第六十六話 王国を壊す者
鎧の騎士団に囲まれながら、アズラと総隊長リューベが今回の誤解について確認していく。
何故、鎧の騎士団はアズラたちを王位継承者斬殺事件の容疑者扱いしたのか。
そして、何故そう判断したのか。
リューベの話によると、騎士団の下にライブラ王子が連れ去らわれたとの情報が一人の負傷した騎士よりもたらされた。
王子を護衛中に、ハトゥール族の亜人を連れた男に襲撃され騎士一人が死亡し、自分だけ逃げ延びたと言っていた。
王族を見捨てるなど極刑ものだが、男の処分は後回しにして鎧の騎士団はライブラ王子救出に出向いたということだった。
アズラたちのいる宿には、その男の案内で来たのだが。
「リューベ殿! 騙されてはいけません。こいつらはライブラ王子を亡き者にしようとしているのです!」
両手を負傷し剣を失った軽装の騎士が弁明する。
両腕を騎士に拘束され跪かされていた。
「それも、ライブラ王子殿下のお言葉で真意が判明する」
リューベは冷たく男を引き離す。今回の件は、王位継承者斬殺事件を利用した派閥争いに巻き込まれたと判断していいだろう。
事件そのものが派閥争いの一環である可能性もあるが、それについてはいずれ判明する。
宿の扉が開き、騎士に先導されたライブラ王子が姿を現した。
騎士団が一糸乱れぬ敬礼をする。
ライブラ王子は頷き騎士団に応える。
「王都を守護せし鎧の騎士団よ。僕のために剣を振るってくれたことに感謝する。だけど、僕の恩人を疑ったのは何故なのか? 理由が知りたい」
「我らが敬愛せしライブラ王子殿下、ご無事で何よりです。我らも今回の行き違い残念でなりません。この件についてはこの男が殿下の求める答えを持っております」
リューベはそう言って、男をライブラに見せた。
姿格好は違うが、その王子を睨むような目と手に負った傷、何よりその殺意がライブラを襲ったローブ姿の男だと告げていた。
「お前、名は?」
「マオス・ミーツルナ・ファイゲでございます。王子殿下。」
「何故、僕を襲ったの?」
「誤解でございます! 私は王子殿下を助けるために!」
その声は間違いなく、ライブラを襲った男の声だった。
まだ、白を切る男をライブラが追及していく。
「僕の護衛にお前のような者はいないよ? それに助けてくれたのはセトとエリウだ」
「王子殿下! その二人は敵でござます。騙されてはいけません。殿下を狙う派閥の手の者です!」
「それはあり得ないわ」
アズラが口を挟む。男のデタラメを完全に否定するために。
「セトは私の弟で、今はベスタ公国に身を寄せている。その派閥とやらはベスタ公国も傘下に収めているのかしら? それとも、ベスタ公国が犯人なの?」
「無関係な奴はッ」
「私は、アズラ・アプフェル。フローラ公女直属護衛騎士よ。セトを侮辱するのは私を侮辱するも同じこと。それが何を意味するか分からないはずないわよね?」
「ッッッ!」
アズラを疑い、侮辱するのはベスタ公国の公女、フローラ・ウィリアルナ・ベスタを侮辱することに繋がる。
そんなことをすれば反逆罪だ。
「騎士リューベ、この者を連行してください」
「かしこまりました。殿下」
手錠がはめられ、男は完全に拘束される。
男に待っているのは、尋問だ。
誰の指示で王子を狙ったのか、男の背後関係を調べる必要がある。
騎士に連行されていく男をセトとエリウはリーリエと共に宿の窓から見ていた。
敵の最後の悪あがきを上手く凌ぐことができた。
騎士団が来た時は驚いたが、ライブラが事情を話してくれたおかげですぐに誤解は解けたのだ。
アズラたちが見守る中、男が騎士団の馬車に放り込まれようとしていく。
セトの人の良さが原因で起こった騒動もこれで解決する。
そうすれば、アズラの抱えている問題をサポートするため再びセトは独自行動を開始するだろう。
アズラは嫌がるだろうが、それも姉を思ってのこと。
セトがアズラにバレて止められる前にエリウとディアに声を掛けようと考えていると。
連行されていた男がその足を止めた。
その顔からは生気が消えうせ。
「ヤはリ、無能の指示ナド聞クベきデはナカッた。足が付ク」
気配も音もなく、唐突に男の首が宙を舞った。
胴体から首が切り離され、赤い血しぶきを上げながら男はその命を摘み取られる。
「何!?」
「敵襲!! 殿下を死守せよ!!」
男を拘束していた騎士が剣を抜き、騎士団も王子を囲むように陣を展開する。
どこから攻撃されたのか、これだけの人数がいながら誰も気付くことができなかった。
リューベはすぐに辺りを捜索させるが、それらしい人影は見当たらない。
アズラも魔力を拳に集め警戒を高める。
だが、こちらも同じく敵の存在を確認できない。
見えない敵の脅威が騎士団とアズラたちを蝕もうとしてくる。
みんなが警戒していく中、アズラは男の殺され方に引っ掛かっていた。
唐突に首が飛んだのだ。剣でないのは確実。
剣でないもので切断し、証拠を残さない。
切られた首が無くなっていないが、ディアから聞いた王位継承者たちの殺され方に似ていないだろうか?
アズラは、魔力を周囲に展開しサーチ機能のようにどこに誰がいるかを読み取っていく。
半径100mを魔力で覆い、人から鼠一匹まで感じ取っていく。
(これは?)
魔力が何か違和感を捉えた。普通なら空間に魔力を遮るものは存在しない。
属性を持たない魔力は金属などの物質で遮断しない限り、どこまでも広がっていく。
それが、サーチされた空間の中にポッカリと穴が出来ているのだ。
まるで、意図的に魔力が遮られているように。
そして、次の瞬間、その穴は移動を開始した。
「いた!!」
アズラは足に魔力を込めて、すぐさま穴のあったポイントに跳躍していく。
魔力を遮り、かつ宿からはすぐには見つからない位置取り。
アズラはその正体を確信する。
「逃がさないわよ!」
凄まじい速さで行ってしまったアズラを騎士団は茫然と見ていたが。
ルフタはアズラを止めようと叫んだ。
「アズラ!! 一人で突っ込んではいかん!!」
ルフタが叫ぶが、アズラはもう声の届かない所にいる。
舌打ちをし苛立ちを隠そうとせず、すぐにルフタも飛翔の神術で後を追うため準備に入る。
「待つニャ! あちしも行くニャ」
エリウが窓から飛び降りルフタの下に走って来た。
セトたちも慌てて外に出ていくのが見える。
「感謝するのである」
「俺も行こう。戦力が必要だろ?」
「二人とも吾輩につかまれ。手を放すんじゃないぞ」
エリウとディアがルフタにつかまる。
青白い光がルフタたちを包んでいく。
そして、ルフタの足が浮かび上がり空を駆ける力が発動していく。
「待って! 僕も!」
「セトはランツェたちと一緒に来るのだ、決して無理はするんじゃないぞ」
そう言い残しルフタたちは飛び立っていった。
鎧の騎士団は王子の保護を優先するようだ。
力は借りられないかもしれない。
セトはランツェたちを呼びに宿に走る。
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宿から少し離れた路地裏で、黒いローブを纏った者が一人佇んでいた。
その顔には鉄仮面が付けられ素顔は分からない。
そいつは何もない虚空に手を振るい何かを行う。
それが何かそいつを見ていたとしても理解出来ない。
だが、鉄仮面は目的を果たし動き出した。
路地裏を進み、闇の奥へと消えていこうとすると。
「!」
路地裏に一人の少女が舞い降りる。
屋根から飛び降りて来たとは思えない華麗な着地、その動作一つで彼女が路地裏に迷い込んだのではないと分かった。
鉄仮面は足を止め、自分の前に立ちふさがった少女を見る。
髪は灰色だが、少し黒味を帯びており、腰近くまで伸びている。
キリッとした顔立ちで美人という言葉が良く似合い。
装備は魔獣ギム・ゼントの甲殻を加工したもので、漆黒に染まった森のように黒かった。
肉弾戦を得意としているのが見て取れる。
「待ちなさい。ここで何をしていたのか話してもらえるかな?」
鉄仮面に立ちふさがったアズラは問う。何をしていたと。
対する鉄仮面は無言のまま立ち尽くす。
無造作に手を上げアズラを叩く様に振り下ろした。
アズラは周囲を警戒し拳に魔力の膜を張って、いつでも攻撃を弾き返せる準備をする。
だが、静寂が続くだけで何も起こらない。
「何のつもりかしら?」
拳を構え距離を詰める。
鉄仮面を警戒しながら様子を窺う。
すると、僅かに魔力が偏った空間があることにアズラは気付く。
その空間はアズラの方に伸びていき。
ガギィッ! とアズラを叩き切ろうと襲って来た。
「ぐぅッ!」
辛うじて拳で防ぐがその威力を殺し切れず吹き飛ばされる。
体を捻じりすぐに体勢を立て直す。
「防グか」
酷く雑音の混ざった声で鉄仮面は喋った。
冷静に敵を分析するその声は、雑音で誤魔化されていてもその脅威を感じ取れる。
そして、見えないこの対象を切断しようとする攻撃。
「あんたが王位継承者斬殺事件の犯人ね。ここで捕らえさせて貰うわ!」
「ソれナリの者ヲ差し向ケタというコトか、相手をシテいこウ。狩りニモ飽きテきた所ダ」
鉄仮面は自身が犯人であるということを否定しなかった。
それどころか、そうであると告げるような口ぶり。
アズラはこの鉄仮面が犯人であると断定し攻撃を仕掛ける。
水と風の術式を展開し高速に打ち出された水による刃を放つ。
鉄仮面は水の刃を土の術式で路地裏の壁を操作し冷静に防いだ。
そして、二人とも相手のあることに気付く。
「無演唱での術式発動! やっぱり、術式使い!」
「無演唱、脳内回路は構築済ミ・・・」
アズラは初めて術式を無演唱で発動する敵と対峙した。
彼女に術式を教えた風の団のハンサ以来、無演唱で術式を行う者を見たことがない。
初めて自分と同等の技術を持った存在。
アズラは拳を纏う魔力の膜を厚くしていき、装甲とも呼べる段階に変異させる。
魔力を武装していく光景。
それは、魔力の物質化に他ならない。
「魔装? ソこマで魔力を精製でキルのは驚きダナ」
魔装。
かつて、風の団団長バティルがマグヌス流奥義として用いて、セトたちを襲った黒い巨人を退けた技。
極限まで魔力を剣に注ぎ込み剣の構成物質すら変質させるもの。
アズラは、それを剣術ではなく魔力を凝縮し精製することで成し遂げようとしていた。
魔力を徹底的に凝縮し魔力自体を変質させていく。
白く輝くそれは拳を覆い、圧倒的な破壊力を秘めていく。
「だぁッ!」
アズラが拳を繰り出し鉄仮面を守る壁を叩き潰す。
同じ魔力で構成された物でもその格が異なるのだ。
土の壁は砂でも殴るように崩れていく。
鉄仮面を守る壁はなくなった。アズラの拳が捉える。
そこに、不意を突く様に見えない攻撃が叩き込まれた。
「はぁあッ!!」
アズラは拳で弾き、見えない猛威をやり過ごす。
追撃を掛けるように壁が接がれ浮かび上がり、メキメキと音を立てて圧縮されていく。
そして、高速に空中を飛び回りアズラ目掛けて飛び込んできた。
バゴッ! と壁や地面が抉れる。
直撃するものを拳で殴りつけるも砕けずに壁と地面に激突した。鉄球でも撃ち込んだかのような威力。
つまり、アズラが拳に纏った魔装と同等の硬度をただの石が持っている
「くッ」
アズラは後ろに下がり距離を取る。
力任せな攻撃は通用しない。
これだけ激しく攻め込んでいるのに相手の懐に飛び込めない。
それどころか、鉄仮面は一歩も動いていないのだ。
徐々にではあるが、力の差が見え始めている。
「どウシタ? 終ワりなラ魔装を見せテくレタ礼をシなくテハ」
鉄仮面が魔力を増大させていく。
今までのはほんの小手調べだと言わんばかりに、アズラを上回る魔力量を内包していく。
足が浮き上がり、周囲の景色がその強大な魔力でぐにゃりと湾曲していき、鉄仮面の周囲におびただしい魔力が溢れる。半透明の白い球体が現れ、両手を振り上げ魔力を解放した。
それと同時に路地裏の壁が全てジグソーパズルを抜き出したようにバラけて宙に浮かび上がった。
その浮かんだ欠片、一つ一つを魔力で硬質化していき、アズラを挟みつぶすように両手を振ったと同時に一斉に襲撃する。
「こッん、のッ!!」
アズラも持てる魔力の全てを解放して鉄仮面が掌握した壁の欠片を抑え込んでいく。
欠片たちが動きを鈍らせアズラに届かず宙に漂う。
魔力と魔力がぶつかり合いエネルギー波が撒き散らされ、溢れた魔力が猛威となって暴れ狂っていく。
地面と壁を砕き路地裏を無理矢理押し広げようとする。
だが、徐々に見えない魔力の壁に押しつぶされてくように、アズラに壁の欠片が迫り鉄仮面の魔力に押され始めた。
それを見た鉄仮面は失望したような目をして。
アズラに語り掛けた。
「惜しいナ。ソれだケノ才能がアリなガラ、魔力のコトを何も知らナイ」
その目は失望と共に哀れむような感情も籠り。
「考エタことはないカ? 何故、この世には魔力が存在すルノか。セフィラのあの力ト何ガ違ウのカト」
アズラを押し潰そうとする魔力の圧を和らげ、アズラに手を差し出す。
鉄仮面は、囁く。
「この国は狂っテイる。 同ジ知的生命体でアル亜人を区別し虐げて、自分たちが生命体の支配者だと嘯いていル。それダけでハない。モウ王室にはエウノミアとの紛争を治める力はナイ。いずれ、王国全土が戦火に包マれる」
鉄仮面はカラグヴァナ王国に蔓延る問題を告げていく。
その問題は王国が間違っているから発生したのだと告げていく。
「そうナレバ王室は自らノ保身のためニ帝国に売り渡すダろウ・・・。共にアルと誓ったタ騎士たちヲ」
アズラの眼前までその鉄仮面を近づけ。
「ベスタ公国の公女ヲ・・・」
「!!」
アズラの心がたった一言で激しく揺れ動いた。
誘いに乗りそうになったのではない。
フローラを狙われる不安が恐怖が一気に心を満たしていったのだ。
鉄仮面はさらに囁く。
「売り渡さレタ者の末路ハ悲惨ダロウ。帝国にとっては邪魔なナ王国の歯車なのダカラ」
「そんな風にはならない!」
「イや、必ずナル。ワタシと共に来いアズラ・アプフェル。この世界ノ真実と魔力の可能性ヲ教えヨウ。そうスれば、公女に訪れる悲劇は防ゲル」
アズラの名を知っているということは、ベスタ公国との関係も調査済みのようだ。
誘い文句にフローラを出してきたのもそれを物語っている。
フローラに訪れる悲劇を防げると鉄仮面はアズラに囁く。
だが、アズラは鉄仮面を睨み、右拳に魔力を凝縮する。
「例えその未来が来たとしても私が救ってみせるッ!」
「・・・・・・・・・・・・残念ダ」
地面を踏み込み、アズラは一気に勝負に出た。
迫りくる硬質化した壁の欠片を無視し一直線に鉄仮面の懐に飛び込む。
無数の破片がアズラの体を抉っていくがアズラは前のみを見る。
鉄仮面を守るように見えない攻撃がアズラを阻んだ。だが、拳に当たると同時にアズラはその見えない攻撃の位置を把握し、素早く回避する。
魔力による周囲解析でその姿を浮き彫りにしていく。
鉄仮面はその様子を嘲笑うかのように、まだ、手を出しアズラを待っていた。
「そこぉッ!!」
拳を握り締め鉄仮面に拳を叩きつける。
鉄仮面の顔面を捉え、そして。
拳は空を切り、その断面から血を撒き散らして切断された右手を眺めながらアズラは崩れ落ちた。




