第五十九話 新しい立場
宿の広間に50人ほどの大人数がギュウギュウに入り、代表アズラの話を聞こうとみな耳を傾けていた。
アプフェル商会のこれからの方針。
いったい何をするのか?
何をしようとしているのか?
何を見せてくれるのか?
全員が興味津々だ。
「コホン、それでは今からアプフェル商会の人事を発表します」
リーリエの合図とともに5人がみんなの前にでてくる。
役職を宛がわれた5人。
「こちらの5名がアプフェル商会の人事を務めます。代表アズラ・アプフェル、総括ルフタ・ツァーヴの以上2名がアプフェル商会の意思決定を担います。次に・・・」
リーリエより続々と紹介されていく5人はそれぞれ癖のある人物だろう。
だが、誰よりも一つ優れているものがあるからここに立っている。
「護衛担当ランツェ・シュペルナ・ナースホルン、情報収集担当ディア、最後に市場担当は私、リーリエ・オールナ・ビーネが務めさせていただきます」
(む? エリウの奴まだ戻っていないのであるか? どこをほっつき歩いとるんだ)
集まった人の中にエリウがいないことに気付いたルフタは、彼女のことを心配するが今は動くことが出来ない。
早めに飯を奢ってやるかとルフタは思う。
彼の中では、エリウは旨いものを食わせれば機嫌がよくなるとなっているのだ。まぁ、実際そうなのだが。
「私たち3名は、各担当のリーダーとしてこのアプフェル商会を大きくしていけるよう頑張る所存です」
リーリエより5人の紹介が終わり拍手が鳴り渡る。
「以上で人事発表を終わり、代表アズラより一言述べさせてもらいます」
続いて代表となったアズラが方針を発表しようと一歩前に出た。
綺麗な緑色の服の上に羽織った白いローブの上着をはためかせながら前に出て。
「代表を務めることになったアズラ・アプフェルです」
セトが聞くと安心する透き通ったやさしい声で挨拶をする。
アズラの声は聞く人を安心させる声だ。
その声に力を思いを込めて言葉を紡ぎ始める。
「みんなで大きな仕事をしようと始まったのがほんの2ヵ月前。私たちの出会いはマイナスからのスタートだったと思う。これからどうなるのか? 明日は? いや今日がどうなるかすら分からなかった。でも、今は違う」
アズラは不安を否定する。
これからは違うと明確な意思を持って言葉を口にする。
「今はこれだけの仲間がいる。居場所がある。2ヵ月前には無かったものが今はある! なら、私たちはもうマイナスにはいないわ。プラスにもっと大きなプラスに向かって進んでいる。そこはきっと希望で満ちた所なんだと思う。私はそれを実現するために」
一言、間をあける。
みんなを導く言葉だ。丁寧に大事にいいたい。
息を吸い込み口を大きく開けて。
「アプフェル商会をッ」
「遅くニャったニャー!」
「・・・・・・」
「ニャ?」
アズラの決め台詞をぶっちぎり、広間におバカなネコ娘と甘えん坊の赤毛ちゃんが登場だ。
勢いよく扉を開け放ち、大声で広間に乗り込んでいく。
いきなりエリウが登場したことでアズラの口が止まってしまった。
二人とも何故みんな集まっているかいるのか分かっていない。
分からないが、なんだかまずい雰囲気にしてしまったのはすぐに理解した。
「ニャ、ニャハハ・・・。失礼しましたニャー・・・」
エリウは頭をかきながらこの場を誤魔化そうと苦笑いを浮かべた。
ルフタは手で顔を覆ってうなだれ、ディアは笑いを堪えるのに必死になっている。
護衛担当のランツェは微動だにしていないが、司会のリーリエは思考が飛んだようで制止していた。
アズラは・・・、説明しなくてもいいだろう。
「エリウ、エリウ! こっち!」
「あ、セトだ」
リーベが集団の中からセトを見つけた。すぐにセトの側に駆け寄っていく。
エリウもリーベと一緒にセトの隣に移動する。あの場に留まる度胸を彼女は持ち合わせていない。
「セト、これは何の催しニャ?」
「アプフェル商会の人事と方針発表だよ。今日が発表だったでしょ?」
「忘れてたニャ・・・」
役職をくれといっていたくせに、発表の日を忘れていた。
これでは当分、上には行けないだろう。
気を取り直したアズラが再び口を開く。
「私はそれを実現するために、アプフェル商会を世界一の商会にするわ! そのために、ここベスタと王都を結ぶ貿易網を私たちが構築する。それが最初の目標よ!」
「「「おぉー」」」
みんなから歓声が上がる。
貿易網を構築するということは、今まで人任せだった荷物の運搬、安全を自分たちが保証できるようにするということ。
安全な街道。
確実に届く物資。
実現できるのかと疑いたくなる目標だった。このようなことは国がするものであり一商会が扱うようなことではない。
町の外には、魔獣に盗賊もいるし物資を運ぶのにも時間がかかる。
それらをクリアして実現しなければならないのだ。
しかし、これだけの障害があると分かっていてもアプフェル商会の面々は不可能だとは思っていない。
アズラなら、みんなでなら達成できると信じている。
それは一片の曇りもないみんなの思いだ。
「それじゃ、今日からアプフェル商会は目標達成に向けて全速力で駆け抜けるわよ! みんな、私について来て!!」
「「「おぉー!!」」」
アズラの言葉がみんなに響き渡る。着飾った言葉ではなく真っすぐな思いをぶつけられた。
彼女の純粋なで真っすぐな思い。
みんながアズラの言葉を受け取っていき共にやり遂げようと声を上げる。
セトは、そんな姉の言葉に胸が熱くなるのを感じていた。
(僕も、いつか・・・)
姉のようになりたい。
尊敬と憧れがセトの中で入り混じり、いつか追い付いてみせると心の中で誓うのだった。
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夜明けのまだ薄暗い中。
街道を4台の馬車が走っていく。
アプフェル商会が王都アプスに向けて出発したのだ。
表向きは王都での販売拡大。
だが、アプフェル商会代表アズラではなく、騎士アズラとしての目的は王位継承者暗殺犯の討伐であった。
彼女としては、優先したいのは商会の方であるが、王室からの勅命が出ているこの討伐任務は無視出来ない。
失敗すればフローラの顔に泥を塗ってしまうだろう。
アズラは馬車の中で出発する前のウィリアム公爵の言葉を思い出していた。
(今回の勅命、戦に使えるかどうかを見極めるためのものだと、わしは睨んでいる。お前を指名したのもそれが理由だろう。騎士アズラ、お前はどう思う?)
青と白のスーツを着こなし、ライオンのような髪型をしてその蓄えたひげをピンッと整えている大柄の男。
ウィリアム公爵が出発前にアズラに問いかけた。
問われたアズラは迷いなく答える。
(私も同意見です陛下。カラグヴァナ王室は任務の成否より私の力を試したいのでしょう)
(陛下はやめろ。わしは王族ではない。まぁ、分かっているならよい)
(申し訳ありません。ところで、ウィリアム閣下は今回の敵をどう思われますか?)
(敵は恐らく上級騎士クラスの腕を持っているだろう。王位継承権が低い者たちといっても、親衛隊が護衛についているはずだからな。それを切り伏せ王位継承者を手に掛けている。相当な強者だろう)
勅命には、王位継承者たちの殺され方についても詳しく記述されていた。
全員が斬り殺されている。
全く同じ太刀筋で、全く同じ死に方。
手がかりになるものは何も残さずに斬り殺す。
そんなことをやってのける奴が相手だ。
(私も上級騎士を背負う身です。遅れは取りません)
(期待しているぞ。失敗すれば確実に死ぬからな。ガハハハッ!)
(父上! アズラを不安にさせるようなことをお言いにならないでくださいな!)
横で話を聞いていたフローラが思わず怒ってしまう。
友人が死んでしまうなんて聞きたくも考えたくもない。
(そう怒るなフローラ。失敗が許されないのは本当だからな。騎士アズラ、これはわしらベスタ家、そしてフローラのためでもある。頼むぞ)
(はい! ご期待に添えてみせます)
(アズラ、絶対勝つのですの。負けるなんて許しませんわ)
(大丈夫よフローラ。あなたの騎士は誰にも負けないんだから!)
フローラたちにそう言い残して出発した。
今回の敵は強い。
今、掴んでいる情報だけでも只者でないことが十分に分かる。
エウクレイデスのように外部から力を取り入れた脅威なのか。
それとも、鍛錬と研磨を重ねて到達した絶対者か。
前者なら対処できる。取り入れた力が脅威であると同時に弱点だからだ。
だが、後者だとすると厄介だ。
相手の分野では勝てない可能性が高い。それはつまり、その分野に持ち込まれたら敗北を意味する。
今のアズラで対処できるのか?
一人で王都に向かった方が良かったのでは? と考えてしまう。
まだ情報が少なく、アズラには答えが分からない。
ただ今は向かうしかなかった。
「アズ姉? ちょっといいかな?」
セトに話しかけられ、アズラは思案から現実に戻ってくる。
見上げるとセトの顔がアズラの顔の真上にあった。
まだ薄暗いので近くまで寄って確認してから声をかけたのだろう。
「どうしたの?」
「うん、今回の仕事、王都での商売だけじゃないよね?」
「・・・!」
セトが突然、この仕事の核心をついてきた。
こんなに勘が鋭かっただろうかとアズラは驚くが、決して顔には出さない。
今回の勅命にセトたちを巻き込むつもりはない。
「フローラに呼ばれてから、アズ姉なんだか不安そうだから。きっとそうなんだろうって・・・。でも、いいたくないならそれでもいいんだ。僕はアズ姉のサポートができればそれでいいから」
「なに心配してるの。今回はただの商売よ。・・・そうね。もし私がみんなから離れて行動していたら上手く誤魔化してくれる?」
「うん。分かった。でも無茶はしないでね」
「分かってるわ。心配しないで」
アズラは本当のことをいわなかった。今回は一人で終わらせる。
危険なことにみんなを付き合わせる訳にはいかない。
何よりセトを大切な家族を傷つけたくなかった。
エウクレイデスの時のような目に二度と会わせてたまるかと、アズラは決意を覚悟を決める。
降りかかる脅威は全て、自分が振り払う。
家族を仲間を守ってみせると彼女はまだ見ぬ敵に宣言する。
「アズ姉、そういえばどうしてリーちゃんおいていったの? リーちゃん拗ねてると思うんだけど」
アズラの決意などには全く気付かずにセトが話題を変える。
決意に気付かれていないのならそれはそれで好都合とアズラは、勅命のことを心の奥深くに隠してしまい。
何事もないように答える。
「たまには留守番もいいじゃない。前に留守番した時もちゃんと出来ていたし大丈夫よ」
「僕は連れて行ってあげてもよかったと思うんだけど」
「リーちゃんがいないと寂しいのかしら?」
「うん、まぁ」
「ふふ、セトも優しいお兄ちゃんになったわね」
「そ、そうかなぁ? そうだと嬉しいな」
セトは妹のリーベがいつも心配なようだ。
お転婆娘の赤毛ちゃんが無茶なことをして怪我をしないかヒヤヒヤしているのだ。
セトもリーベを守ると誓っている。
二人だけの誓い。
でも、尊い誓いだろう。
ちょっと照れていると、アズラがふと思い出したように質問する。
「セト、ジグラットからの神託って何か来ているの?」
「ううん。以前来た遺跡調査の協力ぐらいだよ。また、送られてくると思うけど」
「セトの神託は曖昧だからどんな仕事が来るか分かりずらいわね」
「脅威の排除と理解の進展だったかな? 内容は、敵対者の無力化と各国と友好を深めるだけど、遺跡調査は関係ない気がする」
「いわれてみればそうね」
セトはジグラットからの神託として送られてくる仕事を定期的にこなしているが、授かった神託と関係ないような仕事もたまにあるのだ。
ベスタ公国に来たのも神託による仕事がきっかけだ。
もしかしたら、別の国に行くように神託が来るかもしれない。
セトはなるべくベスタ公国にいたいと思うが、仕事が来てしまったら仕方がない。行くしかないだろう。
アズラは商会の仕事があるので、ずっと一緒という訳にはいかないが。
今のセトは、そんな未来があるかもしれないなど微塵も思っていない。
今を一生懸命な者たちが王都を目指して進んで行った。




