕ち、公女が凌辱さレル未来が来ても、弱い自分に耐えラれるノか?」
「ッッ!? ーッ!」
アズラは戦意を失わずに鉄仮面を睨む。まだ、負けてないと自分はまだ戦えると。
自分は弱くないと自分に言い聞かせる。
「イイ目だ。その目ヲ持った戦士がワタシたちの同志に必要ダ。アズラ。アプフェル、キサマは知らナイのだロう? カラグヴァナ王国とソノ王室の罪をこノ国が何の犠牲デ成り立ってイルのカを。キサマも公女に仕える身ナラ知っておくといイ」
鉄仮面はカラグヴァナ王国の秘密を罪をチラつかせる。
アズラとフローラにとって重要なことであるかのように思わせていく。
本当に重要なことかもしれない。だが、その情報のために敵に屈するのをアズラは許しはしない。
その固い心が友情がアズラに力を与えていく。
だが。
「フローラ公女は、爵位ヲ継ぐことガできズ公女としての身分を失ウ、薄汚い王族の男共ノ性奴隷になるために」
アズラの耳に受け入れたくない未来が紡がれていく。
あり得ない未来だと頭に言い聞かせる。
「王族ガ侍らせル女たちが何処から来ルト思う? 高貴で美しイ女たチヲ何処から集めテクルと思ウ? 確実ニ高貴の血筋でアリ王族の子ヲ産める道具が手に入るシステム。生レ出タ子は互いに争わせヨリ強く邪悪な王ガ誕生するシステム。ソノタメの属国なのだヨ。カラグヴァナが紛争に勝とウガ負けヨうが公女ノ未来は決まってイル。ドチラモ道具として使イ潰さレル運命ダ」
鉄仮面から語られたことは本当なのか?
属国の貴族たちは王族に娘を差し出すように仕向けられているのか?
確かに王族同士で派閥争いをしている。
愚かにも殺し合っている。
それとも、この話は王族殺しに加担させるための一環なのか。
アズラにはどれが真実かは分からない。
だけど、今、誰が悪か、ライブラ王子の命を狙ったかは分かる。
「スタンドアップ・コード・P.D.M.S・セットアップ・クレスト・キドゥーシュ・オーバーライド・ハイーム・エリアコード・C」
アズラが癒呪術式を唱えた。治癒効果の高い術のコード。
鉄仮面はアズラのその行動を見逃した。あえて見逃したのだ。
こちら側に引き入れるために。
斬り落とされた腕の断面がもり上がり、筋肉と皮膚が形作られる。
手の形に整えられ骨が通っていく。
生々しい音を立ててアズラの右腕が再生する。
手を握って開いてはその感触を確かめ。
「とても興味深い話ね。フローラにそんな運命が待っているなんて、確かに知らなかった」
自分は何も知らなかった。そこは認める。
アズラは魔力を体の奥からゆっくりと引き出していく。
今度こそ負けないようにありったけの量を。
目の前の敵をぶっ飛ばせる、圧倒的な魔力を!
「でも、その未来は私たちだけで変える。何を企んでいるか分からない奴なんかに付いていけないわ。あんたには罪のない人を殺した罰を受けてもらう!」
「・・・」
宣言する。
血にまみれたその手を取ることはない。
私たちだけでよろしくやっていくと。
「ク・・・、クッ、ク・・・」
「・・・」
鉄仮面のその雰囲気が変わり始める。
先ほどまでの哀れみを纏った感じが消失する。
「ククク・・・、クハハハハッッ!! 愚か! 愚かダぞアズラ・アプフェル!! ソの選択は公女だケでナくキサマの未来も閉ざすコトニなる」
「負けない! 負けて堪るものですか!」
「ソレはもう不可能ナ選択だ!」
鉄仮面がそう告げたと同時に、アズラの体内で異変が起こる。
先ほど、練り上げた魔力がアズラの制御を離れて体の内側へと潜り込んでいく。
それは徐々に全身に広がり、あるものを構築する。
そして、それは爆ぜた。
「ゴフッ! が! 何が!?」
口から血を噴き出し、その異変に気付くアズラ。
だが、気付いた時にはもうそれは手遅れな状態にまで進行していた。
全身の肉が裂け始め、目は視力を失い始める。
アズラは堪らず片膝を着き頭を押さえた。
「コレが魔力の真髄、術式ノ境地。四大、三導などコの域に達スルためノ手段に過ぎナイ。アズラ・アプフェル、キサマが今のまマでは決シテたどり着ケナい領域。魔力が何かヲ知リモしない者がワタシに並ぶモノカ」
鉄仮面はさらに魔力を解放していく。
それと連動するようにアズラは血を噴き出し、その傷が深くなっていく。
全身を巡る魔力がアズラの制御を離れて彼女の体を蝕んでいた。
アズラを特別たらしめるその強大な魔力が全て彼女の敵となっている。
「スタンドアップ・コード、・・・P.D.M.S・セットアップ・クレスト・キドゥーシュ、ぐああっぁぁ!!」
「それハやめた方がイイ。今コノ周囲にある魔力ハ全てワタシが支配シテイル。キサマの魔力モ含めてダ。治癒シヨウとすればソノ逆の効果ヲ発動さセるのは当タリ前だロウ?」
術式の境地とは魔力の支配。
敵味方問わず魔力そのものを支配しコントロールする力。
それを完全に成し遂げたとしたら、理を、因果律を支配していく神の力の一端と言ってもいいほどのものとなる。
鉄仮面はごく一部ではあるが、自身の周囲の魔力を支配下に置くことができる。
それは、アズラにとって絶望的なことであった。
戦う手段を根こそぎ奪い取り、自分を支えてきたその魔力で殺す。
術式使いが決して抗えない存在が目の前にいた。
「コレで最後ダ。選ブトいい、ワタシと共ニ来るかココで死ぬカ」
鉄仮面は地面に跪き血を吐きながら激痛に耐えるアズラに再び手を差し出す。
その手の周囲に触れたアズラの腕の傷が一瞬にして再生する。
再生という次元ではない巻き戻しと言える現象がアズラの目の前で起きる。
魔力の真髄、術式の境地を見せつけ、アズラにその可能性を悟らせていく。
ピクリと腕を動かす。
その手を鉄仮面の方に向ける。
全身が裂け、血まみれになりながらもゆっくりとアズラは鉄仮面の手を。
取った。
「それデいイ。ソレで公女ヲ救える。その力でカラグヴァナ王国を滅ぼセ!」
鉄仮面の手を握ったアズラの腕が完全に元に戻り、徐々に体の傷も消滅していくのが目に見えて分かる、そのだけ鉄仮面の術式が圧倒的な光景だった。
僅か、ほんの僅かにアズラに力が戻る。
その力を鉄仮面の手を握った右腕に込める。
今度こそ。
今度こそ。
本当に負けないために力の限りぶん殴る!
「・・・ッ!!」
鉄仮面の顔面に直撃し、その仮面にヒビが入った。
不意を突いた一撃は鉄仮面をフラ付かせ、初めてダメージを与える。
アズラは回復するだけすると、鉄仮面から距離を取ろうと立ち上がるが。
「女性ニハ優しくト言われテいタが、優しクシ過ぎたか? マァいい。もうキサマに興味ハなイ!」
立ち上がったアズラを見えない攻撃が殴り飛ばす。
軽く4、5mは吹き飛び背中から叩き付ける。
アズラは両腕で防御するがただの一撃で骨にヒビが入り致命的ダメージが与えられる。
すぐに癒呪術式で回復しようとするが。
「もう忘レタか? キサマの魔力はワタシの支配下ニアル」
「ぐッ!」
術式を発動するために込めた魔力がまたアズラを蝕む。
傷は癒えずにダメージが拡大していく。
鉄仮面は止めを刺そうと見えない攻撃を束にしアズラを殺すためその脅威を一つにする。
強大な力が合わさったことでその見えなかった姿が空間ににじみ出ていく。
刃の形状をした恐らく魔力で構成される武器。
それが複数、宙に浮いていた。
刃の先が一点に集まりアズラを捉える。
狭い路地裏では避けれない必殺の一撃。
「サよナラだ」
七つの半透明の刃が放たれた。
路地裏を粉砕しつつ高速でアズラに迫り来る。
アズラは考えなかった。逃げることも防ぐことも。
ただ、自分の力である魔力を信じて拳を握ろうとした。
その時。
半透明の刃が青白い光の壁に防がれ動きを止めた。
その直撃を受けた青白い光の壁は一撃で崩壊を始める。
だが、それで十分だ。
「今である!! アズラを! ここは吾輩が!!」
戦闘用神官服を着たトカゲ顔の亜人、ルフタがアズラの前に立つ。
続いてエリウとディアがアズラの前に降り立った。
ディアがアズラを担ぎ撤退を開始する。
「この怪我!! マジか! マジかよ!! 何やられちまってんだよ!!」
アズラを担いだ時にその全身の傷を見たディアは動揺を隠せなかった。
血を吐き続けるアズラを見てその命が危ないのがすぐに分かる。
「ディア! 早く逃げるニャ!! あちしらで時間を稼ぐ!!」
ルフタの横にエリウが並ぶ。
二人は目の前で高濃度の魔力の中に浮かぶ鉄仮面を見る。
鉄仮面は、驚きも焦りもしない。
ただ増えた的を処理するため、半透明の刃を再び見えなくしていきルフタたちの首を狙う。
完全に消えた刃がルフタたちに近づく。
「右からニャにか来るニャ!」
「右か!!」
ルフタが衝撃の神術で空間全体に攻撃を浴びせ、すぐに障壁の神術を張り防御に徹する。
魔力の影響を受けない衝撃の神術により、見えない刃は弾き飛ばされる。
「亜人ノ神官・・・、キサマ、ルフタ・ツァーヴだナ?」
「吾輩を知っているのか」
「コノ国で神官にナレた亜人がキサマを措イて他に誰がイル。何ヨリ、カラグヴァナ王国に一族ヲ売り渡した男が他にイルものか」
鉄仮面の一言にルフタは怒りを露わにする。
目に殺意が籠り、牙を剥きだしにしていく。
その顔は、みんなが慕うトカゲ顔の亜人の顔ではなかった。
堪らずエリウがルフタに呼びかける。
「こんニャ挑発に乗っちゃダメニャ。ルフタはいつも冷静ニャ!」
「・・・グゥ! そうであるな。吾輩としたことが情けない」
エリウの言葉にルフタは冷静さを取り戻す。
メイスを構えなおし、アズラが逃げる時間を稼ぐ。
そのためにここにいるのだ。
「ソノ小娘にハ話してイナいのか? 自分の一族をカラグヴァナ王国に売り渡しタト」
「ニャにデタラメニャこと言ってるニャ!」
エリウが仕掛けた。
壁が崩壊し、瓦礫の山となった路地裏をエリウが跳ね回って翻弄していき死角を突く。
だが、鉄仮面は剣を鞘から一瞬にして抜き、エリウの爪を切り落とした。
間一髪で一閃を回避する。
「こいつ! 剣も!」
「知リタくはないか? ソノ男が何をしテ。そして、何故、ジグラットを追放サレたノか」
「ルフタから聞くニャッ!」
ルフタを侮辱された怒りでエリウが激怒する。
口を開けばルフタを貶める言葉ばかり、それを聞き逃せるほどエリウは甘くなかった。
「ソの男ハ」
「次くだらニャいこと言ったら殺すニャ!!」
「エリウ! 一人で突っ込むな!!」
ルフタが援護に向かうも、鉄仮面に飛び掛かったエリウが空中で止まり弾き飛ばされた。
地面に叩き付けられルフタに支えられる。
「ソの男ハな、売っタノだよ。かツテ奴隷商人に脅え、集落ヲ襲われテいた亜人たちを救ウト謳って、一族を王国の家畜奴隷に貶め、売り渡シタ」
「嘘ニャッ・・・!。これ以上ルフタを侮辱するニャァァアアアア!!」
「エリウ!!」
剣の一閃がエリウに直撃する。
血が飛び散り、そのしなやかな体が地面に崩れ落ちていく。
「ドウダ? ルフタ・ツァーヴ、否定、できルか?」
剣を突き付け、鉄仮面がルフタに問う。
事実なのか? と。
「ーーッ、--ッーーーーッ、・・・・・・確かにそうである。吾輩の罪だ。だが、その罪は吾輩が背負う。お前にどうこう言われる筋合いはない!!」
ルフタは倒れるエリウを庇うように立つ。
ここで自分が倒れれば、その瞬間敗北が決定する。
その結末だけは何としてでも回避しなければ。




