第五十八話 アプフェル商会設立
ベスタ公国の第三城壁区画にある上級市民の居住区に50名ほどの新しい住民がやってきた。
カラグヴァナ王国で一発当てることに成功し新たに富裕層になった者たち。
姉のアズラ・アプフェルと弟のセト・ルサンチマン・アプフェル、二人の姉弟に率いられるアプフェル商会の面々がそうだ。
灰色の髪をしているまだ若い二人だが、カラグヴァナ王国の王都で一勝負してくるほどの度胸がある。
弟の方はそれほどだが、姉がとにかく規格外の人物だ。
魔獣の中でも非常に強力な個体である特別指定個体を退け、王都の市場を牛耳っていた有力商会をねじ伏せる。
町に着くなりセトたちはすっかり有名人になっていた。
あれだけ噂を利用して商売をすれば、耳の早い者にはすぐに知れ渡る。
ここ属国のベスタ公国でも噂は広まっていたのだ。
セトたちはリチャードからヘファー商会を引継ぎ、組織をアプフェル商会として再編したのだが、まず、王都で稼いだ資金で最初に家を購入しようと決定した。
今までフローラの厚意に甘えて城に滞在していたが、これで迷惑を掛けなくて済むというものだ。
当のフローラは迷惑とは思っていなかったのだが、むしろどんどん部屋を使ってくれと考えているがやはり甘え続けるのも良くはない。
購入する家はアプフェル商会の事務所としても使用するため、少しばかり大きいタイプを購入することにする。
アプフェル商会の面々が全員住める家はさすがに買えないが、寝る所は自分でなんとかしてくれるだろう。
今の資金力なら宿代を出すこともできる。
アプフェル商会の構成人数だが、雇っていた70名弱から王都での仕事の後に20名ほどがセトたちと別れていった。
元々、自分の生活があり普通に暮らしていた人たちだ。仕事が成功したことでセトたちへの恩返しはできたと判断し、自分の居場所に戻っていったようだ。
中には、王都に留まった者もいる。ピント商会や王都市場管理委員会に入った者もいるようだ。
みんな自分の道を進んでいた。
残った50名がヘファー商会に合流しアプフェル商会は正式に発足した。
セトたちが50人、ヘファー商会が60人で合計110名の組織の誕生だ。
ヘファー商会はアプフェル商会王都支部として生まれ変わり、本店はベスタ公国の首都ウェスタであるここに置くことになる。
家を購入する理由としては、本店を構えるためというのが強いだろう。
早速、購入予定の家の下見をするセトたち。
場所は城壁の近くのものを選んでいた。居住区の中心から遠いほど家の値段が安い。
市場にすぐ向かえという立地条件もついてくる。
「すごい、お屋敷だよアズ姉」
セトは下見に来た家を見上げて感想を漏らす。
屋敷といっても二階建ての家が二件繋がったほどの大きさだ。
貴族たちの屋敷と比べたら全然小さい。
だけどセトにとっては十分大きな家だ。
「ええ、これだけ大きいなら倉庫としても使えるわね」
「倉庫にしちゃうんだ・・・」
「贅沢をするために買うんじゃないから。もっとお金が溜まったら嫌ってほど贅沢させてあげるわ」
「ううん。僕がアズ姉を贅沢させてあげる。」
「フフ、無理いっちゃって」
「む、無理じゃないよ。僕にもできるよ」
「ありがと。でも私は最後でいいから」
最近セトがアズラがするといったことを自分もするというようになってきた。
フローラからジグラットのベスタ公国支部調査依頼を受けた時もそうだったか。
この変化をアズラはとても嬉しく思う。
セトが自分の考えを持ち始めた証拠だから。
いずれマネから自分のしたいことを見つける日が来るだろう。
「アズ姉さん、わたしたち今日からここに住むの?」
「リーちゃんはこの家が気に入ったのかしら?」
「うん! わたしここがいい!」
「リーちゃんまだ中を見てないよ。見に行こうか」
「うん!」
元気よく赤毛の少女リーベが答える。
セトとリーベは二人仲良く家の中に入っていく。
アズラとしては家はこれで決まりでいい。
あまり選んでいる時間もないのだ。
そう、アズラにはフローラから、いや王室から下された勅命がある。
これはその下準備。
アプフェル商会として王都に向かうための準備なのだ。
ただの商人として王都に入り、相手にバレないように勅命を実行する。
それはつまり、セトたちにも黙っている必要がある。
(初めてかな・・・。隠し事をしながら一緒にいるのは)
「アズ姉! 何してるの? 中もすごいよ」
「今行くわ」
アズラも家の中に入って行く。
こんな仕事はとっとと終わらせようと思うのだった。
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セトたちが家の下見に行っている頃。
ルフタたちは組織の構築で慌ただしく動いていた。
構築といっても人員を各担当に割り振るだけなのだが、幹部の席は当然取り合いになるのだ。
割り振りを任されているトカゲ顔の亜人ツァーヴ族のルフタは、宿の一室で紙にペンを入れつつ、駄々をこねるダメな奴をなだめながら仕事を進めていた。
「だからいっておるだろう? お前さんにはまだ早い」
「そんニャことニャい。あちしならちゃんとやれるニャ」
「護衛の時は失敗したな」
「うっ」
「エリウ、焦ることはない。今はちゃんと勉強してリーダーに相応しい人物になればいいのである」
猫の特徴を持つ亜人ハトゥール族の少女エリウが役職をくれとせがんでいたが、ルフタに窘められているようだ
ルフタから見れば、エリウはまだまだ子供だ。
いっぱい学んでいっぱいわがままを言って大人になっていく時期。
わがままだけではリーダーにはなれない。エリウはそれを学ぶ必要があるようだ。
「それで、ルフタさんよ。俺は何の仕事を?」
「ディアは情報収集担当だ。吾輩らの中でも裏の仕事をしていたのはお前さんだけだからな。頼りにしているのである」
カラグヴァナ人特有の金髪と青い瞳をして。
いつもめんどくさそうな雰囲気を出しているこの男がディア。
王都アプスで敵対した人物だが今はセトたちの新たな仲間だ。
「むー。ニャんで新参者のこいつがいい役職を。もともと敵だったニャ」
「やれやれ、エリウさんよそれは言いっこなしだ。俺のおかげで上手くいったろ?」
「エリウ、あまりわがままが過ぎると怒るぞ?」
「ニャ! ううっ、分かったニャ」
ルフタに睨まれたエリウはすごすごと引き下がっていく。
ちなみに現在、決定している役職は。
代表アズラ・アプフェル
総括ルフタ・ツァーヴ
市場担当リーリエ・オールナ・ビーネ
護衛担当ランツェ・シュペルナ・ナースホルン
情報収集担当ディア
となっている。
細かな所はまだだが、この五名がアプフェル商会を引っ張っていくことになる。
副代表はセトの席だったが彼が辞退したため今は空席となっていた。
セトは自分にはまだ早いと思ったのだろう。
エリウも彼のようになってくれればとルフタは思うのだが、彼女は彼女で良い所がある。
その良い所を活かせればいいのだが。
市場担当のリーリエは、適職であるとルフタは思っている。
彼女なら市場での仕事を任せても問題ないだろう。
護衛担当のランツェという人物は元傭兵だった8人の中で最も優れた槍使いの戦士だ。
物静かで今まで目立たなかったが、王都での一件でその優れた能力が証明された。
エリウとディアの2人がかりでも相手にならなかったと報告もある。
彼がいればアプフェル商会は商売だけでなく護衛の仕事も引き受けれるようになるだろう。
そして、情報収集担当のディア。
情報処理、運用能力はフェアカウフェン商会と王都商会連盟を手玉に取ったことから十分証明されている。
だが、彼自身がその能力を有していると自覚していないようだ。
セトの発案をこなすだけでその発案が成功しているのが自分の功績と気付いていないことから、自身の価値に無関心なのかもしれない。
結果を気にして過程に無頓着。
今までいいように使われてきたのだろう。
使われるのではなく、人を使う側に回ればそのことに気付くだろうとルフタは予測していた。
「さて、こんなものか。リーリエ、お茶をお願いするのである」
「はーい」
お茶を頼まれたリーリエが元気よく返事をしてお茶を注ぐ。
彼女は本当に仕事熱心だ。いわれたことを文句一ついわずに黙々とこなしている。
コップに熱いお茶がトクトクと注がれスッと差し出される。
貴族でもないのにどこでこんな作法を学んだのかとルフタは疑問に思うが、貴族でもないのにできるとは彼女が優秀な証拠であった。
一口、熱いお茶を口の中に含み飲み込んでいく。
鼻から息を吸い、フゥーと吐き出す。
一息ついたところで、次の仕事に取り掛かる。
半日ほど仕事をしていただろうか、そろそろセトたちが戻ってくる頃だとルフタは準備を進めていく。
次の仕事は再び王都での商売だ。
馬車の手配と連れていく人員の選別。
とりあえずエリウは決定だ。連れて行かないと拗ねるだろう。
王都支部との打ち合わせもあるだろうから、リーリエも連れて行った方がいいと選別をあっという間に終わらせる。
ルフタは神官をしていた経験もあってか、管理をする仕事に慣れている。
人をまとめるのも得意のようだ。
そのため、彼には代表のアズラから総括の役職を与えられた。
つまりはまとめ役だ。
「リーリエ、すまないがこの書類に書かれたものの手配を頼む」
「はい。すぐに用意します」
書類を受け取ったリーリエは早速手配をしに部屋を出ていく。
手配の方法など教えていないのだがもう彼女は自分でできるようだ。
「これで、今日の仕事は終わりであるな。どれエリウに何か奢ってやろうか」
そういって、立ち上がったルフタは拗ねてどこかに行ってしまったエリウを探しに行く。
どこか屋根の上で寝ているだろう。
「ルフタさーん。アズラ代表が戻りましたー」
リーリエの声が響く。
セトたちが戻って来たようだ。
(すまんなエリウ。飯はまた今度だ)
ルフタはエリウを探しに向けていた足をアズラの下に向かわせる。
アプフェル商会の事務所となる物件の報告が楽しみだとルフタは歩いていった。
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屋根の上で不貞寝をしている者が一人。
ハトゥール族のエリウが大の字で空を見上げていた。
空はまだ明るく、日差しも強い。
それでも、エリウは寝転がっていないとやってられなかった。
彼女は、嫌なことがあったり気分を落ち着けたい時はこうやって高い所で昼寝をする。
ハトゥール族の習性の一つなのだが、彼女にとっては何でも構わない。
「ニャんであちしだけ貧乏くじニャんだニャ・・・」
エリウは一人だけ役職の話が無かったことが不満だった。
みんなと一緒にエウクレイデスを倒し、さらに王都で一儲けした。
まだ、出会って間もないがもう知り合い程度の関係ではないはずだ。
なんだか自分だけ評価されていない気がしてならない。
自分がダメならセトもダメだろうとエリウは思う。
アイツは姉のアズラのように強い訳でもカリスマがある訳でもない。
なのに、副代表の地位が与えられていた。
セトは辞退したようだが、エリウにはそもそも副代表の話がある時点で納得できなかった。
「・・・ズルいニャ」
そんな醜い嫉妬が、劣等感が彼女の心を揺さぶってくる。
セトが悪い訳じゃないのに。
エリウはそんな自分に嫌になりながらもこのモヤモヤした思いをどうしたらいいのか分からなかった。
だから、昼寝をする。寝っ転がって心を静めて嫌な気持ちを和らげていく。
「・・・」
少し気分が落ち着いたようだ。
空を見つめているとまるで吸い込まれそうな気分になる。エリウはそんな不思議な感覚が好きだった。
まるで自分を包み込んでくれるような感覚。
今日の空は一段と青く澄んでいる。エリウは手を伸ばしてみる。なんだか空に届きそうな気が。
「何してるの?」
「ニャ!?」
いきなり話しかけられエリウは飛び起きる。
いつ近づいたのか、気配をまるで感じなかった。
そのいきなり話しかけてきたのは。
「リーベかニャ。びっくりさせニャいでほしいニャ」
「ごめん。なんか不思議な感じがしたから」
リーベはそんなことを言いながらエリウの隣に座る。
不思議な感じがするのはむしろリーベの方だろうとエリウは思うのだが。
「ケンカしたの?」
「うんニャ。ちょっとわがままを聞いてもらえニャくて拗ねてるだけニャ」
「エリウ子供みたい」
「ニャ! ニャにを! リーベも子供だニャ。それよりどうやってここまで登ったニャ? 人はあちしらみたいに身軽じゃニャいニャ?」
「抱っこしてもらったの」
リーベは空の先にある一点を指さす。
一見なにもいないように見えるが、よく目を凝らすと風景に溶け込んだセフィラがいた。
美しい純白の翼に、透き通る白い肌の女性を思わせる体。
イェホバ・エロヒム。
リーベと契約を交わした主アイン・ソフの眷属だ。
屋根に上るためだけに呼び出したのかとエリウは呆れるが、エウクレイデスが使用していた強大な力と同種のものを彼女はこんなにあっさりと使いこなしている。
それはものすごいことなのでは? とエリウはリーベを見つめた。
「どうしたの?」
「ニャんでもニャい。そろそろ戻るニャ。下ろしてやるから今度はあちしが抱っこしてやるニャ!」
「いいの! ありがとう!」
リーベを抱きかかえピョンッ! と屋根から飛び降りる。
あっという間に地面に着地だ。
リーベがいるということは、セトたちも戻っているだろう。
王都での仕事の話でもしているのかもしれないと、エリウは宿に急ぐ。
「そういえば、お家はどうだったニャ?」
「おおきかった!」
「それは楽しみニャ」
エリウはピョンピョンと跳ねるようリーベを抱えたまま走っていく。
もう嫌な気持ちはなくなっていた。




